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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科
山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年11月29日(日曜日)

平成21年の「秋」11月

になりました。

平成21年の。

「春」の「3月」「4月」「5月」が。

おわり。

「夏」の「8月」。

そして「秋」の「9月」「10月」がおわり。

いまは「秋」の「11月」です。

とてもとても。

あかるいあさ。

透明な感じのつよい「明るい朝」。

早朝の「あかるい陽射し」は。

日々毎日続いています。

さわ水のように。

ひんやりとした。

「ながれるみず」のような。

「秋」の風。

「秋」の「11月」です。

「秋」がきた。

「あき」がきた。

どこに来た。

「山」にきて。

「里」にきて。

「野」にもきた。

「秋」は。

「まち」にもやってきた。

今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種をおすすめいたします。

常時いつでも接種可能です。

1回法=3500円

2回法=7.000円

です。

昨年の。
冬間近くの。
さらなる前に。

「晩秋」>のころ。

「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」の。
花の蕾が淡い黄金色にかがやいて。
が見えてから「10日間」で。
花は去りました。
黄金色のじゅうたんが毛氈(もうせん)ように。
地面「金色」に広がりました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」に続いて。
「銀木犀:きんもくせい」もプラチナ色の
花が咲き始めました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」のあとを追って。
「銀木犀:きんもくせい」の花は去り。
地面に「プラチナ」が一面に広がっていました。

「秋」の「11月」

私の「大好き」な。

「秋の草花」の。

「蕾(つぼみ)」と。

「わかば」と。

「秋」の樹木の。

「葉っぱと花」のふくらむ季節。

そして。

「木々の木の葉の紅葉」の季節。

「秋の花」と「木の葉もえる秋」

「みどりとこがね色」

「秋草いろ」の。

季節になりました。

私の「大好き」な。

萌え出づる「秋わかば」。

「秋」の若葉が。

美しい季節になりました。

そしていろいろな。

「秋」の木々の花ひらき咲く季節。

秋花(はな)と秋若葉(わかば)と。

こがねの秋若草(あきわかくさ)の。

ワルツの季節になりました。

山本クリニックの庭園は。

大昔は。

雑木林であったのです。

「野生」の。

「やまぶき」や。

「やぶつばき」や。

「季節の花さく木々」が。

とても沢山。

群生してはえています。

日々の毎日にどんどんと。

みるみるうちに。

「秋の花」が。

つぼみや「花」を大きくしています。

けれども「秋の花」は。

蕾が大きくなったそのよるには。

花咲き。

暗い朝にちっていることが。

すくなくありません。

秋花は

ぬばたまの

暗き闇夜の

あき嵐に

風に弓射られて

花ぞ舞い散る

あきはなは

ぬばたまの

くらきやみよの

あきかせに

かせにいられて

はなそまいちる

「秋の花」は。
早朝には「白鷺の羽」
のように地面に
舞い降ちています。

昨年の。
「晩秋」
「木犀:もくせい」の花の
「芳香」は蕾のみえるまえから
あります。

花が去ったあとは
「あっというまに芳香が消えます」。

「晩秋」の
「木犀:もくせい」たちのかおりがさり。

「秋」になり。

「11月」。

あきばとともに。

つぼみを日々。

大きくしている。

「秋の花」。

「みかん」と「からたち」

こがねい実のふくらむ季節。

「秋」の「11月」。

そして。

「秋の花」や。

「みのる木々」

をみまもるのは。

「みかんの木」の。

「まるいみかん」の

「丸い群れ」。

「円いみかん」は。

「丸くたわわに実り」。

まるで。

「ぶどうのふさ」のようです。

「秋」の果実。

樹木にみのりつづけ。

おちない「みかん」。

秋の「竜田姫(たつたひめ)」

にさそわれて

実りはじめた「みかんの実」。

兄弟同士(姉妹同士)

お互いに。

「はなことば」でお話しをしているに

ちがいありません。

私は山茶花(さざんか)よりは。

「やぶつばき」がずっとすきです。

山本クリニックの庭園には。

いずれも。

野生の「やぶつばき」と

野生の「山茶花(さざんか)」ばかりです。

野生の「すみれ」も珍しい品種がはえています。

堂々たる。

「秋かぜ」と「秋吹雪:あきふぶき」

が吹いています。

「秋」になりました。

「秋」がはじまりました。

「あかるくて」とてもよい「秋」。

「秋」の風です。

「秋」がふかまれば。

「もっと深い「秋」」の。

トンネルをこえる。

そこは「里山の「秋」」。

「秋吹雪:あきふぶき」は

遠くの蒸気機関車の鳴き声のように

聞こえます。

また次に「秋から先」への。

「トンネル」のあることも

わかります。

秋樹の妖精の吹くフルート

のよう。

そして。

「秋吹雪:あきふぶき」をなだめるように。

「樹木の穂先」が舞います。

「樹木の穂先」は「舞姫」です。

「秋吹雪」は突如(とつじょ)

天から舞い降りるように。

吹きます。

「秋」の陽射しはまばゆい。

こがねのにしき。

ひかりのかがやく「秋」になりました。

星のかがやく「秋」になりました。

風のうたう「秋」になりました。

きょうは。
とてもとても寒い。

「秋吹雪:あきふぶき」の声は

「秋かぜ」のふく音色は。

「秋」の「竜田姫(たつたひめ)」

ひきいる女神たちの。

なつかしき笛ふく。

あきかぜのワルツ。

みのりのワルツ。

あきは。

いまは。

モデラート・マ・ノン・トロッポ。

フオルテです。

最近は
朝くらい早朝には「星がみえます」。
「明けの明星」の金星が南の空に高くみえます。

病院の明かりが灯り暗闇のなか。
朝はやく。

「明けの明星」の金星に「おはよう」を
毎日こえで「御挨拶」を伝えます。
「明けの明星」の金星から「おはよう」と
返事がかえってくる声をききながら。
病院の明かりをともします。
まだ真っ暗なのですが。

夏場の早朝のくらい時には。
明星はみえずらかった。
季節が「冬から「春」「夏」へとあゆみ」。
今は「秋」。

いよいよ。
大気が「澄んできた」ということでしょう。

霧雨(きりさめ)の。

霞(かすみ)の大気。

「秋吹雪:あきふぶき」の「音」。

「ろうろう」「こうこう」

「秋かぜ」の鳴き声

「ろうろう」「こうこう」

「秋吹雪:あきふぶき」の。

鳴き声とともに。

「秋一番」の「あきのしらべ」が。

あわせきこえます。

「どれみふあ」「そらしど」

朝暗いうちの「あきかぜ」の合唱は。

「秋」の「ふうりん」のようです。

あれ沢山の「ふうりん」かな。

「秋」の「ふうりん」の音色です。

「ろうろう」。

さやかにやさしくも「あたたかい音」です

「こうこう」

わびわびと。

「蜜蜂をよんでいる音」です。

「蜜蜂」のはぜる元気な「音」から

「秋」のおとずれが。

わかります。

秋の女神(めがみ)「竜田姫(たつたひめ)」

のおとずれが。

わかります。

「ススキの穂先」は
そぞろに「秋」の今年の芽栄え。

そして「秋」の旅愁。

昔昔の懐かしさをも感じさせます。

「ふけゆく秋の夜」
「夜のすすき」はどのようにして
「夜」をこすのだろうか。

「よるのすすき」がみたいです。

ススキの茎の「穂先」には。

「秋ふくろう」が。

何匹も集ってつどい。

何匹ものふくろうが。

皆で何かを真剣に。

考えているように。

みえます。

あきくれば

こがね葉いずる

秋すすき

葉のいづる

そのときときこそは

秋さかりなるらむ

「ススキの葉先」は。

「しあわせと幸福を手招き」

している

何本もの「手」のように。

みえます。

エドヴァルド・ムンク:Edvard Munch

の「秋」の絵画のようです。

私も「日々を旅ゆく人間」です。

奥の細道の序文に松尾芭蕉が。

「月日は百代の過客(ひゃくたいのかかく)
にして行かふ年も又旅人也。」

「つきはひゃくたいのかかくにして
いきかふとしもまたたひひとなり」

とかたり。詠みました。

私は

「日々の月日」に。

道連れをさせていただき。

「時」を旅をする

「旅人(たびびと)」

のひとりです。

「日々月日の旅のつれあい」は。

私には。

「きょう」と。「あす」しか。

ありません。

「きょう」と。「あす」しか。

私にはありません。

「きのう」はありません。

朝くらいとき。
陽の出の直後は。
いつも一瞬は晴れています。
いまだ かすかにも。
のこる「秋」の気配
であるけれども。

あきらかに。
そしてしっかりと。
しのびよる。
もっともっと奥の。
深く深まる「秋のおとづれ」からの大気。

もっと。
「あかるい「秋」」の気配が。
「確かに」。
そして明らかに。
そして輪郭もはっきりと。

感じられるようになりました。

「11月」。

「秋」です。

「秋の青葉の城」の「11月」

をむかえました。

はやいものです。
速いものです。
早いものです。

街路樹もそうそうたる
羽振りの木々から
「はじまりゆく「秋」の樹木」にうつろうように
変化しています。

「秋」。
「樹木の若葉の芽生え」があることに
気がつきました。

春の芽吹くときには。
街路樹のポプラも
幹や枝葉の穂先が。
ろうそくのともしびのように。
「炎の様」になっています。
あたかも
ゴッホの描いた「夜の糸杉」のように。
秋の早朝にみえます。

秋になり。
この「穂先」が一気に「ポプラの葉」へと
扇・おおぎのごとく開きました。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「夜の糸杉」から。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「ひまわり」
のように。
一斉に開きます。
9月にはいってからのことです。

10月そして11月。

今は「晩冬」の「2月」がおわり。

「春」の「3月」「4月」「5月」がおわり。
「夏」の「8月」がすぎ。「9・10月」がすぎ。
「秋」の「11月」。

今現在は落ち着いた「あき」の葉木。
「秋」の木々の「葉」
へと。
そしてふかまる「秋」の木々の「幹:みき」へと。

ふかまる「みのりの秋」にむけて。
「あつく」うつろいています。

ポプラも。つばきもくすのきも。
レースのハンカチをふるように
「「秋」のわかば」の「めばえ」がみえます。
窓越しにもみえます。

今は「「秋」のわかば」の「めばえ」は
とても大きくなりました。
「秋」の「めばえ」のひろがりです。

「冬がくると」。
空と木枯らしのかなでる「蛍の光」や
「冬のコンチエルト」にあわせるように。

ポプラの葉や芽葉は。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
ハンカチは木を去っていきました。

樹木のハンカチは。
大地を訪れて飛翔し。
大地にまいおり大地にもどります。
そして大地となります。

そして。
ポプラの葉や芽葉が。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていく光景は。
あたかも。

「夜の魔法」「夜のガスパール」

のようです。

そして。

「花の去った枝」には。
「「秋」の若芽のめばえ」
が。
「秋葉」がみえます。

木々の「葉」が「枝や幹」を
「保護する役割をしている」
ことに気づきました。

桜の花の時期とうってかわり
桜の木の公園
の桜の木々は。
夏になりとても獰猛な気配を放つ。

初めて気がつきました。
いまは「秋」です。

「晩冬」の「2月」がおわり
「春」になり「3月」「4月「5月」がおわり。
「夏」の「8月」はすぎさり。
「秋」の「9月」「10月」がおわり。
「秋」の「11月」。

「さくら」は春の濃い緑の樹肌になり。
やさしさとおだやかさ
が感じられます。

そしていつしか
幹先に若葉色の葉をもまじえています。
しだいにしだいに。
紅黄色に葉っぱが消え
若葉にかわりつついくことに
きがつきます。

さくらから。
さくらはのきぬずれのおとが。
きこえるころ
です。

桜の樹木も「丸くなりました」。
桜の樹木も毎年毎年と毎日毎日。
「旅(たび)をしている」のでしょう。

朝陽をあびる落葉樹は
「すべてがあざやかな黄金色」に
かがやきます。
朝陽をしっかりと。
「いうにいわれぬ美しい絵のごとく」
陽射しを受け止めています。

「「秋」の朝陽」は真東に大変鋭いことに
気づきました。
眩しいです。

今はまぶしい「秋」の「あさひ」です。

するどいけれども。

「あたたかいろ」がかんじられます。

春は別として。
桜の木は木の下で。
夏は心安らかに。
「休める木ではないなあ」
と思います。
昨年は
秋になり
桜の樹木も安堵の葉色
になりました。
ちょっとばかりびっくり致しました。

枝や幹からは秋の陽の木漏れ日がみえます。

夏桜の木は獰猛なほど葉をおいしげらせ
ていました。
夏には
桜の木の下で木陰で。心安らかにやすもうという
気はおきません。

いまは「春」から「秋」になりました。
そよかぜに揺れる残り葉は
招き誘われるような気すら致します。

「秋」になり幹にはもう「花は散る」。
ちったあと枝の根元には。
「秋のわかば芽栄え(めばえ)」
若葉がみえます。

けれども
やはり桜の木は

シューベルトの歌曲の旋律にある「菩提樹」
ではないのです。

冬の桜木(さくらぎ)。

冬になり

人生に果てて(はてて)

なれるが如く桜樹木はかわりました。

良い木になってきました。

素敵(すてき)です。

冬の桜木(さくらぎ)。

「春」の桜木(さくらぎ)。

「秋」の桜木(さくらぎ)。

木々でも。
いちょうや。松や。杉などの針葉樹
は。またソテツなどは。
「古い時代の木」です。

「チャールズ・ダーウィンの進化論」からは
「針葉樹」から。
「常緑樹」「広葉樹」「落葉樹」にと。
「進化」しているはずです。

「原始的」な樹木ほど。
「硬い幹」です。
例外はありません。

硬ければ。
幹は硬ければ動物に
「かじられる」ことはないでしょう。

いにしえの古代の時代にも。

恐竜をはじめめとする
「大型」の草食動物にも。

かたければかじられることは
なかったでしょう。

街並みを彩る街路樹には「落葉植物」が多いです。

ふと。考える。

街路樹が「松や杉」のように。
「冬も葉を持つ針葉の常緑樹」では。

冬はうっそうとして道端では
やさしい暖かな陽射しをかくしてしまう。

夏場は枝ぶり葉っぱぶりからつよすぎる日の光は
さえぎれません。
そして
「秋」の「夕焼け陽」には。
「金色のちいさき鳥の形して」
秋の夕焼けの陽射しに舞うこともできません。

常緑樹の針葉樹では。
は四季のリズムをつたえる

北大路魯山人のかたる

ことば。

「ざっくり感(ざっくりかん)」

が。

ありません。

木々の秋の萌黄が早朝暗い中でも
うかびあがります。
私はくすのきが「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
モミジもすきです。
カエデもすきです。
松や杉もすきです。
月桂樹やシナモンもすきです。
オリーブもすきです。
オレンジの木もすきです。
「そてつ」の木もすきです。
ツバキもすきです。
ソテツもすきです。
南天もすきです。
木や植物がすきです。

木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな夏の萌黄色です。
まるで大きな深い山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばの秋のめばえが非常に鮮か
です。
木々は「春樹」の役目をおわりました。
「秋木」とかわろうとしています。
「あき木」とかわりました。

街角の雑草も花は咲きはじめ。
「秋の花」の姿となりそして「秋」を迎える。
「ほとけの座」や「はこべ」が
「かたばみ」や「いたどり」が
ますます姿を大きくして。

そして「すすき」もくわわりました。

冬草から春草へ。
そして気がはやく。
夏草へのたたずまいをしている草もある。
そしてもうすっかり夏草へと黄金色に転した
街角には雑草もあります。
こがねいろ。

雑草も。
同じく花をさかせ自ら種をとばし
秋葉がみえる。
そして秋を迎える。
冬が来て。木枯らしに吹かれ。
雪をかむり。そして。
春がくる。
そしてまた夏。
そして秋。

そして今は。

「秋」。

ツツジは潅木。

ツツジの花の葉の優しさには

あらためてびっくりしました。

黄緑・草色のビロードです。

のぞきこむと若葉はまだ沢山ある。

何故か得をしたように思えました。

そして雨にうたれて

そのまま地に落ちた

ツツジの若葉は

幾何学的に裏側を下にむけて

逆さじょうごのように

落下していることに

気がつきました。

まるで。

「若草色」のきのこが。

沢山はえているようです。

木から落ちても。
まだ「若葉」です。ふと。
ヴェルディの「椿姫」「La Traviata」
の「つばき」を思い出しました。

1852年パリに滞在したヴェルディは
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
の戯曲版『椿姫』の上演を見て感激し
ました。
そのころ新作の作曲依頼を受けていた
ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために。
翌1853年初めに比較的短時間で作曲された
『椿姫 』(La Dame aux camelias、1848年出版)
は。
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)が
実際の体験を基にして書いた長編小説。
主人公のモデルはかつて作者が交際をしていた
マリー・デュプレシという高級娼婦。
恋人アルマンのイニシャルである
『AD』は
小デュマのイニシャルと同じです。

この作品は人々に愛されて幾度も舞台、映画化され
続けてきました。

朝暗いうちは。

とても。

はださむいです。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。

山本クリニックには。
検見川の落合遺跡の遺跡発掘の際に
みつかった「古代のハスの種子」から。

2000年ぶりに発芽したことで有名な。
「古代蓮(ハス)」があります*。
【大賀ハス:おおがはす】です。
「有名な古代ハス」です。
とても勇壮なハスで。
花のいろはとてもあまりにも美しく。
たとえ様もありません。

ハスの花がさき。
「「蓮(ハス)」の実」になりました。
「はすの実」も「はす」の葉も。
2mくらい水面から高いところに
あります。

睡蓮(すいれん)があります。
睡蓮(すいれん)は「葉」が水に浮び。
はのきれこみは羊の足のようです。
睡蓮(すいれん)を「ひつじぐさ」とは
なるほどと考える。
睡蓮(すいれん)の茎の長さには
おどろかされます。

「姫睡蓮(ひめすいれん)」でさえも。
池はばが長ければ四方八方に「水の中の枝」。

「モネ」の描いた睡蓮(すいれん)の
「水の中の枝」は「どれほど長いのだろう」。

睡蓮(すいれん)も「太古の時代」に
陸の動物に「かじられないように」
水中に「逃げ込んだ」のでしょう。

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大賀ハス(オオガハス、おおがはす)とは。
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川
(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある
東京大学検見川厚生農場
(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された
今から2000年以上前の古代のハスの実から
発芽・開花したハス(古代ハス)のことです。

戦時中に東京都は燃料不足を補うために
花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていた
「草炭」を採掘していました。

採掘は戦後も継続して行われていました。
1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま
1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出しました。

その調査によりもう2隻の丸木舟と
ハスの果托などが発掘されました。

「縄文時代の船だまり」であったと
推測され落合遺跡と呼ばれました。

植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士
(当時・関東学院大学非常勤講師)が
発掘品の中にハスの果托があることを知り。
1951年(昭和26年)3月ボランティアの協力
を得てこの遺跡の発掘調査を行いました。

翌日で打ち切りという
30日の夕刻になって花園中学校の女子生徒により
地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され予定を延長し
4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されました。

大賀博士は5月上旬から発掘された
3粒のハスの実の発芽育成を試みるも2粒は失敗に終わりました。
だが1951年3月30日に出土した1粒が育成に成功致しました。

翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。
このニュースは国内外に報道されて多いな「驚愕」を与えました。
同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」
として掲載され博士の姓を採って「大賀ハス」と命名されました。

シカゴ大学のリピー博士らによって放射性炭素年代測定が行われました。
ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。

この古代ハスは、
1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として
千葉県の天然記念物に指定されました。
また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、
現在日本各地は元より世界各国へ根分けされ、
友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っています。

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ふと「パンの神」を思い出しました。
(「牧神パン(Pan)」=「Pan」=「パン」=
「飯(はん)」=「全般の般」=「パンアメリカンのパン」=

「パン」「pan」は「すべて」という意味の
古代ギリシャ語そして「サンスクリット」も同じ。

古典ギリシア語 Παν、Pan「パンの神」は。
幼少時からゼウスから他の神々全て*に好かれたので
(古代ギリシャ語でTheophilusテオフイルス/ラテン語では
amadeus アマデウス**)
「パン」と名づけられました。

「頭は人間で胴体は山羊」です。

「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」
ギリシア神話に登場する魔神***。
に追いかけられ
あわてて身を守るため川に飛び込み「頭は人間で胴体は人魚」
に変身したために。

「パニック」=「panic:パン的」
という言葉が生まれました。

星座に「山羊座」という星座があります。

山羊座は不思議ですが
「あわてて身を守るため川に飛び込み
「頭は人間で胴体は人魚」」
に変身した「パンの神」を示しています。
山羊ではありません。

むしろ正確には人魚です。

だから。
「山羊座」という「意味」はわかります。
けれども「命名」の観点から。
「山羊座」というのはかなり「妙」な気が致します。
「人魚座」というのが正しい。

 


名称「パンの神」の由来は「ギリシャ神話」でも
非常に多くの「言い伝え」がいくつがあります。
その「言い伝えの数」に正比例して「混乱」があります。

**
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
「アマデウス」とは「パンの神」のことです。
(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
ヴォルフガングは「おおかみが行く」という意味です。
よって
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは

「狼のように歩み神に愛されたモーツアルト」
ということになります)

***
「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」は
「台風:たいふう」と日本語では名前を変えています。

****
タイフーン級原子力潜水艦は
旧ソ連・ロシアの941型(プロジェクト941)
戦略ミサイル搭載原子力潜水艦のことです。
タイフーンはそれに付けられたNATOコードネームですが
この名称は日本の「台風」とは「直接関係」はありません。

日曜の

朝晴れて

はじめて気づく

にわの小ささ

にちようの

あさはれて

はじめてきづく

にわのちいささ

朝晴れて

にわの小さき

気づかぬときは

病(やまい)なりけり

日曜の朝

あさはれて

にわのちいさき

きづかぬときは

やまひなりけり

にちようのあさ

葉のつきて。

物心もつく

桜かな

はのつきて

ものこころもつく

さくらかな

休診日ですが。
早朝に朝まだ暗いうちから
首都高を走って病院に到着致します。

空はきらきらのラピス・ラズリの
紺碧のジュースから
ミルク色のはいった
トルコ石の「プリン」に変わるように変化
していきます。

遠くにぽかぽか浮ぶ「雲々」は
トルコ石の「プリン」の上の「クリーム」の
ようです。
にわのあじさいは「アイスクリーム」
のようです。

きらきらラピス・ラズリの空(そら)
紺碧のカクテルいろの空(そら)
ミルクをそそそいだ空(そら)
トルコいしのプリンの空(そら)
はるかにとほくたかい空(そら)
ほかほか浮ぶ雲々(くもぐも)そら
プリンの上のクリームのような空(そら)
睡蓮(すいれん)の水面に空(そら)
睡蓮(すいれん)のうえに空(そら)
空(そら)の向こうにまた空(そら)
空(そら)そのまたむこうにももっと大きな空(そら)

春のうららのこもれびに

緑木いらかをかぜはやみ

青風ひるむやうつろひの

四季のつきひははやいくとせ

夏のうららのこもれびに

緑木いらかのつねなりて

赤き空(そら)にて炎えたたむ

四季のつきひははやいくとせ

秋のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜさやか

秋風かたれるやすらきの

四季のつきひははやいくとせ

冬のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜつよし

冬風弓(ゆみ)射る木枯らしの

四季のつきひははやいくとせ

日々のうららのこもれびに

祈想い(おもい)のいらかにかぜつよし

生きる力に祈りはせ

四季のつきひははやいくとせ

やまひのとまやのこもれびに

祈願りの(いのり)のいらかにかぜさみし

やみいるこころに力(ちから)はせ

四季のつきひははやいくとせ

いづるわかばのこもれびに

ひかりのいらかにかぜやさし

おもふこころに瞑想(おもひ)のせ

四季のつきひははやいくとせ

やさしくかたるるこもれびに

あさひのいらかにかぜさむし

ゆれるからだに意思(こころ)つみ

四季のつきひははやいくとせ

かわるるつきひのこもれびに

かたりのいらかにあめさみし

うたれしからだに決意(さだめ)おい

四季のつきひははやいくとせ

ゆめみしあさひのこもれびに

くもまのいらかにつきうすし

いさりてあゆめる未来(のそみ)みし

四季のつきひははやいくとせ

陽(ひ)いでてあふるるこもれびに

もののふいらかにかぜあおし

ひかりてかかやく希望(ねかひ)もて

四季のつきひははやいくとせ

椎木(しいのき)は枝高し
そらに吼える若葉の穂束
そらに吼える蒼き獅子のごとし
天にも地にもみどりはさける
のあさふかまりて
陽の光ゆたかなりけり
いふことのなし
いふことがなし
いふことはなし
いふこともなし
ゆたかなるかな

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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成21年1月12日(月曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

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平成21年2月11日(水曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
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平成21年3月20日(金曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

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平成21年4月29日(水曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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平成21年5月4日・5日・6日・
(月曜日)(火曜日)(水曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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平成21年7月20日(月曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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平成21年8月14日(金曜日)と15日(土曜日)
の「二日間」
は病院の医療コンピューターの更新のため。

診療ができないので二日間「休診日」になります。

平成21年8月13日(木曜日)まで平常どおり。

はおわりました。

平成21年8月18日(日曜日)から平常どおり。

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平成21年9月21・22・23日
(月曜日)(火曜日)(水曜日)
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

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平成21年10月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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平成21年11月 3日(火曜日)
平成21年11月23日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
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平成21年11月23日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

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年末年始の診療
平成21年12月30日(水曜日)*まで
診療を行います。

また
平成22年1月は。
1月5日(月曜日)*より診療を開始する予定
ですが。

まだ変動する可能性があります。

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★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円

2回法=7.000円
です。

当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。

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2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。

このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。

麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。

成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です

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「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。
「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。

「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。

作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。

「今日は何の日」は。

雅楽頭系酒井家宗家4代。
第4代将軍徳川家綱の治世期に大老となりました。

江戸幕府における「将軍」のナンバー2である。
「老中、大老」。
「大老」という役職の起こりとされている。

1624年(寛永元年10月19日=>11月29日になります) -
酒井忠清、
江戸時代初期の譜代大名・老中・大老(+ 1681年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

酒井 忠清(さかい ただきよ)は、
江戸時代の譜代大名です。

江戸幕府老中、大老。上野厩橋(うえのうまやばし)藩第4代藩主です。

雅楽頭系酒井家宗家4代。
第4代将軍徳川家綱の治世期に「大老:たいろう」となりました。

三河以来の譜代名門酒井氏雅楽頭家嫡流で、
徳川家康・秀忠・家光の3代に仕えた
酒井忠世の孫にあたります。

++++++++++++++++++++++

酒井 忠清(さかい ただきよ)は。

寛永元年(1624年)10月19日、酒井忠行の長男として
酒井家江戸屋敷に生まれました。
幼名は熊之助。
寛永13年(1636年)に祖父の酒井忠世、
父の忠行が相次いで死去したため、
翌寛永14年(1637年)に。
遺領12万2,500石のうち上野国厩橋「10万石」の相続を許され。

弟の酒井忠能にも分地されました。

++++++++++++++++++++++

酒井 忠清(さかい ただきよ)は。
寛永15年(1638年)に出仕し、
従五位下河内守に任じられました。
雅楽頭家嫡流として父の忠行が務めていた奏者番を命じられ、
武家故実を習得して殿中儀礼の諸役を務めました。

この年には忠能とともに上野(上野駅の上野です)
へ初入国をしています。

なお、寛永15年(1638年)には
土井利勝と酒井忠勝が。
大事の折の登城を命じられました。
これが後の大老の起こりとされています。

++++++++++++++++++++++

寛永18年(1641年)には
将軍徳川家光に嫡子徳川家綱が誕生。

忠清は家光付きの本丸付家臣であり。

幼少の家綱との接触は儀礼を通じてのみであったが、
弟の忠能は家綱付の家臣団に加わっています。

正保元年(1644年)酒井 忠清(さかい ただきよ)
は12月には鶴姫と婚礼、
慶安元年(1648年)には長男の酒井忠明が生まれるが、
鶴姫は慶安3年(1650年)に死去。

慶安4年(1651年)4月には将軍家光が死去し。
8月には家綱が将軍宣下を受けました。

++++++++++++++++++++++

大老の酒井忠勝、
老中松平信綱や
後見の保科正之、
家綱付家臣団の
松平乗寿らに補佐された家綱政権が成立し。

忠清は引き続き奏者番を務め、
10月には左近衛権少将へ任官し雅楽頭へ改名を命じられました。

++++++++++++++++++++++

大老職就任から晩年
家光の死後には西の丸老中が本丸老中へ吸収され、
承応2年(1653年)6月には忠清も老中に就任到します。
諸役と兼任致しました。

忠清は就任と同時に老中首座として。

松平信綱、松平乗寿、阿部忠秋とともに
4人連署体制を構成するが、
翌3年には乗寿が死去。

万治2年(1659年)に
稲葉正則が加えられるまでは3人体制となりました。

++++++++++++++++++++++

酒井 忠清(さかい ただきよ)は。
寛文4年(1664年)には一般報書の過判を免じられており、
寛文6年(1666年)3月26日には老中報書への過判も免じられ、
大老職に就任致しました。

保科正之や阿部忠秋が没すると権力が集中致しました。

将軍家綱を補佐して殉死禁止令や、
陸奥仙台藩62万石の伊達家で生じた伊達騒動(寛文事件)や、
延宝年間に越後高田藩で生じた越後騒動などの
お家騒動の裁定に関わりました。

++++++++++++++++++++++

酒井 忠清(さかい ただきよ)は。

延宝8年(1680年)
1月、上総久留里2万石を加増されて
15万石となり、忠行時代の家格に復しました。

同年5月には将軍家綱が死去致しました。
8月には綱吉が将軍宣下を受けました。

12月9日には病気療養を命じられ、
大老職を解任されました。

翌天和元年(1681年)2月に隠居し、
5月19日に死去。享年58(満56歳没)。

++++++++++++++++++++++

人物
忠清は鎌倉時代に執権であった北条氏に模され。

大老就任後は「左様せい様」と称される
将軍家綱のもとで権勢を振るう
専制的人物と評される傾向にあります。

また、伊達騒動を扱った文芸作品など創作においては、
作中では伊達兵部と結託した極悪人として描かれてきました。

酒井家は寛永13年(1636年)に江戸城大手門下馬札付近の
牧野忠成の屋敷が与えられ、上屋敷となっていました。

下馬札とは、
内側へは徒歩で渡り下馬の礼を取らなければならない
幕府の権威を意識させる場所でありました。

大老時代の忠清の権勢と重ね合わせ、
死後の綱吉時代には下馬将軍と俗称されました。

また、家綱の危篤にあたって、
鎌倉時代の例に倣って徳川家・越前松平家とは縁続きである
有栖川宮家の幸仁親王を宮将軍として擁立しようとしたとされ。

これは徳川光圀、堀田正俊などの反対にあい、
実現しなかったということです。

++++++++++++++++++++++

酒井 忠清(さかい ただきよ)は。

綱吉が将軍に就任すると側近たちとともに失脚しているが、
忠清はそのわずか一年後に突如没したため。

綱吉は自殺ではないかと疑問を抱き、
「墓を掘り起こせ」と命じるまでに執拗に検死を求めました。

けれども。
酒井家はこれをかたくなに拒否。

忠清の死は尋常でなかったとする憶測を呼んでいます。

++++++++++++++++++++++

「続きを読む」=>*

++「続きを読むです1」++++++++++++++++++

酒井忠清
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E4%BA%95%E5%BF%A0%E6%B8%85

酒井 忠清(さかい ただきよ)は、江戸時代の譜代大名。江戸幕府老中、大老。上野厩橋藩第4代藩主。雅楽頭系酒井家宗家4代。第4代将軍徳川家綱の治世期に大老となる。三河以来の譜代名門酒井氏雅楽頭家嫡流で、徳川家康・秀忠・家光の3代に仕えた酒井忠世の孫にあたる。

++「続きを読むです2」++++++++++++++++++

11月29日
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/11%E6%9C%8829%E6%97%A5

できごと
1830年 - ロシア帝国支配下のポーランド・ワルシャワで十一月蜂起が起こる。
1875年 - 京都市に同志社英学校(同志社大学の前身)開学。
1890年 - 大日本帝国憲法施行。これにより第1回帝国議会が開会。翌1891年3月7日まで。
1934年 - 日本初のアメリカンフットボール試合を東京・明治神宮競技場で開催。
1944年 - ソ連軍によるアルバニアの全土解放が行なわれ、アルバニアがイタリア軍からの独立を宣言。同日、アルバニア共産党を中心とする社会主義臨時政府設立。
1947年 - 国際連合総会でパレスチナ分割決議案(国連決議181号)可決。
1960年 - ラジオ東京が「東京放送」に社名変更。略称も「KRT」から「TBS」に変更。
1973年 - 大洋デパート火災。死者104人、負傷者108人。デパート火災最大の惨事に。
1980年 - 川崎市で金属バット両親殺害事件発生。犯人は当時20歳の予備校生だった。
1985年 - 過激派による国電同時多発ゲリラ事件。首都圏、大阪を初め各地で線路のケーブルが切断されダイヤが混乱。600万人に影響が出る。
1987年 - 大韓航空機爆破事件。
1990年 - 湾岸戦争で、国連が「対イラク武力行使容認決議」を採択。
1991年 - 営団地下鉄(現在の東京メトロ)南北線駒込駅-赤羽岩淵駅間が開業
2003年 - イラク日本人外交官射殺事件。

誕生日
1624年(寛永元年10月19日) - 酒井忠清、江戸時代初期の譜代大名・老中・大老(+ 1681年)
1797年 - ガエターノ・ドニゼッティ、オペラ作曲家 (+ 1848年)
1803年 - ゴットフリート・ゼンパー、建築家 (+ 1879年)
1803年 - クリスチャン・ドップラー、物理学者(+ 1853年)
1815年(文化12年10月29日)- 井伊直弼、江戸幕府の大老・彦根藩主(+ 1860年)
1832年 - ルイーザ・メイ・オルコット、作家(+ 1888年)
1835年 - 西太后、清朝皇帝咸豊帝の妃で同治帝生母(+ 1908年)
1849年 - ジョン・アンブローズ・フレミング、物理学者(+ 1945年)
1856年 - テオバルト・フォン・ベトマン・ホールヴェク、ドイツ宰相ならびにプロイセン首相(+ 1921年)
1876年 - ネリー・ロス、政治家(+ 1977年)
1881年 - ユリウス・ラープ、政治家、オーストリア首相 (+ 1964年)
1882年 - 藤井浩佑、彫刻家(+ 1958年)
1895年 - ウィリアム・タブマン、リベリア大統領 (+ 1971年)
1898年 - C・S・ルイス、作家 (+ 1963年)
1909年 - 田中絹代、女優・映画監督(+ 1977年)
1927年 - 長谷川慶太郎、経済評論家、国際エコノミスト
1927年 - 古田足日、児童文学作家・評論家
1930年 - 滝田裕介、俳優
1931年 - 勝新太郎、俳優(+ 1997年)
1932年 - ジャック・シラク、フランス大統領
1941年 - 林家ペー、コメディアン
1944年 - 大下剛史、元プロ野球選手
1947年 - 沢木耕太郎、作家
1948年 - 舛添要一、参議院議員
1950年 - リービ英雄、日本文学者、小説家
1950年 - マイク・イースラー、元プロ野球選手
1951年 - 藤沢公也、元プロ野球選手
1952年 - ジョン・D・バロウ、天文学者、物理学者
1953年 - 小林麻美、歌手、女優、モデル
1954年 - 金原瑞人、法政大学教授、作家、翻訳家
1956年 - 定岡正二、元プロ野球選手・タレント
1960年 - ジル・ロマン、バレエダンサー
1960年 - 野口裕美、元プロ野球選手
1962年 - 山下和彦、元プロ野球選手
1962年 - 岡山恭崇、元バスケットボール選手
1964年 - 愛華みれ、女優
1964年 - 福間未紗、シンガーソングライター
1964年 - 上杉裕世、マットペインター
1965年 - 尾崎豊、歌手(+ 1992年)
1966年 - 吉田修司、元プロ野球選手
1969年 - マリアノ・リベラ、メジャーリーガー(投手)
1969年 - ケイシー・ケラー、サッカー選手
1969年 - ピエール・ファン・ホーイドンク、サッカー選手
1969年 - ジョン・レイフィールド、プロレスラー
1970年 - マーク・ペンブリッジ、サッカー選手
1972年 - 荻原秀樹、声優
1972年 - 伊藤大士、調教師
1973年 - ライアン・ギグス、サッカー選手
1973年 - ディック・ファン・ブリク、サッカー選手
1973年 - 村上和成、総合格闘家、プロレスラー
1975年 - 礒恒之、元プロ野球選手
1976年 - 小笠原孝、プロ野球選手
1978年 - アレッサンドロ・フェイ、バレーボール選手
1978年 - アンドリー・ボロヴェイ、サッカー選手
1979年 - 山本拓司、元プロ野球選手
1979年 - ミヒャエル・ラメイ、サッカー選手
1980年 - 森田丈武、プロ野球選手
1981年 - スレイマン・ユラ、サッカー選手
1981年 - 名雪佳代、女優
1982年 - ジョン・メンサー、サッカー選手
1983年 - 内藤雄太、プロ野球選手
1985年 - 田口淳之介、KAT-TUN
1985年 - 佐藤弘祐、プロ野球選手
1985年 - シャノン・ブラウン、バスケットボール選手
1986年 - 佐藤和沙、タレント
1991年 - 山下拓海、ジャニーズJr.、M.A.D.のメンバー
1991年 - 高柳明音、SKE48
1993年 - 北原沙弥香、ハロプロエッグ
生年不明 - 桜野みねね、漫画家
生年不明 - 愛本みずほ、漫画家
生年不明 - 浜田ブリトニー、漫画家

忌日
728年(神亀5年10月20日)- 義淵、法相宗の僧
880年 - カールマン、東フランク王(* 830年頃)
1268年 - クレメンス4世、ローマ教皇(* 1200年頃)
1314年 - フィリップ4世、フランス王(* 1268年)
1318年 - フラウエンロープ、詩人(* 1250年-1260年頃)
1378年 - カール4世、神聖ローマ皇帝(* 1316年)
1501年 - フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ、彫刻家・画家・建築家(* 1439年)
1516年 - ジョヴァンニ・ベリーニ、画家(* 1430年頃)
1530年 - トマス・ウルジー、枢機卿、ヘンリー8世の相談役(* 1475年)
1543年 - ハンス・ホルバイン、画家(* 1497年?)
1585年(天正13年10月8日)- 伊達輝宗、出羽国の戦国大名(* 1544年)
1585年(天正13年10月8日)- 二本松義継、陸奥国の戦国大名(* 1552年)
1602年 - アントニー・ホルボーン、作曲家(* 1545年頃)
1632年 - フリードリヒ5世、プファルツ選帝侯(* 1596年)
1641年(寛永18年10月27日)- 三浦正次、江戸幕府六人衆(若年寄)(* 1599年)
1643年 - クラウディオ・モンテヴェルディ、作曲家(* 1567年)
1682年 - ルパート、カンバーランド公(* 1619年)
1702年(元禄15年10月11日)- 南部行信、盛岡藩主(* 1642年)
1717年(享保2年10月27日)- 松平定重、高田藩主(* 1644年)
1762年(宝暦12年10月14日)- 安藤昌益、経世家(* 1703年)
1780年 - マリア・テレジア、オーストリア女帝(* 1717年)
1793年 - アントワーヌ・バルナーヴ、フランス革命期の政治家(* 1761年)
1838年(天保9年10月13日)- 松平定永、桑名藩主(* 1791年)
1861年 - ニコライ・ドブロリューボフ、文芸評論家(* 1836年)
1868年(明治元年10月16日)- 鷹司政通、江戸時代の公卿(* 1789年)
1872年 - ホレス・グリーリー、ジャーナリスト・アメリカ合衆国下院議員(* 1811年)
1897年 - 箕作麟祥、啓蒙思想家(* 1846年)
1906年 - 伊達宗徳、宇和島藩主(* 1830年)
1924年 - ジャコモ・プッチーニ、作曲家(* 1858年)
1930年 - 柳家小さん (3代目)、落語家(* 1855年)
1930年 - 田部シメ子、小説家太宰治の愛人(* 1912年)
1935年 - 松本長、能楽師(* 1877年)
1944年 - 分部光謙、大溝藩主(* 1862年)
1944年 - 阿部俊雄、日本海軍の少将(* 1896年)
1950年 - 馬占山、中華民国の軍人(* 1885年)
1950年 - ウオルター・ビーチ、ビーチクラフト創業者(* 1891年)
1957年 - エーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルト、作曲家(* 1897年)
1957年 - 徳川武定、松戸徳川家の初代当主(* 1888年)
1959年 - フリッツ・ブルン、作曲家(* 1878年)
1959年 - 佐伯矩、栄養学者(* 1886年)
1963年 - エルネスト・レクオーナ、作曲家(* 1896年)
1971年 - ハインツ・ティーセン、作曲家(* 1887年)
1973年 - 一ノ瀬泰造、報道写真家(* 1947年)
1974年 - 彭徳懐、中華人民共和国の政治家(* 1898年)
1974年 - ジェームス・J・ブラドック、プロボクサー(* 1905年)
1975年 - グラハム・ヒル、F1レーサー(* 1929年)
1979年 - 千葉三郎、日本の労働大臣・宮城県知事(* 1894年)
1980年 - ドロシー・ディ、社会運動家(* 1897年)
1981年 - ナタリー・ウッド、女優(* 1938年)
1982年 - パーシー・ウィリアムズ、陸上競技選手(* 1908年)
1986年 - ケーリー・グラント、俳優(* 1904年)
1988年 - 福田昌久、元プロ野球選手(* 1934年)
1991年 - ラルフ・ベラミー、俳優(* 1904年)
1992年 - ジャン・デュドネ、数学者(* 1906年)
1992年 - エミリオ・プッチ、ファッションデザイナー(* 1914年)
1999年 - 岩本薫、囲碁棋士(* 1902年)
1999年 - キノトール、劇作家・脚本家(* 1922年)
2000年 - 下元勉、俳優(* 1917年)
2001年 - ジョージ・ハリスン、ミュージシャン 元 ビートルズのメンバー(* 1943年)
2001年 - 水谷則博、元プロ野球選手(* 1950年)
2002年 - 家永三郎、歴史学者(* 1913年)
2003年 - 奥克彦、日本の外交官(* 1958年)
2003年 - 井ノ上正盛、日本の外交官(* 1973年)
2005年 - 辻英雄、日本の自由民主党衆議院議員(* 1919年)
2006年 - アレン・カー、禁煙運動家(* 1934年)
2006年 - 実相寺昭雄、映画監督(* 1937年)
2006年 - レオン・ニェムチック、俳優(* 1923年)
2008年 - ヨーン・ウツソン、建築家(* 1918年)

記念日・年中行事

議会開設記念日(日本)
1890年11月29日に、初の帝国議会が開かれたことに由来。

いい服の日

いい肉の日

宮崎県のより良き宮崎牛作り対策協議会が味と品質の良さで知られる
宮崎牛をアピールするために制定