東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月8日(木曜日)

[ Myマップ ][ 病院の投稿地図 ]
[ Myマップ ][ 病院の投稿地図 ]

「ここをおして」をクリックされてください。

東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科
山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月8日(木曜日)

みなさま。

あけましておめでとうございます。

ことしもすべてのひと。すべとのことがらが。

しあわせになり。しあわせにはこび。

しあわせを達成できますように。

★★★
「新年」になり「8日」たちました。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円

2回法=7.000円

です。

当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。

今年ももうすぐに春がきて。
ひなまつりがおわり。

春分の日ももうすぐに。
「さくら咲き」
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になりそして9月がおわり。
中秋10月なりそして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になるのでしょう。

冬になる。雪国の冬になる。
冬至をすぐれば「陽」は日々たかくなり。
サ来年の「1月」「2月」は寒い雪の「冬」
もおわれば。

また来年に「年もあらたまり」。
「春」そして「夏」に向かうのでしょう。

「初春」「新年」。
今現在は「冬の真っ最中」です。

けれども「昨年」12月の冬至が
おわりました。
陽は日々たかくなっているのです。
朝日ののぼるのが早くなりました

まことに。

冬来たりなば春遠からじ。

(出 典は。

 イギリスの詩人シェリーの

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes, can spring be far behind? )

「秋」から「冬」への移り変わりは

「かけあし」
のようでした。

「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
今日は「新年」「初春」の「1月」
です。

「晩秋」から「冬」への移り変わりは
「かけあし」のようにうつろいました。

一方
「春」はゆっくりと。ゆっくりとあるいてきます。
「春」をまつのであれば。
「春」のゆっくりと歩いてくるのをまたねば
なりません。

「初春」「新年」。平成21年になりました。

去年はおわりました。。

「冬」はかけあしでやってくる。

「春」はゆっくりと歩いてくる。

さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいに

心をはせれば。

考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれません。
「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば「鬼」が笑う。
「来年」のことを考えずにすむのであれば「鬼」は
笑わないのでしょう。
「鬼」とはなんだろう。

今日の深夜早朝03:15amには。
久方ぶりに大きな新年の「星空」がみえました。
早朝くらいうちは。
空に月。
「お月様」が「秋雲のじゅうたん」
天高くにねそべっている
ような「寒月」です。

06:00amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「朝焼け色」の線描です。
朝の「陽射し」ののぼるころは「西」の空
のほうが明るいのです。

高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけたものです」。

この「あおぞら」をみていると。

とても
信じられないくらいに。
元気がわいてくることに気が付きました。
「陽射し」の「めぐみ」のおかげでしょう。

「そら一杯の青空の天井(てんじょう)」と
「太陽のひかりのひざし」は。
なによりもの「生きとし生けるもの」への。
「ごほうび」であるのでしょう。
そして「太陽のひかりのひざし」は
「いのちのめぐみ」です。

ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくむもの。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえるもの。
「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる「はるかかなた」までの。
「いきるちから」をさずけるものです。

はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も
「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
いまや
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」です。

病院の庭園に「何本」ある
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」の大木が。
いずれもが紅白の花を

たんぽぽ
のように
枝にみのらせています。
まだ「はつはな」で初々しいたです。
けれども。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)は。
は雨に打たれると。
花は地面に紅白の緋色毛氈(ひいろもうせん)
のように落下致します。

くれないとしろ色の積雪のようです。

山茶花(さざんか)「やぶつばき」の花を放ち。
ひろって。
手のひらにかかげれば。
「やぶつばき」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致しました。

今は。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)が。
蕾をふくらませています。
「やぶつばき」の蕾がふくらんでいます。

山茶花(さざんか)の「はなびら」が
闇夜のあいだに。
今朝の早朝まだ「花」にもきがつかぬうちに
また地に舞い下りていました。

山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちったようです。

みつめれば。
木枯らしに弓射られた白鷺(しらさぎ)
のはねが舞っているようでした。

この寒い冬も。
「昆虫」の少ない時期に。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
は花をさかせ
どのように授粉して「実る」のだろう。

山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちる。
「やぶつばき」も「花」はすぐに
落下する。
このあたりに。

山茶花(さざんか)と「やぶつばき」
の「人生」の「解答」があるような
気が致します。

ふと野草の花は一般的には。
香らない花が多いことに気づきました。

伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。

因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は「矢車菊色」=
「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物。
矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。

古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」で色は紫です。

ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンにささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かぶ。

この「花」が。「野菊」です。
「野菊の墓」の「野菊」。
けれども「野菊」は香りません

毎朝暗い早朝と暗くなる午後4時ころには。
「木枯らし」が
鳴いている。

木枯らしがかわりばんこに。
あちこちで
「ろうろう」「こうこう」とないています。

「木枯らし」の「声」を聞いていると。

ふと。
「寒さにおびえるひと」の気配が脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った「樋口一葉」。

樋口一葉の
「うらわかき」「冬の短歌」がきこえるようです。

散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべき雪の山里

ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと

庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり

にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり

世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて

よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて

「24歳」の「とても貧しい乙女」の。

かなしさの「おもかげ」と。

光さし輝きはずむお若い「御婦人」の「知」が。

「ひしひし」とよみとれます。

「冬至」はすでにすぎました

これからは日は。
陽は次第にながくなる。
日が長くなる。
朝は明けるのは早くなり。
夕に暗くなるのは遅くなる。

しだいに陽がながくなる。
なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。

心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音」があるようです。

朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。

東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。

「やぶつばき」の大木が4本と山茶花(さざんか)が4本
あります。

「初春」をつたえるがごとく。
「においつばき」の木が「香り花」が開花致しました。

「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」が
蕾を大きくしています。

山茶花(さざんか)も「やぶつばき」も私は「大好き」
な花木です。

「花」はみえない頃からもう
「においつばき」
は「香っています」。
「やぶつばき」は冬にも若葉をだします。
「やぶつばき」は「荒い木」
です。
けれども「生き様」は。
樹木として
とてもとても麗しいと思います。
ある意味では威風堂々です。

「山茶花(さざんか)」は
のんびりやの気がする。

山茶花(さざんか)の「花」はさいたまま
「花がさいた」を忘れたかのように
ぼんやりと木にのっている。
いつ花が散るのだろう。
ふと考えるまえにちります。

考えれば山茶花(さざんか)の蕾が
思い出せない。
花の咲く存在感のない植物は
「山茶花(さざんか)」です。
うすぼんやりした花木です。
水墨画の主人公にはなりえない。

この「1月」時期になり。
森山を分け入ると。

木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。

四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。

古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。

*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。

実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。

邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。

「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。

木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。

「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。

桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。
今現在は冬。
はだか木です

明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「冬」の「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。

今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。

「幸せ色」=「しあわせいろ」
ならばよいです。

けれども
早朝は非常に寒くなりました。

冬やま中さまよいて
冬やま中をわけいらば
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
冬やま中みつけたりやまの秋の華。
冬やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬山はぜの葉木。
冬やま中やまうるしの葉木。
冬やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
冬こす「はだか木」。
冬こす元気な木。たくましき木。

冬山萩(やまはぎ)の
冬花をかくして燃えたたむ
冬に実りの祭りなり
冬山はぜの葉炎
冬天高く燃ゆ

ふゆやまはぎの
ふゆはなをかくしてもえたたむ
ふゆにみのりのまつりなり
ふゆやまはせのほのほ
ふゆてんたかくもゆ

ふゆひろくなりけり空(そら)たかし
ふゆさとやまに木々のみどり木
ふゆこもれびうけて燃えるがごとし
ふゆみどりの炎(ほのほ)
ふゆほのほうちけさむかすみはあおし
ふゆほのほにかすみにただよひて
ふゆうるわしくかがやきたり
ふゆあたたかくかおりたり
ふゆあざやかなりけり 
ふゆやまさとのやまみどり
ふゆやまさとのふかみどり

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。

「大きな夏みつけた」
から
「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして
「小さな冬みつけた」
そして
「大きな冬みつけた」。
今は「冬」

もうすぐ「小さい春」がみつかるでしょう。

私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。

朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------

++++++++++++++++++++++

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

+++++++++++++++++++++

平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++

平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++

★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円

2回法=7.000円

です。

当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。

-------------------------------

2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------

成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------

学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。

このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。

麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。

成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です

-------------------------------

「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。

「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。

作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。

「今日は何の日」は。
世界の頭脳。

一般相対性理論と量子力学を結びつけた
量子重力論を提示して。

この帰結として。
「量子効果によって
ブラックホールから粒子が逃げ出せる」
という
「ホーキング放射」の存在が予測した。

1988年 - 『宇宙を語る』を出版。
発行部数が全世界1000万部。
日本110万部を超えるベストセラー
になる「著作物理学者」。

1942年 - スティーヴン・ホーキング、理論物理学者
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング
(Stephen William Hawking、
1942年1月8日 - )は、イギリスの理論物理学者です。

「車椅子の物理学者」として知られています。

1963年 - 検査で「筋萎縮性側索硬化症」と診断されました。
本来発症から5年程度で死に至る病気の患者でありながら。

途中で進行が急に弱まり以後40年近くも健在でいるなど
彼の症状には従来のこの病気の性質にあわない点が多く
極めておかしい。

このため彼の病気は別のものであるとする意見もあります。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:Stephen William Hawking

ブラックホールの蒸発や。
宇宙論などの理論で著明な物理学者です。

一般の人向けの啓蒙書『ホーキング、宇宙を語る』の執筆などで
著作の物理学者としても非常に良く知られています。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:
Stephen William Hawkingは。

サイエンスフィクションを好みました。

実際にアメリカのSFテレビドラマ『新スタートレック』
に本人のホログラムイメージ役で出演の経験があります。

また。
ザ・シンプソンズにも登場し。
車椅子に内蔵されたボクシンググローブで
ホーマー・シンプソンを殴り空を飛びました。

2007年1月に。
2009年内に宇宙旅行に参加する予定であることが発表され
ていて「夢の大きい物理学者」です。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:
Stephen William Hawkingの業績

「一般相対性理論が破綻する特異点の存在」
を証明した
「特異点定理」をロジャー・ペンローズと共に発表致しました。

一般相対性理論と量子力学を結びつけた
量子重力論を提示しています。

この帰結として。
量子効果によって
ブラックホールから粒子が逃げ出すという
「ホーキング放射」の存在が予測されています。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:Stephen William Hawking
は。

タイムトラベルが不可能であるとする
「時間順序保護仮説」を提唱致しました。

この仮説では過去に行くことを
許容する閉じた時間線が存在するためには。
場のエネルギーが無限大でなくてはならないとすることになります。

「場のエネルギーが無限大」は不可能ですから
これは「不可能」。

夢多い物理学者です。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:
Stephen William Hawking

略歴
1942年 -
戦時疎開先のオックスフォードで生まれました。
1950年 - ロンドン北部のハイゲートから。
セント・オルバンズ市に引越します。

1957年 - オックスフォード大学ユニバーシティカレッジ入学。
ボート部に所属致しました。

1962年 - ケンブリッジ大学大学院。
応用数学・理論物理学科に入学。

1963年 - 検査で「筋萎縮性側索硬化症」と診断されました。
1965年
ジェーン・ワイルドと結婚致しました。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:Stephen William Hawking
は。
ペンローズと共同で「特異点定理」発表。

1967年
論文「特異点と時空の幾何学」でアダムズ賞受賞。
長男ロバート誕生。
1970年 - 長女ルーシー誕生。

1974年 - 「ブラックホールの蒸発理論」発表。
ロンドン王立協会会員に選出されました。

1975年 -
業績を讃えられローマ教皇庁からピウス12世メダルを授与されました。

1979年 - ケンブリッジ大学、ルーカス教授職に就任。
次男ティモシー誕生。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:Stephen William Hawkingは。

1983年 - ジェームズ・ハートルと共同で「無境界仮説」発表。

1988年 - 『ホーキング、宇宙を語る』を出版。
発行部数が全世界1000万部、日本110万部を超えるベストセラーになりました。

1991年 - 「時間順序保護仮説」を提唱致しました。

2001年 - 安田講堂にて一般講演を行いました。
2006年 - 香港にて一般講演を行いました。

2007年 - アメリカ合衆国でのゼロ・グラビティー社の専用機
「G-フォースワン」に搭乗し車いすから離れ無重力体験を行いました。

2009年 - 宇宙旅行へ渡航予定。
また9月の学年末をもってケンブリッジ大学を退任することが明らかになっています。
大学側の教員退職規定によるものです。

ただし同大学のルーカス教授としての研究は継続される模様です。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:Stephen William Hawking
の著作。

著作
『ホーキング、宇宙のすべてを語る』
レナード・ムロディナウとの共著 ランダムハウス講談社 ISBN 4-270-00097-X
『ホーキング、宇宙を語る』 早川書房 ISBN 4-15-203401-7
『ホーキング、未来を語る』 アーティストハウスパプリッシャーズ ISBN 4-04-898165-X
『時間順序保護仮説』 NTT出版 ISBN 4-87-188150-4
『ホーキングとペンローズが語る時空の本質』 ロジャー・ペンローズとの共著 早川書房 ISBN 4-15-208076-0
『宇宙への秘密の鍵』 ルーシー・ホーキングとの共著 岩崎書店 ISBN 4-26-582011-5

++++++++++++++++++++++

「続きを読む」=>*

++「続きを読むです1」++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0

スティーヴン・ホーキング(Stephen William Hawking、1942年1月8日 - )は、イギリスの理論物理学者。「車椅子の物理学者」として知られる。

目次
1 詳細
1.1 業績
2 略歴
3 著作
4 脚注
5 補足
6 関連項目
7 外部リンク

詳細
ブラックホールの蒸発や宇宙論などの理論のほか、一般の人向けの啓蒙書『ホーキング、宇宙を語る』の執筆などで非常に良く知られている。

サイエンスフィクションを好み、実際にアメリカのSFテレビドラマ『新スタートレック』に本人のホログラムイメージ役で出演の経験がある。

また、ザ・シンプソンズにも登場し、車椅子に内蔵されたボクシンググローブでホーマー・シンプソンを殴り、空を飛んだ。

2007年1月、2009年内に宇宙旅行に参加する予定であることが発表される。

業績
一般相対性理論が破綻する特異点の存在を証明した特異点定理をロジャー・ペンローズと共に発表した。

一般相対性理論と量子力学を結びつけた量子重力論を提示している。この帰結として、量子効果によってブラックホールから粒子が逃げ出すというホーキング放射の存在が予測されている。

タイムトラベルが不可能であるとする「時間順序保護仮説」を提唱した。この仮説では、過去に行くことを許容する閉じた時間線が存在するためには、場のエネルギーが無限大でなくてはならないとする。

略歴
1942年 - 戦時疎開先のオックスフォードで生まれる。
1950年 - ロンドン北部のハイゲートから、セント・オルバンズ市に引越す。
1957年 - オックスフォード大学、ユニバーシティカレッジ入学。ボート部に所属。
1962年 - ケンブリッジ大学大学院、応用数学・理論物理学科に入学。
1963年 - 検査で「筋萎縮性側索硬化症」と診断される。
1965年
ジェーン・ワイルドと結婚する。
ペンローズと共同で、「特異点定理」発表。
1967年
論文「特異点と時空の幾何学」でアダムズ賞受賞。
長男ロバート誕生。
1970年 - 長女ルーシー誕生。
1974年 - 「ブラックホールの蒸発理論」発表。ロンドン王立協会会員に選出される。
1975年 - 業績を讃えられ、ローマ教皇庁からピウス12世メダルを授与される。
1979年 - ケンブリッジ大学、ルーカス教授職に就任。次男ティモシー誕生。
1983年 - ジェームズ・ハートルと共同で「無境界仮説」[1]発表。
1988年 - 『ホーキング、宇宙を語る』を出版。発行部数が全世界1000万部、日本110万部を超えるベストセラーになる。
1991年 - 「時間順序保護仮説」を提唱。
2001年 - 安田講堂にて一般講演を行う。
2006年 - 香港にて一般講演を行う。
2007年 - アメリカ合衆国でのゼロ・グラビティー社の専用機「G-フォースワン」に搭乗し、車いすから離れ無重力体験を行う。
2009年 - 宇宙旅行へ渡航予定。また9月の学年末をもってケンブリッジ大学を退任することが明らかになっている。大学側の教員退職規定によるもの。ただし同大学のルーカス教授としての研究は継続される模様。

著作
『ホーキング、宇宙のすべてを語る』 レナード・ムロディナウとの共著 ランダムハウス講談社 ISBN 4-270-00097-X
『ホーキング、宇宙を語る』 早川書房 ISBN 4-15-203401-7
『ホーキング、未来を語る』 アーティストハウスパプリッシャーズ ISBN 4-04-898165-X
『時間順序保護仮説』 NTT出版 ISBN 4-87-188150-4
『ホーキングとペンローズが語る時空の本質』 ロジャー・ペンローズとの共著 早川書房 ISBN 4-15-208076-0
『宇宙への秘密の鍵』 ルーシー・ホーキングとの共著 岩崎書店 ISBN 4-26-582011-5

脚注
^ ハートル=ホーキングの境界条件(en:Hartle-Hawking state)とも

補足
上記のように彼は筋萎縮性側索硬化症を発症したとされている。しかし、本来発症から5年程度で死に至る病気の患者でありながら、途中で進行が急に弱まり以後40年近くも健在でいるなど彼の症状には従来のこの病気の性質にあわない点が多い。このため、彼の病気は別のものであるとする意見もある。

関連項目
ロジャー・ペンローズ
筋萎縮性側索硬化症

外部リンク
ホーキング博士の公式サイト
(英語)TED talk - TEDカンファレンスでの講演の様子。講演日2008年2月。全10分12秒。

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0" より作成
カテゴリ: イギリスの物理学者 | 障害を持つ人物 | 1942年生 | 大英帝国勲章

++「続きを読むです2」++++++++++++++++++

1月8日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/1%E6%9C%888%E6%97%A5

できごと
645年(貞観18年12月5日) - 唐の仏僧の玄奘三蔵がインドなどを巡る16年の旅から帰国。

1198年 - インノケンティウス3世がローマ教皇に選出される。

1297年 - モナコ独立

1746年 - チャールズ・エドワード・ステュアートがスターリングを占領。

1863年 - 南北戦争で2度目となるスプリングフィールドの戦いが起こる。

1872年 - 仙台県が宮城県に改称。

1875年 - 文部省が、学齢を満6歳から満14歳までと定める。

1877年 - クレイジー・ホース、モンタナ州でアメリカ騎兵隊との最後の戦いに挑む。

1912年 - 国鉄上野駅に発車ベルを設置(発車ベル設置の最初)。

1918年 - ウィルソン米大統領が議会で第一次大戦和平と戦後世界についての
「十四か条の平和原則」を発表。

1941年 - 戦陣訓が布告される。

1959年 - シャルル・ド・ゴールが
フランス第五共和政の初代大統領に就任し、ミシェル・ドプレが首相に。

1984年 - ブルネイがASEANに加盟。

1985年 - 東京大学宇宙科学航空研究所がハレー彗星探査機「さきがけ」を打上げ。
日本初の人工惑星。

1989年 - 昭和天皇の崩御、東宮明仁親王の皇位継承に伴い、
元号が昭和から平成に改元。初の法令(元号法)に基づく元号。

1996年 - ボビー・フィッシャーがチェスのアメリカ合衆国王者となる。

2007年 - 第85回全国高校サッカー選手権大会で、
岩手県代表の盛岡商業高等学校が岩手県勢初の優勝を果たす。

誕生日
1037年(景祐3年12月19日) - 蘇軾、詩人、書家、政治家(+ 1101年)

1555年(弘治元年11月27日) - 上杉景勝、安土桃山時代から江戸時代の大名(+ 1623年)

1823年 - アルフレッド・ラッセル・ウォレス、生物学者(+ 1913年)

1863年 - パウル・シェーアバルト、作家(+ 1915年)

1891年 - ブロニスラヴァ・ニジンスカ、舞踏家・振付師(+ 1972年)

1892年 - 堀口大學、詩人(+ 1981年)

1894年 - マキシミリアノ・コルベ、カトリック司祭(+ 1941年)

1895年 - 北村寿夫、脚本家・児童文学作家(+ 1982年)

1905年 - ジャチント・シェルシ、作曲家(+ 1988年)

1909年 - ホセ・ファーラー、俳優(+ 1992年)

1910年 - ガリーナ・ウラノワ、バレリーナ(+ 1998年)

1912年 - 今井正、映画監督(+ 1991年)

1924年 - 呉新亨、元プロ野球選手(+ 1997年)

1926年 - 森英恵、ファッションデザイナー

1929年 - 初井言榮、女優(+ 1990年)

1930年 - 小山内美江子、脚本家

1935年 - エルヴィス・プレスリー、歌手(+ 1977年)

1935年 - レノ・ベルトイア、元プロ野球選手

1936年 - 大森暁美、女優

1939年 - 矢部丈太郎、官僚

1941年 - 渡邉芳則、指定暴力団・五代目山口組組長

1941年 - グレアム・チャップマン、コメディアン(モンティ・パイソン)(+ 1989年)

1942年 - 小泉純一郎、政治家・第87・88代内閣総理大臣

1942年 - スティーヴン・ホーキング、理論物理学者

1942年 - 角川春樹、実業家、俳人

1942年 - 落合信彦、ジャーナリスト

1942年 - イヴェット・ミミュー、女優

1944年 - 荒木一郎、シンガーソングライター

1945年 - 渡井美代子、チェスプレーヤー

1946年 - ロビー・クリーガー、ミュージシャン(ドアーズ)

1947年 - デヴィッド・ボウイ、歌手

1948年 - 木野花、演出家、女優

1950年 - 南佳孝、シンガーソングライター

1951年 - もんたよしのり、歌手

1951年 - ジョン・マクティアナン、映画監督
1954年 - 田尾安志、元プロ野球選手、東北楽天ゴールデンイーグルス初代監督
1955年 - 新井飛山、書家
1956年 - ジャック・ウォマック、小説家
1957年 - 中田宗男、元プロ野球選手
1957年 - ナチョ・ドゥアト、バレエダンサー・振付師
1959年 - ポール・ヘスター、ミュージシャン(クラウデッド・ハウス)(+ 2005年)
1965年 - 宮城宗典、ミュージシャン(ヒルビリー・バップス)(+ 1988年)
1965年 - パスカル・オビスポ、歌手、作曲家、音楽プロデューサー
1967年 - R・ケリー、歌手
1967年 - マウゴジャータ・フォレムニャック、女優
1968年 - 小達敏昭、プロゴルファー
1968年 - 蛍原徹、お笑い芸人(雨上がり決死隊)
1968年 - ウラディミール・マラーホフ、バレエダンサー
1968年 - ブル中野、元女子プロレスラー
1968年 - 足立亘、元プロ野球選手
1970年 - 荻野正二、バレーボール選手
1970年 - 種馬マン、お笑いタレント(モリマン)
1971年 - 川崎憲次郎、元プロ野球選手
1971年 - ジェイソン・ジアンビ、メジャーリーガー
1971年 - ジェラルディン・ペラス、女優
1972年 - 田村亮、お笑い芸人(ロンドンブーツ1号2号)
1972年 - 広重玲子、TBSアナウンサー
1973年 - 竹浪秀行、イラストレーター
1973年 - 市川染五郎 (7代目)、歌舞伎役者
1973年 - ショーン・ポール、歌手
1974年 - 満田伸明、俳優
1975年 - 千葉麗子、実業家、ヨーガインストラクター
1975年 - GG(ジェレミー・ゴンザレス)、プロ野球選手
1976年 - 松崎ナオ、シンガーソングライター
1977年 - 石月努、ミュージシャン exFANATIC◇CRISIS
1979年 - 北川利之、プロ野球選手
1979年 - 平本学、元プロ野球選手
1979年 - サラ・ポーリー、女優
1980年 - 君嶋ゆかり、タレント
1981年 - 園原ゆかり、モデル
1982年 - 栗原健太、プロ野球選手
1982年 - 高岡亜衣、歌手
1982年 - 江口ヒロミ、女優 
1982年 - 鮎河ナオミ、モデル
1982年 - ギャビー・ホフマン、女優
1983年 - 清水千賀、女優
1983年 - 中村愛美、女優
1984年 - ジェフ・フランコーア、メジャーリーガー
1985年 - 長谷川恵美、女優
1987年 - 後藤沙緒里、声優
1989年 - 前田紘利T.J.、ジャニーズJr.(M.A.D.)
1991年 - 鈴木駿也、プロ野球選手
1991年 - 樋井明日香、HINOIチーム
1991年 - タッド・フジカワ、ゴルファー
1992年 - 麻亜里、タレント

忌日
1107年 - エドガー、スコットランド王(* 1072年)

1186年(文治元年12月16日)- 平忠房、平安時代の武将

1324年 - マルコ・ポーロ、探検家(* 1254年)

1337年 - ジョット・ディ・ボンドーネ、画家、彫刻家、建築家(* 1267年)

1398年(応永4年12月20日)- 九条忠基、南北朝時代の公卿(* 1345年)

1557年 - アルブレヒト・アルキビアデス、
ブランデンブルク=クルムバッハ辺境伯(* 1552年)

1567年 - ヤコブス・ファート、作曲家(* 1529年頃)

1591年(天正18年12月13日)- 荒尾善次、戦国武将(* 1508年)

1642年 - ガリレオ・ガリレイ、天文学者(1564年生)

1673年(寛文12年11月21日)- 吉田光由、和算家(* 1598年)

1712年(正徳元年12月1日)- 浅見絅斎、儒学者(* 1652年)

1713年 - アルカンジェロ・コレッリ、作曲家(* 1653年)

1768年(明和4年11月19日)- 山内豊敷、第8代土佐藩主(* 1712年)

1775年 - ジョン・バスカヴィル、印刷業者・書体デザイナー(* 1706年)

1825年 - イーライ・ホイットニー、発明家(* 1765年)

1826年(文政8年12月1日)- 松平治好、第11代福井藩主(* 1768年)

1831年 - フランティシェック・ヴィンツェンツ・クラマーシュ、作曲家(* 1759年)

1878年 - ニコライ・ネクラーソフ、詩人(* 1821年)

1880年 - ジョシュア・ノートン、アメリカ合衆国皇帝を自称した人物(* 1811年?)

1896年 - ポール・ヴェルレーヌ、詩人(* 1844年)

1919年 - リヒャルト・アルテンベルク、小説家(* 1859年)

1923年 - 島村速雄、日本海軍の軍令部長(* 1858年)

1925年 - 植村正久、キリスト教伝道者・牧師(* 1858年)

1941年 - ロバート・ベーデン=パウエル、ボーイスカウト創始者(* 1857年)

1948年 - クルト・シュヴィッタース、芸術家・画家(* 1887年)

1949年 - 蔵原惟郭、教育者・立憲同志会衆議院議員(* 1861年)

1949年 - 梅津美治郎、日本陸軍の参謀総長(* 1882年)

1950年 - ヨーゼフ・シュンペーター、経済学者(* 1883年)

1952年 - アントニア・モーリ、天文学者(* 1866年)

1957年 - 吉田甲子太郎、翻訳家・児童文学者(* 1894年)

1967年 - ズビグニェフ・ツィブルスキ、ポーランド人俳優(* 1927年)

1969年 - アルバート・ヒル、陸上競技選手(* 1889年)

1969年 - 森寅雄、剣道・フェンシング選手(* 1914年)

1975年 - リチャード・タッカー、テノール歌手(* 1913年)

1976年 - 周恩来、中華人民共和国首相(* 1898年)

1980年 - ジョン・モークリー、ENIAC開発者(* 1907年)

1983年 - ゲルハルト・バルクホルン、ドイツ空軍のエース・パイロット(* 1919年)

1986年 - ピエール・フルニエ、チェロ奏者(* 1906年)

1996年 - フランソワ・ミッテラン、フランス大統領(* 1916年)

1996年 - 三橋美智也、歌手(* 1930年)

1997年 - メルヴィン・カルヴィン、化学者(* 1911年)

1998年 - マイケル・ティペット、作曲家(* 1905年)

2002年 - アレクサンドル・プロホロフ、物理学者(* 1916年)

2005年 - 小森和子、映画評論家 (* 1909年)

2005年 - 大島信雄、元プロ野球選手(* 1921年)

2006年 - 田中正明、評論家(* 1911年)

2006年 - トニー・バンクス、イギリス労働党庶民院議員(* 1943年)

2007年 - イワオ・タカモト、アニメーター(* 1925年)

記念日・年中行事
外国郵便の日
1875年(明治8年)、日本初の郵便条約がアメリカと結ばれ、
この日、横浜郵便局(現・横浜港郵便局)で開業式が行われた。

成人の日(国民の祝日)---2001年、2007年、2018年など
ハッピーマンデー制度導入に伴い、
2000年から1月第2月曜日が成人の日と定められている。

正月事納め

学校始業