hirika
 今、職場のセカチュウプロモを流してるモニタの横で、男子高校生二人が「ドラマより映画の方がいいよね」という会話をしている!
 ふだん映画DVDをあまり購入しない男子高校生が、セカチュウに限っては結構予約を入れており、「うーん、一体何が少年の心をつかんでいるんだろう」と不思議に思っているんだけど、うーむ。これはやっぱりアレか、殺人を犯す少女が現われるのと対称する現象っつーか、少年の少女化なのか。
 裏BBSの#70眞理亜さんの書き込み、「誰も私を救う事は出来ない、という事はよく分かっています」という言葉が、胸の奥の端にぽつんと置かれている。誰も他人を救うことなどできない。いっとき安らぎや癒しをあたえてくれるだけで、誰も自分を救うことはできない。
 人のこころはひとりひとり違う。だから、どれほど似通っているように見えても問題はまったく別のところにあるし、どうしたらそれが解消されるのかその方法も違う。

 や、あたしのことじゃないよ。人様の日記を読んでちょっと思ったので書いただけ。書こうかどうか迷ったんだけど、ここで書かなかったらまた、せっかく良くなってきた精神状態がよろしくなくなってしまうので書いた。
 なんか、あたしは何かしら強く思うことがあって書きたいという気持ちがあったら、たとえそれがどんなことであっても書かないとダメらしい。人がどう思うとか、後先とか、そういうことを考えて書かずに黙り込んでいると、どんどん澱が溜まっていってしまう。
 まぁ、人と関わることだと、書いたあと後悔することも多いんだけど(それでも書かないよりはいい)。
 楽しい船旅は予想外に早く終了しました。なぜなら海はあまりにも広すぎて、すぐに探索に飽きたからです。
 ということで今どこにいるかというと。えーと、初めて全滅しました。あの人と戦って。
 いや、力は拮抗しているというか、現在レベル30だし、ようすを見ている限りでは充分倒せそうなんですけど、ほら、あたしってゲーム下手ですから。どうも育て方を間違えたようで、ロクな特技も持ってないし。ま、それにしても特にいやらしい戦い方は仕掛けてこないので、戦い方次第なんだろうなぁ、とは思っているのですけど。
 ともあれ、もうちょっとレベル上げしてお金貯めて装備を整えてから再チャレンジです。

 しかしなんか、ゲームを進めるにつれ「FFっぽい」と感じることが出てきました。ゲームバランスがなんか、FFっぽい。こう細かい部分的なところはドラクエだし、上手く説明はできないんですけど、なんかそんな感じがします。
 本家はリンクフリーです。連絡不要とも明記してあります。なぜなら、いちいち確認メールのやり取りをするのが面倒だからです。もちろんちょっとした感想を添えた報告メールはありがたいですし、お返事もいたしますが(返事出した記憶ないけど)、大抵は特に連絡もなく、気づくとリンクが貼られています。
 ところで先日、「リンク貼らせてください」というメールをいただきました。「貼らせてください」ってことは確認メールか? めんどくせえなリンクフリーっての読んでねぇのかよ? と思いつつ、書いてあったURLをクリックしました。すると──

すでにリンク貼られてるじゃねぇかよ

 あの、ひとことだけ言っていい? こういう場合「リンク貼らせてください」じゃなくて「リンク貼りました」じゃねぇの?
 確認と報告の違いもわからないくらい、最近の中高生の学力は低下してるんだろうか……。
 ケーキアイコンがあったので気づいたってのがアレですが。
 お誕生日おめでとうございます
 幾つになったのか知りたいような、知りたくないような……(笑)。
【このトピックへのコメント】
  • 環和我話「Re:ハッピーバースデー。」ありがとうございます!そうなんだあ、ケーキアイコン、他の人にもわかるんだあ。なるほどお。いくつになったかというと。。。GreeやDI:DOで気づいた人が教えてくれるまで、自分の誕生日を忘れてるくらいの年に...(2004-12-07 04:37:01)
 予想通りというかなんというか誰も名乗りを上げません。あああー。

 や、元々読み手が少ないってのもあるし、その中で日記を書いている人となるともっと少ない──つまり今現在捕捉してる日記で全部かもなー、と思ってたりもしたんですよ。でももしかして……というのと、あと検索で来る人がいるのでその人達に対してどうよ? と。まぁ検索で来る人にっていうのはやっぱし無理があるよな、と思いますけど、有名で高名で大人気のピエロサイト管理人がこういうことをすりゃ集まるんだろうけど、実際にはこんなものですな。
 てかあと二つほどピエラー日記知ってるんですが……閉じてるんですよ。言葉が外へ向かっていない。「わかってくれる人だけ読んで」っつーそんな感じ。なのでそっとしておこうと思って入れてません(それに知ってるだけで読んでないし←余計なひとこと)。
 ちなみに入れてるのは全部知り合いの日記ですな(お互い名前を知っていて日記を読んでいる、というのを知り合いと言うのなら)。『誰そ彼は』の月浬さんは本家の掲示板に書き込んでくれてた人で、『シベレリン』はマイ日記才人に入れてくれてるのでそれで読みにゆくようになって、『痛い子ちゃんの日記』はその……とてもここには書けない検索ワードでたどり着いて読むようになりました。で、もうひとつ、本当にフツーの日記は妹ちゃんです。
 で、今のところ全部自分セレクトでそれはそれで楽しいというか満足ではあるんですけど、ある意味つまらないっちゃつまらないんですよね。だって全部自分の趣向に合うものばかりだから(妹ちゃんは除く)、好きなものばかり読んでても飽きるというか、閉塞感が湧いてくるというか。
 まぁそんなわけで、また募集することにしました。題して「ピエラー日記募集第二弾」(←懲りてない)。
 お薦めのピエラー日記がありましたらお知らせください。ブログ、日記どちらでも結構ですので、コメントにURLを残していただくかメールでお知らせいただければ速攻登録させていただきます。
 うちの店に結構良く来る双子ちゃんがいる。二十歳くらいの女の子で、髪型と服装の違いでしか見分けがつかなかった。だが最近、その片方とちょこっと話をするようになり、もし髪型と服装が同じでもなんとなくどっちがどっちかわかるんじゃないかな、という感じになってきた。
 でそれはなぜかというと、二人は全然違うのだ。姿形はまぁ、双子だからそりゃそっくりだし、声もほぼ同じ、雰囲気も似てる。でもしゃべると違う。片方とは話すけどもう片方とはちゃんと話したことはなく、そのせいもあるんだろうけど、片方と話せば話すほどに違いというか差異というかが大きくなってゆく感じがする。
 二人はいつもそろってレジへ来て別々に会計をし、そのときも見てると「ああ違うんだな」という感じだったんだけれど、話すとさらに違いが大きくなり、「姿形はこんなに似てるのにここまで違うのか」と本当にただただ驚くばかりだ。そして「こんなに似てるのになんで全然違うんだろう」とすごく不思議だ。
 新譜入荷日ということで、今日も今日とて予約した商品を受け取りにお客様がいらっしゃいます。その中のひとり、高校生の男の子がレジへ来てこう言いました。「予約したんですけど……」
 あたしはお客様が「何を予約したのか」「何と言う名前で予約したのか」を言うのだと思って待ちます。が、1秒経っても何も言わないので「商品は?」と訊きます。するとお客様は商品名だけを言うのでさらに「お名前は?」と訊きます。その間、お客様は「なんでそんなこと訊かれなきゃいけないの?」という顔をしています。
 こう、ものすごーく不思議で仕方がないんですが、こういう人って「予約してるのは自分だけで、予約したと言えば商品名を言わなくてもさっさと出してくれる」と思ってるんでしょうか。そりゃ予約した人が片手で足りるならちゃんと覚えてるでしょうけど、うちの店は常に200〜300(もしかするとそれ以上かも)の予約・客注が入っており、常連さんのそれは大抵把握していて何も言われずともすぐに出せますが、顔も覚えていないお客様が何を予約していったのかなんて覚えてません。
 もう本当に不思議でならないんですけど、どうして「何々を予約した何々です」と言えないんでしょう。しかも答えるとき、「GLAY」とか「鈴木」とか、単語で答えるんです。「GLAYです」「鈴木です」って言わないの。しかも中には、そういうやり取りが終わった後になってわざわざ予約の控えを出してくる人もいるのです。高校生に限らず、いい歳した大人でも。そしてそういう人はそう珍しくもなく、5人にひとりはそんな感じなのです。
 たかがCD屋店員ですけど、こうも多いと「デスコミュニケーション!」と叫びたくなります。「お前等家族や友達や知り合い以外にはコミュニケーションの必要はないと思ってんのかよ!」「そんなに己の意思を伝えることがめんどくせーのか!」と。まぁいいんですけどね、そんな「訊かれたことに単語でしか答えることができず、今現在相手に何を伝えなければならないのか理解・判断できない程度のオツムしか持っていない人達」のことなんて。
 それより、こういう人達が立て続けに来てしかも虫の居所の悪いとき、あたしはどうしても言いたくなることがあります。「予約したんですけど」で言葉を止めてしまう人達に、言いたくて言いたくて仕方がなくなることがあります。それを言っちゃったらお終いなので言えませんが、本当に一度でいいから言ってみたいと思っているのです。

 だから何だよ? と。
gene 2004-06-24 23:21「アンケート、というか。」へのコメント:

>Nanaさん。
 はじめまして。コメントありがとうございます。それも「かっこいいかもと一目惚れ」なんて嬉しいやら恥ずかしいやら。
 本家の方へはほとんど反応がないので、こうしてコメントをいただくと「読んでくれてる人がいるんだな」とわかって嬉しいです。
 アレを倒した後、やる気をなくしています。まだまだ中盤なんだろうなぁと思いつつ、それまですごい集中力で一気に駆け抜けて来た感じでしたので、どうにも燃え尽きたという感が拭えません。しかしそれでも今現在はあっちの世界にいます。
 なんかすごく画面見づらいとか、急激に敵が強くなるわけでもないので拍子抜けとか思いながらプレイしてて、でもやっぱしFFっぽい、本来ドラクエってもっと自由度が高いというか自分で好き勝手なことができたのに、物語のレールに乗せられてる、それを強要されてるという感じがするとか、まぁそういうのもあって、しばらくカジノにこもろうかしら? なんて思考が頭をよぎったりしています。
 前回のドラクエにっきから話が飛び過ぎだろう、とも思うのですが、その間のアレやコレやソレは書くわけにはゆかないので書けないとして、しかしこうしてプレイし続けてただひとつだけ、今回のドラクエに対するどうにもならない不満があるので、それだけは書いておこうと思います。

 王子様のイメージを壊さないでよーわかめ王子もなんか嫌だよー(TT)。←王子様と言えば『王子さまLV1』のカナン様な人。
 なので月浬さんの日記も跳ばないようにしているんだけど、ついうっかり「るーしーあんてな」で最初の50文字分(半角)読んでしまい、ああやべぇ、と焦りました。
 なんでこんなに人様が書いたものに対して過剰になっているかと言えば、あたしの場合“言葉”から感じ取る情報量が半端じゃないというか、どんなに少なくとも人の倍以上だからなのです。と言うか、一を聞いて十を知るじゃないけど、あたしの中には入って来た情報を増幅する装置が組み込まれているようで、それが正しいかどうかは置いておくとして、一を聞くと二十くらいにまでそれが膨れ上がり、しかもそれらのことが自動で分析されちゃうのです。
 で、大抵はそれ、間違った方向なんですよ。8月の日武で発売前の新曲を聴いたときも、それをやる前にキリトさんがあれこれと説明なんかしたもんだから、実際音源を聴いたとき「一体どういう曲なのよ?」とわけがわからなくなって困ったほどです。他の人がどうかは知りませんけど、あたしの場合「音楽は耳で感じ取るもの」であって、耳から感じ取ったものがすべてなので、どれほど言葉で「これはこういう曲だ」と説明されたところで、まるっきり「曲が伝えたがっていること」なんてわからないのです。なのに言葉で説明されると頭で、理屈で「こーゆーもの」という完璧な先入観を作り出してしまうので、実際に耳で聴いたときに感じる「この曲はこういうことを伝えたがっているのか」というのと衝突してしまい、わけがわからなくなってしまうんですな。
 ああ、文章や言葉からそこに込められたさまざまなことを読み取る能力、そしてそれをすでに頭の中にある情報と関連づけて思考・想像する能力がこれほど優れていなければ──あるいは、人並み以上の感受性で五感によって得られる情報がこれほど確かでなければ、人様があれこれ言うのを見たり聞いたりするのも平気なのに。本当に、優れた能力を持っているのって損です。

 ちなみにドラクエは「ここラストダンジョン?」てなところまでやって来たので、そろそろピエロちゃんニュー・アルバム、聴けそうな感じです。ただ、体調が思わしくないため、とても聴ける状態じゃないというのが……。頭がとにかくぼーっとしてて、これじゃピエロちゃんなんて聴けないです(体調を万全にしないと聴けない音楽ってどうなの。とも思うけど)。
 宝箱回収してないのに何でそうなるんだよー(泣)。小さなメダルだったらどうしてくれる!

 ということで今は笛を片手にあるものを世界中探し回っています。ドラクエで笛って言ったらアレですな。つか、ストーリーがこういう展開を見せるにあたり、あたしは何と言うか、これまで感じたことのないドラクエへの不満を感じています。「これドラクエじゃない」っつー。
 いやドラクエなんですけど、なんか、なー。ドラクエってもっとこう、自分で行きたい場所を選んで、本筋からそれて好き勝手なことやってても、結局は本筋に戻って行くみたいな、「次はこれですよ」ってやることを決められてて、それに従うゲームじゃなかったと思うんだけど。なんかどうにも窮屈な感じがする。
 たまに、あたしは何で本家を閉鎖しないで続けてるんだろう、と思ったりする。日記以外ほとんど更新しないし、反応なんて年に2度あればいい方、そりゃリンクを貼ってくれる人も年に2、3人いたりするけど、にしても励みになったりやる気を出させてくれるものじゃない。死んでるのとほとんど変わらないサイトで、このまままったく更新しなくなってしまっても問題ないだろうし、特に誰かから期待されているわけでもない。なのになんで続けてるのか。
 閉鎖することに意味がないから、なんだけど。閉鎖したところで誰もその理由を訊いては来ないだろうし。以前ネットから姿を消したときも、誰からも何も訊かれなかったし。ただこれは「下手な慰めや気休めの言葉はhirikaさんを逆上させてさらに傷つけるだろう」とか、「hirikaさんは何か伝えたいことがあるなら自分から書くだろう」「それまで待っている他はない」とか、あたしを知ってくれている人はそう思って、それで何も訊いて来ないんだろうな、とは思うんだけど。
 ある意味とてもありがたいことだと思う。待ってるだけで何もできないのはつらいのに、それでも待っててくれる人がいるというのは。ただやっぱしさ、正直、「なんで誰も気にかけてくれないの」とは思ったけど、姿を消している間。でもなんつーか、うん。ネットってリアルの人生と同じ。
 本家を閉鎖しちゃうのって自分の存在を消してしまうのと同じというか。別に更新しなくても、web上にページがあるってことで「あたしは存在してる」という意味になるというか。反応とかなくても検索やら何やらで訪れて読んでくれる人はいて、もしかするとその人達に何かしらあたえることができているかもしれなくて、だったら何も、消してしまう必要なんてない。もしかしてどこかの誰かに何かをあたえることができてるなら、それが一方的なものであってもそこに人と人の関係というか、「書き手」と「読み手」が存在する意味はあるというか。もしまったく更新しなくなっちゃっても、それはそれで「あたしがここにいた」って証になる。
 なんで、いつから、こう思うようになったのかわかんないけど、ネットってリアルで人が生きるのと同じだと思う。リアルだと「ここにいる」と叫んでもその声が聞こえた人にしか届かないけど、web上に書かれたことばって、その人がいなきゃ存在しないもので「その人がそこにいる」って証明じゃない。別に有名になってたくさんの人に読んでもらって誉め讃えてもらう必要はなくて、「自分はここにいる」っていうのをちゃんと受け止めてくれる人がいれば、もうそれで充分かな、みたいな。
 まぁこれはあくまでも本家に関してであって、別サイトとなると話はまったく別になるし、この日記とか他の日記もまた別の意味があるんだけど、なんか本家に関しては「生きてる限り続けていてもいいよな」みたいな、「自分の人生と同じように、そこにあるだけでいいよな」と思う。いや書きたいことはあって、でも書く気が起きなくて、それは問題かもな、とちょっと思ってるけど。
【このトピックへのコメント】
  • 天慈のふらちなblog探険記「其処に居るだけでいいかな?」gene「サイトを続ける意味。」(2004-12-12)****************別に更新しなくても、web上にページがあるってことで「あたしは存在してる」という意味になるというか。反応とかなくても検索やら何やらで訪れて読んでくれる人はいて、もしかするとその人達に何かしらあたえるこ...(2004-12-15 21:44:05)
 後で本家にアップしますが、あまりにも良いライブの感想を書き込んでもらったのでとにかくリンク。#90の「'04.5.26.名古屋ダイアモンドホール」です。一体いつのライブだよ、と思わないこともないですが、こういうものを読めるというか、こういう言葉を自分へ向けてくれる人がいるというのは本当にありがたいです。
 そして、こういうのはピエラーちゃんにはもちろんなんですけど、ピエロを知らない人達にこそ読んで欲しい、と強く思います。こういうのをピエラーの中だけに埋もれされるのはもったいない。これは自分と向き合うのと同時に他者へも向けられた言葉だから。
 1曲目はライブでも1曲目だった『FREEZE』で、身体が反応する。2曲目『Smiley Skeleton』はやっぱり光が射す曲だ。身体で聴くアルバムってのは3曲目『PERFORMANCE』を聴いて思ったこと。まずは身体が反応する。じっとしていられない。身体を動かさずにいられない。てか4曲目『WINDOW』5曲目『CLOWN'S MUTTER』もそうじゃん。持っていかれる。運動を司る神経を。ああ、5曲目から6曲目『パラノイア』の流れがすげー好きかも。メガトンパンチ。鉄槌。一撃。そんな感じのアルバムだ。てかおかしい、笑える。『パラノイア』から7曲目『UNMASK』への流れ。いや別にこれは滑稽だという意味ではなく、あまりにもハイになり過ぎてキレて笑ってしまうということなんだけど。楽しい。自分の中の狂気を煽ってくれる。で8曲目『深い眠りが覚めたら』か。てかこのコーラス何人でやってんの? 潤じゅんも歌ってるよね? 9曲目『UNKNOWN』を聴いていて思う。このアルバムって逆ギレ状態なのかな、と。10曲目『PIECES』。macで聴いてるからなのかな、この曲に限らないんだけど他の音に比べてボーカルが弱いというか、パンチ力が足りなくて負けてる感じがする。11曲目『MYCLOUD』。うん、あんたはそこにいる。そこがあんたの場所だ。ああもう大馬鹿野郎、大好きよ。

 上記が聴きながら書いたもの。なんとゆーか、アレだな。誰か、あたしにキリトさんのこと殴らせてくれないかな。じゃないとこの気持ちは収まりがつかん。今すぐ殴りに行きたいというか、ああああああもう! みたいな。
 はっきりゆって歌詞はいつものごとくまったく聴いてません。が、音が全部語ってるよな。1曲ごとだとちと「アレ?」的なものもあるんだけど、もうどうしようもなく泣きたくなるくらい、そこにピエロがいる。そりゃもうどうしようもないくらい確かに、そこにちゃんと存在してる。
 なんて言ったらいいんだろう、押しつけるわけでも何かを伝えようとしているわけでもない、でも他者との関係を断ち切ろうとしてるわけでもなくて、ただそこにいる。「これがピエロだ」と自己主張しているわけでも「わかる人だけわかれ」と言ってるんでもない、ただそこに存在して、「来た人は受け入れるけど来ない人はそれでもいいよ」みたいな、そんな感じ。存在証明。
 音に関しては本当に身体で聴くアルバムだと思うけど、総合的な感想を書くならば、これは「ピエロがそこにいるアルバム」だと思う。肉感的でもあるし、すごくピエロの姿が立体的。

 かなり抽象的な表現だし、曲ごとにいろいろと思うことはあるけれども、これがひとまずは聴いた感想。

 おまけ。
 3曲目『PERFORMANCE』大好き。めずらしい、キリトさんの曲を初聴きで好きになるなんて。つか5曲目『CLOWN'S MUTTER』「これ好きー」と思ったらやっぱりアイジさんの曲か。8曲目『深い眠りが覚めたら』、どうにも掴みにくいというか印象がはっきりしないと思ったら潤じゅんの曲か。ああー、二面性がすごいくっきり出てるからわかんないんだな。
【このトピックへのコメント】
  • gene「Re:PIERROT『FREEZE』感想。」gene 2004-12-12 23:32「PIERROT『FREEZE』感想。」への追記・補足: 正直に言うと3、4曲目(『PERFORMANCE』『WINDOW』)あたりで「どこがいいのかわかんない。音には身体中が反応するけど気持ちがついていかない。あたしもうピエロについて行けないのかも」と思いました。...(2004-12-13 23:41:23)
gene 2004-12-12 23:32「PIERROT『FREEZE』感想。」への追記・補足:

 正直に言うと3、4曲目(『PERFORMANCE』『WINDOW』)あたりで「どこがいいのかわかんない。音には身体中が反応するけど気持ちがついていかない。あたしもうピエロについて行けないのかも」と思いました。でもそれは、これまでのピエロのアルバムと同じ聴き方をしたからどこが良いのかわからなかったのだ、と後になって気づきました。
 これまでのピエロの楽曲というのは“歌”がメインだったと思うのです。まずは“歌”があってそのために音が存在した。“歌”の持つメッセージを伝えやすくするための付属品というか装飾品というかギミックというか、とにかくそういう役割を持っているだけのものだった。まずは“歌”ありきで、“歌”が伝えんとすることに集中して聴くこと、それが前提で当たり前になっていました。
 でも今度のアルバムはそうじゃない。“歌”と“音”が平行して同じ比重で存在してる。これまでは「歌のためにあった音」が、歌のためでなく「音そのものが伝えたいことを伝えんとするため」に鳴ってる。だから“歌”だけでなく、音が伝えたがっていることを聴こうとしないと楽曲のことがわからない。そしてそうやって聴こうとすると、“歌”とはまた別に、ちゃんと“音”がそれぞれに伝えたい感情を持っていることがわかるのです。
 最初は「ダメかも」と思ったこの『FREEZE』ですが、5、6曲目(『CLOWN'S MUTTER』『パラノイア』)辺りから“音”の発する“声”が大きくなり、それにつられて“音”の“声”に耳を傾けると、これまである意味“音”の発する“声”に囚われていた“音”がとても自由に、「己の歌いたいこと」を歌っているのがわかる。そして、けれども“歌”と衝突することなく、ちゃんとそれぞれの楽曲を作り上げているのです。それがわかって改めてアルバムを最初から聴くと、1曲目の『FREEZE』からそれぞれの“音”は己の伝えたいことを歌っているのでした。
 “歌”と“音”が対等にあるアルバム、どちらがメインでもなくどちらが欠けても成り立たつことはなく、それぞれが存在して初めて作り上げられるこの関係はピエロそのもの、現在の5人の在り方そのもののような気がします。そしてそういう姿がアルバム全体を通して見えてくるから、あたしは「ピエロはそこにいる」と思ったのだと思います。

 ちなみに歌詞に関して「キリトさんの弱さが露になっている」というようなことを雑誌で読んでいたのですが、うーん、そうか? という感じです。
 歌詞はまったく聞いてないし、歌詞カードを読んでもいないし読む気もないのでそこら辺に問題があるような気もしますが、この『FREEZE』が発売されたということで改めて『ID ATTACK』を振り返ると、『ID ATTACK』の方が「人としての弱さ」が露なような気がするのです。
 なぜなら『ID ATTACK』は虚勢に見えるからです。『ID ATTACK』は人としてのいやらしさを臆面もなく曝け出し、それを攻撃性へと転化しているような気がするんですが、攻撃は最大の防御と言うように、そのいやらしさはまさに「己を曝け出すことで露になる弱さ」を突かれないための攻撃性、にも見えるのです。純粋な他者への攻撃でもあるんでしょうけど。
 ともあれ『ID ATTACK』は本当に力が入っていたというか、攻撃性を露にしなければ己を保てない状態だったようにも見えるし、それがつまりはピエロの──というかキリトさんの弱さの表れだったと思うんです。『ID ATTACK』も歌詞は読んでないし何を歌っているのかわかってませんが、『FREEZE』を聴いた今になって『ID ATTACK』を思い返すと、その力の抜け加減の元は虚勢だったのだなと思うんですよ。
 だから先述の「キリトさんの弱さ」というのにどうにも唸ってしまうのですけど、うーん。どうなんですか、歌詞を読んでる方々。

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 すんげーつまらない余談。
 『深い眠りが覚めたら』ってアジアン潤じゅんソングだと思った。
 そんなつもりはなかったのに、今日の午後までまったくこれっぽっちもそんな気はなかったのに、夕方サンプルがあることに気づき、何気に聴いていたら買わなきゃいけない気持ちになり、買ってしまった、浜崎あゆみ『MY STORY』DVD付き。
 や、いいなーと思ってる曲があって、でも曲名を知らなかったんだけど、それが『Moments』だとわかったら、もうどうにもちゃんと聴きたくて仕方がなくなっちゃって。『INSPIRE』も好きだし。その2曲のためだけにDVD付き\3990を買うのってどうなの、と思わないこともないけど。
 しかし浜崎あゆみ『MY STORY』、買って正解です。早速『Moments』を聴いたらBメロあたりから泣き始め、聴いてる間中嗚咽が止まらん。
花のようにはかないのなら
君の元で咲き誇るでしょう
浜崎あゆみ/Moments
 もうね、ほんとにダメ、死にそう。どうしてあゆってこんなに脆いのに、泣かずにいられなくなるくらい強くてやさしいんだろう。
 ピエロみたいに依存してしまうのとはちと違うんだけど、こうして泣かせてくれるやさしさがあるから、あたしにはときどきあゆが必要なんだな。
【このトピックへのコメント】
  • hirikaほんとは別に書きたいことがあったんだけど、あゆのお陰でぶっ飛んじゃったよ。何度書き直してもイメージ通りに書けん。(2004-12-14 23:37:08)
 しかし本当に泣くと楽になるな。心の中の澱みが浄化され、憑き物が落ちたかのようにすっきりする。そしてちと放心状態気味。昨日までピエロちゃん祭り開催中だったが、そんなもん放り出して自分に集中って感じ。
 つか、あゆの『Moments』を聴いて泣くことで、ピエロに対するわだかまりというか心残りというか──それは「ピエロはもう“やさしさ”ではあたしを癒してはくれないし、心の中の飢餓感を自分の代わりに叫んではくれないのだな」という、もうずっとどうにも引っかかって抜けてくれないものだったんだけど、それをも洗い流された、みたいな。
 別にピエロの代わりにあゆに依存しようってんじゃなくて、なんか、ああそうかって。どうにもならないときに聴いて泣いて、それですっきりしたところで、またがんばれるんだな、と。依存するんじゃなくて、もう本当に駄目でどうしようもないときに助けてもらうくらいはいいよなって。で、じゃあがんばるかってなったときにピエロを聴けばいいのかな、みたいな。
 や、頭の中が飽和状態なのでよくわかんないし、明日になれば真逆のこと書きそうな気もするんだけど、なんかね、もう本当に楽になった感じで。もうずいぶん、こんな楽な状態になってなかったなぁ、みたいな。あゆは本当に、たまーに、思い出したようにしか聴かないのに。でもそれくらいだから寄りかからずにすむのかな、とか。