6月よりウチの会社も全面禁煙になった。今までは屋根なしバルコニーテラスが喫煙スペースとして開放されていたが、ついに閉鎖された。本社だけでなく研究所、工場の全てで敷地内禁煙となったのである。環境と健康増進(EHS)プロジェクトの一環なのだが、世界禁煙デーの翌日から実施というのも何やら意味深だ。

施設内禁煙と言っても、支店の入っている賃貸オフィスビルなら共用の喫煙所がまだ残っている場合があるが、本社ビルは単独使用なので文字通り全館禁煙である。吸いたければその度に携帯灰皿を持って表に出て、近隣の小さな公園かコンビニの前まで行かなくてはならない。これが研究所や工場のように敷地がだだっ広いとエライ事になる。いずれにしても一服して来るのに今までの倍近い時間がかかるのである。

いまだに本社だけでも百数十名の喫煙者がいる。それが一定時間毎に連れ立って玄関を通って外に出、近隣にタムロして煙を吐いている光景は些か異様だろう。却って社会悪にもなりかねない。席を離れる時間も長くなるので仕事の効率も落ちるだろう。そう思うと、この日を喫煙者として迎えずに済んだ事はつくづく幸運だった。

3日後の最後の禁煙外来でいよいよSサイズ(10mg)のニコチンパッチになる。それで2週間過ぎたらもう貼るパッチはなくなるのだ。パッチも6月から保険適用となり、3割負担で済むらしい。それが事前にわかっていれば、もうちょっと待ってから始めたものを・・・。

我々2名が禁煙を始めたので、喫煙仲間だったもう一人の同僚も禁煙に踏み切った。彼の場合はパッチを使わずにいきなりやめた。いわゆる根性禁煙である。でも九州人の意地が成せるワザなのか、3日目の禁断症状がキツかった以外は特別な困難も無く、今や吸いたいとも思わない所まで来ていると言う。ほぼ解脱状態である。

どうやら人によって比較的スムースにやめられるタイプといつまでも吸いたい欲望に駆られるタイプとがあるようだ。それは決して喫煙本数や年数と比例している訳でもない。きちんとデータを取って分析してみると面白いかもしれない。

まあ、禁煙したメリットは今のところはそんなに感じていないが、少なくともタバコを買う事がなくなったため、心なしかお金の減りが少なくなった気がする。その分ガムやミント類を買ってはいるが、タバコに比べれば知れたものだ。

このまま吸わないで居続けられれば、めでたく禁煙達成なのだが、その成否は実は死ぬ時までわからないのである。

秋田県で米山豪憲君が殺害された事件で、能代署は同じ住宅団地に住む女性に出頭を求め事情聴取し、自宅や実家、軽自用車などを殺人・死体遺棄容疑で家宅捜索した。調べでによると、豪憲君が最後に確認された直後、女性が自宅脇で車のトランクを閉めているのを近所の人が目撃し、女性はその後、車で外出していたという。

この女性とは、言わずと知れた事故死扱いとされている畠山彩香ちゃんの母親である。ニュース映像を見ると、顔こそモザイク処理されていたが、金髪に近い茶髪のジャージ姿がはっきりと映っていた。同一人物の再度の事情聴取というのは、犯人と同定するに足る証拠が固まったからと見ていいだろう。

現時点では容疑者でないため、マスコミは「近所に住む30代の無職の女性」としか報道していないが、もはや誰の目にも明らかだ。(註 夜になって逮捕され、深夜のニュースで畠山鈴香容疑者(33)と報道された。本人は犯行を否認)この女性はわざわざ記者会見まで開いて、身の潔白や娘の捜査の不備などを訴えていた。だが週刊誌によれば、離婚や男性関係の乱れ、育児・家事放棄、パチンコ狂い、借金の果てに生活保護を受けていたという。まだ30代だというのに。

一方、こちらも20数点にも及ぶ動かぬ証拠が明らかになったインチキ盗作画家の和田義彦氏。もはや言い逃れのきかない状態だというのに、この期に及んでイタリアの画家スギ氏との共同制作だとかオマージュだとかヌカしてる。おまけにニセモノの手紙を森村誠一氏に披露までさせている。

この人、美術界では地位も名声も得ているらしいけど、ああでもない、こうでもないとどうにも往生際が悪い。どうして素直に自分の犯した罪を認めて謝れないのか、と思っていたら、きっこのブログによれば、セクハラや強姦事件で大学教授の座を追われていた過去を持つ人物だった。さもありなん。

それにしても秋田の事件も盗作事件も、関係者はなぜ最初の段階できちんと事実を把握しようとしなかったのだろうか。私はどちらの被疑者も相当したたかな人間だという印象を受けたが、初期の段階で注意を払ってさえいれば、以後の犯行や盗作の抑止力になったのではないかと思えてならない。自分を見ている目があるという意識があれば、誰しもおいそれと軽率な事はできないはずだ。

親を殺して火をつけたり自殺したり、悲惨な事件や噴飯モノの事件が後を絶たない。いったいこの社会はどうなってしまっているのだろうか。

この2人に言いたい。

どんな理由や気持ちでやったのかは知らないが、大人なら恥を知れ、と。
恥を知ったら素直に謝り責任を取れ、と。

そのカツオは、ちょっと気の利いたスーパーならどこでも見かける房総勝浦港に水揚げされたものと同じで、特別なカツオではないと言う。

とある宵の口、カツオが旬というだけで、何となく注文したカツオ刺。場所は代々木の「魚籠庵(びくあん)」という料理屋風居酒屋。出されたカツオは、少し赤味が濃いように見えたが、それ以外に特に変わった感じは無い。

驚いたのはワサビ醤油が出てきた事である。単純にショウガ醤油と間違えたのかと思ったが、板さんはそれで食べてみてくれと言う。ダマされたつもりで一口・・・その途端、一同言葉を失った!

カツオ特有の臭いもクセも無い。それどころか、しっとりと柔らか目の身は口の中で容易にとろけていく! そう、まるで上等なマグロの赤身のように。だからワサビ醤油がドンピシャなのだ! ウマ〜い! 日本人に生まれてよかった〜!

で、板さんに尋ねたところ、返って来たのが冒頭の「特別なカツオじゃない」という答え。おいおい、それじゃ答えになってないぜよ!

それならどうすればスーパーで売ってる勝浦産カツオをこれに近いものに出来るのか? 板さん曰く、通気性を保ちつつ乾燥させずに冷蔵庫のチルド室あたりで半日位置くと良いそうだ。こりゃまるで肉の熟成の話みたいじゃないか! 言われてみればカツオとて肉には違いない。よし、今度家で試してみよう。でも今はこれを食べよう。

とまあ、とかく熱心に聴きつつ食べ、食べつつ訊く我々の姿を見て、板さんは血合い部分の刺身をサービスで出してくれた。これがまた臭みなど微塵も無く、うまみとコクが凝縮されていて酒の肴に最高なのだ! ああ、すでに2本目の日本酒がカラになりかけている・・・。

勘違いして欲しくないが、そこいらの回転寿司や居酒屋で見かける色が薄く油っぽい「トロカツオ」などとは全くの別物。あれは品が無い。

我々は、この上品に最大の賛辞を込めて「幻のカツオ」と名付けた。文句あるか!

【このトピックへのコメント】
  • marthaウ〜ン
    文句無い!

    私、どうも生姜の薬味って、生姜が勝ちすぎるからあまりチョイスしないできたので、良いことを聞きました。

    近いうちにワサビの鰹、やってみます。
    朗報ありがとう!
    (2006-06-10 01:48:37)
  • Chaiemarthaさん、どうも!

    スーパーのラップは外し、タッパーなどに移してフタは軽く乗せるだけ、らしいです。要するに密閉しないで置く、らしいです。
    (2006-06-10 07:59:29)

昨年11月以来のPOOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)総会。今回は日本一の温泉場、草津温泉で開催された。直前ドタキャンが続発したものの、西から東から総勢11名が集まった。最も遠方からの参加は姫路の芳氏で、参加できなかった岡山のしげドン氏のプジョー205GTiを駆って名古屋からコンドウ氏を乗せて馳せ参じた。

集合場所は、上信越道の小布施SA。ETCがあれば一般道へ降りる事も可能な実験SAのひとつである。そこに夜通し走ってきた205GTiを始め、206が3台集結し、観光名所の小布施堂の「蔵部」で昼食休憩。新鮮な刺身とかまど炊きご飯に一同舌鼓、返す刀で栗アイスもデザートにゲット。そして志賀高原・白根を抜ける山道ドライブを堪能しつつ草津入りするはずだった。

事件が起きたのは国道の日本最標高地点を越えて下りに入った直後だった。後ろを着いて来ているはずの205GTiが途中で消えたのだ! 連絡によるとエンジンストールで緊急停止したらしい。先導車共々引き返すと、山麓のパーキングエリアにシンガリを務めていた愛知のるるさんの206と一緒に寂しそうに佇んでいるではないか!

どうやら電気系統がイカレたようだ。車検を通したばかりとはいえ、何せ15年も前の車である。原因はオルタネータの寿命だったらしいが、バッテリーの電気だけでかろうじて2〜3km動けるという有様。名車の誉れも高い205GTiも、走らなけりゃタダの箱より始末が悪い。下りに入っていたのがせめてもの幸い、充電を繰り返し何とかホテルに辿り着いたのは予定時刻を1時間以上もオーバーした16:00過ぎだった。

先着していた横浜のくりみ氏と浜松の風氏と合流、ひとっ風呂浴びて、まずは肩慣らしの夕食会場へ。ビールから日本酒、そして焼酎のボトルが空くまでにさほど時間はかからなかった。上州牛のスキヤキや海も無いのになぜか豊富な魚介類のメニューも瞬く間にOYAJIたちの胃袋へと消えていった。これで準備完了! おっと、社員旅行のラオスから帰国するや駆けつけたinakichi氏が合流したのを忘れてた。

本命のカラオケは、ホテルから歩いてすぐの場所。途中の巨大な湯元の迫力ある光景もそこそこに、十分肩の出来上がったOYAJIたちはそそくさとカラオケ店へ入場して行く。いきなり米焼酎「鳥飼」のボトルを注文してメインイベントの幕は切って落とされた!

定番の西城秀樹、アリス、ハウンドドック、フォーク、アニメなどなどが次々と炸裂! 2時間以上居たというのに女性陣が歌うヒマなどありゃしない。全部OYAJIたちの歌、そしてお約束の80年代まで限定の歌のオンパレード! 初夏の草津の夜が燃え上がった!

翌朝はもの悲しげな雨。今回の幹事である群馬の風酔亭氏の知り合いで、嬬恋で修理工場を営んでいる方にキャリアカーで205GTiをドナドナしてもらった。それをバックに記念撮影して解散。私はカミさんのリクエストに応えて軽井沢の巨大アウトレットモール、軽井沢・プリンスショッピングプラザへ。ここは、わざわざ東京から新幹線に乗って買出しに来る人もいるほど規模も大きく、一流ブランド店も多い。そして安い。ブルックスのブレザーが3万円で売っていたのには驚いた。

早めに高速に乗ったおかげで練馬ICまでは順調に到着。そこから家までの渋滞がひどかったが、16:30に無事期帰還。次回は11月頃、関西地区で開催だとか。(すでに有馬温泉という希望もある。遠いなあ!)いやいや、たとえ地の果てであろうとOYAJIたちはプジョーと共にどこにでも行くに違いない。

(追伸) おおで氏とるるさんから三次会で3/4残った一升瓶の芋焼酎を、コンドウ氏からは夜食用に用意したけど誰も食べなかった名古屋名物(?)台湾ラーメンのカップメンをお土産に頂く。どちらも美味でした! ありがとう。

ラッキーだろうが何だろうが1点は1点だ! 

前半26分、中村俊輔のクロスボールが相手キーパーも触れずにゴールへ。キーパーチャージの反則も取られず得点が認められ、日本は早々とオーストラリアをリードした。この瞬間、まさに日本中が熱狂したに違いない。

クロアチア、ブラジルのいる死のF組。日本はこのオーストラリア戦での勝ち点が決勝トーナメントに進むための必須条件だった。

度重なるオーストラリアのシュートにもキーパー川口のファインセーブで凌ぎ、リードしたまま前半終了。刻一刻と近づく勝利の予感に誰もがそれを疑わなかっただろう。

確かに後半39分まではいい調子だった。だが、前掛かりのオーストラリアを相手にして、日本の攻撃の連係プレーがペナルティエリアまで繋がらない。どういう訳か攻撃のいい形ができて来ないのだ。40℃近いピッチ温度が追い討ちをかけ、明らかに選手の動きが鈍くなってきていた。

やがて信じられない展開が起こる。ロングスローから同点、パスワークから逆転、ドリブル突破からトドメの一発。なんとロスタイムも含めたわずか10分間で3失点の大逆転劇を許したのだった。

一番の問題は、本来なら日本がやるべきプレーを相手にやられての失点だった事である。日本がほとんどシュートまで繋がらない攻撃を繰り返しているうちに、相手にチャンスが生じ、それをモノにされた結果である。得点にはスタミナ十分の交代した選手が絡んでいた。

西陽の逆光のせいで、相手の蹴った高いボールが見えないとか、ディフェンス坪井のアクシデントでイレギュラーな選手交代を余儀なくされたとか、もう1点取りに行くのか、このまま1点差を守り切るのかの方針が徹底されていなかったとか、理由はいくらでも挙げられるだろう。だが負けは負けだ。

残り試合の相手はクロアチアとブラジル。たとえクロアチアに勝っても勝ち点3止まり。それだって奇跡に近い。なぜならいずれのチームもオーストラリアより強く、FIFAランクで日本より上位だからだ。日本のワールドカップは終わったと言ってもいいほど厳しい状況だ。

4年に渡る努力がたった10分で水泡に帰してしまったかもしれない。
気持ちを切り替えるのは、4年後に向けて・・・かも。