くりす
1998-08-12(Wed)

年齢アンケート

他の女性の日記書きさんとメールでやり取りをしていたら、ふと年齢の話になりました。私は彼女の写真とか拝見して、絶対に自分の方が相手よりも年上だと思っていたんですが、彼女の方は逆に私の方が年下だと思っていらっしゃるようなのです。

 そういえば特に女性の日記書きの方は、年齢をはっきり公開していらっしゃる方はそんなにいないんですよね。まあ私が普段ほとんどプロフィールを気にせずに読んでいるというのも原因かもしれませんが・・・。

 Web日記を読みはじめた最初の頃は、既婚の方は自分より年上だろうと思っていたんですが、日記の中にたまに誕生日の記述が出てくると私より年下の方が多いので、大体女性の日記を読む時にはよほど大きなお子さんがいらっしゃるという記述でもない限り、自分の方が大概年上なんじゃないかと思っています。

 ちなみに私は、今までの日記の詳細を繋ぎあわせれば年齢は明らかになるのですが、今年の春に高校を卒業したダーリンより9つ年上という事で、今年で28歳なんですが・・・どちらが年上です?とんさん。

 ここでふと私に、日記を書いている人の年齢層と読んでいる側の年齢層に差があるのか、また男女間で年齢差はあるのかという疑問がわきました。最近久しくアンケートも取っていない事ですし、ここで皆さんにご質問です。

あなたの年齢は?
あなたの性別は? 女性男性
Web日記を書いていらっしゃいますか?
よろしければ日記名を教えてください(必須ではありません)
くりすの年齢への感想

多数の皆様のご参加をお待ちしています。
 「年齢アンケート」には多数のご参加、ありがとうございました。

 本日午前9時の時点でなんと71名の方が参加してくださっています。お盆休みで出かけていらっしゃる方が多いのではないかと思っていましたので、こんなに回答がいただけるなんて思ってもいませんでした。とても嬉しいです。

 さて、回答結果を見てみますといくつか面白い事に気づきます。まず気づくのが、
読者にも作者にも男女比の差がほとんどない
という事です。

 Yahoo Japanが統計をとったWebユーザーアンケートによれば、その男女比は約85:15と大きな差がついています。Webユーザーの中でもWeb日記の作者・読者というのは特異な位置づけにあるのかもしれません。

 年齢に関しては、読者も作者も20代が一番多く、その次が30代でした。Yahooのアンケートと比較すると20代への偏りが目立ちますが、20代が1番多いという点では同様です。

 しかし、ここで1つ1つの項目を詳しく見ていくとある事に気づきます。20代では作者・読者とも男女差はほとんどないのに対して、30代ではどちらもわずかに男性の方が多くなっています。20代は男女比が少ないけれど、30代以上ではパソコンに触る機会からいって男性の方が比率が高いという事でしょうか。

 逆に40代以上は作者・読者共に女性からの回答しかなかったのですが、サンプル数が少ないのではっきりした事は言えませんが、40代以上でWeb日記に関心がある人が少ないのではないだろうかという事が言えそうな気がします。「日記というのは公開するものではない」というポリシーが根強いのかもしれません。とすれば、逆に20代では日記を公開する事に対する抵抗感が薄くなっているという事も言えそうです。

 次に表からは見えてこない事について。実はこのアンケートで驚いたのは、アンケートにご回答いただいた女性の日記作者の方は、私と同い年以上の方の方が多かったという事でした。

 そこつにっきのとんさんも今日の日記で書いていらっしゃいますが、私もパソ通時代(今もやっていますが)は周囲が年下が多かったせいで、とりあえず自分の方が年上だと思う事が多かったので、これは本当に意外な結果でした。特にとんさん!写真むちゃ若いよ!私はてっきり20代前半かと信じていたのにー。若く見えるっていいなあ。

 そして、それと関連して面白かったのが、私と同い年以上の女性日記作者の方は「思っていたより若い」、私より若い女性日記作者の方が「思っていたより老けている」と回答する傾向があったという事でした。

 でも、これは私もわかるような気がします。普通Web日記を読む時って、よっぽど文体が特異でない限り、大体同い年ぐらいの感覚で読む事が多いですから。

 また、私より年下の男性読者の方に「年より老けている」回答が目立ったのは何となく夢を持って読んでいらっしゃったという事なのかも?!

 作業をしている途中で楽しかったのは、回答してくださった日記名のリンクを作っているときでした。大抵はNikki "Search" Engineで探せたのですが、ReadMe!でないと見つからない場合もありましたし、同名タイトルの日記がたくさんある場合は更新日付や性別などから推理したりもしました。一通りは探し出したのですが、もしリンク先が間違っている場合はお知らせ下さい。

 それでも、このアンケートを通して、いろんな日記作者の方、また読者の方とまた一歩近づけたような気がするのがくりすにとっての一番の収穫です。本当にご協力ありがとうございました。これからもkera-ma-goをよろしくお願いいたします。
1998-08-13(Thu)

先鋭化しない日記

 昔、ちはるさんとこで(1998.9.20)、

固定化したファンを持つ作者はどんどん先鋭化する。もはや新人は入門書を読まなければ、それが理解できないほど先鋭化する。一方、ファンが固定していない作者はフィードバックをあまり受けないので先鋭化しない。先鋭化しないので、新しいファンがやってきては去るというサイクルで安定化する。これはWeb日記にも当てはまることだろう。

 という記述を読んだ。

 長く続けているWeb日記というのはたいがいどちらかになっていくのだと思うのだけど、kera-ma-goはどっちだろう。

 基本的には後者を目指しているつもりなんだけど、延々続いてる転職ネタとか、DDRネタとか、いわゆるレギュラー系ができてくると、それはもう先鋭化なのかもと思ったり。

 でも、基本は初めて読む人でもとっつきやすい文章でいたいと思う。

 例え連続ネタでも文章の書き方によってはそういうのは可能なはず、と毎号「オール読み切り」といいながら実は連載マンガばっかりのYOUNG YOUを読みつつ思うのだけど、どうでしょうねえ。
 「年齢アンケート結果発表」で、「40代以上に日記の作者・読者共にほとんどいないのは、日記というものは公開するようなものではないというポリシーが根強いのでは?」という考察をしたのだが、この部分に関して「向日葵倶楽部日々雑記帳」の向日葵さんから、こんな考察をいただいた。

 日記を公開する事についての意識云々の話ではなく、20代は自己形成する過程で試行錯誤を繰り返す時期だから、他人の意見を聞いて共感したり反発したりという活動が盛んなのだが、年齢が上になって自分というものが確立されていくとその必要性がなくなってくるので、日記活動に関わる人数が少なくなっていくのではないかという内容である。

 なるほど、確かに「四十にして惑わず」ともいう事だし、日記上で何かを誹謗中傷したり、それに対して腹をたてているようではまだまだ人間として青臭いのかもしれない。なかなか説得力のある御意見である。

 このメールには「人はWeb日記を読んでどんな事を感じるのでしょうか?アンケートでも取ってみませんか?」という言葉も添えてあった。

 そういえば、なぜ人はWeb日記を読むのだろう。Web日記を書く事の意義については今までもいろいろなところで論議されてきていると思うが、なぜ読むかという事についてはあまり聞かないような気がする。みな日記作者だからどうしても書く方に傾いてしまうのは仕方がないともいえるだろうが。

 昔は私もWeb日記なんてどこが面白いんだろうと思っていた1人だった。

 友人の女の子で「医学生日記」の先駆けみたいなのを書いていた子が1人いて、その子の日記は本などでもよく取り上げられていた。実際私もその日記をよく読んでいたのだが、読む時に感じる面白さは相手を知っているからこそ得られるものだと思っていた。だから、知らない人の日記をわざわざ読みに来るなんて、ちょっと変態入ったオトコばかりじゃないの?などとすごい偏見を持っていたのだ。

 それが、知らない人も思わず心が動かされてしまう文章があるんだという事に気付いたのはごぜんさんの「SPRITZER」を読んだ時だった。文章を通して伝わってくるあまりの痛々しさに、思わずメールででも励ましてあげたい、と初めて思った。でも、その時も日記コーナーを覗いたのはたまたまだったので、他の人の日記まで読んでみたいとは思わなかった。

 その後自分でもWeb日記を書くようになって、そのコーナーを独立させて匿名サイトにするにあたって日記猿人に登録し、そこで私は初めて他の知らない人たちの日記を読むようになった。不特定多数に人気があるランキング上位の日記というのはどういうものなのだろうかという事に興味を持ったからである。

 そこで気付いたのは上位の日記には2つのパターンがあるという事だった。1つは、好感度の高い文章から作者の人格が偲ばれるような「人格勝負」のパターン。もう1つは、誰もが関心を持っている内容についてユニークな分析をしている「内容勝負」のパターンである。

 「内容勝負」のパターンの方は、新聞の投書欄と同じようなものだと感じた。この頃の友人とのメールのやり取りの中で、Web日記と職業作家の書く文章の違いに関してこんな事を言っている。

彼女:「やっぱり文章って他人に共感させることが目的でしょう。Web日記では、共感が強い文章は、技巧的に上手くなくても人気だし。日本の若い人ってそこまで他人と共感したがるっていうか、共通意識を持つことを悦ぶ、そんな時代に突入してるんだ、と感じた。」
私:「Webで人気がある文章というのは、職業作家が書く文章とはちょっと違うと思う。ただで配ってるような街のミニコミ紙に載る、読者投稿のような文章は、事例が身近なほど読む気になる。それと一緒だと思う。」

 しかし人格勝負の方は、そこまでその人の人格に対して読者が興味を持つのは何故なのだろうかというのが謎だった。最初からその人物の事を知っているならともかく、有名人でもない相手の事が何故そんなに気にかかるのだろう。

 向日葵さんのメールを読んでその謎が氷解したような気がした。自己を確立するために悩んでいると、他人はどうしているのかを参考にしたい気持ちが出てくる。人気がある日記であれば、それだけ多くの人に受け入れられている人格であるという事だろう。それを参考にする事は自分のよき指針になる。

 普通は1人の人間の事を深く知りたいと思えば、伝記が出版される有名人でもない限り、その人と深い付き合いをするしかなかった。付き合いが深くなるまでには様々な紆余曲折がある。その間に自分が傷ついたり相手を傷つけたりする可能性があるかもしれない。

 しかしWeb日記では、手の届かないような有名人でなく、ごくごく普通の、すぐ隣に住んでいそうな人の日常を一方的に垣間見る事ができ、その人の内面を知る事ができる。深い人間観察をする時にリスクが少ないメディアなのだ。

 この事が悪い事だとは思わない。こういう側面があるからこそ草の根レベルでの相互理解がしやすくなったという面は確かにあると思う。なかなか知り合うことができなかった種類の人に対する偏見を取り除くという点では非常に有効だろう。

 ただ、みなが端末を通して安全圏で人と交流しようとする姿は、なんだかシミュレーションゲームを連想させてしまうのだ。Web日記に書いてある事も全てが事実である必要はない。Webだけで展開される虚構の生活だっていい訳だ。

 とすれば、Web日記界のコミュニティも、所詮はネットワークゲームのコミュニティと同じものなのかもしれない。Web日記の作者も、それに共感する読者も、実はみなシミュレーションゲーム内の住人なのだろうか。