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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成22年2月23日(火曜日)

「春」の「3月」「4月」「5月」

がおわり。

そして「夏」「6月」「7月」「8月」。

「秋」の「9・10・11月」がおわり。

「冬」の「12月」「1月」がおわり。

「冬」の「2月」になりました。

「冬」です。

冬焼けいろにけむる「冬」。

「こがねの「冬」」になりました。

真っ暗な早朝に。

すっかり車のとだえた。

コンクリートの幹線道路で。

舞い踊るように。

向こう側から。

「冬木枯らし」のうたが。

ひびいて。

わたってきこえてきます。


★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。


「昨年」
「9月」がおわわりました。
「10月」も終わりました。
「11月」もおわり。
「12月」で「冬」になりました。
「12月」がおわり。
「昨年」はおわりました。

「冬」も「年」を越しました。
「1月」がおわり。

「2月」はしずかに。
しずかに。しずかに。


能の舞(のうのまい)の。

「おきなのあゆみ」のように。

そそとした「冬舞台」の上を。

さらにふかまりつつゆく

「冬」から。

「深い冬」への景色を舞台の上で。

あゆみつつあります。


能の舞(のうのまい)の。

「おきなのあゆみ」は

「冬」の「2月」から。

さらにおくふかい「四季の季節」

「ふかい黄金(こがね)の「季節」」へと。

むかっています。


暗い朝の早朝に。
南の天に「明けの明星」が
輝いています。
闇夜の天高いかがやく惑星。

「明けの明星」金星に。
毎日「おはよう」のあいさつを
します。

「冬」の「2月」の。

早朝に。

はるか暗い早朝に。
「りす」のかすかな。
ひとりぼっちの。
鳴き声がきこえたような気が致しました。


けれどもそれは。

「季節風」の声。

毎朝の暗いうち「季節風」の「音色」は。
毎日違います。

「ろうろう」「こうこう」

耳をすませば。
「季節風」の鳴き声は。

「独唱」から次第に「合唱」に
なってゆきます。

そしてオーケストラの楽器の配列のように。
一風一かぜ(ひとかぜ)の
「季節風」の鳴いている場所も。
わかるように。なってきました。

「季節風」も

「冬」。

みのりの「冬」の季節。

 にむけての。

ころもがえやひっこしをしている
ことがわかります。



「ふゆかぜ」に

「衣替え」して。そして。

また「より深い冬」への。

「衣替え」を。

するのでしょう。

「季節風」は。

「鳥」のようです。

木々の上から電線のうえにやどるようです。

「季節風」は

「街路樹」にもとまって。

「冬」を過ごすのでしょう。

「冬」です。

冬の「季節風」がうたう季節

になりました。


「2月」になりました。

日々ゆっくりと

日は長くなります。

陽はたかくなります。

夜は短くなります。

空はたかくなります。


天上の太陽 空たかく。

いまは「冬」。

そして。

「冬」から。

「深冬:ふかふゆ」に。

向かいます。



あさは曇っていて。
さらに昼間でも「さむい」ことがある。
私がおきるまっくらな早朝は。
とてもとても。
とても寒いです。

雪国うまれの私は冬さむいのがつらい
です。


宮沢賢治

「さむさのなつはおろおろあるき」

は冬でもいえるうた。

「さむさのふゆはおろおろあるき」

早朝「そら」をみあげれば。
晴れているはず。日差しもあるはず。

けれども空には
「雲がいっぱい」で「空はくもりそら」
です。
ふしぎな「冬」のひざしです。

ふとかんがえれば・・。


そして「冬」には。

「冬」の「さむい日差し」から。

「芽」をまもり。

「秋」の太陽から。さらなる恵みを。

「実る木の芽」にあたえる。

「空」こそは。

「ソフトフイルター」の役目を。

「冬」の「おぼろくもりそら」が。

しているようです。


自然とは。

とてもよくできたものです。

変幻自在であり

そして規則も正しい。

なおかつにして。

自由が自在。

春夏秋冬。

大気に漂う霞がごとし。


深い山の奥に住むという

仙人の心境(ここち)も。

よくわかる。



「冬」の街路樹もそうそうたる。
ふかまる冬の羽振りを。
まとう木々に姿になってきました。

街路樹は「落葉樹」がよいです。

街路樹が「松や杉」のような。
「常緑樹」では
冬はうっそうとして
陽の光をえられない。

夏場は枝ぶり葉っぱから陽の光を
さえぎれない。

晩秋も「針葉樹の落葉」では
木枯らしもつりがあわない。
とどのつまり
四季のリズムはつくれません。



ヴイバルデイの
「四季」の「夏」にある
木陰で休む羊飼いの旋律
も。
フランツ・シューベルトの
「菩提樹」の歌曲
も「うまれません」。


落葉の針葉樹で
強いからといって私の「好き」な。
「からまつ」をうえられても
街路樹には叶(かな)わないでしょう。

私の「大好き」な。
北原白秋の「からまつの詩」。

「からまつ」は

街路樹にはそぐはないかもしれません。



播磨の俳人滝野瓢水の句

「手に取るな

やはり野におけ蓮華草」

のように。

「冬」ではあっても。

やはり野におけ蓮華草。

やはり野におけから松木。

「からまつ」も蓮華草と同じくに。

清楚な華やかさとはかなさを

もっています。


やはり野におけ。

蓮華草とからまつ


「冬」の「からまつ」です。

そしていま。
「冬」をあゆみゆく
「からまつ」の時期になりました。






-------------------------------
北原白秋
 
「水墨集」より

  
 落葉松
-------------------------------

      一
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 からまつをしみじみと見き。
 
 からまつはさびしかりけり。
 
 たびゆくはさびしかりけり。

      二
                 
 からまつの林を出でて、
 
 からまつの林に入りぬ。
 
 からまつの林に入りて、
 
 また細く道はつづけり。

      三
 
 からまつの林の奥も
 
 わが通る道はありけり。
  きりさめ
 霧雨のかかる道なり。
 やまかぜ
 山風のかよふ道なり。

      四
 
 からまつの林の道は、
 
 われのみか、ひともかよひぬ。
 
 ほそぼそと通ふ道なり。
 
 さびさびといそぐ道なり。

      五
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 ゆゑしらず歩みひそめつ。
 
 からまつはさびしかりけり、
 
 からまつとささやきにけり。

      六

 からまつの林を出でて、
  あさま ね
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 からまつのまたそのうへに。

      七
 
 からまつの林の雨は
 
 さびしけどいよよしづけし。
 
 かんこ鳥鳴けるのみなる。
 
 からまつの濡るるのみなる。

      八
 
 世の中よ、あはれなりけり。
 
 常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ。

-------------------------------

木々の青葉の房が
早朝くらい中でも
うかびあがります。
とりわけ私は
くすのき科が。
「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
けやきもすきです。
カエデもすきです。
もみじもすきです。
松もすきです。
杉もすきです。
からまつも好きです。



「冬」「12月」になり。
裸木の。
木々の穂先は小さいけれども毛氈(もうせん)
のようにあざやかな萌黄色と緑です。

まるで。
大きな里山の森の冬のうねりのようです。
今年は木々のわかばの冬のめばえがとてもとても
鮮烈です。

若芽のうえを吹き抜けていきます。

街角の雑草も
冬草に変貌して。

「季節風」になり。

道端のくさばなは。
「遠慮がち」にながら堂々と一本の茎。

雑草も。
冬草へと変貌しつつながらえています。
あたたかかう
ふかまる「秋」をまつ。
「冬」の野の雑草:ざつそうです。


朝暗いうちは。
とてもはださむいです。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
ふとい孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。


冬風しらしむ冬竹の

笹葉は蒼くふるえたり

みどり葉笹葉にかぜはやみ

冬陽をうつすやうつろひの

竹の葉木枯らし冬をいくとせ


地にも空にも
みどり葉ひらき
みどり木冬空
天高くひろがりけり
ゆたかなりけり
いふことのなし
いふことがなし
いふことはなし
ゆたかなりけり




-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------


平成21年1月12日(月曜日)は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

はおわりました。
-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います
はおわりました。


-------------------------------


平成21年4月29日(水曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------


平成21年5月4日・5日・6日・
(月曜日)(火曜日)(水曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
------------------------------

平成21年7月20日(月曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
------------------------------

平成21年8月14日(金曜日)と15日(土曜日)
の「二日間」
は病院の医療コンピューターの更新のため。

診療ができないので二日間「休診日」になります。

平成21年8月13日(木曜日)まで平常どおり。
平成21年8月18日(日曜日)から平常どおり。

はおわりました。

------------------------------


平成21年9月21・22・23日
(月曜日)(火曜日)(水曜日)
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
------------------------------



平成21年10月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。

------------------------------



平成21年11月 3日(火曜日)
平成21年11月23日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

------------------------------


平成21年12月23日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。


------------------------------


年末年始の診療
平成21年12月30日(水曜日)*まで
診療を行います。

また
平成22年1月は。
1月4日(月曜日)*より診療を開始する予定
です。



------------------------------


年始の診療
平成22年1月11日(月曜日)
平成22年1月11日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

------------------------------



平成22年3月22日は(月曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。

朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。

当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。

-------------------------------

2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------


学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。

このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。

成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。

このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


-------------------------------
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。

成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です。

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「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。

難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。

私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。

心より感謝・感謝。

「今日は何の日」は。

1945年にピュリツアー賞受賞の写真となった。
硫黄島の星条旗(いおうとうのせいじょうき、
Raising the Flag on Iwojima)

1945年 - アメリカ海兵隊所属の兵士たちが、
硫黄島山頂に星条旗を掲揚した日です。(硫黄島の星条旗)

++++++++++++++++++++++

硫黄島の星条旗(いおうとうのせいじょうき、Raising the Flag on Iwojima)は
第二次世界大戦中の1945年2月23日にジョー・ローゼンタール(Joe Rosenthal)
によって硫黄島で撮影された報道写真です。

五人のアメリカ海兵隊員と一人の海軍兵が硫黄島の戦いのさなか、
摺鉢山(すりばちやま)の頂上に星条旗を立てる姿を撮影したもので、
史上もっとも有名な報道写真の一つです。

現在にいたるまで「戦争」のイメージとしてよく知られたものとなり、
1945年度のピューリッツァー賞の写真部門を受賞した唯一の写真となりました。

写真に写っている六人のうち、三人は硫黄島で戦死したが、
他の三人は生き残って一躍有名人となりました。

後にこの写真をもとにアーリントン国立墓地近くに海兵隊戦争記念碑がつくられました。

++++++++++++++++++++++

初の星条旗掲揚

当時のニュース映画ローゼンタールの
有名な写真は摺鉢山制圧後、二度目に行われた星条旗掲揚の様子を写したものです。

1945年2月23日早朝、最初の星条旗掲揚が行われました。
「イージー中隊」と呼ばれた第5海兵師団第28海兵連隊第2大隊E中隊の
隊長デイヴ・サヴァランス(Dave E. Severance)大尉は
ハロルド・シュリアー(Harold G. Schrier)中尉に
摺鉢山の制圧を味方に知らせるため、
頂上に星条旗を立てるよう命じていたのです。

頂上付近が制圧された後で掲げられた最初の星条旗は131×71 cmのもので、
その模様をロイス・ロウェリー(Louis Lowery)軍曹が撮影しています。

しかし、この旗は小さかったので海岸付近からは見ることができなかった。

++++++++++++++++++++++

マイク・ストランク(Michael Strank)、
ハーロン・ブロック(Harlon Block)、
アイラ・ヘイズ(Ira Hayes)、
フランクリン・スースリー(Franklin Sousley)たちは
23日の午前中、摺鉢山頂上へ電話線をひく任務を遂行していました。

チャンドラー・ジョンソン大佐(Chandler Johnson)
からサヴァランス司令官へと伝えられたものであった
サヴァランスはSCR300電池の予備をもたせて
レイニー・ギャグノン(Rene Gagnon)を急派しました。

++++++++++++++++++++++

アメリカ合衆国海兵隊公式戦史によれば。

タトルはLST779号のそばで星条旗を見つけてジョンソンに渡し、
さらにジョンソンがギャグノンにそれを渡して頂上に立てさせたということです。

戦史ではジョンソンがLST779号の乗員で真珠湾の基地から
星条旗を持ってきていたアラン・ウッド少尉から受け取ったとしています。

しかし沿岸警備隊歴史部によれば、
ギャグノンは星条旗を探してLST758号の近くへやってきたという。

2004年に亡くなったロバート・レズニック(Robert Resnick)が
2001年に初めて行った証言によれば、
ギャグノンが星条旗を探していたので
レズニックは自分の船から星条旗を取り出し、
上官のフェリックス・モレンダ大尉の許可を得たということです。

この旗はメア島の海軍工廠の技師メイベル・ソヴァギューが縫ったものだという
ことです。

++++++++++++++++++++++

40名の海兵隊員たちは正午ごろ頂上付近に到達、
ギャグノンが後から加わりました。

日本兵たちの抵抗はまだ続いていたが米軍の砲撃によってほぼ
制圧されていたので頂上にたどりつくことができました。

ローゼンタールと海兵隊の従軍カメラマンの
ボブ・キャンベルおよびビル・ジェノウストの三人も
頂上を目指して登っていたが、
途中で最初の星条旗掲揚を撮影しておりてきたロイス・ロウェリーと出会いました。

三人はいったん下りようかと思ったが、
ロウェリーから頂上は写真をとるのにいい場所だと聞いたため
上がっていくことにしました。

++++++++++++++++++++++

居合わせた海軍兵のジョン・ブラッドリー(John Bradley)
とともに海兵隊員たちは頂上に星条旗を立てていました。

旗のポールとして日本軍の水道管が使われました。

ローゼンタールたちが頂上につくと海兵隊員が旗を
水道管にゆわえたところでした。

ローゼンタールはすばやく高速度撮影カメラを取り出して
岩の上にカメラを固定しようとしました。

彼がカメラを構える前に星条旗が掲げられているのを
見たローゼンタールはとっさにカメラを旗に向け、
ファインダーをのぞかずにシャッターを切りました。

ローゼンタールのとなりにはビル・ジェノウストがいて、
30 mほど離れた位置から星条旗の掲揚の様子を映像で記録していたが、
ローゼンタールの写真のようなアングルでとられた映像になっています。

++++++++++++++++++++++

写真にうつった六人
(マイク・ストランク、レイニー・ギャグノン、
フランクリン・スースリー、ジョン・ブラッドリー、
ハーロン・ブロック、アイラ・ヘイズ)のうち、
戦後まで生き残ったのはヘイズ、ギャグノン、ブラッドリーの三人だけでした。

ストランクは星条旗掲揚の六日後に味方駆逐艦の誤射を受けて死に、
ブロックはその数時間後に迫撃砲による攻撃を受けて戦死致しました。

スースリーは日本軍の組織的抵抗の終わる
数日前の3月21日に狙撃兵の銃弾を受けてなくなりました。

++++++++++++++++++++++

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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。

おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・

++「続きを読むです1」++++++++++++++++++

硫黄島の星条旗
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%98%9F%E6%9D%A1%E6%97%97

硫黄島の星条旗(いおうとうのせいじょうき)は

++「続きを読むです2」++++++++++++++++++
2月23日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/2%E6%9C%8823%E6%97%A5

できごと
990年(正暦元年1月25日) - 藤原道隆の娘である定子が一条天皇に入内。
1455年 - グーテンベルク聖書の印刷が開始。
1623年 - アンボイナ事件起こる。
1660年 - カール11世がスウェーデン王に即位。
1836年 - アラモ砦に立て篭もる約200人のテキサス義勇軍に約4000人のメキシコ正規軍が攻撃を開始。(アラモの戦い)
1886年 - チャールズ・マーティン・ホール、アルミニウムの電気分解法を発明。
1903年 - キューバがアメリカ合衆国にグァンタナモ米軍基地の永久租借を承認。
1904年 - 日韓議定書締結。
1929年 - 説教強盗・妻木松吉が東京で逮捕。
1932年 - 全国一斉に婦人選挙権獲得の為の「婦選デー」運動を実施。
1934年 - レオポルド3世がベルギー王に即位。
1939年 - 理化学研究所が原子実験室を設置。
1941年 - グレン・シーボーグらが初のプルトニウム合成に成功。
1942年 - 「税務代理士法」制定。(税理士記念日)
1942年 - 翼賛政治体制協議会結成。
1943年 - 陸軍省が戦意昂揚の為、「撃ちてし止まむ」のポスター5万枚を配布。
1944年 - 竹槍事件おこる。
1945年 - アメリカ海兵隊所属の兵士たちが、硫黄島山頂に星条旗を掲揚した。(硫黄島の星条旗)
1945年 - イギリス空軍がプフォルツハイムを空襲、17,000人以上が死亡。
1947年 - 国際標準化機構(ISO)発足。
1949年 - プロ野球にコミッショナー制を導入。正力松太郎が初代コミッショナーに就任。
1964年 - 国鉄の電子式座席予約システムMARS101が稼動開始。
1970年 - ガイアナが共和制に移行。
1977年 - 宇宙開発事業団が技術試験衛星「きく2号」を打上げ(日本初の静止衛星)。
1981年 - ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が来日(ローマ教皇として初の来日)。
1987年 - カミオカンデで大マゼラン星雲でおきた超新星爆発を検出。
1994年 - 藤田小女姫殺害事件。
1997年 - イギリスの研究所でクローン羊の開発に成功したことが判明。
2006年 - トリノオリンピック第14日目、女子フィギュアスケートにて荒川静香がアジア初の金メダルに輝く。
2007年 - 鹿児島地方裁判所で志布志事件の被告人12名全員に無罪判決が下される。
2008年 - 新名神高速道路の亀山JCT-草津田上ICが部分開通。
2009年(ロサンゼルス時間22日) - 「おくりびと」(滝田洋二郎監督)がアカデミー外国語映画賞を、「つみきのいえ」(加藤久仁生監督)がアカデミー短編アニメ賞を受賞する。

誕生日
1646年(正保3年1月8日) - 徳川綱吉、江戸幕府第5代将軍(+ 1709年)
1685年 - ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル、作曲家(+ 1759年)
1817年 - ジョージ・フレデリック・ワッツ、画家・彫刻家(+ 1904年)
1818年 - アントニオ・フォンタネージ、アントニオ・フォンタネージ(+ 1882年)
1823年 - グスタフ・ナハティガル、探検家(+ 1885年)
1840年 - カール・メンガー、経済学者(+ 1921年)
1844年 - ペール・エークストレム、画家(+ 1935年)
1863年 - フランツ・フォン・シュトゥック、画家・版画家・彫刻家・建築家(+ 1928年)
1868年 - W・E・B・デュボイス、公民権運動指導者(+ 1963年)
1872年(明治5年1月15日) - 平櫛田中、彫刻家(+ 1979年)
1873年 - アンシ、絵本作家・画家(+ 1951年)
1876年 - 林銑十郎、第33代内閣総理大臣(+ 1943年)
1883年 - カール・ヤスパース、哲学者(+ 1969年)
1886年 - アルバート・サモンズ、ヴァイオリニスト(+ 1957年)
1889年 - ヴィクター・フレミング、映画監督(+ 1949年)
1891年 - 倉田百三、劇作家・評論家(+ 1943年)
1899年 - エーリッヒ・ケストナー、小説家(+ 1974年)
1901年 - 北島忠治、ラグビー監督(+ 1996年)
1915年 - ポール・ティベッツ、アメリカ空軍退役准将(+ 2007年)
1915年 - 野間宏、作家(+ 1991年)
1920年 - 服部受弘、プロ野球選手(+ 1991年)
1930年 - 志村五郎、数学者
1934年 - 池田満寿夫、作家(+ 1997年)
1935年 - 新野新、放送作家
1936年 - 内海好江、漫才師(+ 1997年)
1936年 - 桑原和男、喜劇俳優(吉本新喜劇)
1937年 - 白木万理、女優
1939年 - ピーター・フォンダ、俳優
1941年 - 大宅映子、評論家
1941年 - 矢ノ浦国満、プロ野球選手
1942年 - 的川泰宣、宇宙工学者
1943年 - 北大路欣也、俳優
1945年 - 苑田聡彦、プロ野球選手
1946年 - 宇崎竜童、ミュージシャン
1948年 - 月亭八方、落語家
1949年 - 岩沢二弓(ブレッド&バター)、歌手
1951年 - 森重文、数学者
1952年 - 中島みゆき、歌手
1953年 - 中嶋悟、レーシングドライバー
1953年 - フレッド・クハウルア、プロ野球選手
1955年 - 斉藤明夫、プロ野球選手・野球解説者・コーチ
1955年 - 新堀和男、俳優、殺陣師、アクション監督
1955年 - 吉崎栄泰、プログラマ
1956年 - 野口五郎、歌手、俳優
1956年 - ブラザートム、ミュージシャン・お笑いタレント(小柳トム)
1958年 - とり・みき、漫画家
1958年 - 林マヤ、モデル・タレント
1958年 - 若林健治、アナウンサー
1959年 - 小川美潮、音楽家
1959年 - 遠藤雅伸、ゲームクリエイター
1960年 - 皇太子徳仁親王
1963年 - 飯星景子、タレント・エッセイスト
1964年 - 坂本英三、ミュージシャン
1965年 - マイケル・デル、実業家
1965年 - クリスティン・デイヴィス、女優
1967年 - 浅野哲也、サッカー選手、指導者、解説者
1968年 - 山本圭一、お笑いタレント
1968年 - 横山典弘、騎手
1968年 - 加藤寛規、レーシングドライバー
1969年 - 後藤ひろひと、俳優・脚本家
1969年 - 宮川一彦、プロ野球選手
1970年 - 相田翔子、タレント、wink
1971年 - 小田井涼平、俳優
1971年 - 私市淳、声優
1975年 - 永田亮子、声優
1976年 - 西野恭之助(チョップリン)、お笑いタレント
1977年 - 田中秀太、プロ野球選手
1978年 - 杉上佐智枝、日本テレビアナウンサー
1979年- 中嶋愛、ファッションモデル・タレント・ファッションデザイナー
1980年 - 虹歩、ストリッパー
1981年 - 中原麻衣、声優
1981年 - ホセ・アンヘル・ガルシア、野球選手
1981年 - ボッティ、サッカー選手
1982年 - dorlis、歌手
1983年 - 笹川美和、シンガーソングライター 
1983年 - ミド、サッカー選手
1983年 - 近藤春菜、お笑いタレント・ハリセンボン
1984年 - YUKI(BENNIE K)
1984年 - 高橋真唯、女優
1984年 - 丸居沙矢香、タレント
1985年 - 神戸拓光、プロ野球選手
1985年 - 穐田和恵、SDN48
1986年 - 亀梨和也、タレント(KAT-TUN)
1986年 - 三倉茉奈・三倉佳奈、双子のタレント
1986年 - ベラ・セシナ、新体操選手
1987年 - 高橋徹、プロ野球選手
1987年 - 梅崎司、サッカー選手
1988年 - 潤音、グラビアアイドル
1989年 - エヴァン・ベイツ、フィギュアスケートアイスダンス選手
1989年 - 中川美樹、グラビアアイドル
1990年 - 藤井翼、プロ野球選手
1993年 - 石川佳純、卓球選手
1994年 - ダコタ・ファニング、女優
1995年 - ささの堅太、俳優
2003年 - アドマイヤムーン 元競走馬・種牡馬
生年不詳 - 黒沢ダイスケ、ギタリスト・コンポーザー(軌道共鳴 Orbital Resonance)

忌日
1100年 - 哲宗、北宋第7代皇帝(* 1076年)[要出典]
1442年 - グムンデンのヨハネス、天文学者・数学者
1447年 - エウゲニウス4世、第207代ローマ教皇(* 1383年)
1464年 - 英宗、明第6代皇帝(* 1427年)[要出典]
1507年 - ジェンティーレ・ベリーニ、画家(* 1429年)
1525年(大永5年2月2日)- 実如、浄土真宗の僧(* 1458年)
1572年 - ピエール・セルトン、作曲家
1594年(文禄3年1月4日) - 曲直瀬正盛(道三)、戦国時代の医師(* 1507年)
1632年 - ジャンバティスタ・バジーレ、詩人(* 1575年?)
1641年(寛永18年1月14日)- 諏訪頼水、初代諏訪藩主(* 1571年)
1704年 - ゲオルク・ムッファト、作曲家(* 1653年)
1717年 - マグヌス・ステンボック、スウェーデンの軍人(* 1665年)
1730年 - ベネディクトゥス13世、第245代ローマ教皇(* 1649年)
1766年 - スタニスワフ・レシチニスキ、ポーランド王(* 1677年)
1792年 - ジョシュア・レノルズ、画家(* 1723年)
1821年 - ジョン・キーツ、詩人(* 1795年)
1848年 - ジョン・クィンシー・アダムズ、第6代アメリカ合衆国大統領(* 1767年)
1855年 - カール・フリードリヒ・ガウス、数学者(* 1777年)
1857年(安政4年1月29日)- 姉小路公遂、公卿(* 1794年)
1897年 - ヴォルデマール・バルギール、作曲家(* 1828年)
1917年 - ジーン・ガストン・ダルブー、数学者(* 1842年)
1926年 - 淡島寒月、小説家・画家(* 1859年)
1933年 - 近藤勇五郎、剣術家(* 1851年)
1934年 - エドワード・エルガー、作曲家(* 1857年)
1940年 - 市川左團次 (2代目)、歌舞伎役者(* 1880年)
1944年 - レオ・ベークランド、化学者(* 1863年)
1946年 - 山下奉文、日本の陸軍大将(* 1885年)
1950年 - 野上豊一郎、英文学者(* 1883年)
1958年 - ユリアン・シトコヴェツキー、ヴァイオリニスト(* 1925年)
1962年 - 川口為之助、政治家(* 1881年)
1969年 - サウード・ビン・アブドゥルアズィーズ、第2代サウジアラビア国王(* 1902年)
1969年 - コンスタンティン・シルヴェストリ、指揮者(* 1913年)
1974年 - ジョージ・ファン・ビースブルック、天文学者(* 1880年)
1974年 - ウィリアム・F・ノーランド、政治家(* 1908年)
1975年 - ハンス・ベルメール、画家・写真家(* 1902年)
1983年 - ハーバート・ハウエルズ、作曲家(* 1892年)
1984年 - ウーヴェ・ヨーンゾン、小説家(* 1934年)
1994年 - 藤田小女姫、占い師(* 1938年)
1995年 - ジェイムズ・ヘリオット、著作家・獣医師(* 1916年)
1996年 - 小坂徳三郎、実業家・政治家(* 1916年)
1996年 - ジョセフ・W・バー、第59代アメリカ合衆国財務長官(* 1918年)
1997年 - トニー・ウィリアムス、ジャズミュージシャン(* 1945年)
1999年 - カルロス・ハスコック、アメリカ合衆国の軍人、狙撃手(* 1942年)
2000年 - スタンリー・マシューズ、サッカー選手(* 1915年)
2003年 - ロバート・キング・マートン、社会学者(* 1910年)
2006年 - ロバート・ミラー、疫学者
2007年 - 鳥居滋夫、アナウンサー(* 1933年)
2007年 - パスカル・ヨアジマナジ、チャド首相(* 1950年?)
2007年 - 池田晶子、文筆家(* 1960年)
2008年 - ポール・フレール、自動車評論家・F1レーサー(* 1917年)
2008年 - ヤネス・ドルノウシェク、第2代スロベニア大統領(* 1950年)

記念日・年中行事

共和国の日(ガイアナ)
1970年に共和国になった。

税理士記念日(日本)
1942年2月23日に「税理士法」の前身である
「税務代理士法」が制定されたことを記念して、日本税理士会連合会が1969年に制定。

富士山の日
1996年1月1日、筑波大学附属高等学校の
地理教諭・田代博が運営責任者を務めるパソコン通信
「NiftyServe」内のフォーラム「山の展望と地図のフォーラム(FYAMAP)」が制定。

その後に山梨県河口湖町が2001年(平成13年)12月に同様の宣言をしているが、
同フォーラムはこちらが先に宣言したことを主張している。
静岡県も2009年、県条例に定めている。

ふろしきの日