み〜

とうとう、と言うか、遂に。 最終巻が刊行されて読み終わってしまったら淋しくなるかも、と思っていた時期もあったが、発売日決定のニュースを聞いても意外に名残惜しい感じはしない。 やっと完結する、という思いの方が大きい。 待たされ過ぎたのかもしれない。

4巻からは原書で先に読んでいるので、今現在、日本語版がどこまで出ているのか忘れてしまっているくらい。 先日、そんな話が出たとき、本当にわからなかった。 話のあらすじはちゃんと覚えているから、物語を読み進めていくのに問題はないが...。

今年の夏は、読書ですな…。

写真管理ソフトに iPhoto 6 を使っている。 既に破綻しかけていることは以前にも述べた通り。 だから、年明けに次バージョンの発表が無かったのはがっくり。 いずれはバージョンアップするのだろうが、きっとその時は、ハードからOSから次世代のものに変えないと機能と性能アップの恩恵に預かれないような気がする。

iPHoto 6 は、25万枚の写真を一元的に管理できる、というのが触れ込みの一つ。 そりゃぁ凄い。 でもそんな調子の良い話はやっぱりなくて、まだ数万枚しか入っていない私の写真ライブラリでアップアップ。 確かに管理できているけれど快適でなさすぎる。 重たい。 ハードを高性能のものすればいいのかもしれないが、個人のホビー・ユースなんだからそんな簡単には買い替えられない。 ホビー・ユース・レベルではないだろ〜、という突っ込みもあるかもしれないが(爆)

では、どうすればいいか。

重たくて遅すぎて非快適な操作性にイライラするのは新しく写真を取り込んだときである。 私の使い方はちょっと特殊かもしれないが、

1. 撮った写真を取り込む →2. 選別してダメダメな写真を削除する →3. Web公開用に選別・編集する/印刷用に選別・編集する →4. 保管モード/時々以前の写真を引っ張り出す。
といった流れ。 4のフェーズでは過去に撮った写真が一元的に管理されているのは非常にありがたい。 以前の写真を引っ張り出すのに多少遅くてもあまり気にならない。 が、2,3 のフェーズでは操作の快適性が大きい。 サクサク動かないとやる気が起きない。 と、いうことは、新規の写真はとりあえず別ライブラリを起こして、枚数が少なく快適に動く範囲で選別・編集する。 その後、保管モードになったら一元管理ライブラリに移す。 そんな風にしたらどうだろう。

問題は iPhoto がライブラリのマージ機能を備えていないこと。 写真だけを別のライブラリに取り込むのならいいのだが、マイレートやらキーワードも引き継ごうと思うとマージするしかない。 マイレートやキーワードがあるからこそ、以前の写真を引っ張り出すのも簡単なのだ。

結局、iPhoto にデフォルトでマージ機能欲しい、そこにまた行き着いてしまった。

半分、頼まれ仕事(注:銭にはならない)で、午前中、プリンターをフル稼働させていた。 先日、2,3枚テストプリントした限りでは大丈夫そうだったので引き受けたのだが、数十枚をプリントするとなるとダメダメ。 最初の2,3枚はまだいいのだが、枚数が増えてくると紙送りがうまくいかない。 やっぱり封筒は難しかったか...。 あるいは印刷ソフトとの相性か。 手差しで頑張ってもうまく送ってくれないことがある。 プリンターの中も汚れてしまったみたいで、印刷の筋が…。嗚呼。 ごめんなさい。預かった封筒、汚しちゃいました。

なかなか、限られた範囲でテストしても全体を見通せないということは、世の中、多々あること。 iPhoto 6 は公称25万枚の写真を扱えることになっているが、私の現在の使い方ではとてもではないが無理なように思う。

去年の12月はちょっとした買い物病だった。 少々具合が良くないときにフラッと駅ビルの中を歩いていた時など、見るもの見るものみんな良く見えて欲しくてしょうがなかった。 寄るつもりのなかったお店でフワフワと買い物をした後、さすがにあっちの店こっちの店に寄ろうしている自分に危ないと気付き、振り切って立ち去った。 しかし別の日に“冷静に”買い込んでいるのだから学習していない(爆)。

その甲斐あってか(?)、たくさん買い物をしてお金を使ってくれたので割引券進呈、と駅ビルからハガキを送ってきた(注:文面はこんな風には書いていない)。 グハッ。 喜んでいいのか、散財を悲しむべきなのか...。 とにかくその割引券を使うために、また買い物に来てね、ということなので行くしかない。 (ん?この辺の考え方が間違っている?)

とはいえ、去年の物欲が嘘のように何も買う気が起きない。 散財しないことはいいことだ。 良い兆候だ。 そこでもう一つ魔のハガキが届く。 大量プリントすると期間限定で割引するからよろしくね、という旨のハガキ(注:文面はこんな風には書いていない)がその駅ビル内にあるDPE屋から届いた。 そういえば、年末年始に撮ったデジカメ写真はプリントもせずほったらかしに近い状態である。 いい加減、配らねば…もう2月だし。

せっせと写真を整理してプリント注文準備。 お店に持って行く。 「いっつもありがとうございま〜す!」(←店員の決まり文句でなく、顔を見てマジに言っている。)

ここでも覚えられていたのね…(爆)

なんだかバトンをもらったよーな気がするんですが、ボーッとしていて頭があまり働かないのでとりあえずペンディング。 そういう時の方がいいかもって? このまま忘れたらごめんなさい。

突然、花粉症始まりました…ということにしておきます。 今日は朝から突然グズグズ。 さては花粉症の季節か? 毎年、人より早くアレルギー症状が出るのだ。 だからきっと人とは違う花粉(もしかした花粉ではないかもしれない)に反応しているに違いない。 ただの季節の変わり目のアレルギー症状かもしれない。 でも、説明が面倒なので、人より早い花粉症、ということにしている。 だんだんボーッとしてくるし気分も悪い。 突然きたので、心構えも何も…え?もうそんな季節?って感じ。

きっと別の理由もあるのかもしれないけれど、いやあるのだけれど…たぶん…、でも説明が面倒なので、みんなみんな花粉のせい。 あ″ーくるしい…。

通勤時の必需品 iPod …でも、最近、その時間に何を聞いていいかわからないくらい思考が迷走していた。 自分が何を聴きたいのかわからない。 適当にプレイリストを選んで聴いてみるがあまり楽しくない。 そんな時、目にとまったのが「トップレート」というプレイリスト。 iTunes にデフォルトで設定されていたプレイリストだったと思う。 マイレート(☆印)は結構いじっているので、ここは特にお気に入りの曲ばかりになっているはず。 中をのぞいて見る。

「威風堂々」…エルガーでなくてゴダイゴ。 あ、やっぱりいいかも>このプレイリスト。 再生オン。名曲名演。非の打ちどころ無し。 やっぱり凄いよ、この人たち。

続いて耳に入ってきたのは「小さな翼」これもゴダイゴ。 「キタキツネ物語」の挿入歌の一つだ。 やっぱり良過ぎ。名曲! じわ〜ン。 …

iTunes, iPod の面白さは、圧倒的なライブラリ容量と、動的に変化するプレイリストにあると思う。 自分のライブラリでありながら、意外な形で曲に再会するのだ。

マイレートは絶対的な尺度をもって☆をつけているわけではない。 案外、適当。 適当につけているから、こまめにいじって調整している。 「トップレート」のプレイリストを聴いていると、なんでこの曲がここに入ってくるのだろう?というのが出てくる。 例えば Paul McCartney の「My Love」。 確かに良い曲だが、とあるライブで聴くまではむしろ好きでない曲だった。 どういうことかというとオリジナルのレコーディング・バージョンのアレンジがあまり好きになれないのだ。 そう思ったら、むしょうに“あの声”で聴きたくなった。

クルクル…(謎)

アップルのスティーブ・ジョブズ氏のエッセイ“Thoughs on Music”(音楽に関するいくつかの考察)が世間では話題になっているようだ。 まぁ、しかしだね、「想像してごらん、著作権保護のない世界を」は、いくらなんでも John Lennon の「Imagine」を意識しすぎだと思うのだよ。 思わず原文を確認してしまった。 オリジナルの英文は、Imagine a world where every online store sells DRM-free music encoded in open licensable formats. というもの。 ニュアンス違わない?

現在の著作権保護の仕組みっていうのは、デジタルになった著作物のコピー・コントロールをしようという方向にエネルギーを費やしているように思う。 結果、私的利用範囲内でもコピー・コントロールの制限に阻まれユーザは不便を強いられている。 中間搾取者は、コピーを制限する=正規のコピー(つまり製品)が売れる、と考えているようだが、現状ではそうなっていないように思う。 コピーを制限される=著作物利用の機会が減る=著作権料が減る、となってないか?

著作権を保護するなとは言わない。 著作権は尊重すべきものだ。 その上で、コピーコントロールするよりも、コピーしなくていい世界、著作物利用の機会を増やす世界を目指した方が良くないか?

  • お金で買えるモノ。
  • お金で買えないモノ。
  • お金で買いたくないモノ。
気付いていたけれど知りたくなかったこと。

求めても手に入れられないモノ。

終電1本前が狙いだったのに、地下鉄の駅に着くともう電車は終わったと言う。 え?土曜日ダイヤ? おかしいなぁ。 いったいいつ変わったんだと吠えたところでしょうがない。 追記:去年の11月にダイヤが改正されていたようだ。それで土曜日ダイヤの終電が変わったに違いない。 きっとそうだ....。

検索してみるが、近隣の駅まで歩いても始発待ちという無情な結果。 今いたお店に戻ろうかなぁ、どうしようかなぁ... ん?目の前はタクシー乗り場。タクシー乗れば乗り換え駅で終電に追い付くかも? 悩んでいる余裕はあまりない。 タクシーに乗る。

乗ってしまうと、このまま家まで行ってしまおうか〜という気になってしまうのだが、ここは少しでもタクシー代を節約。 乗換駅到着。 でもこの駅は広いのだ。 地下道を抜けようと思ったら閉まっている。 おぉ、もうそんな時間か....始めて見たよ、シャッターが降りている所。 そんなこんなで時間をロスしながらもギリギリ電車に間に合う。 終電というのは接続待ちで発車時間が遅れることが多々あるのだがわずか2分遅れで出発。 ふぅ〜。

行方不明でした(爆)。

昨日の晩のこと、最後に疲れてベッドに倒れ込む前に携帯電話を充電しておこうと、その日使っていた鞄のポケットに手を伸ばした。 あれ?無い? そんなの部屋の電気を消す前にやれよ、と言われそうだが、その時はもう真っ暗。 きっと鞄の中か机のパソコンの周りかその辺に転がっているに違いない、一日くらい充電しなくても大丈夫、とそのまま倒れ込むことに決めた。

翌朝、つまり今朝、頭がはっきりしてきた頃に鞄の中をチェック。 ん?無い? またやったか?血の気が引く...。 どーも北の方角は凶に思える。 そう、前回なくした時と行った方向が同じ。 でもたぶん今回は電車ではなくお店に置いて来てしまったに違いない。 きっとそうだ。 昨日は本を読むのに夢中になっていて電話にあまり注意を払っていなかった。 過去の教訓を生かして、電話を入れたポケットを外側にして鞄を持たない、などは普段から意識している。 が、昨日に関しては帰る前にそのいつものポケットに電話を入れた記憶がない。 帰り道も一度も電話を使っていない。 そう、私、携帯する電話がなくてもたぶん生きていける人です。

昨日、寝る前に気付いていれば、昨晩のうちにお店にかけて確認することができたのに...、と思うがしょうがない。 念のため、鉄道の遺失物センターにかけてみるが、相変わらず無愛想な対応で「届いていない」と言う。 かなりの確率でお店だろうと思っているので意外に気楽なもの。 電話を止めるのも保留。 前回は速攻で止めたが...

気になる、といえば一点だけ気になることがある。 帰りの電車の中で、隣に座った人が席を立って降りていくときに、私の上着のポケットに入っていた定期入れが落ちた。 普通そんなこと無いのに...。 その時は、落ちたものを拾って安心してしまった。 人を疑うことはしたくないが、もし何か盗るとしたら別のものも一緒に落として気をそらせるのはいい手かもしれない。 でも携帯電話の入っているポケットは内側だったし、まさか…ね。

さて、頃合いを見計らってお店に電話してみる。

…忘れ物の電話は無いという。ガ〜ん。かなりショック。 もし見つかったら連絡してくれる、というお店の人の深切な対応にだいぶ救われたが、これから見つかることはないだろう...。 ガ〜ん ×2。

もう一度、鉄道の遺失物センターにかける。 話し中でなかなかかからない。 ようやくつながった。 今度は朝かけた時より親切な対応。 でもやっぱり無いと言う。 ガ〜ん、ガ〜ん、ガ〜ん。

もう警察に届けられてしまったのか...しかし今回は路線的に都内で済みそうだから取りに行くことを考えると前回よりたぶん楽なはず。 仮に誰かが拾ってくれて警察に届けられて、警察から携帯電話会社に照会して…と考えると、今日は休日だから、連絡が来るのは早くて明日以降に違いない。 電話は見つかる、という“電話失くしの達人”の話を信じるならば待ってみるのも悪くなかろう...。 ともかく電話の所在がわからない以上、止めておいた方がいいかもしれない。

携帯電話会社のサイトに行ってみる。 電話を止める以外にも「ケータイお探し」やら「おまかせロック」やらいろいろサービスがあるようだ。 が、私の端末はどちらも使えない。 そもそもGPS付いてないし。 端末の機能として遠隔ロックできるが、設定なんかしてないよ!

ふぅ〜、さて、止めるよう依頼電話をかけるか... その前に、一度自分の電話にかけてみよう。

! !!!!!

同じ部屋のどこかから携帯電話が激しく震えている音が...(爆)。 え?どこどこ? ベッドの下に落ちてました。 ちゃんちゃん。 注:昨日は一滴もお酒は飲んでいません。

「失敗談」みたいなカテゴリを作ったらいくつエントリーできるのかしらん(汗)

前回、本の感想を書いてから随分経つが…、今までかかって読んでました(爆)。

約2ヶ月ですか?<おぃ!

たとえ疲れていても忙しくても「読みたい」と思えば、わずかな時間を利用して読み進めていけるのだが、どうもそれほどの“求心力”がこの話にはなかったらしい。 少なくとも上巻3分の2くらいまでは。 面白くなりだしてからは早くて、上巻の残り3分の1と下巻は2,3日で読んでしまった。 まぁ、それでも2,3日かかっている...と言えなくもない。

で、結局のところどう、と問われれば文句無く「面白い」と答える。 最近の流行なのかハリウッド映画チックでエンターテイメントな作品に仕上がっている。 ダン・ブラウンの著作を読むのはこれで3作目。 良くも悪くもワンパターン。 題材変えて、登場人物変えて動かしただけ、という言い方も出来なくはない。 題材の分野的なこともあるだろうが、よーするに同じなのでこの作品はラングドン・シリーズにはできないだろう。 さすがにキャラクターは変えないと...。 ワン・パターンなので、途中から話の筋はほとんど見えてしまった。 それでも読み終えようと思うのだから、面白いのだ。

面白いと言いつつ難癖をつけてみる。 主人公が何度も絶体絶命瀕死の危機にさらされる。 最初の1回は、絶対ここで死ぬわけないからどう展開するのだろう...と興味本位で読めるが、そんなのが2回、3回と重なっていくと、あり得なさ過ぎで興醒め。 おまけにお約束どおりカップル成立の兆しで、終盤になっても絶対この二人は死なないだろう、と容易に予想がつく。 そこでまた超人的活躍が出るわけだが、これがまたあり得なさ過ぎ。 ハリウッド映画の映像だったら、これだけあり得なさ過ぎのシチュエーションでもビジュアルの迫力で見せてしまのうかもしれない。 でも、これは本。 「あり得ない〜あり得なさ過ぎ〜」を内心で連呼する暇がある(笑)。

結局のところ、善と悪ははっきりしているので、意外な種明かしのようでぜんぜん意外でないとも言える。 深読みせず、「え〜!」「嘘〜!」といちいち驚きながら読んでいけば、楽しく面白く読めるだろう。 でも、やっぱり人が死にすぎだってば...。 死ぬときの描写が強烈。 本当にそんな風に人は死んでいくのかわからないが。

さて、ここまでワンパターンで、ダン・ブラウンの著作をさらに読むか...。 文庫になったら読むかもね。

Valentine2007

焼いたのは一昨日なんですが、ネタバレしてもつまらないので今まで保留してました。 ベッタベッタのチョコレート・クッキー(ココナッツ・スライス入)です。 焼きたてクッキー大好き派の私ですが、焼いたその日より2日ほどたった今日の方がおいしいと思いました。 …が、保存料のようなものは一切入っておりませんので、召し上がるのならお早めに>幸か不幸か(?)押し付けられてしまった方々。

クッキーというよりほとんどチョコレートケーキみたい。 はい、すみません、在庫全部使っても小麦粉ちょっと足りなかったんです(爆)。