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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科
山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年08月20日(木曜日)

「夏」です。

「夏」の「8月」

になりました。

まばゆいほど。

ことばでは。

いいつくせないほどに。

まぶしくて。

ありがたくやさしい。

「夏」「8月」の。

するどく。

つよい陽射しです。

しあわせいろの。

とても。

とてもあかるい陽射しです。

「8月」の。

「朝」の陽射しの「あかるさ」は。

なにものにも。

たとえようこそありません。

「しずかな花火のようなひざし」です。

あさひ。「朝陽」の光は。

とても「するどい」。

夏朝陽(なつあさひ)

緑木枝間に

われを見る

まばゆくも

夏朝陽(なつあさひ)鋭く輝く

眼(まなこ)なりけり

なつあさひ

みどりきえたまに

われをみる

まばゆくも

なつあさひするどくかかやく

まなこなりけり

★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円

2回法=7.000円

です。

当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。

「夏」になりました。

今年も夏がきました。

「夏」がきて。

今は「8月」。

「夏」がふうせんのように。

ふくらみ。

ひろがってゆく季節です。

「8月」です。

「盛夏」。

ひなまつりはおわり。

野には。

たんぽぽが葉草となり。

夏草の花が咲き。

野草は葉草となり。

よもぎや。

すぎながいっぱいになりました。

みどり葉のつつじが。

さえほこっています。

「夏」になり「川の水音」は。

あたかも。

「ゆたかな清流」の。

「みずのながれのおと」に。

きこえるようになりました。

「夏」の小川。

「どんどん」ながれる。

なつのおがわ。

高さも低さこそ見えないのに。

あゆみたゆまず。

ながれる水の流れ。

とても感銘致します。

春分の日もすぎれば。
「さくら」咲きはじめ
「さくら」がおわり。
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
せみのなく8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になり秋の虫が鳴く。
そして9月がおわり。
中秋10月なり紅葉の季節。
そして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になればまた「年」があけ。
また「初春」がくる。

そして来年も「春」の「3月」がきて。
そして「4月」「5月」がおわり。
「6月」「7月」がすぎて。
「8月」になる。

「なつ」の「8月」です。

「陽」はすでに

日々とてもたかくなりつつあります。

「夏」がきて。

「ま夏」に向かう「ひざし」の。

「光」の日々です。

「夏至」はもうすぎました。

「夏」の「8月」です。

「夏」の「8月」の。

陽は日々ひくくくなっています。

夜になっても明るい。

とてもよくわかります。

けれども「夏至」はもうすぎました。

朝陽ののぼるのが早くなりました。

夕陽がおりるのは遅くなりました。

朝の「夏」の陽射しは

窓越しにも「まばゆい」

くらいです。

夕暮れの「夏」の陽射しは

「はしりおえた」

「陸上競技の選手」のようです。

つかれて。けれども充実して。

くれてゆきます。

空の明るい夜になります。

まことに。

冬来たりなば春遠からじ。

ふゆきたりなば

はるとおからじ

(出 典は。

 イギリスの詩人シェリー*の

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes,

can spring be far behind? )

「英国:United Kingdom UK」のロマン派の
詩人は。「御自分」のテーマの「鳥」を
紋章のようにもっています。
英国ロマン派の詩人は、
それぞれ愛好し、崇拝する鳥を持っていました。

ジョン・キーツは、
「夜鶯」(ほととぎす)の神秘的な声に魅惑され。
夜の闇に響くその歌声を主題に詩を書いています。

ワーズワースにとって、詩の霊感をもたらし、
彼に生きることの喜びを教えてくれる鳥は、
「郭公」(かっこう)でした。

パーシー・シェリーは「雲雀」(ひばり)の声に魅惑され。
ひばりを崇拝する鳥として。
主題とした詩を書いています。

「春」から「夏」への

移り変わりは

二階から。

「かけあし」の足音のとんときこえぬ。

「空き家」のごとき「うつろい」でした。

二階から。

「かけあし」の足音のきこえぬ。

「かげろう」

の「たたずまい」のようでした。

「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
「新年」「初春」の「1月」もおわり。
今は
「2月」「晩冬」もおわりました。

「春」から「夏」への移り変わりは

「かげろう」のようにうつろいました。

「夏」はひそやかにと。

こっそりと。ゆっくりと。

ひそかに。あるいて来ます。

そしてゆっくりと。

「秋」になるまで

あるいて去って行くようです。

だから。

「夏」をまつのであれば。

「夏」がひそやかに。

しのびあしで。

歩いてくるのをまたなければ。

なりません。

「秋」がくるのをまつのであれば。

「夏」がゆっくりと。

しのびあしで。

歩いていくのをまたねば。

なりません。

「かぜのおとに*」おどろかされるまで。

またねばなりません。

秋きぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる
(藤原敏行・古今集169)

もう「夏」なのですね。

「夏」はゆっくりとあるいてやってくる。

「夏」がひそやかにかくれてやってくる。

さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいを

心はせれば。

考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれない。

「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば。

「鬼」が笑う。

「来年」のことを考えずに。

すむのであれば。

「鬼」は

笑わないのでしょう。

「鬼」とはなんだろう。

「日本以外の国」には。

「鬼」という「怪物?」は。

存在しないのであろう。

今日の深夜早朝03:15amには。

久方ぶりに。

大きな「夏」の「星空」がみえました。

早朝くらいうちは。

空に月。

「お月様」が「雲のじゅうたん」に。

天高くにねそべって。

かさををさしている。

ようです。

「夏」の「夜空」の。

「おぼろ月夜」です。

「赤い月」でした。

04:00amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「夏」の「朝焼け色」の線描です。

「夏」の朝。

「陽射し」ののぼるころは。

「西」の空

のほうが明るいのです。

朝が明けて午前になれば。

まばゆいほどの。

「夏」のひざしが。

陽がのぼる。

東から。

窓のカーテンと。

木々の合間をぬって。

「さあ 外においで!」

とさそうがごとく。

大きな声で。

よびかけてくるようです。

ハーメルンの笛吹き男のようです。

高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな絵画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけた画伯です」。

この「あおぞら」をみていると。

陽のひかりをみていると。

とても

信じられないくらいに。

元気がわいてくることに。

気が付きました。

「太陽」の「陽射し」。

「陽」の「めぐみ」は。

なんと。

ありがたいことだろう。

なんと尊いことだろう。

そら一杯の青空の

天井(てんじょう)と。

「太陽のひかりのひざし」は。

「生きとし生けるもの」にとって。

なによりもの。

まことの。

「めぐみ」なのであり。

それを戴けるのは。

「よろこび」おほきことです。

「太陽のひかりのひざし」は

「いのちへのめぐみ」。

「いのちのよろこび」。

ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくみ。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえる。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をなぐさめる。

「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる。
「はるかかなた」までの。
「いきるちから」をさずけるものです。
「太陽」。
ありがたいものです。

はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も
「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」がおわり。
「晩冬」の「2月」がおわり。
「初春」の「3月」「4月」がおわり。

いまは
「夏」「8月」です。

「夏の花」の花の花びら。

ひろって。
手のひらにかかげれば。
「夏の花」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致します。

今は。
「夏の花」が。
蕾をふくらませています。
「夏の花」の。

はながは鐘袖(ベル・スリーブ)のように。
ふくらんでいます。

「夏」の花の「はなびら」が。

闇夜のあいだに。

朝の早朝まだ。

「花」にもきがつかぬうちに

また地に舞い下りています。

「夏の花」

には。

ひとのよの。

「人のいのち」の。

「こたえ」があるような

気が致します。

ふと野の花は。

一般的には。

香らない花が。

多いことに気づきました。

伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。

因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は

「矢車菊色:やぐるまそう色」といわれます。

「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物です。
矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。

古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」。
色は紫。むらさきです。

ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンに野菊の花束ささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かびます。

この「花」が。

「野菊」です。

「野菊の墓」の「野菊」。

けれども。

「野菊」は

香らない。

毎朝暗い早朝と。

うす暗くなる午後6時ころには。

「季節風」が

ふいている。

「季節風」がかわりばんこに。

あちこちで

「ろうろう」「こうこう」とないています。

「夏かぜ」の
「季節風」の
の「コーラス」を聞いていると。

ふと。

「この「夏」におびえるひと」の気配が
脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
貧しさに。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだ苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った
「樋口一葉」。

樋口一葉の
夏ではあるけれども。
「うらわかき」「「冬」と「春」の短歌」がきこえるようです。

散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべきは雪の山里

ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと

庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり

にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり

世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて

よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて

折々に散るものどけし春雨の
はれたる軒の山桜ばな

おりおりにちるものどけしはるさめの
はれたるのきのやまさくらばな

わが園のものとおもへば初わかな
はつかなれども嬉しかりけり

わがそののものとおもへばはつわかな
はつかなれどもうれしかりけり

立ち渡る霞をみれば足引きの
山にも野にも春は来にけむ

たちわたるかすみをみれはあしひきの
やまにものにもはるはきにけむ

わたつ海の波のいづこに立ち初て
果なくつゝむ春の霞ぞ

わたつみのなみのいづこにたちそめて
はてなくつつむはるのかすみぞ

さざ波やしがの都のいにしへの
おもかげうすく立つ霞かな

ささなみやしかのみやこのいにしえの
おもかけうすくたつかすみかな

鶯のけさおとづるゝ声聞て
はじめて春の心地こそすれ

うくいすのけさおとつるるこへききて
はしめてはるのここちこそすれ

うれしくもわがものにして聞てけり
このあかつきの鶯の声

うれしきもわかものにしてきこへけり
このあかつきのうくいすのこへ

のどかなるけさの雨にやはるの野の
みどりも色まさるらむ

のとかなるけさのあめにや
はるののの
みとりのいろもまさるらむ

おくれたる友の為にとしをりして
谷間の蕨折り残しけり

おくれたるとものためにとしをりして
たのまのわらひおりのこしけり

ちりたまるふもとのおちはわけておもふ

うもれぬへきはゆきのやまさと

にわのおもにつもるもみしのいろみれば

ちりてのあともにしきなりけり

よのなかにあきにあはしとおくれけん

ひともとのきくおもひあがりて

-------------------------------

おりおりにちるものどけしはるさめの

はれたるのきのやまさくらばな

わがそののものとおもへばはつわかな

はつかなれともうれしかりけり

たちわたるかすみをみれはあしひきの

やまにものにもはるはきにけむ

わたつみのなみのいづこにたちそめて

はてなくつつむはるのかすみぞ

ささなみやしかのみやこのいにしえの

おもかけうすくたつかすみかな

うくいすのけさおとつるるこへききて

はしめてはるのここちこそすれ

うれしきもわかものにしてきこへけり

このあかつきのうくいすのこへ

のとかなるけさのあめにや

はるののの

みとりのいろもまさるらむ

おくれたるとものためにとしをりして

たのまのわらひおりのこしけり

「24歳」の「とても貧しい乙女」の。

「夏」によろこび。

「夏」にもおびえおののく。

隠したくはない「乙女のほこり」

けれども。

隠さざるを得ぬ「乙女のほこり」

かなしさの。おもかげと。

光さす。輝きと。

お若い「御婦人」の「知」「智」が。

ほこりたかくも。

そしてはかなくも。

「ひしひし」とよみとれます。

「夏至」はもうすぐすぎました。

これからは日は。
陽は次第にみじかくなる。
日が短くなる。
朝は明けるのは遅くなり。
夕に暗くなるのは早くなる。

しだいに陽がみじかくなる。
なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。

心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音色(ねいろ)」もあるようです。

朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。

東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。

この「8月」になり。
森山を分け入ると。

木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。

四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。

古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。

*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。

実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。

邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。

「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。

木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。

「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。

桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。

明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「冬」の「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。

今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。

「幸せ色」=「しあわせいろ」

ならばよいです。

けれども
早朝は非常にあたたかくなりました。

夏やま中さまよいて
夏やま中をわけいらば
夏やま中大樹の根元に隠れたり
夏やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
夏やま中みつけたりやまの秋の華。
夏やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
夏やま中大樹の根元に隠れたり
夏山はぜの葉木。
夏やま中やまうるしの葉木。
夏やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
夏こす「はだか木」。
夏こす元気な木。たくましき木。

夏山萩(やまはぎ)の
夏花をかくして燃えたたむ
夏に実りの祭りなり
夏山はぜの葉炎
夏天高く燃ゆ

なつやまはぎの
なつはなをかくしてもえたたむ
なつにみのりのまつりなり
なつやまはせのほのほ
なつてんたかくもゆ

ひろくなりけり空(そら)たかし
さとやまに木々のみどり木
こもれびうけて燃えるがごとし
みどりの炎(ほのほ)
ほのほうちけさむかすみはあおし
ほのほにかすみにただよひて
うるわしくかがやきたり
あたたかくかおりたり
あざやかなりけり 
やまさとのやまみどり
やまさとのふかみどり

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。

「大きな夏みつけた」

から

「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして

「小さな冬みつけた」

そして

「大きな冬みつけた」。

そして

「小さい春」がみつかって。

しだいにおおきな。

「春」になりました。

「夏」がちかづく「八十八夜」

今は「夏」。

私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。

朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
++++++++++++++++++++++

平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
++++++++++++++++++++++

平成21年3月20日(金曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
++++++++++++++++++++++

平成21年4月29日(水曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

++++++++++++++++++++++

平成21年5月4日・5日・6日・
(月曜日)(火曜日)(水曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
++++++++++++++++++++++

平成21年7月20日(月曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

++++++++++++++++++++++

平成21年8月14日(金曜日)と15日(土曜日)
の「二日間」
は病院の医療コンピューターの更新のため。

診療ができないので二日間「休診日」になります。

平成21年8月13日(木曜日)まで平常どおり。
平成21年8月18日(日曜日)から平常どおり。
はおわりました。
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平成21年9月21・22・23日
(月曜日)(火曜日)(水曜日)
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
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★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円

2回法=7.000円

です。

当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。

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2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。

このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。

麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。

成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です

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「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。

「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。

作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。

「今日は何の日」は。

私は宗教学者ではありません。
またさまざまな宗教を信仰されているかたがたになんらの
「偏見:bias:バイアス」ももってはおりません。
下記はルドルフ・カール・ブルトマン:Rudolf Karl Bultmann
という宗教学者の単純なる記述です。

1884年 - ルドルフ・カール・ブルトマン、聖書学者(+ 1976年)
の生誕日です。

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ルドルフ・カール・ブルトマン
:Rudolf Karl Bultmann,
1884年8月20日 - 1976年7月30日)は。

20世紀を代表するドイツの新約聖書学者です。
新約聖書の史的・批判的研究に一時代を築きました。

さらに非神話化(非神話論化)という
聖書解釈の方法論を提唱致しました。

キリスト教内外に様々な議論を引き起こしました。

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ルドルフ・カール・ブルトマン
:Rudolf Karl Bultmann
は。

20世紀の初頭のドイツで。
カール・フォン・ミュラー、
ヘルマン・グンケル、
アドルフ・フォン・ハルナック、
アドルフ・ユーリッヒハー、
ヨハネス・ヴァイス

らに師事致しました。

新約聖書学を学びました。

1921年マールブルク大学新約学正教授となり。
1951年まで一貫してマールブルクで教鞭をとりました。

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ルドルフ・カール・ブルトマン
:Rudolf Karl Bultmannは。

1921年の『共観福音書伝承史』では、
マタイ、マルコ、ルカの三つの福音書を
複数の多様な伝承資料から成るものとして分析致しました。

当時すでに旧約聖書学において用いられていた
様式史批判という方法を用いました。

各資料で伝えられてきた生活の座が
イエス・キリストの死後発展した
原始キリスト教の信仰と祭儀にあることを
明らかに致しました。

++++++++++++++++++++++

これにより。
ルドルフ・カール・ブルトマン
:Rudolf Karl Bultmann
は。
1・
現在残されている福音書から
史的イエスそのものの実際の姿を再現することは
歴史学的には困難であること。

2・
新約聖書の本来の性格はむしろ
イエスをキリストとして伝える
ケリュグマ(宣教)にあるという結論が
導かれました。

++++++++++++++++++++++

ルドルフ・カール・ブルトマン
:Rudolf Karl Bultmann
は。

1920年代には、カール・バルトらの
弁証法神学運動に参加致しました。

従来の自由主義神学への批判を強めました。

ほぼ同じ頃、マールブルク大学の
同僚マルティン・ハイデッガーによる
現存在の実存論的分析に感銘を受けました。

新約聖書を実存論的に解釈する方法論を
模索しはじめました。

++++++++++++++++++++++

ルドルフ・カール・ブルトマン
:Rudolf Karl Bultmann
の。
当時出版された『イエス』(1926年)では。

共観福音書研究の結論を反映して。

イエスの生涯や人となりにはほとんど触れてはいません。
もっぱら史的イエス自身にまでさかのぼることの可能な
イエスの言葉に焦点をあてました。

そしてそれを現代人に実存的応答を迫る語りかけとして
解釈致しました。

この時期のブルトマンが残した神学的な論文は、
『信仰と理解』第1巻(1933年)に収められました。

++++++++++++++++++++++

ルドルフ・カール・ブルトマン
:Rudolf Karl Bultmann
は。

1930年代にナチスが台頭し。

主流教会がドイツ・キリスト者の運動に傾く中で。
こうした動きに抵抗する告白教会の運動に参加致しました。

第二次世界大戦中の1941年には。
学会において
新約聖書の非神話化に関する提案を発表致しました。

++++++++++++++++++++++

ルドルフ・カール・ブルトマン
:Rudolf Karl Bultmann
は。

(「新約聖書と神話論」)
新約聖書の叙述が前提にしている世界像は
もはや現代人には受け入れることができないので。

これを排除致しました。

新約聖書の中核にある
ケリュグマを実存論的に解釈することで
現代人に理解可能な語りかけとして取り出す
聖書解釈の方法論を提案致しました。

同時に実際にこの方法論を用いた
『ヨハネ福音書註解』(1941年)を出版して。

さらに後年、
新約研究の総決算として
『新約聖書神学』(1948年-1953年)を出版致しました。

++++++++++++++++++++++

ルドルフ・カール・ブルトマン
:Rudolf Karl Bultmann
の。

非神話化に関する議論は
ドイツのキリスト教という枠を超えて広がりまそた。

哲学の領域や、仏教など他の伝統的宗教にまで波及
致しました。

++++++++++++++++++++++

ルドルフ・カール・ブルトマン
:Rudolf Karl Bultmann
は。

ブルトマンが新約聖書学の世界に与えた影響は多大です。

ブルトマン門下からは、
多くの新約学者が輩出し、
ブルトマン学派を形成致しました。

(エルンスト・ケーゼマン、
ギュンター・ボルンカム、
ハンス・コンツェルマン、
ヘルベルト・ブラウン、
ジェームス・ロビンソン)

++++++++++++++++++++++

1960年代には。

これらの門下の学者たちを中心に
ブルトマンの史的イエスに対する態度への
問い直しがなされました。

史的イエスへの新しい探求の動きが高まりました。

ブルトマン自身は。
これらの動きによって従来の立場を変えることは
ありませんでした。

また、組織神学の領域でも。
1950、60年代に興隆した実存論的神学と呼ばれる潮流に
大きな影響を与えました。

(ゲルハルト・エーベリンク、ジョン・マッコーリ、
カール・マイケルソン、野呂芳男)

++++++++++++++++++++++

さらに、非神話化・実存論的解釈という方法論上の態度は。

現代の哲学的解釈学によっても批判的に継承されています。

(ハンス・ゲオルク・ガダマー、ポール・リクール)

1970年代以降は、組織神学においても
新約聖書学においても聖書の社会的な文脈や
文学的構造が重視されるようになりました。

実存論的な人間理解に集中する
ブルトマンの立場はしばしば批判を集めることが
多くなっています。

また、神話が持つ意義に関する議論も深まり、
そうした立場から
非神話論化の課題が再検討される必要も出てきています。

++++++++++++++++++++++

日本においては、
新約学、組織神学、宗教哲学などの領域で
一定の影響を与えました。

赤岩栄牧師が晩年、ブルトマンの神学に触れて
「キリスト教脱出記」(1964年)を書いたのは有名です。

ブルトマンの実存論的方法論を
批判的に受容しつつ書かれた神学書としては
野呂芳男『実存論的神学』(1964)があります。

ブルトマン後の世代の
「新しい探求」や新解釈学の運動を背景に書かれた神学書として
小田垣雅也『解釈学的神学』(1975)があります。

また、八木誠一、田川建三、荒井献など
日本を代表する新約学者は、
いずれもブルトマンの立場を念頭に。
それを様々な観点から批判的に乗り越える中で
独自の立場を築いていると言えます。

++++++++++++++++++++++

なお、ブルトマンの研究者、
ないしはブルトマンに詳しい研究者としては
山岡喜久夫、熊沢義宣、川端純四郎、土屋博、笠井恵二らがいます。

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人柄・エピソード
反ユダヤ主義が猛威を振るいつつあった時代に。
彼の新約聖書のゼミをハンナ・アーレントと
ハンス・ヨナスが受講を希望致しました。

その際、彼はアーレントにこう告げたということです。

(ゼミにおいて)
「反ユダヤ主義的言説があってはなりません。」
(もしそうしたことが起こったら)
「私たち二人は一緒にその状況を処理しましょう」。

(エリザベス・ヤング・ブル−エル
『ハンナ・アーレント伝』荒川幾男訳、晶文社、p.107)

++++++++++++++++++++++

主要著作(日本語)
『共観福音書伝承史』(『ブルトマン著作集』第1-2巻)新教出版社
『イエス』川端純四郎、八木誠一訳、未來社、1963年 
『イエス・原始キリスト教』(『ブルトマン著作集』第6巻)新教出版社
『新約聖書と神話論』山岡喜久夫訳、新教出版社、1960年(※非神話論化提唱の論文)
『ヨハネの福音書』杉原助訳、日本キリスト教団出版局、2005年
『新約聖書神学』(『ブルトマン著作集』第3-5巻)新教出版社
「神学論文集」((『ブルトマン著作集』第11-14巻)新教出版社 
「聖書学論文集」(『ブルトマン著作集』第7-9巻、新教出版社)
『歴史と終末論』岩波書店、1986年 ※ ギフォード講演
「説教集」(『ブルトマン著作集』第15巻)新教出版社

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関連著作(日本語)
熊沢義宣『ブルトマン』、日本基督教団出版局、
1962年(初版)、1987年(増改新装第5版)

笠井恵二『ブルトマン』清水書院、1991年

赤岩栄『キリスト教脱出記』理論社、1964年

野呂芳男『実存論的神学』創文社、1964年

八木誠一『キリストとイエス』講談社現代新書、1969年

小田垣雅也『解釈学的神学』創文社、1975年

『聖書の非神話化批判 ヤスパース・ブルトマン論争』
(ヤスパース選集第7巻)理想社、1967年

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++「続きを読むです1」++++++++++++++++++

ルドルフ・カール・ブルトマン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%B3

ルドルフ・カール・ブルトマン:Rudolf Karl Bultmann, 1884年8月20日 - 1976年7月30日)は、20世紀を代表するドイツの新約聖書学者。 新約聖書の史的・批判的研究に一時代を築くとともに、非神話化(非神話論化)という聖書解釈の方法論を提唱し、キリスト教内外に様々な議論を引き起こした。

++「続きを読むです2」++++++++++++++++++

8月20日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/8%E6%9C%8820%E6%97%A5

できごと
1864年(元治元年7月19日)- 禁門の変
1905年 - 孫文らが東京で中国同盟会を結成する。
1914年 - 第一次世界大戦においてドイツ軍がブリュッセルを占領。
1926年 - 日本放送協会設立。
1926年 - 鬼熊事件発生。
1940年 - レフ・トロツキーが亡命先のメキシコにおいてピッケルで襲撃される。翌日死亡。
1945年 - 真岡郵便電信局事件が起きる。
1961年 - 多摩川の河原にてアキシマクジラの化石が発見される。
1968年 - ワルシャワ条約機構軍の兵士200,000名と5,000輛の戦車がチェコスロバキアに侵攻(プラハの春)。
1975年 - 火星探査機バイキング1号打ち上げ。
1977年 - ボイジャー2号打ち上げ。
1994年 - 広島高速交通広島新交通1号線本通〜広域公園前開業。
1998年 ? 第80回全国高等学校野球選手権記念大会準々決勝、横浜-PL学園の一戦が行われ、延長17回の熱戦を演じる。
2006年 - 第88回全国高等学校野球選手権大会決勝戦、早稲田実業高等学校と駒澤大学附属苫小牧高等学校が延長15回1-1の引き分け。(翌日再試合で早稲田実業が4-3で勝ち優勝)
2007年 - 那覇空港でチャイナエアライン機が炎上(チャイナエアライン120便炎上事故)。
2008年 - スパンエアー機が離陸失敗、炎上(スパンエアーJK5022便離陸失敗事故)。
2008年 - SPEEDが3度目の再結成を発表した。

誕生日
1778年 - ベルナルド・オイギンス、チリの軍人・政治家(+ 1842年)
1779年 - イェンス・ベルセリウス、化学者(+ 1848年)
1827年 - ヨーゼフ・シュトラウス、作曲家(+ 1870年)
1833年 - ベンジャミン・ハリソン、第23代アメリカ合衆国大統領(+ 1901年)
1844年(弘化元年7月7日) - 陸奥宗光、外交官(+ 1897年)
1865年(慶応元年6月29日) - 泉重千代、最後まで生存した江戸時代生まれの人物(+ 1986年)
1867年(慶応3年7月23日)- 幸田露伴、作家(+ 1947年)
1884年 - ルドルフ・カール・ブルトマン、聖書学者(+ 1976年)
1890年 - ハワード・フィリップス・ラヴクラフト、作家(+ 1937年)
1893年 - ハロルド・ロイド、喜劇俳優(+ 1971年)
1905年 - 成瀬巳喜男、映画監督(+ 1969年)
1908年 - アル・ロペス、野球選手(+ 2005年)
1909年 - モントゴメリー・ウィルソン、フィギュアスケート選手(+ 1964年)
1914年 - 藤田宗一、元プロ野球選手(+ 1980年)
1920年 - 中村雀右衛門4世、歌舞伎俳優
1928年 - 宮路年雄、城南電機創業者(+ 1998年)
1931年 - ドン・キング、ボクシングプロモーター
1934年 - 司葉子、女優
1936年 - 白川英樹、化学者・ノーベル化学賞受賞
1942年 - アイザック・ヘイズ、シンガーソングライター・俳優
1945年 - 五味太郎、絵本作家
1947年 - 仲畑貴志、コピーライター
1948年 - ロバート・プラント、ミュージシャン(元レッド・ツェッペリン)
1951年 - ピーター・バラカン、音楽評論家
1952年 - 藤巻直哉、フォークバンド藤岡藤巻のメンバー
1954年 - 中子修、レーサー
1955年 - アグネス・チャン、歌手
1957年 - 柴田保光、元プロ野球選手
1959年 - 阪本良介、俳優
1964年 - 桐島かれん、女優、モデル
1965年 - 金成陽三郎、漫画原作者
1966年 - ダイムバッグ・ダレル、ミュージシャン(元パンテラ、元ダメージプラン)(+ 2004年)
1966年 - 松井隆昌、元プロ野球選手
1967年 - 藤神敬也 歌手
1968年 - 白鳥由里、声優
1969年- 若龍王哲也、元大相撲力士 
1969年 - マーク・ホージマー、元プロ野球選手
1970年 - 田中健一、クイズ作家
1970年 - ジョン・カーマック、id Software創設者の一人。
1972年 - 梅宮アンナ、タレント
1972年 - 沖田眞、元バスケットボール選手
1973年 - 萩原淳、プロ野球選手
1973年 - トッド・ヘルトン、メジャーリーガー
1973年 - 堂土貴、お笑い芸人(ルート33)
1976年 - 岩名美紗子、女優
1977年 - 米田功、体操選手
1978年 - 植竹拓、モデル・ファッションデザイナー・DJ
1979年 - フランクリン・グラセスキー、元プロ野球選手
1980年 - ノリ・ダ・ファンキーシビレサス、nobodyknows+歌手
1980年 - アディエル・パルマ、野球選手
1982年 - 星咲愛理、AV女優
1983年 - ユーリ・ジルコフ、サッカー選手
1984年 - 森山未來、俳優
1984年 - 菊池俊夫、元プロ野球選手
1984年 - 野中祐志、元野球選手
1984年 - 風香、プロレスラー
1986年 - 勝地涼、俳優
1986年 - コリーナ、トランペットプレイヤー(ピストルバルブ)
1987年 - ジミーMackey、ジャニーズ所属のタレント
1988年 - 佐津川愛美、女優
1988年 - 鍵本輝、Leadのメンバー
1990年 - 森崎ウィン、俳優、PrizmaXのメンバー
1990年 - 九条院ユカ、モデル
1992年 - デミ・ロヴァート、女優、歌手、アイドル

忌日
1008年(寛弘5年7月17日)- 藤原義懐、平安時代の公卿(* 957年)
1335年(建武2年8月2日)- 西園寺公宗、鎌倉時代・建武の親政期の公卿(* 1310年)
1440年(永享12年7月23日)- 武田信栄、守護大名(* 1413年)
1572年 - ミゲル・ロペス・デ・レガスピ、コンキスタドール(* 1502年)
1578年(天正5年7月17日)- 山中幸盛(山中鹿之介)、尼子氏家臣の武将(* 1545年)
1595年(文禄4年7月15日)- 豊臣秀次、安土桃山時代の関白(* 1568年)
1611年 - トマス・ルイス・デ・ビクトリア、作曲家(* 1548年)
1612年(慶長17年7月24日)- 内藤信成、長浜藩主(* 1545年)
1617年(元和3年7月19日)- 立花直次、初代三池藩主(* 1573年)
1662年(寛文2年7月7日)- 八条宮智忠親王、江戸時代の皇族(* 1620年)
1672年 - ヨハン・デ・ウィット、ネーデルラント連邦共和国の指導者(* 1625年)
1672年 - コルネリス・デ・ウィット、政治家(* 1623年)
1685年(貞享2年7月21日)- 六郷政信、第3代本荘藩主(* 1635年)
1693年(元禄6年7月19日)- 溝口政親、第4代沢海藩主(* 1653年)
1699年(元禄12年7月25日)- 有栖川宮幸仁親王、江戸時代の皇族(* 1656年)
1710年(宝永7年7月26日)- 井伊直通、第6代彦根藩主(* 1689年)
1813年 - ヨハン・バプティスト・ヴァンハル、作曲家(* 1739年)
1821年(文政4年7月23日)- 酒井忠禮、第5代出羽松山藩主(* 1779年)
1823年 - ピウス7世、ローマ教皇(* 1742年)
1841年(天保12年7月4日)- 細川利愛、第8代熊本新田藩主(* 1788年)
1848年(嘉永元年7月22日)- 渓斎英泉、浮世絵師(* 1791年)
1854年 - フリードリヒ・シェリング、哲学者(* 1775年)
1854年(嘉永7年7月27日)- 不知火諾右衛門、第8代横綱(* 1801年)
1857年(安政4年7月1日)- 佐竹義睦、第10代久保田藩主(* 1839年)
1864年(元治元年7月19日)- 来島又兵衛、尊皇攘夷派の長州藩士(* 1817年)
1864年(元治元年7月19日)- 久坂玄瑞、尊皇攘夷派の長州藩士(* 1840年)
1864年(元治元年7月19日)- 寺島忠三郎、尊皇攘夷派の長州藩士(* 1843年)
1864年(元治元年7月19日)- 有吉熊次郎、尊皇攘夷派の長州藩士(* 1842年)
1864年(元治元年7月19日)- 入江九一、尊皇攘夷派の長州藩士(* 1837年)
1882年 - 松平親貴、第10代杵築藩主(* 1838年)
1904年 - ケイト・ショパン、小説家・詩人(* 1851年)
1906年 - 徳川茂承、第14代和歌山藩主(* 1844年)
1908年 - 三好退蔵、検事総長・大審院院長(* 1845年)
1914年 - ピウス10世、ローマ教皇(* 1835年)
1915年 - パウル・エールリヒ、医学者・化学者(* 1854年)
1917年 - アドルフ・フォン・バイヤー、化学者(* 1835年)
1924年 - 田村銀之助、元新選組隊士(* 1856年)
1927年 - ファニー・ブルームフィールド・ツァイスラー、ピアニスト(* 1863年)
1930年 - ハーバート・ターナー、地震学者・天文学者(* 1861年)
1935年 - オタカル・オストルチル、作曲家(* 1879年)
1937年 - 和田英松、歴史学者(* 1865年)
1941年 - 牧野虚太郎、詩人(* 1920年)
1942年 - 4代目笑福亭松鶴、落語家(* 1869年?)
1945年 - 甘粕正彦、甘粕事件で知られる憲兵・満映理事長(* 1891年)
1952年 - クルト・シューマッハー、ドイツ社会民主党の指導者(* 1895年)
1959年 - ウィリアム・ハルゼー、アメリカ海軍元帥(* 1882年)
1961年 - パーシー・ブリッジマン、物理学者(* 1882年)
1969年 - 大山柏、日本の華族(公爵)・考古学者・戊辰戦争研究家(* 1889年)
1984年 - 新明正道、社会学者(* 1898年)
1985年 - ドナルド・ヘッブ、心理学者(* 1904年)
1992年 - 伊藤勉黄、版画家(* 1917年)
1992年 - ダイ・バーノン、マジシャン(* 1894年)
1992年 - 田中英夫、法学者(* 1927年)
1992年 - 阪田正芳、元プロ野球選手(* 1928年)
2001年 - 毛利菊枝、女優(* 1903年)
2001年 - フレッド・ホイル、天文学者・SF作家(* 1915年)
2006年 - ジョー・ローゼンタール、写真家(* 1911年)
2008年 - 華国鋒、中華人民共和国の政治家・元中国共産党主席(* 1921年)
2008年 - 鬼頭梓、建築家(* 1926年)

記念日・年中行事
交通信号の日/三色信号設置の日(日本)

1931年8月20日に銀座の尾張町交差点や京橋交差点など3
4ヶ所に日本初の3色灯の交通信号機が設置されたことに由来。

Yahoo!(ヤフー)の日/(日本)