海月玲二

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2010-09-16(木)

無題

トルコ料理は世界三大料理の一つだとかいう話もあるが,確かにトルコの食事はなかなかよかった.メニューが多彩で,しかも簡単なシステムの食堂なんかが多いため旅行者も手軽にあれこれ試せる.ブルガリアはこのへんもうひとつで,手軽に食べられるところというとピザ屋かケバブ屋がほとんどになっちゃう感じ.もちろんまともなレストランに行けばまともな西洋料理が食べられないこともないが.

ブルガリアでは伝統的冷製スープのタラトルというのを食べてみた.これが「キュウリを入れたヨーグルト」という感じの食べもので(まあさすがに多少味付けはしてあるが),スープと呼ぶのかちょっと悩んだ.もうひとつ試したカヴァルマという煮込み料理はなかなかよかったけど.

トルコで食べたものはいろいろうまいものがあったが,食堂で指差して注文したのも多かったので名前がよくわからない.豆関係の料理がけっこうよかった気がするね.スープとか肉と一緒に煮こんだやつとか.Yはサルマだかサルマスだかいう料理が気にいっていたようだった.肉とかをブドウの葉なんかで巻いた,ちっちゃいロールキャベツみたいな見ための料理.味は全然違ってて,ちょっと梅干しとかを彷彿とさせる味だった.

あとトルコはパンがおいしいとかよく言われるようだが,あれはトルコのパンが日本人の好きなモチモチ系の食感だからじゃないだろうか.

トルコ航空でソフィアまで行くと,イスタンブルで12時間の乗り継ぎ待ちになるというナイスなスケジュールになる.普通なら正直やってられないところだが,なんと乗り継ぎが11時間を越える場合は休憩のためにホテルを使わせてくれるサービスがあるのだ.しかも無料で.

イスタンブル市内のホテルを使うので,当然,一回トルコに入国する必要がある.まず入国審査を通って,外側にあるホテルカウンターに頼むとホテルまで送ってくれるのだ.これがちょっと変な感じだが,別にちゃんとしたホテルだし,ホテルに缶詰ってわけでもなく出歩くこともできるし,後から料金を要求したりもしない.帰りは,それぞれの旅客の飛行機の時間に合わせて迎えに来てくれる.なかなかナイスなサービスだ.

しかしまあ,12時間もあれば余裕でバス使ってソフィアまで行けるけどね.関係ないがソフィアの空港はヘッポコすぎる.入国後に両替所が一つも存在しなかったところは初めてだ.中心部へ行くバスチケットを買うところもないし,今まで使った国際空港で最低ランクと言っていい.仮にもブルガリアの空の玄関だろうに.

そうそう,トルコ航空は機内食が微妙にマシな気がした.気のせいかな.

1500年以上の歴史を誇る大都市だけに,見どころいっぱい観光客もいっぱいだ.今回の旅行中,団体客を頻繁に見たのはここだけ.超有名どころの名所だけ見るならヨーロッパ側旧市街だけ行けばいいんだけど,いろんな街並を見ようとすると広くて大変だ.一日半ではちょっと足りなかったな.メジャーどころ観光名所では,地下宮殿とかいうローマ時代の地下貯水池がちょっと面白かった.

金角湾とボスポラス海峡で町が三つに分断されてて,多少橋がある他はフェリーに頼るしかないというのは,まあ旅行者としては面白いが住んでるとすげえ不便だろうなあと思う.住んでる人もそんなに頻繁に行き来しないんだろうか? 坂のすごく多い町だという点も同じで,景色としては立体的になって大変雰囲気がいいのだが,歩いてれば当然大変である.デフテルダル通りとかいう新市街の道など,あまりにありえないレベルの急勾配で逆に関心してしまった.なぜ階段にせず道にしてあるのか疑問に思うほど.

大都市らしくトラムとか地下鉄とかがそれなりに整備されてるのだが,微妙に乗りつぎが多くてめんどくさい気もする.あと帰りに空港に向かうとき,宿まで荷物を取りに戻ったときのトラムはガラ空きだったので「なーんだ,やっぱり夜は空くんだな」と思っていたら,次に空港に向かうときはぎっしりすし詰めでえらい苦労した.なんだったんだアレ.同じ路線の同じ方面,20分かそこらしか違わないはずだが.

2010-09-13(月)

ブルサ

キュタフヤからイスタンブルまでは,普通にバスで行くと6〜7時間ほどかかる.旅行も終盤で疲れてきてたので,中間ぐらいで一泊して休むことにした.

というわけでここではほぼ飯を食って寝ただけ.しかしせっかく来たので,名物料理を試してみた.トルコではケバブにもいろいろあるが,「イスケンデル・ケバブ」というスタイルはブルサが発祥で,その元祖のお店がちゃんと今も有名店として営業中なのである.

細切れのパンにいわゆるドネルケバブの肉を乗せ,トマトソース的なもので味付けし,ヨーグルトを添えた料理.食べる直前に溶かしたバターをかける.ちょっとくどそうだが,ヨーグルトが合ってなかなかおいしい.まあ,「名物料理を食べる」というイベント性が大事なのかもしれないが.メニューがなくてこの料理を出すだけ,というのもそれらしくて面白い.

さらにここでは巨大なシルクバザールがあったり,マロングラッセの老舗も名物だったりして,ちょっとした滞在のわりにはいろいろあった感じ.マロングラッセは確かに上品な味でおいしかった.

陶器で有名な町.ホテルや町の噴水,バスターミナルまでタイルで装飾されてたりする.Yは陶器が好きなのでお店をのぞいたりもしたのだが,事前に情報を集めて狙っていたお店はどうもやっていないようだった.張り紙がトルコ語なので臨時休業なのか何なのかよくわからないが,入れないのには変わりない.残念.まあ,それでも別の店で何か小物を買ったりしていた.

というか陶器を買うにしても,あんまり豪勢なものだと俺らの質素な家では使いにくいな.家族も二人だし友達もあまりいないので,セットものも無意味だし.店の人的にはやっぱり簡素なものは客寄せで,凝ったものを売ってナンボみたいな感じだったが.

ところでこの町自体はそれほど観光名所ではないが(近所にちょっと足を延ばせば,遺跡とか温泉とかもあるそうだけど),旅行者にとってなかなか居心地のいい町である.必要な施設は全部徒歩圏内にあるし,それでいて小さすぎて物資や施設が不足しているということもない.旧市街も,古い町の雰囲気が残っていてよい感じだ.というわけで,のんびり散歩でもしたいところだったのだが,どういうわけかここに滞在中は俺が出歩いてる時間帯だけ狙ったように雨が降って大変だった.出発間際になって晴れてくるし.

あとこの町を出るとき,イスタンブルまではけっこう時間がかかるのでゆっくり休める寝台列車に乗ろうと思ったら,例によって満席.どうもいろいろアテが外れたのであった.

18〜19世紀の街並がそのまま残っていることがウリの地方都市.都市というほどの規模ではないか.ブルガリアの古い建物を見たあとなので,互いに影響があることもなんとなく想像できておもしろい.泊まるところも,古い民家を改装したものが多くて雰囲気がある.ちなみに,民家をレストアして公開してる博物館はそれなりに見ごたえがあるが,西の丘の上にある歴史博物館は正直イマイチである.

滞在したのが前述したとおりラマダン明けのお祭り期間だったため,トルコ人観光客と思われる人々でにぎわっていた.たぶん普段とは様子が違っていたと思われる.おみやげコーナーで売ってるもののチープな感じもあって,なんとなく昔の日本の観光地を思い出させる,懐かしい雰囲気であった.夜になったらわたあめの屋台なんかも出てきてたし.ていうか,今の若い人はもうああいう雰囲気は知らないのか,もしかすると.

予想通り,宿探しや帰りのバスの確保にはちょっと苦労した.インフォメーションで宿を斡旋してくれたりはしなかったので(普段もそうなのかは不明)直接歩いて探すことになったのだが,空いてる部屋がみつかるまでに五軒ぐらい断られた.バスもちょうどUターンラッシュにぶつかるので,やっぱり満席ばかり.一社だけ6時45分発というのが残っていて,なんとかその切符を買うことができた.ここで泊まったホテルの朝食はわりとおいしかったので,最終日に食べられなかったのは残念である.

そういえば,このバス会社の人は最初日付を一日間違えて切符を発行していて,あとで気付いてあわてて修正してもらいに行くはめになった.ここ以外でもときどき思ったのだが,トルコの人は英語が完全に通じてない場合があるようだ.でも通じてるみたいに処理はしてくれちゃったりするのでトラブルが起きることもある.日付や時間はわりとしっかり確認したほうがよさそうだった.

トルコでの国内旅行は主にバスで行われるため,イスタンブルの主バスターミナル(「エセンレル・オトガル」と呼ぶ)はとてつもなく大きい.写真に写っているのは全体の四分の一以下である.小さい看板がごちゃごちゃあるのは全部バス会社で,150以上ある.この建物の裏側に,それぞれの会社のバスがぎっしり待機しているのだ.オトガル内にはお店や飲食店もたくさんあるし,地下鉄や市バスも直結している.大阪駅あたりと同じぐらいかそれ以上の規模の施設だ.

で,(写真にもちょっと写っているが)ホテルも二軒入っており,このうち片方を利用してみたのだが,なかなか悪くなかった.部屋もきれいで設備はひととおり揃っているし,バスターミナルだけあってフロントは24時間開いている.俺は予約しないで行ってみたが,特に問題なく泊まれた.おねだんは60TL(当時1TL=55円ぐらいか).旅程によっては活用する価値ありだと思う.

さて,ここで翌日の移動のためバスの切符を買おうとして,ちょっと苦労した.出発前まで全然気付いていなかったのだが,ラマダンが今年は9月9日までなのだ.ラマダン明けはお祝い期間になり,トルコでは日本の年末年始のように帰省ラッシュになるらしく,バスが大変混雑する.いくつかカウンターをまわったところ,大手のバス会社は全部満席で,ちょっと小さめの会社の切符をなんとか買うことができた.

プロヴディフからイスタンブルまでは結構多くの会社が国際バスを出しているのだが,だいたいが夜行である.俺はもう若くないので夜行バスはなるべく避けたいところ.一日複数回走らせてるのはMETRO社ぐらいのようだったが,乗ってみて納得した.そもそも数人しか乗客が来てなくてガラガラなのである.いや,この朝9時15分発の便が最近始めたものだから,あまりまだ知られてなかったんだろうか?

さて,プロヴディフから3時間ぐらい走るとカピタン・アンドレエヴォなる国境地点に到着する.まあ,手順自体は普通で,乗客が降りて,パスポートを審査したあとバスに再度合流,通関チェックをしておしまい.なにしろ人数が少なかったため(さらに国境自体,混雑してなかった),時間がかかるほうなのかは不明.あんまり厳しい感じではなかったけど.今回は全体で一時間かそこらで通過できた.

ここの国境で一番びっくりしたのは,陸路国境にもかかわらず巨大な免税店・飲食コーナーがあったことである.ただ,二階の銀行がやってなかったので(というか二階に行けなかった),トルコリラが無くて買いものできなかったわけだが.もしかしたら,言ったらユーロとかも受けとってくれたのだろうか? 値段は全部トルコリラで書いてあったけど.

トルコに入ると,明らかにハイウェイがグレードアップしてるのが,まあ何かアレだ.

この町はかなり歴史が古く,ところどころに突然遺跡とか古い建物とかが出てきたりするし,旧市街中心部はけっこう複雑な構造をしていて面白い.ただアップダウンが激しいので,調子にのってうろうろしていたらかなり体力を使って大変だった.石畳は足に優しくないしな.旧市街には19世紀ぐらいの邸宅をレストアして公開してる所なんかもあって,建物とかには興味があるのでこれもなかなか.あんまり人いなくてゆっくり見れるし.あと,旧市街を見下ろすには西側にあるサハト・テペの丘からが一番眺めがよかったと思う.

そういや,ここでも宿を紹介してもらうのにちょっと手間取った.最初に到着した日は,「今日はプロヴディフの祝日だからツーリストインフォメーションはお休みだよ!」とか貼り紙が.なんたる間の悪さ.次の日,今度は格安プライベートルームを紹介してもらえたのだが,行ってみて呼び鈴を鳴らしても誰も出ない.ノックしようが声で呼ぼうが全然入れてもらえないので,例によってインフォメーションまで戻って連絡してもらうはめになった.今度は家主のおっさんが出てきて無事部屋を借りることができたのだが,どうもこのおっさん,単に寝ていただけらしい.やれやれ.

ちなみに初日の「祝日」とやらは,オスマントルコから独立した際に取り残された領土が再統合された記念日だったらしい.中央広場ではいろいろイベントやってるし,別の広場では国旗が広げられたり祝砲をばんばん撃ったりしていた.どうでもいいが,コンサートイベントをやってる途中,広場のすみっこで何かを紙に巻いて吸ってる奴がいたんだが,妙な行動を始める前にどっか行ってくれてほっとした.

それからここはブルガリア第2の都市で大きな町なので,それなりに商店とかは存在して滞在するにも便利である.ネット屋も多少あるし,スーパーも三軒ほどみつけた.一番わかりやすいのは鉄道駅の東にある奴だろうか.

今年も夏の旅行の時期である.今回は,ブルガリアからトルコに向かう予定にしてみた.

最初に見に行ったのはヴェリコ・タルノヴォであるが,途中イスタンブルで乗りついだりソフィアで一泊したりしているので,家を出てから結局丸二日ぐらいかかっている.まあそれはともかく,ここはブルガリアでも比較的観光地と言っていいところで,観光ポイントもあるし,狭い峡谷の斜面に作られた街並自体がかっこいい.日本では「琴欧州の出身地」ぐらいにしか知られてないが.

ツーリストインフォメーションで宿を紹介してもらったら,ホテルの扉の入口に「扉は閉めてあるから,入りたい人は以下の携帯に電話してね!」とか書いてあって参った.最近は旅行者も携帯持ってきてるほうが普通か.結局,インフォメーションまで戻って電話してもらうはめに.さらに,ホテルの人が来て曰くそこは今満室だとかいう話で,さらに別の建物を紹介された.でもこっちは全然ホテルではなくすごく普通の家で,こういうのはプライベートルームと言うんじゃないかと思った.まあ,ベランダからの眺めはよかったしバスルームも独占できたので快適だったけど.

あと近所にあるアルバナシという村も合わせて見物に行ってみたところ,こちらも大変シブい街並でよかった.タクシー10分かそこらで行けるし,ここまで来たんなら行ってみる価値はあると思う.でも,散歩するとすごくいいと思うのに,来てる観光客がみんなカフェでだらだらしてるようなのがちょっと不思議だった.

ひとつ困ったのは,旧市街中心部で買いものがちょっとしづらいこと(食料や日用品的な意味で).スーパーの類は郊外にしかないっぽいし(少なくとも俺は見つけられなかった),たまにある小さな店は商品の種類がもうひとつ頼りなく,しかもどの店も売ってるものが似ていた.パンとかヨーグルトとか,どこ行っても同じやつ一種類だったしなあ.


今回はカタール航空を使ってドーハ経由で行ってみた.9時間→乗りつぎ→7時間などというわりとしんどいスケジュールだ.まあ日本からトップクラスで遠い地域なのでしかたがない.カサブランカ行きは乗りつぎ時間が最小限(1時間.店を眺めるひまもない)なので一見効率よさそうだが,ドーハ→カサブランカの途中でトリポリに止まるので,そうでもないかも.

関空→ドーハ線の機体はちょっと古いのか,機内モニターのコントローラーが使いにくい代物だったのがちょっといただけなかった.ひじかけから取りはずせなくて物理的に操作しにくい上,インターフェースが非常に直感的でない.ドーハ→カサブランカの機体はよくあるスーパーファミコンもどきコントローラーだったのにな.

そういえば今回もまた機内モニターシステムの不調で再起動していたが,フィンエアーと同じく組みこみlinuxのようだった.起動コンソールからXが起動する様までまる見えである.あの手のはlinuxを使うことが多いのだろうか?

あとどこかでカタール航空は機内食がマズいとか書いてあった気がするが,べつにそんなこともないと思った.というか最近思うが,国際線のエコノミーのサービスなんかどの会社でも五十歩百歩なのではないだろうか.あ,でも,カサブランカ→ドーハ便で出てきた,カップ山盛りのオリーブはちょっとつらかったな.確かにモロッコではよくそういうの見たけど.

カサブランカは普通の商業都市である.観光客的には,あまり見どころがないと感じてもしかたがないかもしれん.ハッサン二世モスクの異常な大きさを見て微妙な気分になるぐらいか.新メディナ方面は人々の生活がのぞけてちょっと面白いが,行くのが面倒なのだよな.まあ,インフラは整ってるので滞在するのは楽だ.今回,ホテルの部屋が一番コストパフォーマンスが高かったのもここである.シャワーを使っても洗面所エリアが濡れない構造が大変すばらしい.

それはともかく,帰りに空港行きの電車が遅れたのが大変だった.ろくに説明もないまま(というか説明があっても別に助けにはならないか)1時間半は遅れ,空港についたときは案内板に「チェックインは閉めきりました」とか出てる始末(フランス語だから推測だが).離陸時間まで1時間ぐらいは残ってたのでなんとか乗せてもらえたが,危ないところだった.おみやげコーナーとか全然見る暇もなくて残念である.

しかし機内に入ってみると普通に人は乗ってるし,時間通りに離陸したのであるが,これはやはり1時間半ぐらいの遅れで危なくなる時間に出た俺が悪いんだろうか? 今回,旅行中三回乗って三回とも一〜二時間は遅れた.どこかで「モロッコ国鉄は比較的時間通り運行している」とかいう記述を見たような気がしてたが,気のせいだったかもしれない.あるいは,「時間通り」というのは「一日遅れで来たりするようなことはない」という意味だったのか.

モロッコの長距離バスは国営と民営に大きく分けられる.国営は日本人のイメージする長距離バスに近く,出発地から目的地まではノンストップ,定員以上は乗せない,休憩もありという体制で,車体もきれいで快適だ.民営はその逆.しかし国営がフォローしてない路線や時間帯をサポートしてたり,柔軟な対応をしてくれたりする.

で,民営バスは路線の途中でも乗り降りがある都合上,だいたい国営よりも時間がかかる.アズルーからメクネスまでは民営バスで来たのだが,メクネスからカサブランカまではちょっと遠いので,民営ターミナルから鉄道駅か国営バスターミナルかに移動して乗りかえようと思ったわけだ.

ここで問題が発生する.バスターミナルは国営民営一緒になってることも多いのだが,よりによってメクネスでは町の反対側にあるのだ.結局,別に滞在予定のなかったメクネスの町を二時間ほど歩くことになってしまった.本末転倒なような気もするが,ま,旅行なんだしそれはそれで結構なことである.

恒例,別に観光地でもない町に一泊してみようのコーナーです.正確に言えばここはフェズやメクネス在住の人が避暑に来たりはするらしいが,今の時期にしかも外人観光客がわざわざ来るようなところではない.

いちおうアラブ式旧市街と市場はあるが,まああっさりしたものである.観光客的にはどっちかと言うと,山の斜面にはりつくようにしてできた住宅街とかのほうが面白いかも.街並も面白いし,上のほうに登ると眺めもよい.

フェズ・メクネス方面からこの町に来るとちょっとした高原を通ることになるのだが,バスの車窓からの景色もけっこう楽しめる.途中にあるイフレンという町は高原リゾートだそうである.別に行ってないけど.というか今の時期高原リゾートとか寒いだけだが.行きは霧で何も見えなかったし.

このへんでは川魚が取れるらしく,タジン(モロッコ風の煮込み料理.具は場所や店によっていろいろ)を頼むとデフォルトが魚のタジンだったりした.あっさりしてて意外とうまい.

2010-03-12(金)

フェズ

というわけで今回のハイライト,旧市街は世界一の複雑さを誇るというフェズまでやってきたのだ.しかしせっかくのハイライトなのに滞在した日は一日中雨でしょんぼりな感じ.旧市街内部にはときどき天井が付いてるんだが,これはあくまで日射しを避けるためのもので,雨には全然役に立たないのだ.むしろ中途半端に水が溜まってうっとおしい始末.

というか全般的に,この国は治水にあまり気を使っていない.ちょっと雨が降るとすぐ道路が寸断されたり線路の調子が悪くなったりするらしく,鉄道が大幅に遅れたりバスが止まったりしていた.やはり乾燥地帯の発想なのだろう.街路の水はけも悪く,町の中にあちこち大きな水たまりができていて大変厄介だった.

まあそれでもフェズ旧市街はおもしろいことは間違いないので,ところどころで雨宿りしながら散歩を満喫した.ちなみに,ここではマラケシュと違って表通りとそれ以外の道の太さがほとんど一緒だったりするが,それでも,通る人や店舗の数で区別は可能だ.だから「慣れないうちは表通りだけ歩く」という基本はやはり有効である.マラケシュよりサイズ自体は小さいので,「ずっと表通りを一方向に進んでいればどこかの門には着く」という手も使いやすい.

そもそも,フェズ旧市街にはなんとけっこう道案内板があるのだ.これには驚いた.だから別に一々道案内君の相手をする必要はない.ガイドしてもらいたいなら最初から公認の人を雇ったほうがいいし.なお,ここはマラケシュなんかよりもはるかに声をかけてくる連中が多い.特に鞣革工業地区.メシガワメシガワ言うから何かと思っていたら,日本語で鞣革と言ってるつもりだったようだ.メシガワ君のなかでも一人,俺がずーっと日本語で返事してるのに長時間しつこく粘る奴がいて,あれはなかなかすごかった.見上げた根性である.別に相手はしないが.あと第一声が「フレンドォ」の奴も多いが,あれはどう考えても逆効果では.

マラケシュは赤茶色い.建物がなんでも赤茶色いし地面も同じ色.エッサウィラからバスで来ると,あるところから突然景色が赤くなるのである.旧市街とかで建物の雰囲気を統一してるところは多いが,ここは新市街のビルの類まで赤い.徹底しているな.

さて,モロッコ二大迷宮都市の一翼を担う町なわけで,ここの旧市街はけっこう複雑である.ただ,一人で歩けないというわけではなかった.表通りとそれ以外の道は区別が容易なので,慣れないうちは基本的に表通りだけを通るようにすればわりと大丈夫なのだ.一般的な見所や門やホテル街などには,細い路地を通らなくても行くことができる(路地は基本的に,その奥の家のためにあるのだ).路地をぶらぶら散歩したい場合でも,帰るときには表通りを探せばよい.まあ,「一日しか余裕がないけど見所は全部チェックしたい」みたいな人は最初から公認のガイドを雇ったほうがいいかも.

なお,中心部をはずれると「道に迷ったんだろ?広場まで案内するからついてこいよ」という連中(もちろんあとで金を要求する)が増えるので,微妙にウザい.というかいちいち断わるのがめんどくさい.あまりにめんどくさいので,「日本語でしか返事をしないでおき,あきらめるのを待つ」という方針でいってみた.手抜きだ.

ところで,ここの中央広場は「毎日毎日縁日のようなことをやっている」という実に奇妙な設定になっている.正直誇張じゃねえのと思っていたが,確かに滞在した三日間ずっとやっていた.なんでそんなことが成立するのかよくわからない.毎日どっから客が来るんだろう.


アフリカ大陸初上陸だぜイエーイ.

モロッコはアフリカの中では比較的旅行しやすい国だが,その中でもここは観光地のわりに楽に歩ける.入門によろしい.物売りもしつこくないし,なにしろ道案内しますよ君が全然出現しないのだ.確かに迷うほど複雑ではないが,それなりに路地はあるので散策する楽しみはちゃんとある.白と青がイメージカラーの街並も,オサレなほうではないだろうか.大西洋とあわせて眺めるとなかなか格好よいし.

まあ難点は,行くのがめんどくさいという点かもしれないね.カサブランカから7〜8時間はかかると思うし,砂漠行きやフェズ〜マラケシュなどの一般的な観光ルートの途中でもない.

あと特筆すべきは,もともとモロッコは猫の多い国だが,その中でも特にうじゃうじゃ猫がいるという点だ.観光客向けの仕込みなんじゃないかというぐらいわんさかいる.あんまり逃げないし,下手すると寄ってくる.猫好きな人にとっては,町ごと猫カフェのつもりで訪れてもいいレベル.

ところで,夕方に変なパレードみたいのをやっていた.それはいいのだが,なんか参加してる人が観光客とか素人みたいな人が多かったのが気になった.あれはどういうイベントだったんだろう.


2009-09-11(金)

無題

そういえば,今回の旅行でどうも疑問だったのは,なんだかやたらにたくさん結婚式カップルを見かけたことである.街中で普通に出くわしたりする点については,もしかするとあのへんでは「結婚式後に町の名所を巡って記念写真を撮る」という習慣があるのかもしれないが,やたらとたくさん見かけた理由がわからない.曜日も関係なくどこの町でも会ったし,多いときは一日十組は見かけたように思う.教会で式をあげる順番待ちしてたりするし.なんかキリスト教的にお日がらのよい時期だったんだろうか.

2009-09-07(月)

無題

さて今回の旅行は,ほとんどトラブルらしいトラブルもなく快調だったのだが,最後の最後に罠があった話.

帰りはワルシャワ→ヘルシンキ→関空というルートだったのだが,まず最初にヘルシンキに向かう便で,降下のときに妙に急な感じだったせいかどうにも耳ぬきがうまくいかなかった.ヘルシンキに降りても耳に違和感が残ったまま.で,乗り継ぎが二時間もなかったので,回復する間もなくあわてて関空行きに乗ったところ,上昇するにつれて耳の状態がどんどん悪化してきたのである.なんだかわからないが両耳が猛烈に痛み,水を飲もうがあくびをしようが一向に回復する気配がないのだ.

アテンダントの人が心配して点鼻薬やおしぼりを詰めた紙コップ(耳にあてて使う)なんかを持ってきてくれたのだが,結局何をやっても特に改善せず.関空までの九時間,必死に耳の痛みに耐え続けたのだった.最後の降下もかなり辛かったし,いやあ大変だった.今までの人生の中でもかなり上位にくるピンチだったと思う.飛行機には結構乗ってると思うのだが,気圧変化に対応しそこねたことは一度もなかったので油断していたよ.

で結局どうなったかと言うと,家で休んだら痛みはだんだん無くなっていったのだが,耳の違和感は実のところ四日過ぎてもまだ治っていないのである.なんだよもう.

ここのインフォメーションに宿を探してもらおうとしたところ,今日は音楽イベントがあるとかで安い宿はだいたい埋まってるとか言われてしまった.それでも何軒も電話かけ続けてくれ,最終的に市内のプライベートルームを確保してくれた.個人の部屋を借りるプライベートルームというのは当たりはずれが大きいのだが,今回のはかなり当たりのほうだったと思う.実にありがたいことだ.ていうか,なんか今回は宿の話ばっかりでアレだな.ちなみに,件の音楽イベントらしきものは夕方に駅前の広場でやってた.夜遅くまで続いてて,けっこう音がうるさい感じ.

ワルシャワ旧市街は意外に小さかったのでびっくりした.まあ,見所は旧市街中心部に限るわけでもないが.しかし,旧王宮はクラクフのものよりちょっと残念な感じがするがどうだろうか.もともとクラクフの建物のほうがかっこいい感じなのもあるが,絵画や調度品などの展示のしかたがどうも見づらい気がする.

あとショパンの心臓が安置してあるとかいう教会があるのだが,ここが思い切り修理中で,ああいう教会をどういうふうに修理するのかが見れてちょっと面白かった.

ポーランド屈指の観光地のひとつ.町だけではなく,アウシュビッツ強制収容所跡やヴィエリチカ岩塩窟への拠点としても便利.行ってないけど.

俺はヨーロッパ旅行の場合教会とか見物するのもわりと好きなのだが,ここの中央広場にある聖マリア教会はちょっとすごかった.教会の内装に赤とか青とか派手な色をばんばん使ってあるのはあんまり見ないと思う.ご本尊もかなり立派だし.あと旧王宮も建物・調度品ともに見ごたえがある.展示を全部見ると大変でお金もかかるので,事前にちょっと計画して行ったほうがいいと思うが.

というわけで,ここは散歩とかヌルい趣味がなくて具体的な観光スポットが必要な人にもそれなりにおすすめできるのである.おみやげ売りも充実してるし.でかいスーパーなんかもあるので,スーパーでおみやげ買うタイプのYにも便利であった.EU内なので,ポーランド製品を探すのに意外と手間取ったけど.あ,もちろん散歩してもいいと思うよ.適当に入った店で飲み食いしても,どこもけっこうおいしかったし.

ここでは旧ユダヤ人街の小さな宿に泊まったのだが,朝四時ぐらいにお祈りの声らしきものが聞こえてきたことがあった.ユダヤ教でも朝早くのお祈りとかあったっけ? あと,夜テレビを見てたら「マッスル行進曲」を実際にやるみたいなバラエティ番組をやってて,実に阿呆だなあと思った.どうでもいいか.

国境通過で時間をとられ到着したのが四時ごろだったため,滞在時間が短くなってしまった.ここは小さいけれども雰囲気のいい町だったのでちょっと残念.旧市街・新市街とも,散歩するのになかなかよい.

実はここの町に関する資料を何も持たずに来ていたのだが,たまたまバスステーションが旧市街に近く,しかもすぐにわかる場所にインフォメーションがあって助かった.鉄道駅はちょっと離れた場所にあるので,うっかり列車で来ていたら苦労したかもしれない.駅の人にはあまり英語が通じないし.切符を買うだけだったら紙に書いて頼めば売ってくれたんだけどね.

ここ以降でも感じたが,ポーランドの町はツーリストインフォメーションがしっかりしていて,職員も熱心な感じがする.で,宿を探してもらったのだが,わりと広めの個室なのに一泊二千円しないとかいうところになって驚いた.最初俺の聞き違いかと思ったよ.いわゆる「ホテル」じゃなくて「ゲストハウス」に分類されるような宿がある町は,金のない旅行者にはありがたい.あとこの宿で面白かったのは,フロントの女の人が全く英語を話せず,俺は全くポーランド語を話せなかったにもかかわらず,問題なく希望の部屋に一泊できてしまったことである.言葉が通じない時点で諦めるタイプじゃなくて助かった.

ちなみに近くにはかのアウシュビッツに勝るとも劣らない重要ポイントのマイダネク強制収容所跡があるそうだが,スケジュールの都合で今回は行ってないのだった.

リヴィウ滞在を終えてバスでポーランドに向かったのだが,これがなかなか苦労した.

まず第一に,ウクライナの出国審査が大変.バスの乗客全員分のパスポートを係官が集め,審査するまで待つ形式のようだったのだが,何故か俺一人だけがわざわざ係官のところまで呼ばれた.で,係官の人が開口一番「ロシア語とウクライナ語とポーランド語のどれならできる?」とかなんとか言う.知らねえよと思ったが,ここの国境を通るのにこのうちどれも知らんほうが例外なのかもなあ.

しかたなく英語でなんとか通そうとするが,係官の人は英語がほとんどできなくて,お互い実に要領を得ない.どうも俺がパスポート記載の本人なのか,あと就労してたんじゃないのか確認しようとしてたみたいなのだが.結局,あまりにラチがあかないので一旦バスに返され,本部のデータベースか何かに照会してチェックしてたようである.俺だけパスポートが返ってくるのがちょっと遅くて心配したが,最終的には出国スタンプを押してもらえて,なんとか一安心.

で,大変なのはここからが本番で,ポーランドの入国に際し当然ながら税関チェックがあるのだが,これがもうびっくりするぐらい綿密なのである.乗員乗客全員の荷物をチェックするのは当然として,バスの床下から天井裏までいちいちパネルをはずしてまで確認して回るのだ.これを全通行車に対してやるもんだから,時間がかかることこの上ない.結局,出国審査が終わってからこのチェックポイントを通過するまでに二〜三時間はかかったと思う.やっぱりEU外から内に入るチェックは厳しいのかねえ.密輸か麻薬でも横行してるのかしらん.

旧ソ連の雰囲気あふるる古いホテルに泊まったのだが,各階の鍵おばさんはいなかったので残念.ハバロフスクにはまだいたのに.ていうか古いホテルだけど部屋はきれいだし設備もちゃんと使えるのに,値段はキエフのホテルの相場の五分の一というのはいかがなものだろうか.まあ,ここはキエフと違って安い宿もあればカフェの飯も安いのである.

市街中心部がわりと小さくまとまっているので,歩きで行動するのに丁度いい.ホテルもそんなに離れたところじゃなくても見つかるし.街並を見物しながら散歩してみると,それなりに古い建物が残っていて見ごたえはある.ただし,上から見ると結構な割合で屋根が雑なトタン葺きだったりするけどね.まあ,別にこれはこれで面白い.ちなみに,キエフでうろうろする場合,適宜地下鉄なんかを使わないと足が死ねる.首都が大規模になりがちなのはしかたがないか.

旧市街の真ん中へんの広場は一日中市民の憩いの場になっていて,日が暮れてもまだけっこう人がいる.ただ座って喋ってる人達とか,貸しセグウェイ屋にお金払って遊ぶ子供とか,モトクロス自転車の技の練習してる人とか,いろいろである.最初はたまたま日曜だからみんな遊びに来てるのかと思ってたら,月曜になっても別に変わらなかった.せっかくなので俺も夕食のあと意味もなく座ってみたが,東洋人が全然いないのでどうも目立つような気がするな.