東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成20年7月14日(月曜日)

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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科
山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成20年7月14日(月曜日)

真夏の夏のかおりが。
ただよいはじめています。
早朝にはせみの鳴き声が今日も聞こえました。
(といってもにいにいせみ1−2匹)

五月(さつき)がおわり。
六月がおわり。
そして「7月」
「7月」も「14日」たちました。

初夏には
「特有の独特の気配と香り」が感じられるような
気が致します。

木々の(秋への実りに向けての)息吹を力強く感じます。

けれども早朝は不思議にまだまだ「肌寒い」です。
今年は「寒い」です。

街路樹はしっかりと
枝木の穂先もたわわにつよく
萌黄色から若葉そして
夏の「木」の青葉にかわりはじめました。

「6月」が終わりました。
「7月」がはじまりました。
もう「7月」=せみのなく夏です。
木々がへったため。
せみの声も少なくなりました。

遅夏の気配に加えて。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

山椒(さんしょう)の木の芽が
若葉にそだち。
そして若枝も天高くすこやかにのび。
ますますに
山椒(さんしょう)はみどりの葉がとても。
奇麗です。

山椒のことを
「きのめ」=木の芽とはなるほどと
かんがえる。

さんしょう木
萌黄鮮やかなり芽葉(めは)
花ならむみどり葉いずる
夏(なつ)こすわか枝は幹ならむ
とどまらずたゆまず
あゆみそだちけり
いざいまこそは
夏空(そら)にもえたたん
さんしょう木

けれども
まだ早朝は本当にはだ寒いのです。

「小さな夏みつけた」から
しだいに「大きな夏みつけた」
「大きな大きな夏みつけた」はまだです。
そして「小さい夏」みつけた・は。

ちょっと「怖い気」が致します。
もう初夏です。

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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成20年2月11日(月曜日)は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

は「おわりました」。
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平成20年3月20日(木曜日)
は「祝日」です。
けれども
(木曜日)は休診日であるために。
「祝日診療」は行いません。

祝日が(日曜日)(木曜日)とかさなわない限り。
「休日体制」で患者さんの診療を行います。
は終わりました。
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GWの予定ですが。
平成20年4月29日(火曜日)
は祝日です。(はおわりました)
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平成20年5月 3日(土曜日)
平成20年5月 5日(月曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
(4・29 5・3 5.5)
=>

平成20年5月 6日(火曜日)
は同じく祝日ですが
は「お休み」を頂く予定です。
5月7日(水曜日)より「定常どおり」
になります。

7月21日(月曜日)は。
「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

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私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。

朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円
2回法=7.000円
です。

当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。

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2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。

このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。

麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。

成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です

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「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。

人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。

難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。

私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。

心より感謝・感謝。

「今日は何の日」は
オランダの物理学者であり。
1953年位相差顕微鏡の発明で
ノーベル物理学賞を受賞した。
1888年 - フリッツ・ゼルニケ、物理学者(+ 1966年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

フリッツ・ゼルニケは

ノーベル賞受賞者
受賞年: 1953年
受賞部門: ノーベル物理学賞
受賞理由: 位相差顕微鏡の発明
で非常に有名です。

++++++++++++++++++++++

フリッツ・ゼルニケ(Frederik ('Fritz') Zernike 、
1888年6月16日 ? 1966年3月10日)はオランダの物理学者です。

1953年位相差顕微鏡*の
発明でノーベル物理学賞を受賞しました。

アムステルダム大学で学び、
1913年フローニンゲン大学(State University of Groningen)
の助手になりました。

1920年から1958年まで同大学の教授を勤めました。

++++++++++++++++++++++

フリッツ・ゼルニケは。

1930年に「反射回折格子を使った実験で光の位相位置」
が観測できることを発見致しました。

それを応用して現実的な「実績」として。
「位相差顕微鏡」を1936年に完成しました。

++++++++++++++++++++++

位相差顕微鏡(いそうさけんびきょう)とは、
光線の位相差をコントラストに変換して
観察できる光学顕微鏡のことです。

標本を無染色・非侵襲的に観察することができます。

特に生物細胞を観察する場合や
がん細胞の増殖実験や。
その他臨床検査に多く用いらます。

(また、石綿の検出にも使用されます。)

++++++++++++++++++++++

概要
物質に光線が通過するとき、
異なる屈折率をもつ物質を透過した光を
比較すると位相差が発生しています。

また、光線を物質が遮るとき光線は回折致します。

不透明な物質を顕微鏡で透過して観察する場合は、
減光や着色によってコントラストがあらわれるために
像を直接観察することが可能です。

しかし、無染色の細胞や微生物を観察する場合には
対象がほぼ透明であるためコントラストがほぼ無く、
そのままでは観察が不可能です。

このため観察法としては染色法が発達しました。
染色した細菌や細胞は損傷を受け、
場合によっては死滅致します。

これは、観察しているものを取り出して培養する場合。
或は
生態を観察する上で極めて都合が悪い。

そのため無染色で観察できる方法が探究されていました。

++++++++++++++++++++++

フリッツ・ゼルニケは回折格子の研究を応用し、
位相のズレを
コントラストとして検出する方法を1932年に完成させました。
(なお、これらの功績によってゼルニケは
1953年にノーベル物理学賞を受賞致しました。)

++++++++++++++++++++++

「位相差顕微鏡」の
構造は光学顕微鏡に、
専用の「位相差コンデンサー」と
「位相差対物レンズ」を導入したものです。

このユニットは
対物レンズ構成にもよるが数十万円程度であり
研究用の光学機器としては比較的安価な部類に入ります。

(後述の微分干渉顕微鏡は数百万円、
共焦点
レーザー顕微鏡は1千万円を超えることすらあります)

++++++++++++++++++++++

「位相差顕微鏡」は
1943年にカール・ツァイスおよび
ボシュロムによって製品化されました。

日本国内では1949年に
高千穂光学(現オリンパス)によって初めて
製品化されました。

++++++++++++++++++++++

フリッツ・ゼルニケの「位相差顕微鏡」により。
「細胞培養」や「体外受精」の「卵子」の観察など
「生きた細胞」を
「侵襲なく」顕微観察fが可能になりました。

このようにして
位相差顕微鏡は屈折率の部分的な違いを観察でき透明な試料、
生きたままの微生物や医学の分野に
多くつかわれるようになりました。

++++++++++++++++++++++
フリッツ・ゼルニケ
その他の業績として、
レンズの収差に関するゼルニケの多項式などがあります。

++++++++++++++++++++++
フリッツ・ゼルニケは。

1952年ランフォード・メダル、
1953年ノーベル物理学賞を受賞致しました。

++++++++++++++++++++++

「続きを読む」=>*

++「続きを読むです2」++++++++++++++++++
位相差顕微鏡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8D%E7%9B%B8%E5%B7%AE%E9%A1%95%E5%BE%AE%E9%8F%A1

位相差顕微鏡(いそうさけんびきょう)とは、光線の位相差をコントラストに変換して観察できる光学顕微鏡のことである。標本を無染色・非侵襲的に観察することができるため、特に生物細胞を観察する場合や臨床検査に多く用いられる。また、石綿の検出にも使用される。

概要
物質に光線が通過するとき、異なる屈折率をもつ物質を透過した光を比較すると位相差が発生している。また、光線を物質が遮るとき光線は回折する。

不透明な物質を顕微鏡で観察する場合は、減光や着色によってコントラストがあらわれるために像を直接観察することが可能である。

しかし、無染色の細胞や微生物を観察する場合には対象がほぼ透明であるためコントラストがほぼ無く、そのままでは観察が不可能である。このため観察法としては染色法が発達したが、染色した細菌や細胞は損傷を受け、場合によっては死滅する。これは、観察しているものを取り出して培養する場合や生態を観察する上で極めて都合が悪い。そのため無染色で観察できる方法が探究された。

フリッツ・ゼルニケは回折格子の研究を応用し、位相のズレをコントラストとして検出する方法を1932年に完成させた[1]。(なお、これらの功績によってゼルニケは1953年にノーベル物理学賞を受賞した)

構造は光学顕微鏡に、専用の位相差コンデンサーと位相差対物レンズを導入したものである。 このユニットは対物レンズ構成にもよるが数十万円程度であり、研究用の光学機器としては比較的安価な部類に入る。(後述の微分干渉顕微鏡は数百万円、共焦点レーザー顕微鏡は1千万円を超えることすらある)

1943年にカール・ツァイスおよびボシュロムによって製品化された。日本国内では1949年に高千穂光学(現オリンパス)によって初めて製品化された。

原理
位相差顕微鏡の主な構成要素は、主に次の二つである。

位相差顕微鏡用のコンデンサ・右側4つのドーナツ型スリットが位相差観察用のもの位相差観察用コンデンサは、ドーナツ型のスリットを通して光を透過させる構造になっている。ドーナツ型スリットの大きさは対応する対物レンズの位相リング(後述)と共役な関係にある。観察に用いる対物レンズを交換すると対物レンズの位相リングの大きさが変わるため、ドーナツ型スリットの大きさを変える必要がある。多くの位相差観察用コンデンサはターレット上に並べられた複数のスリットを持ち、対物レンズにあわせて変更が可能となっている。

位相差顕微鏡用のx10対物レンズを接眼レンズ側から見たもの。レンズ内に見える黒い(正確には暗い半透明)リングが位相リング位相差観察用対物レンズは、通常の顕微鏡用対物レンズに位相リングとよばれるリング状の位相膜と減光フィルタを追加したものである。位相リングを通過する光は位相が1/4波長分ずれ(遅らせる場合と進める場合がある)、また、減光される。

位相差顕微鏡がコントラストを得ているのは次のような原理による[2]。接眼レンズ型の小型望遠鏡(芯出し望遠鏡とよばれる)を用いて接眼部をのぞきこみ、位相差コンデンサを通過した光が位相リングに部分と一致するように調整しておく。

屈折率のむらがある物体を透過する光は、直進する光(0次回折光)と1次回折光の和で近似できる。これらの間にはπ/2の位相差があり、1次回折光の強さは屈折率のむらに比例する。
0次回折光(バックグラウンド光)は対物レンズの位相リングを通過する。このとき位相板によりπ/2位相が進め/遅らせられ、また、減光される。
焦点面では試料光とバックグラウンド光が合成され、位相の差がコントラストとして観察される
本質的な解像原理は通常の光学顕微鏡と変わらないため、実用的な倍率は1000-1500倍程度が限度となる。

位相差像
こうして得る像のうち、背景が明るく/試料が暗く観察されるものをポジティブコントラスト・背景が暗く/試料が明るく観察されるものをネガティブコントラストと呼ぶ。一般的にはポジティブコントラストは細胞中の細胞核などの大型構造物に、ネガティブコントラストは顆粒・粒状の構造の観察に向くとされる。

背景と試料との境界部分にはハロと呼ばれるオーラ状の光が発生する。ハロは試料と背景とのコントラストを上げ、可視性を向上させる。その一方でハロの発生は境界部分の微細構造に対する解像度を下げるという問題点もある。この問題については位相リング部の減光度を調整することによって対処が行われる。具体的には減光度を調整した対物レンズを数種用意し、適正なコントラストのものに交換する。。[3]

珪藻の位相差像(左)および微分干渉像(右)位相差をコントラストに変換に変換して用いる顕微鏡として他に微分干渉顕微鏡がある。比較については微分干渉顕微鏡#位相差顕微鏡との比較を参照のこと。大まかにいうと、位相差顕微鏡はコントラストが試料の厚さに対応するのに対し、微分干渉顕微鏡は試料の屈折率に対応して変化する。

位相差顕微鏡の問題点として、原理上の問題から照明光の一部しか観察に利用できないことが挙げられる。このため観察される像は暗い。この問題に対処するため照明光源には強力なものが必要となる。

その他
細胞培養・細胞操作用には特に位相差倒立顕微鏡が用いられる。これは下からシャーレなどを覗き込むようにして観察できる構造とした顕微鏡で、シャーレ上の細胞の扱いなどに特化している。

位相差電子顕微鏡が現在開発途上にある。位相板として炭素薄膜が有望視されている。

関連項目
光学顕微鏡
微分干渉顕微鏡
暗視野検鏡
位相・回折・重ね合わせの原理

参考文献・外部リンク
原理についての論文(原著)

Zernike, F., "Phase contrast, a new method for the microscopic observation of transparent objects." Physica, 9(7), pp. 686-698. 1942.
Zernike, F., "Phase contrast, a new method for the microscopic observation of transparent objects part II." Physica, 9(10), pp.974-986. 1942.
Zernike, F., "How I Discovered Phase Contrast." Science, 121(3141), pp. 345-349. 1955.
その他

NikonUSA, 位相差顕微鏡に関する文献 (英語)

脚注
^ 鶴田匡夫 (1997). “ゼルニケと位相差顕微鏡”, 第4・光の鉛筆. ISBN 491585115X.
^ 鶴田匡夫 (1990). 応用光学I. ISBN 4-563-02331-0.
^ 山梨大学 医学工学総合研究部 社会システム系 環境微生物学研究室資料 封入液の屈折率の操作による明視野位相差顕微鏡像の改善(ネガティブコントラストとポジティブコントラストの差異他、観察法の改善などについても触れられている)
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8D%E7%9B%B8%E5%B7%AE%E9%A1%95%E5%BE%AE%E9%8F%A1" より作成
カテゴリ: 顕微鏡 | 生物学の研究技術

++「続きを読むです3」++++++++++++++++++
7月14日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/7%E6%9C%8814%E6%97%A5

できごと
1223年 - フランスでルイ8世が国王に即位。

1789年 - パリの民衆がバスティーユ牢獄を襲撃・占領、政治犯を解放。フランス革命の勃発。

1843年(天保14年6月17日)- 新潟が天領とされ新潟奉行が設置される。

1853年 - ニューヨーク万国博覧会開幕、会期は翌年の11月1日まで。

1853年(嘉永6月9日) -
米国東インド艦隊指令長官マシュー・ペリーが黒船を率いて来航、久里浜に上陸。

1889年 - パリで第二インターナショナルが結成される。

1899年 - アクレ州がボリビアからの独立を宣言、
アクレ州とボリビアとの紛争はブラジルの介入を招き、アクレ州は1903年にブラジル領となる。

1908年 - 第2次桂内閣が成立する。

1920年 - 中華民国で北洋軍閥同士の戦争が起こる(安直戦争)。

1933年 - ドイツでナチ党を除く全政治政党が禁止される。

1942年−アンネ・フランクが日記をつけ始める。

1945年−アメリカ海軍空母艦載機による北海道空襲。

1958年 - イラクでアブドゥル・カリム・カースィム率いるアラブ民族主義者らによるクーデターが起き、
王政が打倒され、共和国が樹立される。(イラク革命)

1959年 - 朝日新聞が熊本大学医学部の調査チームによる
水俣病の有機水銀中毒原因説をスクープ。

1960年 - 岸首相が池田新自民党総裁就任祝賀会からの帰路、
暴漢の襲撃を受け重傷を負う。

1964年 - 東京都品川区勝島で、株式会社宝組のニトロセルロース蓄積倉庫から出火。
爆発を伴う火災により倉庫の壁が崩れ、下敷きになった消防職員18人、消防団員1人が死亡。
負傷158人の惨事が起きる。(勝島倉庫火災)

1967年 - 世界知的所有権機関を設立する条約がストックホルムで調印。

1968年 - プラハの春: ワルシャワ会談

1969年 - サッカー戦争: エルサルバドル軍がホンジュラスに侵攻。

1970年 - 日本の呼称を「ニッポン」に統一することが閣議決定される。

1977年 - 日本初の気象衛星『ひまわり1号』が
米フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられる。

1989年 - パリで第15回主要国首脳会議(アルシュ・サミット)が開幕、会期は7月16日まで。

1998年 - 趙治勲が本因坊戦10連覇を達成する。

2005年 - 北海道の知床半島が世界自然遺産に登録される。

2005年 - 第7回ワールドゲームズがドイツのデュースブルクで開幕、会期は7月24日まで。

誕生日
1454年 - アンジェロ・ポリツィアーノ、人文主義者(+ 1494年)

1862年 - グスタフ・クリムト、画家(+ 1918年)

1868年 - ガートルード・ベル、イラク建国の立役者として有名な
イギリスの女性情報員(+ 1926年)

1888年 - フリッツ・ゼルニケ、物理学者(+ 1966年)

1913年 - ジェラルド・R・フォード、第38代アメリカ合衆国大統領(+ 2006年)

1918年 - イングマール・ベルイマン、映画監督・脚本家 (+ 2007年)

1923年 - 福田歓一、政治学者 (+ 2007年)

1931年 - 伊上勝、脚本家(+ 1991年)

1937年 - 森喜朗、第85・86代内閣総理大臣

1944年 - 久米宏、元TBSアナウンサー、ニュースステーションキャスター

1946年 - 藤井健、歌手(元ザ・ブレッスン・フォー)

1952年 - 水谷豊、俳優
1952年 - 松崎泰治、元プロ野球選手
1953年 - 岡田克也、衆議院議員・民主党代表
1953年 - ドロテ、歌手、女優、テレビ司会者
1961年 - 斉藤慶子、女優
1964年 - ミゲール・インデュライン、自転車競技選手
1964年 - 椎名桔平、俳優
1965年 - 松本孝美、モデル
1967年 - 清水一哉、俳優
1967年 - 渡辺政仁、元プロ野球選手
1968年 - 佐藤弘道、元体操のお兄さん
1969年 - 桜庭和志、総合格闘家
1969年 - ビリー・へリントン、AV男優
1971年 - 福本ヒデ、芸人(ザ・ニュースペーパー)
1972年 - 鈴木真仁、声優
1974年 - 羽生未来、女優(+2005年)
1977年 - ヴィクトリア、スウェーデン王太子
1979年 - 本谷有希子、演出家
1979年 - 辻俊哉、プロ野球選手
1979年 - セルゲイ・イグナシェヴィッチ、サッカー選手
1980年 - 小山良男、プロ野球選手
1981年 - YOMI、ミュージシャン(ナイトメア)
1981年 - 古谷拓哉、プロ野球選手
1982年 - 相原梨花、元AV女優
1982年 - 三好ジェームス、沖縄テレビアナウンサー
1985年 - 羽田夕夏、AV女優・ストリッパー
1986年 - 稲森しほり、AV女優
1986年 - 熊谷ちか、グラビアアイドル
1988年 - ジェームズ・ヴォーン、サッカー選手
1988年 - 浜中炯矢、アーチェリー
1988年 - 川幡こころ、AV女優
1990年 - 井上祐樹、ジャニーズJr.
1993年 - 聖夏、ジュニアアイドル
1993年 - 堀江聖夏、AKB48

忌日
664年 - カンタベリーのデウスデディトゥス、カンタベリー大司教

809年(大同4年5月28日) - 大伴弟麻呂、公卿、史上初の征夷大将軍(* 731年?)

1223年 - フィリップ2世、フランス王(* 1165年)

1242年(仁治3年6月15日)- 北条泰時、第3代鎌倉幕府執権(* 1183年)

1486年 - マーガレット、スコットランド王ジェームズ3世の妃(* 1456年)

1638年(寛永15年6月3日)- 高松宮好仁親王、江戸時代の皇族(* 1603年)

1711年 - ヨハン・ウィレム・フリーゾ、オラニエ公(* 1687年)

1770年(明和7年6月22日)- 京極宮公仁親王、江戸時代の皇族(* 1733年)

1775年(安永4年6月17日)- 黒田継高、第6代福岡藩主(* 1703年)

1777年(安永6年6月10日)- 加藤美樹、国学者・歌人(* 1721年)

1793年 - ジャック・カトリノー、ヴァンデの反乱の指導者(* 1759年)

1794年 - ジャン・フレデリック・エデルマン、作曲家(* 1749年)

1817年 - スタール夫人、評論家(* 1766年)

1824年 - カメハメハ2世、ハワイ王(* 1797年)

1827年 - オーギュスタン・ジャン・フレネル、物理学者(* 1788年)

1881年 - ビリー・ザ・キッド、西部開拓時代のガンマン・アウトロー(* 1859年)

1904年 - ポール・クリューガー、トランスバール共和国大統領(* 1825年)

1907年 - ウィリアム・パーキン、化学者(* 1838年)

1910年 - マリウス・プティパ、バレエダンサー・振付師(* 1818年)

1927年 - フリッツ・ホフマン、陸上競技選手(* 1871年)

1939年 - アルフォンス・ミュシャ、グラフィックデザイナー(* 1860年)

1950年 - 三淵忠彦、初代最高裁判所長官(* 1880年)

1953年 - リヒャルト・フォン・ミーゼス、工学者(* 1883年)

1958年 - 吉阪俊蔵、内務官僚(* 1889年)

1958年 - ファイサル2世、イラク王(* 1935年)

1960年 - モーリス・ド・ブロイ、物理学者(* 1875年)

1965年 - アドレー・スティーブンソン、元イリノイ州知事・米国連大使(* 1900年)

1969年 - 坂本繁二郎、画家(* 1882年)

1969年 - 富永次郎、美術評論家(* 1909年)

1974年 - カール・スパーツ、アメリカ空軍大将(* 1891年)

1974年 - 琴錦登、大相撲の力士・元小結(* 1922年)

1979年 - ゲオールギイ・ベリーエフ、航空機設計者(* 1903年)

1980年 - 南洋一郎、作家・冒険小説家(* 1893年)

1981年 - 大山デブ子、女優(* 1915年)

1986年 - レイモンド・ローウィ、インダストリアルデザイナー(* 1893年)

1990年 - 須田剋太、画家(* 1906年)

1994年 - 岡原昌男、第8代最高裁判所長官(* 1909年)

1996年 - ジェフ・クロスノフ、レーシングドライバー(* 1964年)

1998年 - グエン・ゴク・ロアン、元南ベトナム警察庁長官(* 1931年)

1999年 - 山花貞夫、元日本社会党委員長(* 1936年)

2000年 - マーク・オリファント、物理学者(* 1901年)

2000年 - 浜田輝男、実業家・北海道国際航空創業者(* 1941年)

2001年 - 石川利光、小説家(* 1914年)

2002年 - ホアキン・バラゲール、元ドミニカ共和国大統領(* 1906年)

2002年 - 三井理峯、政治運動家(* 1911年)

2005年 - 大沢清、プロ野球選手(* 1916年)

2005年 - シシリー・ソンダース、医師・作家(* 1918年)

2007年 - 広沢直樹、公明党衆議院議員(* 1931年)

2007年 - 谷川明美、アナウンサー(* 1966年)

2007年 - 遠藤俊介、写真家(* 1977年)

記念日・年中行事
フランス革命記念日(フランス)
1789年7月14日に、パリ市民がバスティーユ牢獄を襲撃し、
これがきっかけとなってフランス革命が起こったことに由来。

ペリー上陸記念日

内視鏡の日
内視鏡医学の更なる発展及び普及を願って、2006年から、
”内視”の語呂合わせ(7と14=ナイシ)で(財)内視鏡医学研究振興財団が制定。