研修ツアー2会場目の上野文化会館が終わったのが一昨日。研修終了後、研修機材などの入ったダンボール箱をコンビニで発送しなくてはならないので、箱を抱えて外に出た。雨が降っている。タクシーを捕まえ、適当な駅近くのコンビニに行ってもらうよう頼むと「ここからなら鶯谷が近いですよ」と言う。

鶯谷と言えばその昔、笑福亭鶴光の「鶯谷ミュージックホール」で歌われたが、もちろんそんな名前のストリップ劇場は無い。ラブホ・風俗店が密集している街ではあるが。

ほどなくして鶯谷駅近くのコンビ二に到着。発送手続きをしている途中、オーナーに「この隣にある鮨屋風の店ってどう?」コンビニに入る前、ふと目に止まった手書きの品書が入口一面に張ってある店の事を訊いてみた。「ああ、オヤジさんが一人でやってる店で、魚はおいしいし、値段も高くないよ」と聞いた瞬間、我々の雨宿りの場所が決まった。

同僚と店に入ろうとすると、入口にオヤジさんらしき小柄な老人の姿が。どうやら準備の真っ最中らしい。まだ6時過ぎなので無理もない。膝を痛めて片足を引きずっているが、トーンの高い威勢のいい江戸弁で「ここは魚の店だけど、おたく達それでいいの?」ときた。「隣のコンビニで聞いたらいい店だって言うので寄ってみました」「そうかい、そうかい。じゃあ中に入って待ってくれるかい? いい店って言われたんじゃあ断れねえモンなあ、ワハハハ〜!」

貼紙だらけの店内はカウンター8席だけの小さな空間。決してきれいな店ではない。すぐにオヤジさんの能書き付きで準備作業が始まった。カウンターのガラスで仕切ってあるだけの場所に板状の氷を並べ、ザルに入った魚を取り出しながら、その魚の産地やら如何にいい魚であるかなどを語っては投げ入れる。

「こんなスゴい魚を持ってる店なんてそうはないよ〜! このマグロなんざ銀座の久兵衛と同じモンだわな」と言って本マグロを、「佐渡の石鯛はめったに出ないけど、今日はブン取って来たわ! こりゃ日本一だね!」と言って石鯛を、さらに車エビ、カンパチ、オコゼ、コチ、アワビなどが無造作に氷の上へ置かれていく。

密閉型のガラスケースではないオープンスペースなので、目の前にみるみる魚の臭いが充満して来る。ビールを取りに行くのもコップを出すのも天つゆ入れのような大きな醤油差しを出すのもオヤジさん一人で不自由そうにこなす。店内を身体を右へ左へ揺らしながらバタバタする様子は、まるでドリフのコントみたいにユーモラスだ。

ゲソのブツ切りから始まり、やがてそれぞれの魚を二切れずつ刺身にして出してくれたのだが、一切れ一切れがやたら厚く、切り方も家庭用包丁で切ったかのようなザッパな切り口である。「魚は厚く切った方がウマいんだよ!」とオヤジさんは言うが、薄作りで味わうオコゼやコチまで厚切りにする事はないんじゃないの? 魚も冷蔵庫に入っていたわけではないので、妙に生ぬるい。何せ相変わらず目の前でプンプン魚臭を放っているのだ。

いくら上質の天然モノオンリーだと言っても、これじゃ旨味を感じられない。多少質が落ちてもキチンと冷やして適度に切られた刺身の方がずっとウマいだろうに。昔読んだ料理本に「刺身は単に生魚を切っただけのものではない。切り方一つで素材の生き死にが決まる厳しい料理なのだ」という一節を思い出した。本ワサビを擂って添えてくれたのがせめてもの救いか。

オヤジさんが新内の太夫(歌い手)でもあると知ったのは、次に入ってきた奥さん連れの塩ジイそっくりの客との話からだった。我々が聞いた事も無い世界の話が弾んで、すっかり上機嫌になったオヤジさんが、自慢のノドを披露しつつ今度は鮨を握ってくれると言う。出てきた握りがまた大変! 魚と同じに生ぬるいシャリの味が普通とまるで違うのだ! いつも食べてるシャリの味とは遥かにかけ離れた、ごく薄い酢の味がするだけの甘味も全く無いシャリなのである。それゆえ炊いた米独特の臭みも抜け切っていない。何じゃこりゃ〜?

・・・事ここに至って、ついに私は全てを悟った。いや悟らざるを得なかった。氷の上に置いただけの魚の陳列方法、厚目にザックリ切っただけの刺身、そしてこのシャリの味・・・そう、ここは江戸時代の鮨屋だったのだ! 我々は何かの拍子にタイムスリップしてそこへ迷い込んでしまったのだ!

江戸時代の鮨屋なんて本の中でしか知らないが、屋台こそ無いもののきっとこんな鮨だったに違いない。その頃の鮨は決して今のようにウマいモンじゃなかったそうだ。そう思えばこれはこれで他では味わえない貴重な体験である。とは言えオヤジさんのテンションも最高潮なので帰るに帰れなくなったいう状況でもあるんだが・・・もうじきアナゴが焼き上がるそうだ。

アルミホイルに例のシャリを薄く敷き、その上にニキリを塗ったアナゴを乗せて焼いたモノを何とかたいらげてようやく店を後にした。軽くツマむはずが腹一杯。これで一人5000円は高くはないだろうが、わざわざ関西からも客が訪ねて来るような店とはとても思えない。塩ジイそっくりの客は「いい店に出会った」なんてしきりに言ってたけど、少なくとも我々は普通の鮨屋の方がよっぽど「いい店」に思えたのである。

かくして、かの「高松伝説」に続く、研修ツアー2つ目の「やってもうた伝説」が誕生しちゃったのである。

2泊3日の福岡研修ツアーを終えて一旦帰京。今晩から最後のツアーとなる大阪・神戸へと出発する。そういえば、ニコチンパッチがLサイズ(30mg)を貼り続けて4週間経ったので、昨日からMサイズ(20mg)になった。心なしか吸いたい気持ちが少し復活したような・・・。いやいや、単なるプラセボ効果だと信じたい。

福岡では例によって自分で食べるためのお土産として明太子を購入。久々に稚加榮の明太子となったが、今回はいつもと違う「太もの明太子」にした。大振りの一腹ものという触れ込みの物である。値段もいつものレギュラーサイズ5本入よりも高い。

帰宅してさっそく中身を拝見。、ざっと見て長さ約18cm、太さ約8cmという大きさのものが2つ(一腹)鎮座していた。当然、眺めているだけじゃガマンできなくなり、とりあえず1本食す。ここの明太子の最大の特徴は「めんたい考」にも書いたが、真ん中まで同じ色、同じ味の染み具合だという事だ。真ん中に行くに従って水っぽくなったり白くパサパサになってしまう他の明太子とは明らかに一線を画す見事な造りである。

それは太もの明太子でも同じだった。この太さのものがどこを食べても色も味も変わらないのは驚異でさえある。さらに単に見かけが大型だというばかりでなく、卵粒もレギュラーサイズのものより大きく、その舌触りの食感たるや筆舌に尽くしがたい程である。まさに明太子の王者、博多めんたいのリアルチャンピオンに認定したいと思う。

でも敢えて通信販売では注文しない。お楽しみは次回の福岡行きまでじっと暖めていよう。