ちょっと不思議。
なぜかこの2、3日、胸が張る感じがしていた。
もう少しはっきり書くと、子供に母乳を飲ませていた頃の、おっぱいがひりひりする感じによく似ているのだ。
こころなしか、実際に少し張ってきているような感触もある。
で、家族の前で何気なく、「ちょっとおっぱい張ってる感じがするんだけど。」と言ったら、娘がすかさず「こないだ、赤ちゃん抱いたからじゃない?」と言うのだ。
えっ?まさか。あ、いや、そうか、きっとそうに違いない。
1週間ほど前に、親子劇場の託児の係をやって、5ヶ月の赤ちゃんの世話をした。お母さんがお兄ちゃんと舞台(今月はバレエ)を観ている間、ずっとあやしながら抱いていたのだ。
すっかり忘れていた感触。どんなに泣かれても可愛くて可愛くてしかたがない。そのうち泣き疲れて腕の中で眠ってしまう。
最後は、絵本を見せて気をまぎらせてあげたら、大きな目でじっと絵とわたしの顔を交互に見ていた。これがまた可愛くてしかたがない。
託児の直後は、しばらく腰が痛くて、それに気をとられていたし、その痛みがやわらぐと、日常の忙しさに追われて、託児のことなど忘れかけていたのだが。
それにしても、娘の勘の良さには、また驚かされた。
不思議だが、きっとその通りに違いない。たった2時間半赤ちゃんを抱いただけでも、身体は確実に記憶を取り戻し、敏感に反応する。
これも、書いておかないと、忘れてしまいそうなので。
川崎親子劇場の、11月例会は、高学年が「紙屋悦子の青春」、低学年がバレエ「ヘンゼルとグレーテル」。
「紙屋悦子の青春」は、オーソドックスな反戦劇だ。とはいえ、声高に戦争反対を唱えるわけではなく、むしろ地味に、抑えた演出。
舞台は老夫婦の会話から始まる。妻と車椅子の夫。ふたりは、遠い昔の妻の実家の桜の木を思い出す。それは、まさに桜の花のように散った友人の思い出でもある。
1945年の3月から4月にかけての、若い悦子と兄夫婦の3人の暮らしを軸に、淡々とした日常の流れを描くことで、戦争という異常な状況の中で、お互いを思いやる人々の心が映し出される。
自分より死ぬ確率の低い友人永与を、あえて悦子と見合いさせる航空隊員の明石。明石に心を寄せる悦子は、明日出撃するので、と明石が一家に挨拶に来ても、その想いを打ち明けることはできない。
らっきょうとお赤飯を食べると、弾に当たらない、と聞いたから、と言って、派遣された工場から短い休暇で戻った夫を、この二品の食卓で迎える兄嫁。
しかしその後、弾に当たらないためではなく、「らっきょうはらっきょうとして、お赤飯はお赤飯として、食べたいじゃないの。」と声を詰まらせる。
永与は、出撃した明石から託された手紙を悦子に届け、自分は死んだ明石の分まで、悦子を大事にしなければいけない、と語る。
冒頭の老夫婦は、悦子と永与であり、ふたりを繋ぐのも、またふたりの間に立ちはだかるのも、若くして死んだ明石であることがわかる。
こうストーリーを書くと、いかにも暗い話なのだが、実際の舞台は、客席がしばしば笑いの渦に包まれるほど、ほのぼのした中に笑いを誘うせりふがあちこちにしかけられていて、明るいところの多い劇になっている。
本当に暗いのは、だんだんと、こういう舞台を創ることが、難しくなっていくのではないか、と思わされる現実の方だろう。
(実際今回の舞台は、川崎親子劇場がこの企画を採用したからこそ、実現したと言っても過言ではない。)
多くの人に観て欲しい。劇が示すメッセージは明瞭で深刻だ。
さかさしりとりの練習。
れんあい→うくれれ→かんそう→いか→かい→ばららいか→
あれれ、意外と難しいぞ。
雪見さんとこで、今年もまたしりとり大会が始まるらしい。
およそ1時間半後にスタート。
なんか、妙にどきどきする。
ピアノは、ドビュッシーの「月の光」のあと、1ヶ月ほどお休みして、再開。
次は何を弾こうか、と先生と相談して、ブラームスの3つの間奏曲、作品117の最初の曲から始めることになった。
難易度は高くないのだが、譜面に埋もれた旋律をきれいに弾くことが要求される曲だ。
その旋律が、シンプルだがとても美しい。決して派手さも甘さもないが、耳について離れない親しみやすさがある。
先生がわたしにこの曲を勧めてくれたこと、この曲がわたしの資質に合っていると思われたこと、そこにわたしはとても納得した。
実は、わたしの「月の光」の音を聞いてくださった方から、音を通して見えたわたしは、文字を通して見えたわたしと重なった、とうかがって、うれしかった。
そして、「強くて優しい、けれどどこか脆い感じのする、いい音」という評も、わたしという人間を、うまく言い当てられた気がした。
どこか脆い、本当に。たぶん、ふだんのわたしから、そうと気づく人は多くはないと思うのだけど。そんなわたしの姿を映し出して、伝えてくれるピアノは貴重だと思う。
うーん。正直、疲労感倍増。
180名からの学生相手の講義で、毎回簡単な問いを出してそれに回答してもらっているのだが、ときどきそこに、講義に対する注文とか要望とかを書いてくる学生がいる。
それは歓迎なのだが、たまに、ちょっとちょっとお、それって、わがままじゃないの?とツッコミたくなるのがあったりする。
例えば、「ビデオは面白いので、もっとビデオを見せてください。ただ、後ろの席だと字幕が見えにくいので、先生に読み上げてほしいんですけど。」だって。
学生にメモさせたい部分などは、ビデオを止めて読むようにしているのだが、それじゃ不十分だ、というのだろうか。
だいいち、いちいち読み上げたら、前の方の席で字幕がよく読める人にとっては、大迷惑に違いない。後ろだって、読みにくいだろうが、全然読めないわけじゃないし。
翌週の授業で、「(もちろん誰とは言わなかったが、)こんな要望をもらったのだけど、わたしとしては、それは飲めない。もし字幕が見にくいことがどうしても気になる人は、前の方の席に座るようにしてください。」と言ってみた。
するとその日の問いの答えの余白に、別の学生だが、「前に座りたくても座れない人もいるのです。」と書いてよこした。
スペース的にはいくらか余裕があるので、これは、心理的に前に座りずらい人、という意味だと思う。
まあねえ、それは分かるけれど、わたしの意図が全然わかってないな。つまり、教師にあれこれ要望するのもいいけれど、もうちょっと自分でできることがないか、考えて欲しかった、ということを言いたかったわけで、前に座る、というのは、ひとつの案にすぎない。
で、今日の授業では、そのことを言った。他にも例えば、私語がうるさいからもっと厳しく注意してくれ、という要望もときどきもらうけれど、わたしは授業中何度か注意はしている。あとは、学生どうしでも注意しあうなど、自分たちでできることはないか考えて欲しい、と。
すると今度は、「個人の要望に対して先生がどういう意見をもとうが構わないけれど、それを学生の前で言うのは、個人攻撃のようでどうかと思う。」と書いてきた学生がいた。
どうも、わたしの対応は、空回りしてよろしくない方向に受け取られたらしい。
個人の要望ねえ。180人もいる中のひとりが書いてきたら、同じような要望をもっている人が他にもいるだろう、という前提で受け止めているんだけど。
それに、個人攻撃って、それは言いすぎでしょう。具体的な要望を取り上げて、授業環境を良くするための提案をして協力を求めているにすぎない。確かに例に挙げられた人は当惑はするかもしれないけれど、その人個人のことをどうこう言っているわけじゃないんだし。
なんかこう、ここまで脱力するようなことを言われるくらいなら、最初から、わがままな要望はすべて無視、ないし放置すればよいのだろう。
でもねえ、もうちょっと、講義というのは、教員と学生が一緒に場を作るものだ、ってことをわかってもらって、できれば協力して欲しいのだよね。
今夜は、あと3つ仕事を仕上げなければ、帰らないことにした。
正しくは、絶対仕上げて帰る、という意味だけど。
では、いざ開始!
以前共同研究で書いた英文の論文を読んで、わたしたちの研究に興味をもったという人物が、日本に来るので会いたい、ということで会った。
東南アジアのとある国の大学の教員なのだが、ウェブで見ると専門は日本学、名前を見るとヨーロッパ系、メールは英文で、はたしてどんな人だろうか、と思っていたら、ドイツ人だった。
2時間ほど研究に関する情報交換をしたあと、居酒屋へ。これはいつものわれわれ3人の行動パタンなのだが、彼もぴったりと意気投合し、どうやら4人組になりそうだ。