東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年6月3日(水曜日)

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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科
山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年6月3日(水曜日)

「3月」「春」になりました。

そして「3月」がおわりました。

「4月」と「5月」になり「5月」はおわり。

今は。

「6月」になりました。

「夏」の「はじめ」

の「6月」。

になりました。

「初夏」

「夏」は。

だまって訪れるもの

であることが

あらためて。

あらためて。

みにしみて。

感じられます。

★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円

2回法=7.000円

です。

当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。

まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。

「夏」です。

今は。「6月」。

あたらしい「夏」です。

「6月」の「夏」になりました。

「昨年」の晩秋には。
晩秋の花木。
「金木犀:きんもくせい」花を咲かせました。
日々ますます花をさかせていました。
「実りの花」。

「金木犀:きんもくせい」は「秋」に「2度」咲きました。
「銀木犀:きんもくせい」も咲きました。
「金木犀:きんもくせい」の花は黄金色です。
「銀木犀:きんもくせい」の花は「プラチナ色」です。

かおりも全く違います。
「金木犀:きんもくせい」より。
「銀木犀:きんもくせい」は10日遅れで咲きました。

今は「夏」の「6月」。

「銀木犀:きんもくせい」も

「銀木犀:きんもくせい」も

はるかかなたに。

「花」はおわりました。

そして。

「木犀:もくせい」は。

今「6月」の「夏」を迎え。

さらなるあつき。

「夏」の先にむけて。

もっともっと。

ゆたかな「みのり」をまつ。

準備をしています。

「木犀:もくせい」は常緑樹です。

「夏」になると。

「葉色」と「葉のあつさ」はかわります。

「「季節風」に耐える葉の厚さ」。

になります。

秋のみのりの花まで。

すこやかに育つ「葉」になります。

「夏」の「6月」の。

「夏の樹木花」の花がみえます。

「夏の草花」の花もみえます。

「夏」の花木が地面の上の

「夏の花」が。

「花びら」で存在を誇示しても。

木々の「花」は天上。

あおがねば。

「花」こそみえません。

けれども。

「「夏」の花」。

しいのきやくぬぎのはな

その「いのちの芳香」は。

とくとくと。

遠くまで。

ただよっているかのごとくです。

「6月」の「夏」です。

「初夏」

常緑の。

「「夏」の花」は元気そうです。

元気な「6月の「夏」」です。

「「夏」の花」の木は

花が落ちて。

「木の下」に「フェルマータ"fermata"」*

が。

楽譜のように記譜されているような。

「「夏」の花」の「木」。

「落花生」のような「夏の花」です。

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C・

イタリア語におけるフェルマータ"fermata"とは。
英語"stop"に相当する名詞です。
(例えばイタリアのバス停の
標識には"Fermata"の表示があります)。

音楽美学の世界では。

絵画には限られた面積があるのと同じように。
音楽には。
「限られた時間」—つまり「初め」と「終わり」—があることが
宿命とされています。
古い時代の楽譜のときはその終止線の上下や終結音の
上下に現在のフェルマータのマークの基となったデザインが
配されました。

そこで音楽の終わりを意味致しました。

時間の流れを止めることはできません。
けれども曲の終わりでは。
音楽を止めることによってその時空に終わりが
発生することとなります。
「停止」という意味の"fermata"の概念はそのように
発生したと解されます。

付与された音符や休符で音楽の時間の流れを
停止させる意味を持ちます。

「♪」
に付与されれば
「♪」
その音のまま「停止」=「ずっと鳴り続ける」
「休止符」
に付与されれば
「休止符」
その旋律は「停止」=「ずっと鳴らない」
ことになります。
楽譜の節目の
縦線に付与される場合には。
一記譜上に存在しない挿入された休符が空白時間として
求められます。

ただし
前の音から伸ばされたタイ(スラー)が。
縦線の上を横切っている場合と
そこにピアノにおけるペダルなどの
保続効果の指示が見られる場合は。
空白時間として処理されず音を保続させる時間を
別途挿入することとなります。

フェルマータ"fermata"。

そのマークは「一日の終わりである日没」
に由来したデザインとも言われています。
-------------------------------

「夏」です。

急速に朝があけます。

とりわけ朝暗いうちは。

かけあしで朝はあけます。

「はだにさむい朝です」。

今朝早朝は。

暗いうち晴れて。

霧雨の合間に。

久方ぶりにたくさんのたくさんの。

星をみました。

そして天井の空高く。

ひさしぶりに「月」の

かがやきをみました。

地上の変化(へんげ)が天高くたちのぼり
月や星に結晶して。
芳香をはなつがごとく光をはなつように
見えます。

空気が澄み。
大気がすんでいるからでしょう。

「天高く」

(てんたかく)とは。

なるほどと考えます。

しっとりとした「6月」の。
「季節風」の。
「夏吹雪:なつふぶき」の合唱も。
なかなかすてきです。

ブラスでもない。木管でもない。弦でもない。
グラスハープの。
スラーをかけた。
オーケストラを聴いているようです。

「6月」になり
「夏吹雪:なつふぶき」のかぜおとは。
「アリア」として。
次第に出番が多くなりました。

中でも
「極めて大きな声でうたっている」
「夏吹雪:なつふぶき」が
「1-2」はいるのが不思議です。

「夏の花」の木の上か。
電線にとまったり。
またさらに
上空で「夏吹雪:なつふぶき」は。
歌っているようです。

うっすらと「まど」を開けると。

「季節風」は。

風鈴の音色ではいりこもうとします。

「6月の夏かぜ」は「かおり」がします。

そぞろ そぞろに。
静かながらに。

「6月」の朝焼けと。
夕焼けどきに。

ひそやかながらもあきらかに。
「季節風」の。

気配にあと押しされて。

「確かな「6月の夏」」のかおりが。
大気にかげろううや蜃気楼のように
ただよいはじめています。

昼間はあつすぎる
陽射しを感じることが
多くなりました。

「6月」。

「夏」です。

そして「あたたかい元気な「夏」」です。

6月の「初夏」の気配は。
あっというまに。
「夏」の「霞(かすみ)」に「霊気(れいき)」
のように。
おぼろに変化して。

次第に「暑い「夏」」の気配にうつろいていく。
「井戸のつるべ」があがるようです。

「もっと深い「夏」」が。

ピアニッシモ。
ppで。
しのびよってきています。

朝日と東の朝焼け青空に。
「朝焼け」の。

空にはそらいろとピンクのレースのような

あやにしきの
「くれゆくなつのいろ」
「むかえくるなつのいろ」が感じられます。

陽射し(ひさし)やさしき。
空にも地にも天高くはれ。
大気のひそみかくれ。
そらにみちてあふれれば。
吐息(ためいき)となり。
吐息が霧雨か霞になり。
おりてくるような感じです。
のふかまりゆく気配
になりました。

街路樹はしっかりと
冬ながらも枝木の穂先もたわわにつよく
「晩冬」の萌黄色の若芽もち。
「初春」のあおい「木」にかわりました。
「新年」のあおい「木」は。

「実りの「春」」のおとづれを。
そしてさらなる「冬の深まり」を超えて。

そしていま厳しい冬をがんばって。
「あたたかい「春」」を迎え。

今現在は。

「初夏」をむかえようとしています。

「本物の「夏」」から。

「もともっと暖かい夏」

「夏」のをのりこえ。

「あたらしい夏」になりました。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

夏山椒(さんしょう)の木の芽が
夏にも若葉はそだち。
夏若葉は冬の若枝となり。
夏若枝は天高くすこやかにのび。
夏のふかまりにますますすこやかに。
夏山椒(さんしょう)の木のみどり葉。
夏空に燃えるが如くの炎葉です

さんしょうを
木の芽(このめ)といふは
なるほどと
かんがえる

夏深まりたり
夏空たかく
夏あやにしき
夏みどり木
夏さんしょう木
夏陽をあびてかがやけり
夏いざいまこそは
夏金色(かがね)にかわり
夏赤き春空に燃えたたむ

夏さんしょう木
夏もえぎの炎(ほのほ)は芽葉(めは)
夏わかば葉はいずるは花ならむ
夏(なつ)こす枝は幹ならむ
夏いざいまこそは
夏空(そら)たかくもえたたむ
夏金色(こがねいろ)なる
夏さんしょう木
夏(なつ)深まれり

山本クリニックの庭には水槽が
「2つ」あります。
めだかが泳いでいます。

夏ふかく草を浮かべる水面(おも)に
夏めだかのむれのひかりたり
夏むれておよげるひめだかの
夏みずのなかなるちいさないのち
夏みずのなかなるおおほきないのち
夏みのりてあまたにとほときいのちこそ
夏いざみずもにうつしはぐくまむ

けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。

小さななつつけたから
しだいに大きななつみつけた。

大きななつみつけたから
さらに大きな大きななつみつけた

「小さい「夏」みつけた」は。

「こころしずまる気」

がいたします。

「夏」になります。

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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------

平成21年1月12日(水曜日)は
「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------

平成21年2月11日(水曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた診療スタッフで。
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
-------------------------------

平成21年3月20日(金曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
限られた診療スタッフで。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------

平成21年4月29日(水曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------

平成21年5月4日・5日・6日・
(月曜日)(火曜日)(水曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。

朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円

2回法=7.000円

です。

当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。

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2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------

学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。

このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。

麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。

成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です

-------------------------------

「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。

人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。

難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。

私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。

心より感謝・感謝。

「今日は何の日」は。
1881年 - ミハイル・ラリオーノフ、画家(+ 1964年)
の生誕日です。

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ミハイル・フョードロヴィチ・ラリオーノフ
:ロシア語: Михаил Фёдорович Ларионов
;ラテン文字転写の例:Mikhail Fyodorovich Larionov、
1881年6月3日 ? 1964年5月10日)は。

ロシア・
アヴァンギャルドの画家です。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・フョードロヴィチ・ラリオーノフ
:ロシア語: Михаил Фёдорович Ларионов
は。

オデッサ近郊のティラスポリ出身です。
1898年にモスクワ美術・彫刻・建築学校にて
イサーク・レヴィタンと
ヴァレンティン・セーロフに師事。

過激な意見のために3たびにわたって
停学の憂き目を見ました。

1900年にナターリヤ・ゴンチャローワと出逢い、
生涯にわたる関係を築きました。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・フョードロヴィチ・ラリオーノフ
:ロシア語: Михаил Фёдорович Ларионов
は。

1902年からは印象派の画風を採る形式です。

1906年のパリ訪問より後期印象派に転向して。
その後は部分的にロシアの看板書きに影響されつつ
ネオプリミティヴィズムの画風に転じました。

1908年にモスクワの「金羊毛展」に出品。

そこには
ゴッホ、ゴーギャン、ブラック、マティス、ドランらの作品も
出展されました。

++++++++++++++++++++++

ラリオーノフは2つの芸術集団を結成しています。

一つは「ダイヤのジャック」(1909年-1911年)であり、
もう一つは、
より急進的な「ロバの尻尾」(1912年-1913年)です。

それぞれの名付け親もラリオーノフでした。

ラリオーノフは別の画家集団も擁護しており。
そのなかにタトリン、シャガール、マレーヴィチがいます。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・フョードロヴィチ・ラリオーノフ
:ロシア語: Михаил Фёдорович Ларионов
;ラテン文字転写
は。

1911年にはモスクワで1日限りの個展を開きました。
1913年にレイヨニズムを創出。
これはロシア初の抽象美術運動でありました。

1915年にロシアを離れ、
セルゲイ・ディアギレフのもとでロシア・バレエ団
のパリ公演のために舞台美術を担当致しました。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・フョードロヴィチ・ラリオーノフ
:ロシア語: Михаил Фёдорович Ларионов
は。

2001年に沿ドニエストル共和国中央銀行が
記念硬貨の銀貨を鋳造した際、
ラリオーノフの肖像が利用されました。

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「続きを読む」=>*

++「続きを読むです1」++++++++++++++++++
ミハイル・ラリオーノフ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%95

ミハイル・フョードロヴィチ・ラリオーノフ:ロシア語: Михаил Фёдорович Ларионов;ラテン文字転写の例:Mikhail Fyodorovich Larionov、1881年6月3日 ? 1964年5月10日)はロシア・アヴァンギャルドの画家。

略歴
オデッサ近郊のティラスポリ出身。1898年にモスクワ美術・彫刻・建築学校にてイサーク・レヴィタンとヴァレンティン・セーロフに師事。過激な意見のために3たびにわたって停学の憂き目を見るが、1900年にナターリヤ・ゴンチャローワと出逢い、生涯にわたる関係を築く。

1902年からは印象派の画風を採るが、1906年のパリ訪問より後期印象派に転向し、その後は部分的にロシアの看板書きに影響されつつネオプリミティヴィズムの画風に転じる。1908年にモスクワの「金羊毛展」に出品。そこにはゴッホ、ゴーギャン、ブラック、マティス、ドランらの作品も出展された。

ラリオーノフは2つの芸術集団を結成している。一つは「ダイヤのジャック」(1909年-1911年)であり、もう一つは、より急進的な「ロバの尻尾」(1912年-1913年)である。それぞれの名付け親もラリオーノフであった。ラリオーノフは別の画家集団も擁護しており、そのなかにタトリン、シャガール、マレーヴィチがいる。1911年にはモスクワで1日限りの個展を開く。1913年にレイヨニズムを創出。これはロシア初の抽象美術運動であった。

1915年にロシアを離れ、セルゲイ・ディアギレフのもとでロシア・バレエ団のパリ公演のために舞台美術を担当した。

2001年に沿ドニエストル共和国中央銀行が記念硬貨の銀貨を鋳造した際、ラリオーノフの肖像が利用された。

++「続きを読むです2」++++++++++++++++++

6月3日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/6%E6%9C%883%E6%97%A5

できごと
708年(和銅元年5月11日) - 和同開珎発行。
1099年 - 康和の荘園整理令が発布される。
1098年 - 第1回十字軍:アンティオキアが8日間の包囲戦ののち、十字軍により陥落。
1140年 - フランスの神学者ピエール・アベラール、異端と宣告される。
1282年 - イベリア半島アラゴン王ペドロ3世の艦隊がファンゴス湾を出航する。
1309年 - ローマ皇帝ハインリヒ7世がスイス同盟を認め、原初同盟3邦に「自由特許状」を付与する。
1326年 - ノヴゴロド条約 (en)、ロシアとノルウェーの国境をフィンマルク郡と定める。
1332年 - 討幕運動が露見し逮捕された日野俊基が鎌倉の葛原岡で処刑された。
1403年 - 相国寺の七重塔が落雷のため焼失する。
1539年 - エルナンド・デ・ソトがフロリダをスペイン領と主張。
1582年 - 魚津城の戦い:魚津城にこもっていた中条景泰らが切腹し魚津城を開城。柴田勝家ら織田軍・北陸担当部門が北陸を制圧。夜、備中高松城の戦いで備中在陣中の羽柴秀吉のもとに本能寺の変の知らせが届く。
1610年 - 加藤清正が名古屋城天守閣一円を普請する。
1621年 - オランダ西インド会社、ニューネーデルラントに対する勅許状を得る。
1624年 - 秋田藩の佐竹義宣がキリスト教徒33人を処刑する。
1651年 - 井伊直孝、酒井忠勝、松平信綱、阿部忠秋、松平乗寿らが大奥を巡察して、不用の建物をことごとく取り壊させる。
1781年 - イタリア、カーリで地震 - M6.2、死者300人
1793年 - フランスで亡命貴族の財産売却法が成立する。
1807年 - アメリカ船が長崎に来航し、薪と水を要求する。
1810年 - フランスで警察大臣ジョゼフ・フーシェが更迭される。
1818年 - マラーター戦争:マラーター宰相がイギリス東インド会社軍に降伏する。
1819年 - 阿波国那賀郡仁字谷に一揆が起こる。
1839年 - 林則徐が広東虎門でアヘンを公開処分。後にアヘン戦争を引き起こすきっかけとなる。
1850年 - ミズーリ州カンザスシティ、開基。
1853年 - 黒船来航:浦賀沖にマシュー・ペリー米東インド艦隊指令長官率いる黒船四隻が大統領の親書を携え来航。
1855年 - スペインで鉄道法が公布される。
1878年 - 東京で、山形県庄内のワッパ騒動に関する判決が下される。原告森藤右衛門らが勝訴する。しかし、三島県令は還付金の大半を両羽橋架橋の費用に充てることになる。
1883年 - 隅田川で海軍カッター競漕大会を開催。日本初のボートレース。
1885年 - カナダ領内でのノースウェストの反乱最後の戦闘。クリー (en) 族の酋長ビッグ・ベアーがノースウェスト騎馬隊から逃走。
1889年 - カナダ太平洋鉄道、が大西洋岸から太平洋岸まで全通。
1896年 - ロシアと中国の間で、李鴻章−ロバノフ密約が結ばれ、日本の領土侵略の場合の相互援助を約束する。ロシアは東清鉄道の敷設権を獲得する。
1900年 - フランスのボージェがオートバイで時速63.79キロを出し、当時のスピード世界新記録を達成する。
1906年 - 神戸・六甲山ゴルフコースにてドルフィンガーが日本初のホールインワンを達成する。
1910年 - 閣議が、併合後の韓国に対する施政方針を決定する。
1915年 - サンマリノがオーストリアに宣戦布告する。
1916年 - アメリカで国家防衛法が成立する。正規軍、州兵が強化される。
1917年 - アルバニアのフェレロ将軍が、イタリアの保護の下に独立を宣言する。
1920年 - 日本軍がソヴィエトのニコラエフスクを占領する。
1920年 - アメリカ海軍の戦艦テネシーが就役。
1922年 - 森永製菓が練乳の製造を開始する。
1924年 - カルピスの広告が新聞に初掲載される。「黒人マーク」を掲載。1989年に使用中止。
1929年 - ギリシアで共和国憲法が批准される。
1929年 - 日独伊が蒋介石の中国国民政府を正式に承認。
1929年 - チリとペルーの間に国境に関する協定が調印される。タクナ・アリカ紛争が解決する。
1930年 - 政府通達による国産品愛用運動開始。
1932年 - 小津安二郎監督の「生れてはみたけれど」が封切りとなる。
1932年 - ニューヨーク・ヤンキースのルー・ゲーリックが、対アスレチックス戦で4打席連続本塁打を放つ。
1935年 - ベーブ・ルースが現役を引退する。
1937年 - イギリス王室ウィンザー公がウォリス・シンプソンと結婚。
1940年 - 第二次世界大戦:ドイツ空軍のパリ空襲。市民254人が死亡。
1940年 - 第二次世界大戦:ダンケルクの戦いがドイツ軍の勝利に終わり連合国軍は完全撤退。日本軍がアリューシャン列島に侵攻する。
1943年 - 第二次世界大戦:「戦時必需日用品」262品目が指定される。
1946年 - フランス軍の撤収でシリアが独立を果たす。
1946年 - 東宝が第1回ニューフェースの審査を行う。応募者は約4千人で採用は三船敏郎、久我美子、岸旗江ら男性16人、女性32人。
1946年 - NHKでアナウンサーが街頭で人々に意見を聞く番組『街頭録音』が放送開始。 テーマは「貴方はどうして食べていますか」。
1947年 - 文部省が学校での宮城遥拝の廃止を通達。天皇神格化を廃止。
1947年 - フランスの作曲家、フランシス・プーランクのオペラ『ティレジアスの乳房』初演。
1948年 - カリフォルニア州のパロマ山に、世界最大の200インチの反射望遠鏡を備えた天文台(パロマー天文台)が完成する。
1949年 - 測量法が公布される。(測量や地図作成の規範)
1950年 - 標高・世界第10位の山アンナプルナがフランスのモーリス・エルゾーグ、ルイ・ラシュナル率いるフランス隊によって初登頂がなされた。人類が足跡を刻んだ初めての8,000m峰である。
1951年 - 日本ダービーでトキノミノルがコースレコードで快勝。10戦無敗したが20日に病死し幻の名馬に。
1951年 - 日本橋三越でプロ野球の試合を実験的に実況TV中継。
1954年 - 警察法改正法案審議で乱闘になった衆院本会議で議長の要請で初めて警官隊が院内に出動。
1954年 - 近江絹糸(現オーミケンシ)争議。女子工員の結婚の自由・信書の開封廃止など22項目を要求し106日間の争議を開始。
1958年 - 日ソ定期航路開設協定調印。
1959年 - シンガポールが独立宣言。
1960年 - 大島渚監督の映画『青春残酷物語』が封切り。以降、吉田喜重の『ろくでなし』など「日本ヌーベルバーグ(新しい波)」と呼ばれる作品が話題に。
1960年 - 日本娯楽物産株式会社(後のセガ・エンタープライゼス)が設立される。
1965年 - 第1次佐藤内閣第1次改造内閣が発足。
1965年 - アメリカの2人乗り有人衛星「ジェミニ4号」が打ち上げられ、E・ホワイト少佐がアメリカの宇宙飛行士として初めての船外活動。圧縮ガスとジェットによる操縦装置を使い21分間宇宙で過ごす。
1969年 - 都市再開発法」公布。
1969年 - 文化放送の深夜番組『セイヤング』が放送開始。
1970年 - オートレース八百長と野球の八百長にも関わったとして(黒い霧事件)、中日のエース・小川健太郎投手が永久追放処分。
1973年 - ソ連の超音速旅客機Tu-144、パリ航空ショーにて墜落。死者14人。
1975年 - 戦後初の国産戦闘機であるF-1が初飛行を行った。
1979年 - 春日山部屋土俵開き 。
1980年 - ハワイ出身の力士・高見山が日本に帰化。
1980年 - 冷戦:アメリカ戦略空軍指令部のコンピュータに、ソ連がアメリカに対し核兵器を発射したとの情報が流れ、誤報とわかるまでの3分間、対ソ各戦争の非常警戒態勢がとられる。
1983年 - 阪急の福本豊が939盗塁の世界新記録を樹立。ヤクルトの大杉勝男が日本球界初の両リーグ1000本安打を達成。
1986年 - ファミリーコンピュータ ディスクシステム向けゲームソフト「スーパーマリオブラザーズ2」発売。
1989年 - 天安門事件:民主化要求運動で数百万人の市民が集結していた北京の天安門広場に軍が戦車・装甲車で出動し武力鎮圧。死者数百人。
1989年 - ソ連・ウラル地方で天然ガスのパイプラインから漏れたガスが大爆発し、通りかかった列車2本が吹き飛ばされて607人が死亡する。
1989年 - ウズベク共和国で民族暴動が発生する。
1989年 - 北海道旅客鉄道(JR北海道)池北線この日限りで廃止。翌日(6月4日)第三セクターふるさと銀河線(北海道ちほく高原鉄道株式会社)に転換、営業開始。
1989年 - 宇野宗佑内閣が発足。
1991年 - 雲仙普賢岳で小〜中規模な火砕流発生。報道関係者なども巻き込まれ43人死亡。
1993年 - ウェスティンホテル大阪が大阪市の新梅田シティに開業。
1995年 - ノルウェー中部に大雨が襲い、1870年からの観測史上最悪の洪水となる。
1997年 - リオネル・ジョスパン、フランス首相に就任。
1997年 - 京都市営地下鉄烏丸線・国際会館〜北山間が延伸開業。
1998年 - ドイツの高速鉄道ICEが脱線し、一部の車両が橋脚に激突する。101人死亡。
2001年 - 札幌ドーム開業。
2002年 - タカラによるアスキーアートキャラクター・ギコ猫の登録出願申請が取り下げられる。
2005年 - バーレーンマナマにて行われたFIFAワールドカップドイツ大会アジア地区最終予選にて日本代表が1-0でバーレーン代表を降す。
2006年 - モンテネグロが独立賛成多数の国民投票の結果を受けセルビア・モンテネグロからの離脱・独立を宣言。

誕生日
1534年(天文3年4月22日) - 細川幽斎、戦国武将、歌人、茶人(+ 1610年)
1726年 - ジェームズ・ハットン、地質学者(+ 1797年)
1808年 - ジェファーソン・デーヴィス、アメリカ南部連邦の大統領(+ 1889年)
1864年 - ランサム・E・オールズ、オールズモビル創業者(+ 1950年)
1865年 - ジョージ5世、イギリス王(+ 1936年)
1870年 - 阪田三吉、将棋棋士(+ 1946年)
1873年 - オットー・ローウィ、医学者(薬理学)
1881年 - ミハイル・ラリオーノフ、画家(+ 1964年)
1886年 - 石坂泰三、東芝社長、第2代経済団体連合会(経団連)会長(+ 1975年)
1899年 - 左藤義詮、政治家
1899年 - ジョージ・ベケシー、生物学者
1900年 - 北川冬彦、詩人
1901年 - 張学良、軍人・政治家(+ 2001年)
1904年 - 高見澤潤子、作家、田河水泡の妻 
1905年 - 山田六郎、大阪名物くいだおれ創業者(+ 1983年)
1906年 - ジョセフィン・ベーカー、ジャズシンガー
1906年 - 八田一朗、アマチュアレスリング(+ 1983年)
1908年 - 曽我廼家明蝶、俳優
1915年 - 泉靖一、文化人類学者
1920年 - 笠原和夫、プロ野球選手(+ 1998年)
1922年 - アラン・レネ、映画監督
1924年 - トールステン・ウィーゼル、医学者(生理学)
1924年 - 上原賢六、作曲家
1925年 - トニー・カーティス、俳優
1928年 - ドナルド・ジャッド、画家・彫刻家・美術評論家(+ 1994年)
1929年 - ヴェルナー・アーバー、医学者(細菌学)
1929年 - 高鳥修、政治家
1930年 - 原勝彦、プロ野球選手
1930年 - マリオン・ジマー・ブラッドリー、SF作家(+ 1999年)
1930年 - 和田勉、テレビディレクター
1931年 - フランソワーズ・アルヌール、演出家
1931年 - 内田康男、コニカ電子技術者
1934年 - 田中克彦、言語学者
1935年 - 木村勉、経営者
1939年 - キャサリーン・ウッディウィス、作家
1941年 - 石井裕士、ゴルフ
1941年 - 小林峻一、演出家
1942年 - カーティス・メイフィールド、ミュージシャン
1942年 - 合田栄蔵、プロ野球選手
1943年 - 武田邦彦、工学者
1945年 - ヘール・アーウィン、ゴルフ
1945年 - 宮本幸信、プロ野球選手
1946年 - 倉田誠、プロ野球選手
1947年 - 瀬戸孝則、政治家
1949年 - マモル・マヌー、ミュージシャン(ザ・ゴールデン・カップス)
1949年 - 山田茂、俳優
1951年 - 三枝美恵子、女優(愛の戦士レインボーマン・ミッチー)
1951年 - 村上もとか、漫画家
1952年 - 湯口敏彦、プロ野球選手(+ 1973年)
1955年 - 佐野稔、フィギュアスケート
1956年 - 松元真一郎、ニッポン放送アナウンサー
1957年 - 林一郎、中京テレビアナウンサー
1958年 - 中西英敏、柔道
1958年 - 中村由利子、ミュージシャン
1959年 - 山中重信、プロ野球選手
1959年 - 竹口昭憲、プロ野球選手
1960年 - アネット・ペッチ、フィギュアスケート
1960年 - 右田一彦、プロ野球選手
1961年 - 黒田知永子、ファッションモデル
1961年 - ローレンス・レッシグ、法学者
1961年 - ホセ・トレンティーノ、プロ野球選手
1962年 - 堤久美子、歌手
1963年 - 唐沢寿明、俳優
1964年 - 亀田誠治、音楽プロデューサー、ベーシスト(東京事変)
1964年 - 出津孝一、騎手
1964年 - 斎藤哲也、TBSアナウンサー
1964年 - 中瀬ゆかり、編集者
1964年 - ネルソン・リリアーノ、プロ野球選手
1965年 - 山田和利、プロ野球選手
1965年 - 道傳愛子、NHKアナウンサー
1966年 - リック・ルーファス、キックボクサー
1966年 - 須貝尚介、騎手
1966年 - 石黒亜実、女優
1966年 - 藤尾領、ミュージシャン (A-JARI)
1967年 - 入来智、プロ野球選手
1967年 - 田中実、プロ野球選手
1967年 - スベン・オットケ、ボクシング
1967年 - タマス・ダルニュイ、水泳
1967年 - ハニホー・ヘニハー、タレント
1968年 - 長嶋三奈、スポーツ記者
1968年 - 長峯かおり、サッカー
1969年 - 貴水博之、ミュージシャン(access)
1969年 - 畠山鎮、将棋
1969年 - 嶺川貴子、ミュージシャン
1970年 - エフゲニー・ベルツィン、ロードレース
1971年 - 小林健、俳優
1971年 - 早瀬恵子、女優
1974年 - 大内登、テレビディレクター・テレビプロデューサー・お笑い芸人
1974年 - ステファン・レコ、プロフェッショナルファイター
1975年 - 早川大輔、プロ野球選手
1975年 - 吉武真太郎、プロ野球選手
1975年 - ホセ・モリーナ、メジャーリーガー
1975年 - 田中充、プロ野球選手
1975年 - 松田千晴、タレント
1976年 - 菅原智、サッカー
1976年 - ワシノミカ、ファッションデザイナー・ウェブデザイナー・イラストレーター
1977年 - クリスチアーノ・マルケス・ゴメス、サッカー
1977年 - 櫻井健介、テレビ朝日アナウンサー
1979年 - 花男、ミュージシャン(太陽族)
1980年 - 鈴木桂治、柔道
1980年 - 松本あまり、タレント
1980年 - 金川直樹、プロ野球選手
1981年 - 川崎宗則、プロ野球選手
1981年 - 細野佑美子、タレント
1982年 - エレーナ・イシンバエワ、棒高跳
1982年 - 若林菜美子、タレント
1982年 - 石神深一、騎手(JRA)
1982年 - 牧田明久、プロ野球選手
1983年 - 秦裕二、プロ野球選手
1983年 - 福士誠治、俳優
1984年 - 矢野喬子、サッカー
1985年 - 村岡沙耶香、タレント
1985年 - 高田周平、野球選手
1986年 - 大島あすみ、タレント
1986年 - 竹島由夏、タレント
1986年 - ラファエル・ナダル、テニス
1987年 - 長澤まさみ、女優
1988年 - 柳下大、俳優、D-BOYSメンバー
1988年 - 三浦翔平、俳優
1989年 - ケイティ・ホフ、水泳
1990年 - 清水芽衣、声優
1995年 - 安西かな、グラビアアイドル
生年不明 - 笹野ちはる、4コマ漫画家
生年不明 - KOHTA、ミュージシャン(ex.PIERROT、Angelo/ベース)
生年不明 - LEVIN、ミュージシャン(La'cryma Christi/ドラムス)

忌日
1615年(慶長20年5月7日) - 三好政康、大坂の役豊臣方の武将(* 1528年)
1615年(慶長20年5月7日) - 御宿勘兵衛、大坂の役豊臣方の武将(* 1566年?)
1615年(慶長20年5月7日) - 真田信繁(幸村)、大坂の役豊臣方の武将(* 1567年)
1615年(慶長20年5月7日) - 小笠原秀政、松本藩主(* 1569年)
1615年(慶長20年5月7日) - 大谷吉治、大坂の役豊臣方の武将(* 1581年?)
1615年(慶長20年5月7日) - 本多忠朝、大多喜藩主(* 1582年)
1615年(慶長20年5月7日) - 小笠原忠脩、松本藩の世子(* 1594年)
1657年 - ウイリアム・ハーベー、医学者(* 1578年)
1822年 - ルネ=ジュスト・アユイ、鉱物学者(* 1743年)
1858年 - ユリウス・ロイプケ、作曲家(* 1834年)
1865年(慶応元年5月10日) - 岡田以蔵、幕末四大人斬りの一人(* 1838年)
1875年 - ジョルジュ・ビゼー、作曲家(* 1838年)
1877年 - ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル、ケッヘル番号創始者(* 1800年)
1889年 - ベルンハルト・フェルスター、反ユダヤ主義思想家(* 1843年)
1899年 - ヨハン・シュトラウス2世、作曲家(* 1825年)
1905年 - ハドソン・テーラー、キリスト教宣教師(* 1832年)
1924年 - フランツ・カフカ、小説家(* 1883年)
1925年 - カミーユ・フラマリオン、天文学者(* 1842年)
1946年 - ミハイル・カリーニン、ソビエト連邦最高会議幹部会議長(* 1875年)
1949年 - 佐藤紅緑、小説家・俳人(* 1874年)
1949年 - 白鳥敏夫、日本の駐イタリア大使(* 1887年)
1952年 - 豊田利三郎、実業家(* 1884年)
1955年 - 恩地孝四郎、版画家・装幀家(* 1891年)
1963年 - ヨハネ23世、第261代ローマ教皇(* 1881年)
1964年 - フランス・エーミル・シランペー、小説家(* 1888年)
1967年 - アーサー・ランサム、児童文学作家・ジャーナリスト(* 1884年)
1967年 - アンドレ・クリュイタンス、指揮者(* 1905年)
1968年 - 石黒宗麿、陶芸家(* 1893年)
1970年 - ヒャルマル・シャハト、ナチス・ドイツ経済相・ドイツ帝国銀行総裁(* 1877年)
1971年 - 剣持勇、インテリアデザイナー(* 1912年)
1972年 - 山内以九士、日本プロ野球の公式記録員(* 1902年)
1975年 - 佐藤栄作、日本の第61-63代内閣総理大臣(* 1901年)
1976年 - 川崎弘子、女優・福田蘭童の妻(* 1912年)
1977年 - アーチボルド・ヒル、生理学者(* 1886年)
1977年 - ロベルト・ロッセリーニ、映画監督(* 1906年)
1983年 - 前嶋信次、イスラム史研究者(* 1903年)
1989年 - ルーホッラー・ホメイニー、イラン・イスラム革命指導者(* 1900年?)
1990年 - ロバート・ノイス、インテル設立者(* 1927年)
1991年 - 永田武、地球科学者(* 1913年)
1991年 - カティア・クラフト、火山学者、雲仙普賢岳火砕流の犠牲者のひとり(* 1942年)
1991年 - モーリス・クラフト、火山学者、雲仙普賢岳火砕流の犠牲者のひとり、カティア・クラフトの夫(* 1946年)
1995年 - ジョン・エッカート、ENIAC開発者のひとり(* 1919年)
2000年 - マートン・ミラー、経済学者(* 1923年)
2001年 - アンソニー・クイン、俳優(* 1915年)
2007年 - 若前田英一朗、大相撲力士、関脇(* 1930年)
2008年 - グリゴリー・ロマノフ、ソ連共産党政治局員(* 1923年)

記念日・年中行事
測量の日
1949年に測量法が制定されたことを記念して、当時の建設省(現在の国土交通省)が制定した。
ムーミンの日
トーベ・ヤンソン作の「ムーミン」を愛する日本のファンらによって制定。
「ムー(6)ミン(3)」の語呂合せ。
ウェストン記念日
イギリス人宣教師で日本アルプスを初めて踏破した日本近代登山の祖、ウェルター・ウェストンを偲んで、長野県上高地の梓川河畔にあるウェストン碑の前で献花、記念講演、合唱等が行われる。
マレーシア国王誕生記念日

記念花・誕生日石

誕生花
亜麻 花言葉:「感謝、親切が身に滲みる」
カスミソウ 花言葉:「清らかな心」
ユキノシタ 花言葉:「深い愛情」

誕生日石
逆四分ゴールド 石言葉:「可愛い背信」