言わずと知れた「デカスロン」「度胸星」の山田芳裕のデビュー作。
もともとはモーニングとオープン増刊掲載で、講談社からモーニングKC全2巻で出ていたのだが、山田氏がヤングサンデーあたりに描くようになった関係で小学館から文庫版発売となったという具合だ。出版社関係ではいろいろあると思うのだが、わしもあまり詳しい話は知らないので割愛。
本編は、大正時代と芥川龍之介をこよなく愛する文学青年・平徹(たいらてつ)が主人公の、んーなんだろうな。「粋なコメディ」とでも言えばいいだろうか。うん、粋なんだよな。主人公・平も粋を追求する男なのだが、それがほかの登場人物とずれてたり、また行動がちょっと抜けてたりとかのあたりが笑えたりするわけだ。「笑える」=「ギャグ」かというとそういうものでもない。爆笑を誘うようなものではないのだが、んむーやっぱなんかホームコメディとかに近いのかなあ。
ただ、ホームコメディとかと明らかに一線を画するのが、平の「叫び」というか「憤り」というかの部分だ。こういうシーンがおおむね一話に一回挿入されており、しかも毎回一筆入魂の迫力で描かれており、そのときの平の台詞と絵、シチュエーションと相まって笑わせてくれるのだ。例としては第4話、粋を極めた感じの入れ墨の男が湯上がり際に冷水を浴びるのを見て「げ〜〜〜 仕上げに冷水(みず)を!!」と叫ぶシーンとか、あるいは第7話、竹久夢二の「見返り美人」同級生の五十嵐に切手の交換を迫るが、応挙の「とら」などを求められ、迷った挙げ句「如何!」と叫び、ピンセットをぐんにゃり曲げつつ切手を差出す場面、はたまた花屋敷のジェットコースターに乗って、民家が目前にせまったところで「伏せろー!!」と叫ぶ場面。・・・あー、こうやって文章で書いてもこの迫力は伝わらないんだよな。いやね、こういう場面がことごとく迫力があり、なおかつ大笑いできるんですよ。これは読んでみないとわからないと思う。
で、まあ、その迫力のカットもさることながら、山田氏の描くマンガの魅力のひとつは、以前も書いた気がするが「静から動へのダイナミズム」にあるのではないかと思っている。この「大正野郎」に関して言えば先述の「決めのコマ」にそれが集約されてはいるのだが、そのほかにも平の行動の節々でこのダイナミズムが見られる。また、動きのコマでの擬音や平の台詞が旧仮名遣いや古語だったりとか、そういう細かいところも笑える。
たびたび「笑える」と書いてはいるが、先にも書いたとおりギャグマンガではないのだ。あくまで「粋」とか「浪漫」の追求であり、そして温かみのあるコメディなのだ。さらにそらへの絶妙な味付けとして、山田氏の描く独特の描線と筆書きの枠線と擬音。あるいはフリーハンドの集中線やスピード線なんかもイイ味付けとなっている。これら全部がひとつになって「粋」をうまく表現できていると思う。
なんかもうべた褒めするのは気持ち悪いのだが、でもいい。
ってのはね、このマンガ、わしはリアルタイムで読んでいて、当時から単行本も揃えるくらい面白いと思っていたのだ。一般にギャグマンガなんかだと時間が経つとギャグが風化してしまい、10年も経ってから読み返して当時何が面白くて読んでいたのかわからん!なんてなことが多いわけだ。この「大正野郎」を今回改めて読み返すにあたっても、「今読むとあまり楽しめないかもしれないなー」という気がしていたのだが、それがどうだいおまいさん。もうはじめて読んだときと同じように楽しめてしまったのだ。むしろ今読むからこそ面白いのではないかとか思えるくらい、新鮮で面白い。
そんなこんなで★★★★★。つべこべ言わずに読め。
といいつつも、このセンスが分からない人はまったく面白くないかもしれない。加えて、そもそも絵があまり上手くない山田氏の初期作品だけあって、絵のきれいさとかはまったく期待できない(いや、味があってわしは好きなのだがね)。だから読んでみて「騙された」とか思う人もいるかもしれないが、まーその辺は所詮マンガ、たかだかマンガと思ってあきらめていただきたい。残念ながらそういう人には山田芳裕はあわないってことだろう。
ちなみに先日モーニングKC版の2巻も入手してしまってたのだ。実は今回はモーニングKCの1巻を探しに行ったのだが見つからなくて、かわりにこの文庫本を見つけてしまって買ってしまった次第。せっかくだからモーニングKCも揃えたいけどなー。
山田氏は年内にモーニングで新連載開始予定。度胸星の続きも描いてもらいたいが、山田氏の新しい世界にも触れてみたい。新連載、期待してますぜ(くわっ)。
長文スマソ。
(発行日:2000/02/10)