カテゴリ別リスト:趣味日記-旅行(328件):新しい順
今年も夏の旅行の時期である.今回は,ブルガリアからトルコに向かう予定にしてみた.
最初に見に行ったのはヴェリコ・タルノヴォであるが,途中イスタンブルで乗りついだりソフィアで一泊したりしているので,家を出てから結局丸二日ぐらいかかっている.まあそれはともかく,ここはブルガリアでも比較的観光地と言っていいところで,観光ポイントもあるし,狭い峡谷の斜面に作られた街並自体がかっこいい.日本では「琴欧州の出身地」ぐらいにしか知られてないが.
ツーリストインフォメーションで宿を紹介してもらったら,ホテルの扉の入口に「扉は閉めてあるから,入りたい人は以下の携帯に電話してね!」とか書いてあって参った.最近は旅行者も携帯持ってきてるほうが普通か.結局,インフォメーションまで戻って電話してもらうはめに.さらに,ホテルの人が来て曰くそこは今満室だとかいう話で,さらに別の建物を紹介された.でもこっちは全然ホテルではなくすごく普通の家で,こういうのはプライベートルームと言うんじゃないかと思った.まあ,ベランダからの眺めはよかったしバスルームも独占できたので快適だったけど.
あと近所にあるアルバナシという村も合わせて見物に行ってみたところ,こちらも大変シブい街並でよかった.タクシー10分かそこらで行けるし,ここまで来たんなら行ってみる価値はあると思う.でも,散歩するとすごくいいと思うのに,来てる観光客がみんなカフェでだらだらしてるようなのがちょっと不思議だった.
ひとつ困ったのは,旧市街中心部で買いものがちょっとしづらいこと(食料や日用品的な意味で).スーパーの類は郊外にしかないっぽいし(少なくとも俺は見つけられなかった),たまにある小さな店は商品の種類がもうひとつ頼りなく,しかもどの店も売ってるものが似ていた.パンとかヨーグルトとか,どこ行っても同じやつ一種類だったしなあ.

今回はカタール航空を使ってドーハ経由で行ってみた.9時間→乗りつぎ→7時間などというわりとしんどいスケジュールだ.まあ日本からトップクラスで遠い地域なのでしかたがない.カサブランカ行きは乗りつぎ時間が最小限(1時間.店を眺めるひまもない)なので一見効率よさそうだが,ドーハ→カサブランカの途中でトリポリに止まるので,そうでもないかも.
関空→ドーハ線の機体はちょっと古いのか,機内モニターのコントローラーが使いにくい代物だったのがちょっといただけなかった.ひじかけから取りはずせなくて物理的に操作しにくい上,インターフェースが非常に直感的でない.ドーハ→カサブランカの機体はよくあるスーパーファミコンもどきコントローラーだったのにな.
そういえば今回もまた機内モニターシステムの不調で再起動していたが,フィンエアーと同じく組みこみlinuxのようだった.起動コンソールからXが起動する様までまる見えである.あの手のはlinuxを使うことが多いのだろうか?
あとどこかでカタール航空は機内食がマズいとか書いてあった気がするが,べつにそんなこともないと思った.というか最近思うが,国際線のエコノミーのサービスなんかどの会社でも五十歩百歩なのではないだろうか.あ,でも,カサブランカ→ドーハ便で出てきた,カップ山盛りのオリーブはちょっとつらかったな.確かにモロッコではよくそういうの見たけど.

カサブランカは普通の商業都市である.観光客的には,あまり見どころがないと感じてもしかたがないかもしれん.ハッサン二世モスクの異常な大きさを見て微妙な気分になるぐらいか.新メディナ方面は人々の生活がのぞけてちょっと面白いが,行くのが面倒なのだよな.まあ,インフラは整ってるので滞在するのは楽だ.今回,ホテルの部屋が一番コストパフォーマンスが高かったのもここである.シャワーを使っても洗面所エリアが濡れない構造が大変すばらしい.
それはともかく,帰りに空港行きの電車が遅れたのが大変だった.ろくに説明もないまま(というか説明があっても別に助けにはならないか)1時間半は遅れ,空港についたときは案内板に「チェックインは閉めきりました」とか出てる始末(フランス語だから推測だが).離陸時間まで1時間ぐらいは残ってたのでなんとか乗せてもらえたが,危ないところだった.おみやげコーナーとか全然見る暇もなくて残念である.
しかし機内に入ってみると普通に人は乗ってるし,時間通りに離陸したのであるが,これはやはり1時間半ぐらいの遅れで危なくなる時間に出た俺が悪いんだろうか? 今回,旅行中三回乗って三回とも一〜二時間は遅れた.どこかで「モロッコ国鉄は比較的時間通り運行している」とかいう記述を見たような気がしてたが,気のせいだったかもしれない.あるいは,「時間通り」というのは「一日遅れで来たりするようなことはない」という意味だったのか.

モロッコの長距離バスは国営と民営に大きく分けられる.国営は日本人のイメージする長距離バスに近く,出発地から目的地まではノンストップ,定員以上は乗せない,休憩もありという体制で,車体もきれいで快適だ.民営はその逆.しかし国営がフォローしてない路線や時間帯をサポートしてたり,柔軟な対応をしてくれたりする.
で,民営バスは路線の途中でも乗り降りがある都合上,だいたい国営よりも時間がかかる.アズルーからメクネスまでは民営バスで来たのだが,メクネスからカサブランカまではちょっと遠いので,民営ターミナルから鉄道駅か国営バスターミナルかに移動して乗りかえようと思ったわけだ.
ここで問題が発生する.バスターミナルは国営民営一緒になってることも多いのだが,よりによってメクネスでは町の反対側にあるのだ.結局,別に滞在予定のなかったメクネスの町を二時間ほど歩くことになってしまった.本末転倒なような気もするが,ま,旅行なんだしそれはそれで結構なことである.

恒例,別に観光地でもない町に一泊してみようのコーナーです.正確に言えばここはフェズやメクネス在住の人が避暑に来たりはするらしいが,今の時期にしかも外人観光客がわざわざ来るようなところではない.
いちおうアラブ式旧市街と市場はあるが,まああっさりしたものである.観光客的にはどっちかと言うと,山の斜面にはりつくようにしてできた住宅街とかのほうが面白いかも.街並も面白いし,上のほうに登ると眺めもよい.
フェズ・メクネス方面からこの町に来るとちょっとした高原を通ることになるのだが,バスの車窓からの景色もけっこう楽しめる.途中にあるイフレンという町は高原リゾートだそうである.別に行ってないけど.というか今の時期高原リゾートとか寒いだけだが.行きは霧で何も見えなかったし.
このへんでは川魚が取れるらしく,タジン(モロッコ風の煮込み料理.具は場所や店によっていろいろ)を頼むとデフォルトが魚のタジンだったりした.あっさりしてて意外とうまい.

というわけで今回のハイライト,旧市街は世界一の複雑さを誇るというフェズまでやってきたのだ.しかしせっかくのハイライトなのに滞在した日は一日中雨でしょんぼりな感じ.旧市街内部にはときどき天井が付いてるんだが,これはあくまで日射しを避けるためのもので,雨には全然役に立たないのだ.むしろ中途半端に水が溜まってうっとおしい始末.
というか全般的に,この国は治水にあまり気を使っていない.ちょっと雨が降るとすぐ道路が寸断されたり線路の調子が悪くなったりするらしく,鉄道が大幅に遅れたりバスが止まったりしていた.やはり乾燥地帯の発想なのだろう.街路の水はけも悪く,町の中にあちこち大きな水たまりができていて大変厄介だった.
まあそれでもフェズ旧市街はおもしろいことは間違いないので,ところどころで雨宿りしながら散歩を満喫した.ちなみに,ここではマラケシュと違って表通りとそれ以外の道の太さがほとんど一緒だったりするが,それでも,通る人や店舗の数で区別は可能だ.だから「慣れないうちは表通りだけ歩く」という基本はやはり有効である.マラケシュよりサイズ自体は小さいので,「ずっと表通りを一方向に進んでいればどこかの門には着く」という手も使いやすい.
そもそも,フェズ旧市街にはなんとけっこう道案内板があるのだ.これには驚いた.だから別に一々道案内君の相手をする必要はない.ガイドしてもらいたいなら最初から公認の人を雇ったほうがいいし.なお,ここはマラケシュなんかよりもはるかに声をかけてくる連中が多い.特に鞣革工業地区.メシガワメシガワ言うから何かと思っていたら,日本語で鞣革と言ってるつもりだったようだ.メシガワ君のなかでも一人,俺がずーっと日本語で返事してるのに長時間しつこく粘る奴がいて,あれはなかなかすごかった.見上げた根性である.別に相手はしないが.あと第一声が「フレンドォ」の奴も多いが,あれはどう考えても逆効果では.

マラケシュは赤茶色い.建物がなんでも赤茶色いし地面も同じ色.エッサウィラからバスで来ると,あるところから突然景色が赤くなるのである.旧市街とかで建物の雰囲気を統一してるところは多いが,ここは新市街のビルの類まで赤い.徹底しているな.
さて,モロッコ二大迷宮都市の一翼を担う町なわけで,ここの旧市街はけっこう複雑である.ただ,一人で歩けないというわけではなかった.表通りとそれ以外の道は区別が容易なので,慣れないうちは基本的に表通りだけを通るようにすればわりと大丈夫なのだ.一般的な見所や門やホテル街などには,細い路地を通らなくても行くことができる(路地は基本的に,その奥の家のためにあるのだ).路地をぶらぶら散歩したい場合でも,帰るときには表通りを探せばよい.まあ,「一日しか余裕がないけど見所は全部チェックしたい」みたいな人は最初から公認のガイドを雇ったほうがいいかも.
なお,中心部をはずれると「道に迷ったんだろ?広場まで案内するからついてこいよ」という連中(もちろんあとで金を要求する)が増えるので,微妙にウザい.というかいちいち断わるのがめんどくさい.あまりにめんどくさいので,「日本語でしか返事をしないでおき,あきらめるのを待つ」という方針でいってみた.手抜きだ.
ところで,ここの中央広場は「毎日毎日縁日のようなことをやっている」という実に奇妙な設定になっている.正直誇張じゃねえのと思っていたが,確かに滞在した三日間ずっとやっていた.なんでそんなことが成立するのかよくわからない.毎日どっから客が来るんだろう.

アフリカ大陸初上陸だぜイエーイ.
モロッコはアフリカの中では比較的旅行しやすい国だが,その中でもここは観光地のわりに楽に歩ける.入門によろしい.物売りもしつこくないし,なにしろ道案内しますよ君が全然出現しないのだ.確かに迷うほど複雑ではないが,それなりに路地はあるので散策する楽しみはちゃんとある.白と青がイメージカラーの街並も,オサレなほうではないだろうか.大西洋とあわせて眺めるとなかなか格好よいし.
まあ難点は,行くのがめんどくさいという点かもしれないね.カサブランカから7〜8時間はかかると思うし,砂漠行きやフェズ〜マラケシュなどの一般的な観光ルートの途中でもない.
あと特筆すべきは,もともとモロッコは猫の多い国だが,その中でも特にうじゃうじゃ猫がいるという点だ.観光客向けの仕込みなんじゃないかというぐらいわんさかいる.あんまり逃げないし,下手すると寄ってくる.猫好きな人にとっては,町ごと猫カフェのつもりで訪れてもいいレベル.
ところで,夕方に変なパレードみたいのをやっていた.それはいいのだが,なんか参加してる人が観光客とか素人みたいな人が多かったのが気になった.あれはどういうイベントだったんだろう.

さて今回の旅行は,ほとんどトラブルらしいトラブルもなく快調だったのだが,最後の最後に罠があった話.
帰りはワルシャワ→ヘルシンキ→関空というルートだったのだが,まず最初にヘルシンキに向かう便で,降下のときに妙に急な感じだったせいかどうにも耳ぬきがうまくいかなかった.ヘルシンキに降りても耳に違和感が残ったまま.で,乗り継ぎが二時間もなかったので,回復する間もなくあわてて関空行きに乗ったところ,上昇するにつれて耳の状態がどんどん悪化してきたのである.なんだかわからないが両耳が猛烈に痛み,水を飲もうがあくびをしようが一向に回復する気配がないのだ.
アテンダントの人が心配して点鼻薬やおしぼりを詰めた紙コップ(耳にあてて使う)なんかを持ってきてくれたのだが,結局何をやっても特に改善せず.関空までの九時間,必死に耳の痛みに耐え続けたのだった.最後の降下もかなり辛かったし,いやあ大変だった.今までの人生の中でもかなり上位にくるピンチだったと思う.飛行機には結構乗ってると思うのだが,気圧変化に対応しそこねたことは一度もなかったので油断していたよ.
で結局どうなったかと言うと,家で休んだら痛みはだんだん無くなっていったのだが,耳の違和感は実のところ四日過ぎてもまだ治っていないのである.なんだよもう.
ここのインフォメーションに宿を探してもらおうとしたところ,今日は音楽イベントがあるとかで安い宿はだいたい埋まってるとか言われてしまった.それでも何軒も電話かけ続けてくれ,最終的に市内のプライベートルームを確保してくれた.個人の部屋を借りるプライベートルームというのは当たりはずれが大きいのだが,今回のはかなり当たりのほうだったと思う.実にありがたいことだ.ていうか,なんか今回は宿の話ばっかりでアレだな.ちなみに,件の音楽イベントらしきものは夕方に駅前の広場でやってた.夜遅くまで続いてて,けっこう音がうるさい感じ.
ワルシャワ旧市街は意外に小さかったのでびっくりした.まあ,見所は旧市街中心部に限るわけでもないが.しかし,旧王宮はクラクフのものよりちょっと残念な感じがするがどうだろうか.もともとクラクフの建物のほうがかっこいい感じなのもあるが,絵画や調度品などの展示のしかたがどうも見づらい気がする.
あとショパンの心臓が安置してあるとかいう教会があるのだが,ここが思い切り修理中で,ああいう教会をどういうふうに修理するのかが見れてちょっと面白かった.

ポーランド屈指の観光地のひとつ.町だけではなく,アウシュビッツ強制収容所跡やヴィエリチカ岩塩窟への拠点としても便利.行ってないけど.
俺はヨーロッパ旅行の場合教会とか見物するのもわりと好きなのだが,ここの中央広場にある聖マリア教会はちょっとすごかった.教会の内装に赤とか青とか派手な色をばんばん使ってあるのはあんまり見ないと思う.ご本尊もかなり立派だし.あと旧王宮も建物・調度品ともに見ごたえがある.展示を全部見ると大変でお金もかかるので,事前にちょっと計画して行ったほうがいいと思うが.
というわけで,ここは散歩とかヌルい趣味がなくて具体的な観光スポットが必要な人にもそれなりにおすすめできるのである.おみやげ売りも充実してるし.でかいスーパーなんかもあるので,スーパーでおみやげ買うタイプのYにも便利であった.EU内なので,ポーランド製品を探すのに意外と手間取ったけど.あ,もちろん散歩してもいいと思うよ.適当に入った店で飲み食いしても,どこもけっこうおいしかったし.
ここでは旧ユダヤ人街の小さな宿に泊まったのだが,朝四時ぐらいにお祈りの声らしきものが聞こえてきたことがあった.ユダヤ教でも朝早くのお祈りとかあったっけ? あと,夜テレビを見てたら「マッスル行進曲」を実際にやるみたいなバラエティ番組をやってて,実に阿呆だなあと思った.どうでもいいか.
国境通過で時間をとられ到着したのが四時ごろだったため,滞在時間が短くなってしまった.ここは小さいけれども雰囲気のいい町だったのでちょっと残念.旧市街・新市街とも,散歩するのになかなかよい.
実はここの町に関する資料を何も持たずに来ていたのだが,たまたまバスステーションが旧市街に近く,しかもすぐにわかる場所にインフォメーションがあって助かった.鉄道駅はちょっと離れた場所にあるので,うっかり列車で来ていたら苦労したかもしれない.駅の人にはあまり英語が通じないし.切符を買うだけだったら紙に書いて頼めば売ってくれたんだけどね.
ここ以降でも感じたが,ポーランドの町はツーリストインフォメーションがしっかりしていて,職員も熱心な感じがする.で,宿を探してもらったのだが,わりと広めの個室なのに一泊二千円しないとかいうところになって驚いた.最初俺の聞き違いかと思ったよ.いわゆる「ホテル」じゃなくて「ゲストハウス」に分類されるような宿がある町は,金のない旅行者にはありがたい.あとこの宿で面白かったのは,フロントの女の人が全く英語を話せず,俺は全くポーランド語を話せなかったにもかかわらず,問題なく希望の部屋に一泊できてしまったことである.言葉が通じない時点で諦めるタイプじゃなくて助かった.
ちなみに近くにはかのアウシュビッツに勝るとも劣らない重要ポイントのマイダネク強制収容所跡があるそうだが,スケジュールの都合で今回は行ってないのだった.

リヴィウ滞在を終えてバスでポーランドに向かったのだが,これがなかなか苦労した.
まず第一に,ウクライナの出国審査が大変.バスの乗客全員分のパスポートを係官が集め,審査するまで待つ形式のようだったのだが,何故か俺一人だけがわざわざ係官のところまで呼ばれた.で,係官の人が開口一番「ロシア語とウクライナ語とポーランド語のどれならできる?」とかなんとか言う.知らねえよと思ったが,ここの国境を通るのにこのうちどれも知らんほうが例外なのかもなあ.
しかたなく英語でなんとか通そうとするが,係官の人は英語がほとんどできなくて,お互い実に要領を得ない.どうも俺がパスポート記載の本人なのか,あと就労してたんじゃないのか確認しようとしてたみたいなのだが.結局,あまりにラチがあかないので一旦バスに返され,本部のデータベースか何かに照会してチェックしてたようである.俺だけパスポートが返ってくるのがちょっと遅くて心配したが,最終的には出国スタンプを押してもらえて,なんとか一安心.
で,大変なのはここからが本番で,ポーランドの入国に際し当然ながら税関チェックがあるのだが,これがもうびっくりするぐらい綿密なのである.乗員乗客全員の荷物をチェックするのは当然として,バスの床下から天井裏までいちいちパネルをはずしてまで確認して回るのだ.これを全通行車に対してやるもんだから,時間がかかることこの上ない.結局,出国審査が終わってからこのチェックポイントを通過するまでに二〜三時間はかかったと思う.やっぱりEU外から内に入るチェックは厳しいのかねえ.密輸か麻薬でも横行してるのかしらん.
旧ソ連の雰囲気あふるる古いホテルに泊まったのだが,各階の鍵おばさんはいなかったので残念.ハバロフスクにはまだいたのに.ていうか古いホテルだけど部屋はきれいだし設備もちゃんと使えるのに,値段はキエフのホテルの相場の五分の一というのはいかがなものだろうか.まあ,ここはキエフと違って安い宿もあればカフェの飯も安いのである.
市街中心部がわりと小さくまとまっているので,歩きで行動するのに丁度いい.ホテルもそんなに離れたところじゃなくても見つかるし.街並を見物しながら散歩してみると,それなりに古い建物が残っていて見ごたえはある.ただし,上から見ると結構な割合で屋根が雑なトタン葺きだったりするけどね.まあ,別にこれはこれで面白い.ちなみに,キエフでうろうろする場合,適宜地下鉄なんかを使わないと足が死ねる.首都が大規模になりがちなのはしかたがないか.
旧市街の真ん中へんの広場は一日中市民の憩いの場になっていて,日が暮れてもまだけっこう人がいる.ただ座って喋ってる人達とか,貸しセグウェイ屋にお金払って遊ぶ子供とか,モトクロス自転車の技の練習してる人とか,いろいろである.最初はたまたま日曜だからみんな遊びに来てるのかと思ってたら,月曜になっても別に変わらなかった.せっかくなので俺も夕食のあと意味もなく座ってみたが,東洋人が全然いないのでどうも目立つような気がするな.

キエフを旅行する場合の大きな難点は,安めの宿や食堂があまり存在しないことである.ホテルやレストランはどれも高級なのだ.ウクライナの物価を考えるとなんだか釈然としないが,貸しアパートはいっぱいあるようなので普通はそういうのを使うのだろうか(現地で交渉すればそこそこ安く探せるらしい.当然,事前に英語で予約できるようなところは高い).今回は,どうにもいい案が出なかったのでユースホステルに泊まることにした.俺のような社交性に欠ける人間はほかの旅行者と雑談したりするのが苦手なわけで,ふだんはできるだけ一人部屋を確保しているのだが.まあ,面倒な人には遭遇しなかったのでそこはよかった.
食事は(ロシアなんかと同じく)レストランでなくカフェで食べれば少しは安くなるが,それでも妙に高い.ちょうどいい感じのセルフ式食堂は,結局一軒だけしか見つからなかったよ.
ここの観光のメインと言えばやっぱりペチェルスカ大修道院や聖堂の類になるのかな.俺が行ったときは何かの祭礼の日だったのか,黒山の人だかりの中心に豪華な法服を来た人が何人もいて,何やら儀式をしていた.どうでもいいが,オープンエアな懺悔コーナーというのはどうなんだろう.別に気にならないのだろうか.
あと首都だけあって博物館や美術館の類もそれなりに充実してるので,そういうのを見るのもいいのだが,英語表記は別に充実してないので注意だ.ウクライナの歴史とかざっとでも調べて,キリル文字ぐらいは覚えてから行ったほうがいいかもしれない.

今回はマレーシア航空で行ったのだが,機内の映画がいつのまにやらオンデマンド式,というか,自分で好きなプログラムを選んで再生を開始できる方式に変わっていて驚いた.ふつうこういうのは予め設定された予定通りに再生されるだけだと思うのだが.コントローラーやモニターは別に変わってなかったので,もしかして前からこうだったのだろうか?(通常の「予定通り再生」モードもあり,ちょっと操作しないとオンデマンドモードにならないので,気付かないこともありうる)
あと行きの便で「地球が静止した日」を見てみたら,あまりにもクソ映画だったのでまた驚いた.こんなの本気で劇場公開したのか.
旅行に出る前には気象情報など調べたりするものだが,ハノイの3月の平均降水量は低めだったので「3月は雨の日が少ないんだな」と考えて出かけた.実際現地で確認してみたら「3月の雨は霧雨だから総雨量はたいしたことない」という意味だったようだ.いやほんと二日半滞在して,太陽を見たのは一瞬だけだったよ.まあ,たかだか二日かそこらじゃ偶然かもしれぬが.
いずれにせよえんえん霧雨が舞っているので,とにかく湿っぽくてしかたがない.宿の部屋でもやっぱりこの湿気からは逃げられなかった.ガイドブックはふにゃふにゃになるし洗濯物は乾かないし大変である.ゴキブリも出るし.
しかも雨でもお構いなしに道路工事などあちこちでやっているので(構っていたらいつまでたっても終わらんのだろう),そこらじゅうの道がドロだらけである.ほんとここだけはサンダルで来ないほうがよかったかなと思ったね.
まあ街並はなかなかイカしてるし見所もそれなりにあるし,外食文化が発達していて食いものがうまいし,旅行者へのサポートも充実してるし,いいところなんだけどね.ネット屋の速さとか衝撃的だったよ.
あとラオスの町とくらべてあまりに大都市なんで,最初は感覚がつかめなくて大変だった.まー道に迷う迷う.市バスなんかも,地図を見ながら乗っても混乱するありさまだ.京都市バスで観光客が困るのと似たようなもんか.

さて今度はベトナムに向かって国境越えである.ポーンサワンからは,ベトナム中部のヴィンという町に直接行ってくれるバスが週四回ほど出ているので,それを使うことにした.
バスの客はは山ほど荷物をかかえたベトナムの行商人が多く,外人は俺の他三人しか乗っていなかった.あと長距離バスなんだからポーンサワンのバスターミナルからヴィンまでノンストップなのかと思っていたら,現地人は好きなところでどんどん乗り降りしている.あまつさえ荷物の搬送だけに使っている人もいて(ある程度進んだところで別の人が受けとっていた.携帯電話で連絡しているようだ),ずいぶんとフリーダムなシステムだなあと思った.
山道をどんどん進んでいると昼前になんか妙な小屋の前で停車して,何だ何だ休憩かと思って外に出てみたらなんとそこが出国審査でした.実に質素な国境オフィスである.がんばってスタンプを押してもらったら(なにしろベトナム人は行列をつくらないので,出国審査してもらうだけで一仕事だ),道端にすわっている制服のおじさんにパスポートを見せてドロ道を下りていくらしい.で,ドロ道をちょっと進むとすごく綺麗な建物があって,そこがベトナムの入国審査.えらい差ですよまったく.
まあやることは一緒で,入国審査→出国審査までは歩いて進み,入国が終わったところで待っていたバスに再度乗りこんで出発するわけである.ベトナムの入国審査はちょっと厳しくて,ノービザで入国する輩は出国用の航空券の提示を求められる.しかしこれは国境の職員ごとに対応が違うらしくて,たまたま同乗していた日本人の人によれば,別の国境では航空券が不備だとかで追いかえされたのに,ここではなぜか通れてしまったそうな.入国審査の基準が場所ごとにかわるとか理解しがたいんですが.
国境を越えたあと昼食休憩があり,そのあとはヴィンまで走るだけである.ただ,このルートの唯一にして最大の問題は「ヴィンに夜に到着する」という事実だ.ヴィンは別に観光地でもなんでもないため,普通ガイドブック等に情報はないし英語の通じる案内とかもない.つまり外人にとっては,さっぱり情報がわからないまま両替所も閉まってるような時間に放り出されることになるわけだ.ここさえどうにかできれば,わりと簡単な部類の国境越えなのだが.
結局このときは,外人四名はみなそのまま別の夜行バスに乗りつぐことにした.よくわからず言い値でキップを買ってしまっていたが.
だいぶ田舎になってまいりました.
この町では,商店などがたくさん並んでいるのは基本的にメインストリート沿い,市場周辺だけである.メインストリートをちょっとはずれると,とたんに牛が放牧されてたり広大な畑が出現したり空き地が続いてたりして,その合間にぽつぽつと建物がある感じ.Yにここの写真を見せたら「西部劇の町みたい」という感想を頂戴した次第.というかまあ,そもそもこの町は周辺の観光地への拠点というだけであって,この町自体は何も特別なことはなく,単なるラオスの地方都市なのだ.
しかしここの安宿の人達はなんだかすごく気合が薄い感じ.いくつか覗いてみたが,観光地にありがちな客引きがほぼないばかりか,中に入ってみてもカウンターに人がいなかったり熟睡してたりすることもざらであった.レストランもほとんど声かけてこないし.まあラオスは全体的にそんな傾向があるのだが,ここは特に楽だった.
正確に言うと,バスターミナルで一軒だけがんばって勧誘している安宿があった.一軒しかそういうことしてないので,結局そのときのバスでついた外人チームはほぼ全員そこの宿に泊まったようだ.それはそれでどうなんだろう.
ちなみに周辺の主な観光地はジャール平原である.よくわからない石壷が不発弾の隠れた平原にやたらとごろごろころがっているという,なんかシュールな遺跡だ.ガイドと行ったりミニツアーで行ったりする人がほとんどだったようだが,そもそもどういう遺跡なのかほとんどわかってないのにガイドの必要はあるのだろうか.まあ俺はレンタル自転車でよく調べずに出掛けて,道を間違えて山に迷いこんだりして無駄に苦労したわけだが.

ラオスの二大世界遺産の一つで,有名観光地だ.有名なのでこの町でだけは団体旅行者の姿も見かける.人口の少ないラオスに観光客がやたらに来るので,場所によっては現地人のほうが少なかったりさえする.外人向け安宿も死ぬほどあるしな.
ルアンパバーンの変わったところは,僧侶の多さである.寺がたくさん立っている町や僧侶のたくさんいる町はほかにもあるが,ここではどうにも総人口に対して僧侶の人数がやたらに多いように見える.こんなに僧侶の比率が高くて社会が成立するものなのだろうかと不思議になるほどだ.さすがにそれは言いすぎか.早朝の托鉢など見ていると,こんな量を毎日毎日対応しているのかーという感想を抱くのだが.僧侶たちはこの町でどういう役を担っているんだろう.
世界遺産登録は寺だけでなくて街並全体だそうで,伝統建築とコロニアル建築の融合したステキな街並というのが登録理由のようなのだが,えー正直街並としてはそのー,どうこう言うほどのものではないというかー.丘の上から眺めると木のほうが多いっていうかー.わりと適当な建物も多いしー.ねえ.面白くないわけではないんだけど.
ちなみに観光地としてはもう一つ船でクルージングとか洞窟ツアーとかそういう方面もありますが,俺は行ってないのでよくわかりません.

ヴィエンチャン→ルアンパバーンの移動はラオス航空の飛行機に乗ってみた.きになるお値段は660000Kipで,まあ7500円ぐらいか.キャッシュで払ってしまったので手持ちの金が一時的に激減して大変だった.あとちゃんとeチケットだったのでびっくりした(失礼な話だ).
機材はMA60.小型のプロペラ機で,中国製のようですな.それはともかく,ここの飛行機は整備がイマイチだとか,上空で機内に謎の白煙があがることがあるとか,いろいろ噂を聞いていたのでちょっと期待してたのだが,格別何も変なことは起きなかった.やはり数少ない幹線だからそれなりに気をつかってるんだろうか.強いて言えば機内で出たオヤツが干しバナナだったことぐらいか.
あとルアンパバーンの空港に着陸するとき,かなり低い高度で町の真上を通過するのでちとこわい.まあ高い建物なんか存在しないからぶつかりはしないのだろうけど.騒音対策なんかも一体どうしてるんだと思ったが,ルアンパバーンの町でわかったのは「特に対策などしてない」という事実だった.普通に轟音が響きわたるのだ.単に便数が少ないからがまんできてるだけだな.
ところでラオスの空港では,国内線でもパスポートチェックがあるのがちょっと不思議だ.そのわりに手荷物検査はなんだかいいかげんで,液体もあっさり持ちこめるし金属探知機が鳴ってもスルーだったりするし.よくわからん基準だ.

よく知られているとおり,ヴィエンチャンは田舎だ.タイ-ラオス友好橋ルートでラオスに入ると,だいたいがタイの首都からタイの地方に移動して,その直後いきなりラオスの首都に入ることになるわけだが,正直言って全然違和感がないのである.確かに世界でもトップクラスの地味な首都だと思った.俺の中では.
これでも以前にくらべれば建物も増えたということだが,それでも全体を俯瞰してみての建物の低さ,樹木の多さはかなりのものだ.急速な経済発展があるとは考えにくいので,まだしばらくはこんな雰囲気なのではなかろうか.そもそもラオスは人口自体がかなり少ないし,巨額の資金が動くような産業もほとんど無いわけだし.
ところでヴィエンチャンは中心部だけがかなり露骨に外人街になっている.外人向けのゲストハウスやレストランが並んでいて,地元の生活はあまり感じられない.で,それ以外のところでは外人の姿をぱたっと見なくなるのだ.まあ確かにヴィエンチャンには観光名所らしきものもあまりないし,外人はメコン川を見ながらビール飲んでるぐらいしかすることないのかもしれないが,それにしても極端な感じだなあと思う.
ていうか,ルアンパバーンはいろいろな寺が観光名所になっているのに,ヴィエンチャンのはあまりそういう扱いを受けていないのは釈然としないものがある.ヴィエンチャンにだってそれなりにたくさん寺があって,素人が眺めてへえとかほうとか言うだけならどちらでもそれなりに楽しめると思うのだが.

今回の旅のテーマの一つは「陸路国境越え」である.
というわけで,まずタイからラオスへの移動だ.まず何らかの方法で北東部のノンカイまで移動する.今回は前述の夜行バスで移動したので,起きたらノンカイだった.
さて国境は橋になっているのでこれを渡るわけだが,歩いては渡れないことになっているので何かの乗り物を探さねばならない.で,一番簡単なのが,ノンカイからヴィエンチャンまで直通するバスに乗ることである.今回はバスターミナルについていたので,そのまま次のバスの切符を買って乗るだけだからますます簡単だ.
バスはまず橋の上のイミグレーションまで移動し,そこでみんな一旦バスから降りて,個別にタイ出国審査・ラオス入国審査をする.西洋の国境越えみたいに,ぼーっと乗ってれば係の人がパスポートをチェックに来ておしまい,などということはない.まあ,今は日本人ならラオス滞在15日まではビザ免除だし,審査で手間取ることはあまりないと思うが.
で,審査が終わってラオスに入るとさっきのバスが待っていて,これにみんなが乗りこんだら改めてヴィエンチャンに出発するわけだ.ヴィエンチャンは国境のすぐ近くなので,あっと言う間に到着する.結局,ノンカイ出発→ヴィエンチャン到着までせいぜい1〜2時間ぐらいではないだろうか.混みぐあいにもよるだろうが,まあ,簡単な部類だと思う.
この直通バスのありがたさは,個別のトゥクトゥクだのバイクタクシーだのと一切かかわらずに済むところにある.俺はとにかく値段交渉が苦手なので.