東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成20年12月14日(日曜日)

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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科
山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成20年12月14日(日曜日)

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
いつでも接種可能です。

1回法=3500円

2回法=7.000円
です。

冬間近のそのむかし晩秋のころ。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」の。
花の蕾が淡い黄金色の
が見えてから「10日間」で。
花は去りました。
黄金色のじゅうたんが毛氈(もうせん)ように。
地面「金色」に広がりました。

「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」に続いて。
「銀木犀:きんもくせい」もプラチナ色の
花が咲き始めました。

「金木犀:きんもくせい」のあとを追って。
「銀木犀:きんもくせい」の花は去り。
地面に「プラチナ」が一面に広がっていました。

今は私の「大好き」な。
「やぶつばき」と「山茶花(さざんか)」
の「とき」です。

山本クリニックの庭園には。
「野生」の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」が
沢山群生してはえています。

日々の毎日にどんどんと。
みるみると。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」が。
つぼみを大きくしています。

けれども「山茶花(さざんか)」は蕾が大きくなった
そのよるに花咲き朝ちることが
多いです。
「種の保存」の理論からすれば
開花期はながじぇれば長いほど「実」「種」
が「たくさんできる確率は高くなる」
不思議です。

山茶花(さざんか)は
ぬばたまの
暗き闇夜の
木枯らしに
風に弓射られて
花は舞い散る

さざんかは
ぬばたまの
くらいやみよに
こからしに
かせにいられて
はなはまいちる

早朝には「白鷺の羽」
のように地面に
舞い降ちています。

「木犀:もくせい」の花の
「芳香」は蕾のみえるまえから
あります。
花が去ったあとは
「あっというまに芳香が消えます」。

「木犀:もくせい」たちのかおりがされば。
今度はいよいよ。

つぼみを日々
大きくしている。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」が
出番になります。

「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」
をみまもるのは
「みかんの木」の「丸いみかん」の
「ぶどう」のような丸い群れ。

私は山茶花(さざんか)よりも
「やぶつばき」がすきです。

いずれも野生の「やぶつばき」と
野生の「山茶花(さざんか)」です。

堂々たる。
木枯らしの吹く。
「12月」
本物の「冬」になりました。

「冬」がふかまり。

「もっと深い冬」のトンネルをこえれば。

そこは「雪国の冬」です。

「木枯らし」は

遠くの蒸気機関車の鳴き声のように

ちかくに聞こえます。

です。

きょうは。
とても寒い。
「木枯らし」が吹いています。

最近は
朝くらい早朝には「星がみえます」。
「明けの明星」の金星が南の空に高くみえます。

病院の明かりが灯り暗闇のなか。
朝はやく。

「明けの明星」の金星に「おはよう」を
毎日こえで「御挨拶」を伝えます。
「明けの明星」の金星から「おはよう」と
返事がかえってくる声をききながら。
病院の明かりをともします。

夏場の早朝のくらい時には。
明星はみえずらかった。
季節が「冬へとあゆみ」。
いよいよ。
大気が「澄んできた」ということでしょう。

冬霧雨(ふゆきりさめ)の。
冬霞(ふゆかすみ)の大気。

こおろぎの「なきごえ」はいつしか。
「合唱」から「独唱」になりました。
「ろうろう」と鳴いていました。
そしていまは「こおろぎ」はきこえません。
「こうろぎ」の「ろうろう」は
木枯らしの「音」にかわっています。
「ろうろう」「こうこう」

朝暗く寒いいうちの「木枯らし」の合唱は。
「初冬」の「ふうりん」のごとし。
あれ沢山の「ふうりん」かな。
「冬」の「ふうりん」の音色です。

「ろうろう」。
さびさびと「さむい音」です。
「こうこう」
わびわびと「火のこいしい音」です。

「ススキの穂先」は
「そぞろに「深い晩秋・初冬」の旅愁」すら
をも感じさせます。

「ススキの穂先」には「冬ふくろう」が
何匹も集ってつどい。
何匹ものふくろうが。
何かを考えているようにみえます。

「雪」がつもれば。
「ススキの穂先」は。
「しあわせと幸福を手招き」している
何本もの「手」のように。
みえます。

エドヴァルド・ムンク:Edvard Munch
の絵画のようです。

私も「日々を旅ゆく人間」です。

奥の細道の序文に松尾芭蕉が。

「月日は百代の過客(ひゃくたいのかかく)
にして行かふ年も又旅人也。」

「つきはひゃくたいのかかくにして
いきかふとしもまたたひひとなり」

とかたり。詠みました。

私は

「日々の月日」を道連れにして。

「時」を旅をするひとりの旅人(たびびと)」

です。

「日々月日の旅のつれあい」は。

「きょう」と「あす」しか。

いません。

「きょう」と「あす」しか。

私にはありません。

朝くらいとき。
陽の出の直後は。
いつも一瞬は晴れています。
いまだ かすかにも。
のこる「初冬」の気配
もあるけれども。

あきらかに。
そしてしっかりと。
しのびよるもっともっと奥の。
深く深まる冬からの大気。

「ふかまる冬」の気配が。
「確かに」。
そして明らかに。
そして輪郭はっきりと。

感じられるようになりました。

「12月」になりました。
今年も。
「あとわずか」でおわります。

はやいものです。
速いものです。
早いものです。

街路樹もそうそうたる
羽振りの木々から
「ふかまりゆく冬の樹木」にうつろうように
変化しています。

「冬」にも「樹木の若葉の芽生え」があることに
気がつきました。

春の芽吹くときには。
街路樹のポプラも
幹や枝葉の穂先が。
ろうそくのともしびのように。
「炎の様」になっていました。
あたかも
ゴッホの描いた「夜の糸杉」のように。
春の早朝はみえました。

夏になり。
この「穂先」が一気に「ポプラの葉」へと
扇・おおぎのごとく開きました。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「夜の糸杉」から。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「ひまわり」
のように。
一斉に開きました。
8月にはいってからのことです。

10月そして11月。
今現在は落ち着いた「冬」の葉木。
「冬」の木々の「葉」
へと。

「みのりの冬」にむけて。
「あつく」うつろいています。

ポプラも。つばきもくすのきも。
「中秋」には「中秋の若葉」が。
ハンカチをふるように
「秋のわかば」の「めばえ」がみえます。

そして「冬がくると」。
空と木枯らしのかなでる「蛍の光」や
「ラフマニノフのコンチエルト」にあわせるように。

ポプラの葉や芽葉は。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていきます。

樹木のハンカチは。
大地を訪ねて飛翔し。
大地にまいおり大地にもどります。
そして大地になります。

そして。
ポプラの葉や芽葉が。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていくのは。
「夜の魔法」のようです。

木々の「葉」が「枝や幹」を
「保護する役割をしている」
ことに気づきました。

4月の桜の花の時期とうってかわり
桜の木の公園
の桜の木々が。
夏になりとても獰猛な気配を放つ。
初めて気がついた・。

けれども今は

「おせどにこおろぎがなき」

「電線に「木枯らし」がなく」

「深い冬」です。

冬の濃い緑の葉になり。
やさしさとおだやかさ
が感じられます。

そしていつしか
幹先に黄色い葉もまじるようになった。
しだいにしだいに。
紅黄色の葉がふえているのに
きがつきます。
さくらから。
さくらはのきえるころ
です。

紅葉。

桜の樹木も「丸くなりました」。
桜の樹木も毎年と毎日。
「旅(たび)をしている」のでしょう。

朝陽をあびる落葉樹は
「すべてが黄金色」に
かがやき。
朝陽をしっかりと。
「絵になるように」受け止めています。

「冬の朝陽」は真東に大変鋭いことに
気づきました。
眩しいです。

春は別として。
桜の木は木の下で。
夏は心安らかに。
「休める木ではないなあ」
と思います。

秋になり
桜の樹木も安堵の葉色
になりました。
ちょっとばかりびっくり致しました。

枝や幹からは秋の陽の木漏れ日がみえます。

夏桜の木は獰猛なほど葉をおいしげらせ
ていました。
夏には
桜の木の下で木陰で。心安らかにやすもうという
気はおきません。

いまは晩秋になりました。
そよかぜに揺れる葉は
招き誘われるような気すら致します。

冬になり幹にはもう「枯れ葉散る」はの根元には。
「春の芽栄え(めばえ)」
がみえます。

けれども
やはり夏桜の木は
シューベルトの歌曲の旋律にある「菩提樹」
ではないのです。

冬になり
人生に果てて(はてて)
なれるが如く桜樹木はかわりました。
良い木になってきました。
素敵(すてき)です。
冬の桜木(さくらぎ)。

木々でも。
いちょうや。松や。杉などの針葉樹
は。またソテツなどは。
「古い時代の木」です。

「チャールズ・ダーウィンの進化論」からは
「針葉樹」から。
「常緑樹」「広葉樹」「落葉樹」にと。
「進化」しているはずです。

「原始的」な樹木ほど。
「硬い幹」です。
例外はありません。

硬ければ。
幹は硬ければ動物に
「かじられる」ことはないでしょう。

いにしえの古代の時代にも。

恐竜をはじめめとする
「大型」の草食動物にも。

かたければかじられることは
なかったでしょう。

街並みを彩る街路樹には「落葉植物」が多いです。

ふと。考える。

街路樹が「松や杉」のように。
「冬も葉を持つ針葉の常緑樹」では。

冬はうっそうとして道端では
やさしい暖かな陽射しをかくしてしまう。

夏場は枝ぶり葉っぱぶりからつよすぎる日の光は
さえぎれません。
そして
「秋」の「夕焼け陽」には。
「金色のちいさき鳥の形して」
秋の夕焼けの陽射しに舞うこともできません。

常緑樹の針葉樹では。
は四季のリズムをつたえる

北大路魯山人のいう

「ざっくり感(ざっくりかん)」

のリズムヤハーモニー或は旋律が
ありません。

木々の夏の萌黄が早朝暗い中でも
うかびあがります。
私はくすのきが「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
モミジもすきです。
カエデもすきです。
松や杉もすきです。
月桂樹やシナモンもすきです。
オリーブもすきです。
オレンジの木もすきです。
「そてつ」の木もすきです。
ツバキもすきです。
木や植物がすきです。

木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな秋の萌黄色です。
まるで大きな深い山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばの秋のめばえが非常に鮮か
です。
木々は「夏樹」の役目をおわりました。
「秋木」とかわろうとしています。
「秋木」とかわりました。
そして
さらに
「冬木」へとかわろうとしています。

街角の雑草も花は咲き終わり。
盛夏の姿となりそして秋を迎える。
「ほとけの座」や「はこべ」が
「かたばみ」や「いたどり」が
ますます姿を大きくして。
そして「すすき」もくおわりました。

夏草から秋草へ。
そして秋草へのたたずまいをしています。
そしてもうすっかり秋冬草へと黄金色に転した
街角には雑草もあります。
こがねいろ。

雑草も。
同じく花をさかせ自ら種をとばし
夏葉がみえる。
そして秋を迎える。
冬が来て。木枯らしに吹かれ。
雪をかむり。そして。
春がくる。

ツツジは潅木。
ツツジの花の葉の優しさには
あらためてびっくりしました。
黄緑・草色のビロードです。

のぞきこむと若葉はまだ沢山ある。
何故か得をしたように思えました。

そして雨にうたれてそのまま地に落ちた
ツツジの若葉は幾何学的に裏側を下にむけて
逆さじょうごのように
落下していることに気がつきました。
まるで
「若草色」のキノコが沢山はえているようです。

木から落ちても。
まだ「若葉」です。ふと。
ヴェルディの「椿姫」「La Traviata」
の「つばき」を思い出しました。

1852年パリに滞在したヴェルディは
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
の戯曲版『椿姫』の上演を見て感激し
ました。
そのころ新作の作曲依頼を受けていた
ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために。
翌1853年初めに比較的短時間で作曲された
『椿姫 』(La Dame aux camelias、1848年出版)
は。
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)が
実際の体験を基にして書いた長編小説。
主人公のモデルはかつて作者が交際をしていた
マリー・デュプレシという高級娼婦。
恋人アルマンのイニシャルである
『AD』は
小デュマのイニシャルと同じです。

この作品は人々に愛されて幾度も舞台、映画化され
続けてきました。

朝暗いうちは。
もう。
はださむいような気が致します。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。

山本クリニックには。
検見川の落合遺跡の遺跡発掘の際に
みつかった「古代のハスの種子」から。

2000年ぶりに発芽したことで有名な。
「古代蓮(ハス)」があります*。
【大賀ハス:おおがはす】です。
「有名な古代ハス」です。
とても勇壮なハスで。
花のいろはとてもあまりにも美しく。
たとえ様もありません。

ハスの花がさき。
「「蓮(ハス)」の実」になりました。
「はすの実」も「はす」の葉も。
2mくらい水面から高いところに
あります。

睡蓮(すいれん)があります。
睡蓮(すいれん)は「葉」が水に浮び。
はのきれこみは羊の足のようです。
睡蓮(すいれん)を「ひつじぐさ」とは
なるほどと考える。
睡蓮(すいれん)の茎の長さには
おどろかされます。

「姫睡蓮(ひめすいれん)」でさえも。
池はばが長ければ四方八方に「水の中の枝」。

「モネ」の描いた睡蓮(すいれん)の
「水の中の枝」は「どれほど長いのだろう」。

睡蓮(すいれん)も「太古の時代」に
陸の動物に「かじられないように」
水中に「逃げ込んだ」のでしょう。

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大賀ハス(オオガハス、おおがはす)とは。
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川
(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある
東京大学検見川厚生農場
(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された
今から2000年以上前の古代のハスの実から
発芽・開花したハス(古代ハス)のことです。

戦時中に東京都は燃料不足を補うために
花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていた
「草炭」を採掘していました。

採掘は戦後も継続して行われていました。
1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま
1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出しました。

その調査によりもう2隻の丸木舟と
ハスの果托などが発掘されました。

「縄文時代の船だまり」であったと推測され落合遺跡と呼ばれました。

植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士
(当時・関東学院大学非常勤講師)が
発掘品の中にハスの果托があることを知り。
1951年(昭和26年)3月ボランティアの協力を得てこの遺跡の発掘調査を行いました。
翌日で打ち切りという30日の夕刻になって花園中学校の女子生徒により
地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され予定を延長し
4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されました。

大賀博士は5月上旬から発掘された
3粒のハスの実の発芽育成を試みるも2粒は失敗に終わりました。
だが1951年3月30日に出土した1粒が育成に成功致しました。

翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。
このニュースは国内外に報道されて多いな「驚愕」を与えました。
同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」
として掲載され博士の姓を採って「大賀ハス」と命名されました。

シカゴ大学のリピー博士らによって放射性炭素年代測定が行われました。
ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。

この古代ハスは、
1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として
千葉県の天然記念物に指定されました。
また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、
現在日本各地は元より世界各国へ根分けされ、
友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っています。

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ふと「パンの神」を思い出しました。
(「牧神パン(Pan)」=「Pan」=「パン」=
「飯(はん)」=「全般の般」=「パンアメリカンのパン」=

「パン」「pan」は「すべて」という意味の
古代ギリシャ語そして「サンスクリット」も同じ。

古典ギリシア語 Παν、Pan「パンの神」は。
幼少時からゼウスから他の神々全て*に好かれたので
(古代ギリシャ語でTheophilusテオフイルス/ラテン語では
amadeus アマデウス**)
「パン」と名づけられました。

「頭は人間で胴体は山羊」です。

「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」
ギリシア神話に登場する魔神***。
に追いかけられ
あわてて身を守るため川に飛び込み「頭は人間で胴体は人魚」
に変身したために。

「パニック」=「panic:パン的」
という言葉が生まれました。

星座に「山羊座」という星座があります。

山羊座は不思議ですが
「あわてて身を守るため川に飛び込み
「頭は人間で胴体は人魚」」
に変身した「パンの神」を示しています。
山羊ではありません。

むしろ正確には人魚です。

だから。
「山羊座」という「意味」はわかります。
けれども「命名」の観点から。
「山羊座」というのはかなり「妙」な気が致します。
「人魚座」というのが正しい。


名称「パンの神」の由来は「ギリシャ神話」でも
非常に多くの「言い伝え」がいくつがあります。
その「言い伝えの数」に正比例して「混乱」があります。

**
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
「アマデウス」とは「パンの神」のことです。

***
「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」は
「台風:たいふう」と日本語では名前を変えています。

****
タイフーン級原子力潜水艦は
旧ソ連・ロシアの941型(プロジェクト941)
戦略ミサイル搭載原子力潜水艦のことです。
タイフーンはそれに付けられたNATOコードネームですが
この名称は日本の「台風」とは「直接関係」はありません。

日曜の

朝晴れて

はじめて気づく

にわの小ささ

にちようの

あさはれて

はじめてきづく

にわのちいささ

朝晴れて

にわの小さき

気づかぬときは

病(やまい)なりけり

日曜の朝

あさはれて

にわのちいさき

きづかぬときは

やまいなりけり

にちようのあさ

休診日ですが。
早朝に朝まだ暗いうちから
首都高を走って病院に到着致します。

空はきらきらのラピス・ラズリの
紺碧のジュースから
ミルク色のはいった
トルコ石の「プリン」に変わるように変化
していきます。

遠くにぽかぽか浮ぶ「雲々」は
トルコ石の「プリン」の上の「クリーム」の
ようです。
にわのあじさいは「アイスクリーム」
のようです。

冬きらきらラピス・ラズリの空(そら)
冬紺碧のカクテルいろの空(そら)
冬ミルクをそそそいだ空(そら)
冬トルコいしのプリンの空(そら)
冬はるかにとほくたかい空(そら)
冬ほかほか浮ぶ雲々(くもぐも)そら
冬プリンの上のクリームのような空(そら)
冬睡蓮(すいれん)の水面に空(そら)
冬睡蓮(すいれん)のうえに空(そら)
冬空(そら)の向こうにまた空(そら)
冬そのまたむこうにももっと大きな空(そら)

春のうららのこもれびに
緑木いらかをかぜはやみ
青風ひるむやうつろひの
四季のつきひははやいくとせ

夏のうららのこもれびに
緑木いらかのつねなりて
赤き空(そら)にて炎えたたむ
四季のつきひははやいくとせ

秋のうららのこもれびに
緑木いらかにかぜさやか
秋風かたれるやすらきの
四季のつきひははやいくとせ

冬のうららのこもれびに
緑木いらかにかぜつよし
冬風弓(ゆみ)射る木枯らしに
四季のつきひははやいくとせ

冬椎木(しいのき)は枝高し
冬そらに吼える若葉の穂束
冬そらに吼える蒼き獅子のごとし
冬天にも地にもみどりはさける
冬のあさふかまりて
冬陽の光ゆたかなりけり
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬いふこともなし
冬ゆたかなるかな秋冬

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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成20年2月11日(月曜日)は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

は「おわりました」。
-------------------------------

平成20年3月20日(木曜日)
は「祝日」です。
けれども
(木曜日)は休診日であるために。
「祝日診療」は行いません。

祝日が(日曜日)(木曜日)とかさなわない場合
に限り。
「休日体制」で患者さんの診療を行います。
はおわりました。

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平成20年

4月29日(火曜日)はおわりました。
5月 3日(土曜日)はおわりました。
5月 5日(月曜日)はおわりました。
「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

但し
5月 6日(火曜日)は「お休み」
を頂き。5月7日(水曜日)より定常どおり
の診療を行います。
-------------------------------

7月21日(月曜日)は祝日です。
「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
-------------------------------

「8月」の夏季休診体制ですが。
8月13日(水曜日)ー8月16日(土曜日)
までが「夏季休診」になります。
けれども
8月13日(水曜日)
8月16日(土曜日)は。元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------

9月15日(月曜日)
9月23日(火曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------

10月13日(月曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------

11月 3日(月曜日)は。
11月24日(月曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
-------------------------------

12月23日(火曜日)は祝祭日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
-------------------------------

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

-------------------------------

★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円

2回法=7.000円
です。

当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。

-------------------------------

2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。

このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。

麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。

成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です

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「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。
「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。

「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。

作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。

「今日は何の日」は。

2歳の時に罹患し身障者となった女流作家。
細密画家としての作品も立派であったが。
体が不自由なために画家を断念し。

書き綴った文章で身をたてようとして成功。

「英国:United Kingdom UK」の「児童文学作家」であり

1959年に。
『ともしびをかかげて』(The Lantern Bearers)
でカーネギー賞を受賞致し。
これ以降、英国トップレベルの児童文学の書き手の一人
である女流作家。
私の「大好き」な。

1920年 - ローズマリー・サトクリフ、作家(+ 1992年)
の生誕日です。
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ローズマリー・サトクリフ(Rosemary Sutcliff、
1920年12月14日−1992年7月23日)は。
イギリスの歴史小説・ファンタジー小説家です。

1950年の『ロビンフッド年代記』から。
作家としての経歴を積みました。

代表作にカーネギー賞を受賞した
『ともしびをかかげて』(The Lantern Bearers)、
『アーサー王と円卓の騎士』(The Sword and the Circle)
などがあります。

多くは子供向けの歴史小説です。
けれども大人向けの作品も書いています。

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ローズマリー・サトクリフ:Rosemary Sutcliffの
作品には、ケルト神話やギリシア神話を元にしたものや。
ケルトの民族やイングランド地方の話などが多いです。

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ローズマリー・サトクリフ:Rosemary Sutcliffは。
イギリスのサリーで生まれました。

2歳の時にかかった病気が元で一生
自由に歩き回れない生活を送らざるをえませんでした。
どのような病気かは推察できません。

14歳の時に学業を離れ画家を志して
1935年にビドフォード美術学校に進み細密画家となりました。

細密画家であることに苦痛を感じ手近にある紙に
彼女は物語をつづり始めました。

(これについては彼女自身が
自叙伝『思い出の青い丘』の中で。
本当は油絵の画家になりたかった。
体が不自由なために思い叶わず
プロにはなったものの細密画家としての技術は
素晴らしかった。
けれども
どこかで不満を感じていたのだ。
と説明しています)

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ローズマリー・サトクリフ:Rosemary Sutcliffは。
そうして書いた作品は偶然に。
オックスフォード大学出版局に渡りました。

送られた原稿そのものは日の目を見なかったのですが。

出版局から来た手紙の誘いに応じて
サトクリフは『ロビンフッドの物語』を書きました。
そして1950年に処女作となった
『エリザベス女王物語』と同じ年に出版されました。

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ローズマリー・サトクリフ:Rosemary Sutcliffは。
文筆家としての本格的なキャリアを積み始めたのは。
1959年からです。

この年には。
『ともしびをかかげて』(The Lantern Bearers)
でカーネギー賞を受賞致します。

これ以降は。
英国トップレベルの児童文学の書き手の一人とされる
大活躍を到ります。

ローズマリー・サトクリフ:Rosemary Sutcliffには。

女王陛下より。

1975年には大英帝国勲章のOBEが送られています。
1992年にはCBEが贈られています。

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ローズマリー・サトクリフ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%88%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%95

ローズマリー・サトクリフ(Rosemary Sutcliff、1920年12月14日−1992年7月23日)は、イギリスの歴史小説・ファンタジー小説家。

1950年の『ロビンフッド年代記』から作家としての経歴を積んだ。代表作にカーネギー賞を受賞した『ともしびをかかげて』(The Lantern Bearers)、『アーサー王と円卓の騎士』(The Sword and the Circle) などがある。多くは子供向けの歴史小説だが、大人向けの作品も書いている。

作品には、ケルト神話やギリシア神話を元にしたもの、ケルトの民族やイングランド地方の話などが多い。

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目次
1 経歴
2 作品リスト
2.1 ローマン・ブリテン4部作
2.2 アーサー王シリーズ
2.3 その他児童文学
2.4 ノンフィクション
2.5 大人向けの小説
3 外部リンク

経歴
彼女は、イギリスのサリーで生まれた。2歳の時にかかった病気が元で一生、自由に歩き回れない生活を送った。14歳の時に学業を離れ、画家を志して1935年にビドフォード美術学校に進み、細密画家となったが、細密画家であることに苦痛を感じ、手近にある紙に彼女は物語をつづり始めた。(これについては彼女自身が、自叙伝『思い出の青い丘』の中で、本当は油絵の画家になりたかったが体が不自由なために思い叶わず、プロにはなったものの細密画家としての技術は素晴らしかったが、どこかで不満を感じていたのだと説明している)

そうして書いた作品は偶然、オックスフォード大学出版局に渡った。送られた原稿そのものは、日の目を見なかったが出版局から来た手紙の誘いに応じてサトクリフは『ロビンフッドの物語』を書き、1950年に処女作となった『エリザベス女王物語』と同じ年に出版された。

文筆家としての本格的なキャリアを積み始めたのは、1959年からで、この年には、『ともしびをかかげて』(The Lantern Bearers)でカーネギー賞を受賞した。これ以降、英国トップレベルの児童文学の書き手の一人とされている。

1975年には、大英帝国勲章のOBEが、1992年にはCBEが贈られている。

作品リスト
数字は全て原著の出版年。分類は英語版ウィキペディアに従った。

ローマン・ブリテン4部作
『第九軍団のワシ』 Eagle of the Ninth(1954年;Oxford University Press初出, 1972年;岩波書店上製本 猪熊葉子訳, 2007年;岩波少年文庫 579)
『銀の枝』 The Silver Branch (1957年;Oxford University Press初出, 1994年;岩波書店上製本 猪熊葉子訳, 2007年;岩波少年文庫 580)
『ともしびをかかげて』 The Lantern Bearers (1959年;Oxford University Press初出, 1969年;岩波書店上製本 猪熊葉子訳, 2008年;岩波少年文庫 上・下 581-2)
『辺境のオオカミ』 Frontier Wolf (1980年, 2002年;岩波書店上製本 猪熊葉子訳)

アーサー王シリーズ
『アーサー王と円卓の騎士』 The Sword and the Circle (1979年, 2001年;原書房 【サトクリフ・オリジナル1】 山本史郎訳)
『アーサー王と聖杯の物語』 The Light Beyond the Forest (1979年, 2001年;原書房 【サトクリフ・オリジナル2】 山本史郎訳)
『アーサー王最後の戦い』 The Road to Camlann (1981年, 2001年;原書房 【サトクリフ・オリジナル3】 山本史郎訳)

その他児童文学
『イルカの家』 The Armourer's House (1951年)
Brother Dustyfeet (1952年)
『ケルトとローマの息子』 Outcast (1955, 2002年;ほるぷ出版単行本 灰島かり訳)
『シールド・リング ヴァイキングの心の砦』 The Shield Ring (1956年, 2003年;原書房 山本史郎訳)
『太陽の戦士』 Warrior Scarlet (1957年;Oxford University Press初出, 1968年岩波書店上製本 猪熊葉子訳, 2005年岩波少年文庫 570)
Lady in Waiting (1957年)
The Queen Elizabeth Story (1958年)
Simon (1959)
Rider of the White Horse (1959年)
『運命の騎士』 Knight's Fee (1960年) illustrated by Charles Keeping
Bridge Builders (1961年)
『ベーオウルフ 妖怪と竜と英雄の物語』 Beowulf: Dragonslayer (1961年, 2002年;原書房 【サトクリフ・オリジナル7】 井辻朱美訳)
ベオウルフ伝承を元にした再話
『夜明けの風』 Dawn Wind (1961年, 2004年;ほるぷ出版単行本 灰島かり訳)
『炎の戦士クーフリン』 The Hound of Ulster (1963年, 2003年;ほるぷ出版単行本 灰島かり訳)
アイルランドの神話の英雄クー・フーリンにまつわる再話
『王のしるし』 The Mark of the Horse Lord (1965年, 1973年岩波書店上製本 猪熊葉子訳)
『英雄アルキビアデスの物語 上・下』 The Flowers of Adonis (1965年, 2005年;原書房 山本史郎訳)
『族長の娘—ヒースの花冠』 The Chief's Daughter (1967年)
日本語訳は『三つの冠の物語 ヒース、樫、オリーブ』(2003年;原書房 山本史郎訳)に所収
『黄金の騎士フィン・マックール』 The High Deeds of Finn Mac Cool (1967年, 2003年ほるぷ出版 金原瑞人・久慈美貴共訳)
『樫の葉の冠』 A Circlet of Oak Leaves (1968年)
日本語訳は『三つの冠の物語 ヒース、樫、オリーブ』に所収
The Witch's Brat (1970年)
『トリスタンとイズー』 Tristan and Iseult (1971年)
The Truce of the Games (1971年)
『山羊座の腕輪(ブレスレット)ブリタニアのルシウスの物語』 The Capricorn Bracelet (1973年, 2003年;原書房 山本史郎訳)
The Changeling (1974年)
We Lived in Drumfyvie (1975年)
『ヴァイキングの誓い』 Blood Feud (1976年, 2002年ほるぷ出版 金原瑞人・久慈美貴共訳)
『ケルトの白馬』 Sun Horse, Moon Horse (1977年, 2000年;ほるぷ出版単行本 灰島かり訳)
Shifting Sands (1977年)
『闇の女王にささげる歌』 Song for a Dark Queen (1978年)
ケルト神話の女王Boadiccaにまつわる物語の再話
『ロビン・フッドの物語』 Chronicles of Robin Hood (1950年, 2004年;原書房 山本史郎訳)
Eagle's Egg (1981年)
『はるかスコットランドの丘を越えて』 Bonnie Dundee (1983年)
Flame-colored Taffeta (1986年)
『小犬のピピン』 A Little Dog Like You (1987年, 1995年;岩波書店)
『アネイリンの歌 ケルトの戦の物語』 The Shining Company (1990年)
『竜の子ラッキーと音楽師』 The Minstrel and the Dragon Pup (1993年, 1994年岩波書店 猪熊葉子訳)
『トロイアの黒い船団 ギリシア神話の物語・上』 Black Ships Before Troy (1993年, 2001年;原書房 【サトクリフ・オリジナル4】 山本史郎訳) illustrated by Allan Lee
イリアスの再話
Chess-dream in the Garden (1993年)
『オデュッセウスの冒険 ギリシア神話の物語・下』 The Wanderings of Odysseus (1995年, 2001年;原書房 【サトクリフ・オリジナル5】 山本史郎訳) illustrated by Allan Lee
オデュッセイアの再話
『剣の歌 ヴァイキングの物語』 Sword Song (1997年, 2002年;原書房 【サトクリフ・オリジナル6】 山本史郎訳) published posthumously

ノンフィクション
Heroes and History (1966年)
『思い出の青い丘』 Blue Remembered Hills (1983年)
サトクリフ自身による自叙伝

大人向けの小説
『血と砂 愛と死のアラビア 上・下』 Blood and Sand (1987年, 2007年;原書房 山本史郎訳)
2008年、宝塚歌劇団花組で舞台化。
『落日の剣 真実のアーサー王の物語 上(若き戦士の物語)・下(王の苦悩と悲劇)』 Sword at Sunset (1963年, 2002年;原書房 山本史郎訳)
大人向けの小説。アーサー王にまつわる物語であるが、子供向けに書かれた物語とは異なる。『ともしびをかかげて』の後日談に当たる。

外部リンク
Rosemary Garden - 柊館というサイトの中の一コンテンツ
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%88%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%95" より作成
カテゴリ: イギリスの小説家 | ファンタジー作家 | 大英帝国勲章 | 1920年生 | 1992年没

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12月14日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/12%E6%9C%8814%E6%97%A5

できごと
1180年 - 福原行幸。平清盛の主導による遷都計画。

1819年 - アラバマ州がアメリカ合衆国に加入。

1911年 - ノルウェーのロアール・アムンセン隊が南極点に初めて到達。

1927年 - イギリスがイラクの独立移行に向けた新協定を締結。

1934年 - 日光国立公園が国立公園に指定される。

1939年 - 国際連盟がフィンランド侵攻を理由にソ連を除名。

1974年 - 国連総会決議3314で現代国際法上の侵略が定義される。

1975年 - 国鉄最後のSL牽引による定期旅客列車が室蘭本線で運転。

1993年 - 日本が米輸入の部分開放を決定、米の自給体制終結。

1993年 - 日野OL不倫放火殺人事件

1996年 - JR東日本が中央本線・東京駅〜甲府駅間にATOSを初めて導入

2003年 - 米軍などがサッダーム・フセイン元大統領を拘束

2003年 - JR東日本南武支線から101系電車が引退。また同時に、JRグループからも消滅。

2003年 - 1996年に焼失していたヴェネツィア・フェニーチェ劇場が再開場。

2006年 - モナコ公国と日本が外交関係を開設。

2006年 - ヨウスコウカワイルカ、研究グループの調査の結果、絶滅と判断。

2007年 - ルネサンス佐世保銃乱射事件

誕生日
1503年 - ノストラダムス、医師・占星術師。『百詩篇集』の著者(+ 1566年)

1546年 - ティコ・ブラーエ、天文学者(+ 1601年)

1738年 - ヤン・コジェルフ、作曲家(+ 1814年)

1883年 - 植芝盛平、武道家・合気道開祖(創始者)・合気会開設者(+1969年)

1895年 - ジョージ6世、イギリス国王(+ 1952年)

1895年 - ポール・エリュアール、詩人(+ 1952年)

1897年 - クルト・シュシュニグ、オーストリア首相(+ 1977年)

1901年 - 阪東妻三郎、映画俳優(+ 1953年)

1914年 - カール・カルステンス、ドイツ第5代連邦大統領(+ 1992年)

1920年 - ローズマリー・サトクリフ、作家(+ 1992年)

1921年 - 森正、指揮者(+ 1987年)

1921年 - ボビー・アダムズ、野球選手(+ 1997年)

1933年 - 北川智絵、声優

1935年 - 中山稔丈、元プロ野球選手

1942年 - レックス・トンプソン、元子役、俳優

1944年 - 池内了、天文学者

1948年 - 錦野旦、歌手
1955年 - 世良公則、歌手
1959年 - ホルヘ・バカ、プロボクサー
1960年 - 小山昭晴、元プロ野球選手(+ 2005年)
1964年 - 須藤満、ベーシスト
1964年 - 藤岡宣男、声楽家(カウンターテナー)
1964年 - 高野寛、ミュージシャン
1964年 - 坂本勝美、元騎手・調教師
1965年 - TOMOVSKY、ミュージシャン
1967年 - 田中幸雄、元プロ野球選手
1968年 - 高木希世子、元司会者
1969年 - デービッド・ニルソン、元プロ野球選手
1970年 - ウラジミール・グルビッチ、バレーボール選手
1970年 - 緒方剛志、漫画家、イラストレーター、キャラクターデザイナー
1971年 - 浅井樹、元プロ野球選手(広島東洋カープ)
1971年 - シャノン・ブリッグス、プロボクサー
1971年 - 星野ひかる、元AV女優
1972年 - テル、どーよ・お笑いタレント
1972年 - 魚喃キリコ 、漫画家
1974年 - 大塚亮二、ケツメイシメンバー,RYOJI
1975年 - 福浦和也、プロ野球選手(千葉ロッテマリーンズ)
1976年 - アンドレ・クート、レーシングドライバー
1977年 - 桃井はるこ、タレント・声優
1977年 - 谷田部俊、我が家(お笑いコンビ)
1977年 - 曽根純恵、フリーアナウンサー
1978年 - 田口理恵、歌手・元Say a Little Prayerメンバー
1979年 - マイケル・オーウェン、サッカー選手
1979年 - 中野美奈子、フジテレビアナウンサー
1980年 - タタ・ヤン、歌手
1980年 - 永川勝浩、プロ野球選手(広島東洋カープ)
1983年 - 宝月ひかる、AV女優
1985年 - 滝沢乃南、グラビアアイドル
1985年 - 八神蓮、モデル
1987年 - 相澤寿聡、プロ野球選手(広島東洋カープ)
1988年 - 坂本勇人、プロ野球選手(読売ジャイアンツ)
1991年 - 高畑充希、女優・歌手
生年不詳 - 黒澤ひかり、グラビアアイドル
生年不詳 - 瞬火、ベーシスト(陰陽座)

忌日
1285年(弘安8年11月17日)- 安達泰盛、鎌倉幕府の御家人(* 1231年)

1417年 - ジョン・オールドカースル、ロラード派の殉教者(* 1378年)

1542年 - ジェームズ5世、スコットランド王(* 1513年)

1591年 - 十字架のヨハネ、カトリック司祭(* 1542年)

1683年 - ヴォワチュール・アンテルム、修道士・天文学者(* 1618年頃)

1788年 - カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ、作曲家(* 1714年)

1788年 - カルロス3世、スペイン王(* 1716年)

1799年 - ジョージ・ワシントン、初代アメリカ合衆国大統領(* 1732年)

1806年 - ジョン・ブレッキンリッジ、第5代アメリカ合衆国司法長官(* 1760年)

1861年 - アルバート公、イギリス女王ヴィクトリアの王配(* 1819年)

1873年 - エリーザベト・ルドヴィカ、
プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の妃(* 1801年)

1873年 - ルイ・アガシー、生物学者・海洋学者・地質学者(* 1807年)

1878年 - アリス、ヘッセン大公ルートヴィヒ4世の妃(* 1843年)

1881年 - ウィリアム・ラドクリフ・バート、天文学者(* 1804年)

1930年 - 佐近益栄、小説家(* 1890年)

1931年 - ワルター・ハーリヒ、文学研究者(* 1888年)

1932年 - 田代重右衛門、実業家(* 1854年)

1937年 - 長野宇平治、建築家(* 1867年)

1937年 - 山本悌二郎、農林大臣(* 1870年)

1938年 - モーリス・エマニュエル、作曲家・音楽学者(* 1862年)

1943年 - ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ、
菜食主義者・ケロッグ社共同創設者(* 1852年)

1947年 - スタンリー・ボールドウィン、イギリス首相(* 1867年)

1949年 - 森田草平、小説家(* 1881年)

1951年 - カール・ランプランド、天文学者(* 1873年)

1955年 - 安井曾太郎、画家(* 1888年)

1956年 - ユホ・クスティ・パーシキヴィ、第7代フィンランド大統領(* 1870年)

1958年 - 中山博道、武道家(* 1873年)

1961年 - リヒャルト・シルマン、教育者・ユースホステル創設者(* 1874年)

1962年 - 4代目桂文團治、落語家(* 1878年)

1963年 - エーリッヒ・オレンハウアー、ドイツ社会民主党党首(* 1901年)

1963年 - ダイナ・ワシントン、ジャズ歌手(* 1924年)

1964年 - フランシスコ・カナロ、タンゴのヴァイオリニスト・指揮者(* 1888年)

1966年 - 式守伊之助 (19代)、大相撲立行司(* 1886年)

1972年 - 内田祥三、建築家(* 1885年)

1974年 - クルト・ハーン、教育者(* 1886年)

1974年 - ウォルター・リップマン、ジャーナリスト・コラムニスト(* 1889年)

1976年 - ドナルド・メンゼル、天文学者(* 1901年)

1980年 - 藤井丙午、実業家(* 1906年)

1981年 - 松本善登、騎手(* 1933年)

1985年 - ロジャー・マリス、メジャーリーグのプロ野球選手(* 1934年)

1987年 - 萩原淳、将棋棋士(* 1904年)

1988年 - エヴァルト・ショルム、映画監督・俳優(* 1931年)

1989年 - 勝間田清一、元日本社会党委員長(* 1908年)

1989年 - 近藤積、テレビプロデューサー・演出家(* 1916年)

1989年 - アンドレイ・サハロフ、物理学者・人権運動家(* 1921年)

1992年 - 町村金五、元警視総監・北海道知事・自治大臣(* 1900年)

1993年 - マーナ・ロイ、女優(* 1905年)

1997年 - 村瀬敏郎、日本医師会会長(* 1911年)

1999年 - 矢野暢、政治学者(* 1936年)

2001年 - 中部銀次郎、ゴルフ選手(* 1942年)

2001年 - W・G・ゼーバルト、小説家(* 1944年)

2005年 - 石川六郎、実業家・鹿島建設第7代社長・日本商工会議所第15代会頭(* 1925年)

2006年 - 呉連義、最後のベトナム残留台湾人と見られる人物(* 1923年)

2007年 - 花井悠、プロ野球選手・野球解説者(* 1932年)

記念日・年中行事
南極の日
1911年12月14日に、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセンと4人の隊員が
人類で初めて南極点に到達したことに由来。

討ち入りの日/忠臣蔵討ち入りの日/四十七士討ち入りの日/忠臣蔵の日(日本)
元禄15年12月14日(1703年1月30日)に、
赤穂浪士(四十七士)が吉良上野介邸討ち入り(元禄赤穂事件)を行った。
これにちなんで、
吉良邸跡である両国・松坂公園と赤穂浪士の墓所泉岳寺、並びに赤穂市
では義士祭が行われる。
松坂公園では、名君であったとされる吉良上野介を偲んで吉良祭も同時に行われる。
西暦2003年12月14日に、「赤穂浪士討ち入りから300年」と報じる日本のメディアがあったが、討ち入り300年の日は正しくは西暦2004年1月30日である。