週明けから梅雨明け。代わって真夏日の日が続いている。
最近、男女を問わずリュック型のカジュアルバッグが大流行りである。何でも入り収納力が抜群の上、両手が自由になって便利この上ないのだろう。確かにレジャーなどには威力を発揮すると思うのだが、通勤電車となるとそうはいかない。
今朝も2人の男性が背負ったリュックで通路が塞がれ、降りる駅で出口に行かれないオバチャンがいた。リュックの一人はマンガを読み、もう一人はヘッドフォン。周りの様子を気に留めるでもない。ついにオバチャンは「降りますよ!」と大声を上げて体を押し込むようにやっとこさスルーして行った。
中には乗車と共にリュックを体の前に背負い換える人もいるが、それはごく少数派だ。リュックというのは、単に荷物が体の前や脇から背中に移動しただけだと思いがちだが、背面のリュックは後ろのスペースを予想以上に圧迫する。リュックを背負っている人は、いつもよりさらに自分の背後に注意を向けろと言いたい。
そもそも電車の通路の幅は、人間二人が背中合わせにつり革につかまると、その間をやっとすり抜けられる程度の狭さである。まして私が普段乗っている地下鉄大江戸線は、さらに車両の幅が小さい。そんな中でのリュックは、まさに二人分のスペースを占めているといっても言い過ぎではあるまい。
都会の通勤通学やお出かけ程度に、なぜあそこまで大仰なリュックが要るのだろうか? よく見ると、それぞれ結構な量の荷物が入っているようにも映るが、まさか都会にいてサバイバルもなかろう。通勤時間もエクササイズしているニューヨーカーでもあるまいし、特に電車通勤サラリーマンのスーツ姿にリュックは決定的に似合わない。
ついでに言えば、ショルダーバッグをタスキ掛けしているサラリーマンも同類だと思っている。大昔の海外旅行日本人スタイルに見えてしまう。両者共圧倒的に若年層に多いのだが、それがどんな流行りスタイルなのか以前に、その姿を通して彼らの精神的幼さ、未熟さを感じてしまうのは私だけだろうか?
ご同感いただきありがとうございます。それにしても、たっぷりの荷物の他にもペットボトルやらヘッドフォンステレオやら詰め込んで、どこに行こうというのか・・・。
私の若い頃は(今もそうですが)、普段いかに荷物を持たずに、スマートに出かけるかが「粋」だったんですけどね。もちろん携帯もステレオもペットボトルも持つ必要が無かった時代でしたが。(2005-08-08 10:51:30)