海月玲二

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アルバニアのドゥラスという町と,イタリアのバーリという町の間には定期航路があり,フェリーに乗って渡ることができる.ちなみに,ドゥラスは首都ティラナからバス等で行くのが普通だが,シュコダルからの直行バスというのも日に二回ぐらいは存在していて,乗り換える手間が省ける.

シュコダルを13時に出発し,ドゥラスに着いたのは15時半ごろ.出航まではかなりあるので,時間をつぶすのがわりと大変だった.多少は周囲の町の様子を見てみたけど,荷物を持ったままなので,あんまりうろうろするのはつらいものがある.バスが到着した鉄道駅前広場と,フェリー乗り場はほぼ隣接しているので,それは楽でよかった.

というわけでドゥラスの町についてはあまりよくわからない.鉄道駅周辺はいちおう繁華街のようで,店だとか食堂だとかショッピングセンターみたいなのはあるようだった.ショッピングセンターはびっくりするほど人がいなかったのに,わざわざ二軒並んで立っている(SC的な建物が二軒ある)のが不思議だ.まあ,トイレが無料で使えて便利ではある.

とりあえず買いものしたり軽く食事をとったりした.ピザ屋がやたらあるけど,イタリアに向かうのにピザでもなかろうと思い,ケバブ屋に行ったのだった.けっこう悪くなかった.

あとこの町は,海岸沿いというか港に沿ったエリアにだけ,でかいマンションが並んでいるのも奇妙な感じだった.需要あるのか? もちろん,その他のエリアは普通にアルバニアンスタンダードな感じである(ぼろい).


コソボを観光したあとはフェリーでイタリアまで渡り,そこからマルタに渡る予定である.フェリーの港まで行く途中,アルバニアで一泊してみた.アルバニアの中でもここに来たというのは,「ティラナは前回滞在したことがあるから」程度の意味しかないんだけども.

実は,プリズレンとシュコダルの間を行き来する場合,「シュコダル東にあるダム湖をフェリーで渡る」という観光客的に人気の方法があるらしい.でも,プリズレンから行こうとするとダム湖フェリーの時間がいまいち都合が悪いため,あっさり諦めた.

さて,シュコダルはアルバニア北部の中心都市だ.観光客的には,そんなに用のないところである.というか,前述のダム湖エリアとか,北部山岳地帯とかにアクセスする拠点,という感じだ.まあいちおう観光名所がないことはなくて,町はずれの丘に砦跡があるのと,西にでかい湖がある.湖のほとりにある町ということで,それなりに景色のいい町なのかなと思っていたら,どうも町の中心から湖までは3〜4キロぐらいあるようだ.あんまり町から湖の雰囲気はしない.さらに言えば砦跡もけっこう離れている.観光しようと思ったら,自転車でも用意したほうが便利だ.

せっかくなので砦跡ぐらいは行ってみようと思い,泊まったホテルで自転車を借りることにした.最初は1時間5ユーロとか言ってきて,でも俺が難色を示していたら1ユーロでも貸してくれた.えらい違うけど,最初のは俺の聞き違いだったんだろうか? まあ,1ユーロなら,サドルの角度が変で乗りにくいとかブレーキがなんかイマイチとか,その程度のことはたいした問題には感じなかった.

砦跡はわりと大型だ.プリズレンのものよりかなりでかい(歴史的にもわりと重要らしい)し,建物もそれなりにあったりする.だから何というほどのものではないけど.とりあえず湖のほうまで見わたすことができて,なんとなくここの町で観光した気分にはなった.


プリズレンからはアルバニア北部の町シュコダルに向かった.別に一旦首都のティラナを経由する必要はなくて,直接シュコダルへ行くバスが存在する.というか,国境を越えてウルツィニ(モンテネグロ)に行くバスの途中で降りる感じだ.

それはまあいいのだが,プリズレンのバスターミナルには若干疑問が残った.まず,そもそもここは中央窓口的なものがないようで,バスターミナルと言っても周辺にいくつもあるバス会社のオフィスで直接切符を買うしかないらしい.近距離はバスで直接買うようだ.

さらに,俺は事前にシュコダル行きの切符を買って,当日バスを探していたところ,そのへんにいたおっさんが案内してくれるようなことを言う.ためしについていったところ,切符を買った会社(A)のとは全然別のバス会社(B)につれて行かれ,持ってた(会社Aの)切符を見せると,会社Bのシュコダル行きの切符に交換されてしまった.結局,予定通り10時に発車したしちゃんとシュコダルには着いたのだが,どういうシステムなのかさっぱりわからない.「会社Aから会社Bが客を横取りした」という状況かとも思ったけど,会社Bには別に金は払ってないのに,一体どうしたんだろう.会社Aにそのぶんの金を請求するのか? でも会社Aの切符は破ってたように見えたけど……

あとシュコダルで降りた場所が市街中心部からかなり離れてて苦労した.これは,ウルツィニに向かう分岐点がそこにあるから,まあ仕方ないのかもしれない.

ところでシュコダルまでは20ユーロもした.これはさすがにぼられたのではないかと思う.失敗失敗.

コソボ南部の都市.コソボではほぼ唯一の観光都市である.そう,ちゃんと観光が成り立つような町があるのだ.

具体的には,中心部にトルコ風の古い町並みが残っていて,でかいモスクとかハマム跡とかもある.丘の上には城塞跡があって,旧市街を一望できる.これはまあわりとなかなかの眺めだ.ヨーロッパっぽい色の町なのに,モスクがあったりするのも面白いかもしれない.ただ,サラエボに行ったときも思ったけど,トルコ風の町並みや文化を楽しみたいんならトルコに行けばいいじゃん,という気はする.今はそうもいかないかな?

さて,バルカン諸国あたりでは,単に「みんなで町にくりだして延々ダベる」というのが娯楽として広く行われており,喫茶店を長々占拠したり通りを無意味に行ったり来たりし続ける人などがよく見られる.プリズレンでも,旧市街,特に噴水広場周辺は喫茶店だらけだ.さらに,夜になると観光客比率が減り(ここに日帰りで観光に来るのだろうか?どこから?),喫茶店や通りにたむろする住人はますます増えるのだ.ちょっと奥のほうにある店では,大音量で音楽などかけながら盛りあがっていたりする.通りに面したテラス席で,だ.

まことに平和でのどかな光景であるが,基本的にみんな「仲間と一緒に」ダベりに来ているわけで,先進国みたいに一人で何かしてるような奴などほぼいない.ぼっち民は若干の気合いを必要とするので注意だ.別に,一人でコーヒーとか飲んだり本を読んでたりしても,嫌な顔されたり追い出されたりはしないけども.実践して確認済みである.

コソボの住民はわりと気のいい奴が多く,バーなどでてきとうに声をかければ仲間に入れてもらえたりもするそうだ.だが,そんなことができるような奴はそもそもぼっち民ではないな.


コソボの首都だ.セルビア政府に言わせれば「セルビアの地方都市だ」なのかもしれん.

わりと最近戦争があった町なので,正直古い町並みとか期待するのは無駄だ.というか観光名所はほとんどなく,町自体があちこち作りかけの感じである.まあそうだな,国立図書館の変な建物とか,ビル・クリントンの銅像とか,NEWBORNモニュメントとか,その程度かな.実際クリントン氏の銅像などというものは世界にも少なそうだ.

ここの大学をちょっとのぞいてみたところ,ひとつのキャンパスに文系理系両方の学部があるようで,建物の大きさや数もそれほどではない.あまり大きな大学ではなさそうだ.あと,食堂とか本屋とか売店とか,教室研究室以外の施設がほとんど見当たらないのが不思議な感じだった.なんか無意味な空き地もあったりするし,単に戦争で被害を受けたせいで殺風景なのかもしれない.人も減っただろうしなあ.あ,なんか新入生向けの自己啓発コーナーがあったのはちょっと面白かった.どこの学校も,ドロップアウト組には頭を悩ませているとみえる.

観光客としては,この町には外国料理レストランがそれなりに存在する,というのはチェックしてもいいかもしれない.コソボの料理というのはたいがい「肉を焼いたやつ」のバリエーションなわけだが,そういうのにちょっと疲れたときにも普通にイタリア料理とかタイ料理とか食べられる.変なコーヒーを飲みながらMacBookで仕事したりするような,オサレカフェ的な店だって存在する.1ユーロでネスカフェを飲むような店じゃなくてだ.たぶん,NGOとか国連とかの外国人スタッフが多いせいだろう.

ところで,プリシュティナの空港はアクセスが不便で,ほぼタクシーを使うしかない感じらしい.バスターミナルは町の中心から歩けないこともないので,バスで行ったほうが簡単だと思う.実際,今回はスコピエ(隣国マケドニアの首都)まで飛行機で行き,そこから2時間半ほどバスに乗ってプリシュティナまで到達した.まあそれ以前に,フライドバイもエミレーツもプリシュティナ便がないわけだが.

ここから2017年夏の旅行関係.

ドバイ空港と言えば豪華な建物と豪華な免税店で有名である.実際,ターミナル1や3では,はじからはじまで歩くだけでもかなり時間がつぶせるほどだ.しかしながら,ターミナル2は例外なのだ.こっちはLCC用,というかほとんどフライドバイ(ドバイのLCC)用のターミナルで,なんというか西側先進国じゃない行き先が多いターミナルである.そんなに大きくもなく,免税店もそんなに豪華ではない.いちおうひととおりの設備はあるので,ヨーロッパの地方空港みたいな規模だ.

ところで,ターミナル2は物理的な位置が1や3と全然離れていて,空港敷地のほぼ反対側にある.日本から来るとだいたいターミナル3に到着するので,なんとかして移動せねばならない.もちろん,離れているので通路とか空港内列車とかそういうのは繋がっていない.ちょっとネットを見てみると,ごく最近まで,ターミナル2に向かう方法はほぼタクシーだけだったらしい.

しかし,今回俺が使った時点では,ターミナル3からターミナル2に向かうシャトルバスが存在した.ターミナル3にはちゃんと「ターミナル2はこっち」とかの案内表示があって,それに従って行くと建物の出口に着く.そこからシャトルバスに乗ってターミナル2に行けたのだ.フライドバイのチケットをエミレーツ便とまとめて買ったからこういうサービスが使えたのかな,とも思ったけど,別に搭乗券を詳細にチェックされたりはしなかった.最近できたサービスなのかもしれない.

最近,「エミレーツでドバイに行き,フライドバイに乗りかえる」という旅程の多くは,エミレーツのチケットとして全部まとめて買えるようになっていて,別々に買うよりは安くなっているみたいだ.そしてターミナル2まではシャトルバスがあるわけで,このパターンは結構使い道があると思う.


2017-03-12(日)

無題

ベトナムはコーヒーの産地なので,あちこちで安く飲めるし味もうまい.かなり濃く出してコンデンスミルクを入れて飲むのが一般的のようである.最初からよく混ぜて,細長いコップに入れて出してくるのはサイゴン風らしい.中部では,少量のコーヒーとミルクと氷が別々に出てきて,飲むときに混ぜるスタイルだ.

実際このコーヒーにコンデンスミルクを入れて飲むという方法は,東南アジアではわりと一般的なのだろうか.マレーシアでもわりとよく出てきたような覚えがある.ちょっと調べてみたら,もともと牛乳が常温保存できなかったからコンデンスミルクを使うようになったとかいう話のようだな.かなり苦いコーヒーに甘味をたくさん足して飲むという,エスプレッソめいた飲みかたになったのは,結果的なものなのかもしれない.

ところで,ベトナムにはあちこちに喫茶店があり,コーヒーを飲んで休んでる奴とかみんなでカードに興じてる奴とかがよくいるわけだが,客がだいたい男性なのはなにか理由があるんだろうか.そして店員は女性のほうが多い気がする.気のせいかね.

あとラオスのコーヒーをあまり試せなかったのはちょっと惜しかったな.ベトナムとくらべて喫茶店が少ないんだもん.


2017-03-12(日)

ダナン

現代,かつてホイアンが担っていた貿易港の役割を引き受けてるのはこの町だ.観光客にとっては,ホイアンとかミーソン遺跡とか行くための空港がある町である.実際,空港にはかなりの外国人観光客がいるにもかかわらず,市内ではほとんど目にしない.空港では国際線出発より国内線出発のほうが圧倒的に混雑してるのだ(観光客は普通ホーチミンシティやハノイから入出国するからね).

さらに,市内ではあんまり観光客を目にしないのに,ホテルだとかスーパーだとかには妙に観光客がいたりする.ひとつだけ,先進国基準でもショッピングモールと呼べるレベルの施設があって,ここのスーパーでは日本人観光客などもよくお土産を買っているのを見た.俺が宿泊したホテルも日本人がやたらたくさん泊まっていて,朝食時など係の人がテレビをNHKに変えたレベルである.

でかい町なので,わりかた滞在はしやすい.観光客がそんなにいないので,食事やコーヒーなんかで無茶な値段を言ってこられることも少ないし.うまい食べものはここでもいろいろと食べれるので,観光客的にも,ひと休みしても悪くはないと思う.バインセオ(お好み焼き的なもの)やミークアン(きしめん的なもの)等の名物料理の有名店なんかもいろいろある.

夕食に,バインセオの有名店に行ってみたところ,「お好み焼き状のものをさらにライスペーパーで巻いて食べる」という発想にちょっとびっくりした.「バインセオ」で検索するとレタスに巻いて食べるスタイルがよく出てくるのだが,ライスペーパー式はこのあたりの流儀なんだろうか.いずれにせよ,味はうまかった.ゴマダレがたいへんよく合っている.細い路地の行き止まりにあって,調べてからじゃないととても行けない感じなのも,英語がほぼ通じないのも,「地元の名店に行った俺」感を演出できてよい.実際にはそれなりに観光客も来てるようだけど.


完全にテーマパーク型,ザ・観光地という感じの町だ.むかしは貿易港だったそうだが,今ではおよそ観光ぐらいしか産業がない.旧市街は黄色い壁で統一されており,一階が広く開いたいわゆるショップハウス的な建物が並んでいる.マラッカと似てると思う.でもマラッカは貿易港としてもある程度現役なところが違うか.

見たところ,この町の観光は夜がメインのような感じだった.旧市街や川沿いは提灯の灯が並び,観光客がレストランやらカフェに集まり,露店でおやつやお土産を買ったりしている.お祭りか何かのような雰囲気だが,特に何の日でもない.目隠しして風船を割るとか,ランダムに引かれる札の柄や文字を当てるビンゴっぽいゲームとか,そういうアトラクションもやっている.

自転車で2〜30分ぐらい行くとビーチにも行ける.観光客的にはいろいろ集まっていて便利なことである.いや,もちろん別に自転車漕がなくても,タクシーとかで行ってもいいんですよ.

この日記では常々ぼっち充生活を推奨しているわけだが,今回は「ひとりビーチリゾート」を敢行してみた.ひとりでわざわざビーチに行って,ひとりでレストランなど入ってアイスコーヒーとかフルーツ盛合せとか頼み,特に何をするでもなく海を見ながらのんびりしたのだ.マイルドヤンキー型の俺の弟などに話したら正気を疑われそうだが,なかなか楽しいものだと思う.じっさい,南国だからフルーツも普通にうまいしな.

ところで,ホイアンの近くのビーチは二箇所ある.南側のクアダイビーチのほうが昔から観光開発してるらしく,メジャーだし大型リゾートホテルなんかもいくつもあるのだが,最近はこっちのほうが侵食がかなりひどいようだ.正直,土嚢が積んであったり近くに作業船がいたり水が土色だったり,とても「ビーチリゾート」という雰囲気ではない.それでも白人観光客はがんばってビーチしてたけど.いま行く人は北側のアンバンビーチのほうがおすすめ.


2017-03-08(水)

フエ

ベトナム中部の町だ.観光名所に多い旧首都ジャンルの町である.まあこの町が都として整備されたのは19世紀はじめになったころではあるし,町並み自体も当時からそのままというものでもないけれども.そのせいか,旧市街と新市街はさほど雰囲気や町並みに違いがあるわけではない.中国文化圏の都なので,旧市街は京都みたいな四角い区割りであること,あと旧市街のほうが歩行者サイズの通りが多いので散策しやすいことぐらいか.高層ビルなんかは全部新市街にある.というか,もっと旧市街と新市街は違うのかと思っていたよ.

Mandarin Cafeなる観光客向けの店で,散歩ガイドマップを置いていたのでひとつもらってきて,それなりに観光客らしく観光もしてみた.このガイドマップ,散歩モデルルートとして「王城内に入らないで周囲を散歩するだけ」という潔いコースを設定していたので,俺もそうしたのだった.まあその,王城内部の建物はあまり元のものは残ってないという話だし,要するに中国式の宮殿だしな……外からでも門とかは見れるし.

あとここに来る観光客としては歴代王の墓所というのもあるらしいが,徒歩圏外なので完全にスルーした.結局,あちこちの通りを無意味に行ったり来たりして,麺料理を食べたりコーヒーを飲んだり本屋だのスーパーだの大学だのを見物したり,てきとうに過ごしてるうちに,なんか二日間経ってしまった.いごごちのいい町,ということになるのかもしれない.気軽なカフェが多くてのんびりしやすいんだよねえ.

あるとき旧市街の喫茶店でのんびりしていたら,周囲の客がトランプに興じている男の子グループばっかりだったことがある.その上後からさらに一組増えて,この連中は俺の座ってるすぐ隣でトランプを始めた.マジかよウゼエなと思っていたら,その中の一人が茶をつぐついでに俺にもついでくれて,なんか反感が減ってしまったのだった(ベトナムの喫茶店は,日本の店でお冷やが無料で出るような感じで,お茶のポットが無料で出てくることが多い).


サバナケットからフエへは国際バスが平日朝8時に出て,17時半ごろ到着する.むかし乗った,ポーンサワン〜ヴィンのバスに比べれば多少マシだ.朝食を食べる余裕もあるし暗くなる前に到着する.フエの南バスターミナルに着くので,ちょっとだけ中心部まで遠くてわかりにくいのが難点である.まあ,最近はGPS付き地図があるからそうたいしたことではないね.降りてから地図を確認してみて,「ターミナルに着く手前で降りたらけっこう時間を節約できたはず」ということに気付いたけど!

昼ごろ国境手前の集落で一旦休憩して(昼食を食べたければ食べれる),それから国境である.国境審査では,ラオス出国手続きのカウンターとベトナム入国手続きのカウンターが「横に」並んでいた.これはちょっと珍しい形式ではなかろうか.ふつう,最初の国の出国手続きがあって,その先に進むと次の国の入国手続きがある,という配置が多いと思うんだけど.

あまり外国人は通らない国境らしく,日本のパスポートを見ると係官が同僚に何ごとか確認に行ったりしていた.しかも,ラオス出国手続きで,いまさらラオスの入国カードを書かされた.ラオス入国のときはそんなこと全然言われなかったんだけど.

まあ以上のようなことは別にどうでもいいのだ.俺が気になったのは,「ラオス出国手続きのとき,パスポートに現金を狭んでいた人がけっこういたのは何故なのか」である.もしかして何かの手数料が必要で,現金がないとマズいのかとかなり焦った.結局俺のときは別に何も言われなかったので,外国人観光客には関係ないようなことらしい.ラオスやベトナムの人にもそれぞれの苦労がありそうだ.


タケクからもうちょっと南に来るとこの町だ.タケクとおおむね同じポジションの町だが,こっちのほうが険しい山地から若干離れており,こっちのほうが大きな街道が通っている.そのせいだろうが,タケクよりはだいぶ大きな町だ.「大きな町」というのはまあラオス的な意味でだが.ただ,滞在したのが主に日曜日の午後だったので,非常に人が少ない静かな雰囲気だった.観光客もほとんどいないし,道の真ん中に立って写真とか撮ってられるレベル.平日はもうちょっとにぎやかになるんだろうか.

Lin's Cafeなる観光客向けの店があって,ちょっとした展示とかおみやげとかも置いてるそうなので期待していたところ,日曜日は休みであった.例によって地球のナントカに書かれてる情報は間違っているので注意.場所は移転しているし,休日は水曜日ではなく日曜日である.しょうがないので,川沿いの建物にあったオサレなカフェでおやつを頼んで休んだのだった.ところで,ハニートーストって「トーストに後から蜂蜜をかけて食べる」というものだったっけ?

バスターミナルの近くに「ショッピングセンター然としているのに空っぽの建物」というものがあって,わりとびっくりした.6階建てぐらいのけっこうでかいビルで,わりときれいだし,"CINEMA BOWLING SHOPPING MALL"とか書いてあるんだけど,中はほぼ何も入っていない.正直ちょっと怖い.別棟の一階だけほんのちょっと営業していて,「スーパー」と称する店がある.商品のほとんどはタイ製だし,生鮮食品とかパンとか扱ってなくて,我々が想像するスーパーとはだいぶかけ離れてるけど.あとこのスーパーの横にフードコートらしきエリアがあるんだけど,誰もいないし暗くてやっぱりちょっと怖い.

この町でラオス滞在も終わりなので,(現金を使い切るために)ちょっと豪華に食事をしようと,川沿いのレストランまではるばる20分ほど歩いて行ってみた.食事はなかなかおいしくてそれは良かったのだが,帰り道は緊張した.日が落ちたあとは,町のそこらじゅうにいる野良犬が活発になるのである.縄張り争いしてたりして,横を通るのにも刺激しないよう慎重に歩く羽目になった.縄張りがあるだけあって,どの犬も一定距離離れると元の場所に帰っていくんだけど.


2017-03-05(日)

タケク

タイのナコンパノムと,メコン川を狭んだ反対側にあるラオスの町だ.ナコンパノムと比べると建物が明らかに少なく,圧倒的に田舎である.タイとラオスの差がそのまま出てるな.むしろコンロー村と雰囲気は同じで,ちょっと規模が大きい程度な気がする.

でも外人観光客はこっちのほうがはるかにたくさんいる.どうもタケクを拠点としてバイクを借りて田舎を回る,という観光が西洋人の間では人気らしい.また,タケク付近の山地は切り立った岩山が多いため,クライミングが好きな奴も来るようだ.おかげでゲストハウスやレストランは妙に多く,川沿いにもレストランとかバーとかいろいろある.町の規模と観光客の数が逆なので,なんか変な感じである.

タケクの町自体には,いわゆる観光名所はない.しいて言えば,中心の市街はフランス植民地時代に作られたので,若干洋風な要素が混じっていておもしろい,というぐらいか.でもまあ観光客が続々来るようなもんではない.なので,観光客はけっこう来るんだけど,別にこの町に長々と滞在するというわけでもない.まあ,俺も一晩泊まっただけだけども.コンロー村を11時に出て,ここまで来たら16時であり,そこからさらに次の町まで行くのはきついと判断した次第.

それでも,地元の人向けっぽい居酒屋に間違って入ってみたり,広場の屋台で麺をすすってみたり,朝にはホテルのレストランで川を見ながらお粥を食べてみたり,それなりに滞在の楽しみというのはあるものだ.食べる話ばかりか.


わりと苦労しただけあって,洞窟そのものはわりと面白いものだった.鍾乳洞なんだけど基本的には川が流れていて,小舟に乗って進むのだ.一部徒歩で進む部分があって,そこでは鍾乳石とか見たりもできる.というか,鍾乳石とかが多いエリアを観光用に歩くルートに設定した,というほうが正しいのだろう.別にそこをスルーして全行程船でも行くこともできるのだ.実際,移動に使ってる地元の人は普通に船で行くし,観光客も帰路は全行程船である.

いちおう救命胴衣は貸してもらえるけど,いらないことをするとけっこう危険だと思う.さらに,いちおうヘッドライトは貸してもらえるし,徒歩で移動する部分は最低限の照明があるけど,基本的には真っ暗である.

なお,鍾乳石エリアから船に戻るとき,浅瀬を渡って船に乗らねばならない.つまり,長ズボンだと普通に裾が水につかるし,足元はサンダルじゃないとつらいかもしれない.外に出ればどうせすぐ乾くので,諦めて進もう.さらに言えば,ときどき浅瀬があってそのたびに船頭の人が船から降りて押したりしてるのだが,一番の難所だと観光客も手伝って船を押すことになる場合がある.もちろん,ズボンはけっこう濡れるしわりと大変だ.

というわけで,なかなか先進国ではお目にかかれないワイルドなシステムなので,ちょっとした冒険をお好みの観光客の間で最近人気が出ているらしい.もうちょっと人気出て,コンロー村から直接山を超えて西の街道に出る道とか整備されたらいいのに.

タケクから来るにしろビエンチャンから来るにしろ,日帰りで来るのはかなりつらい辺境なので,まあ村で一泊したほうがいいと思う.コンロー村にも数件ゲストハウスがあり,数人ぐらいだったら飛び込みでもなんとかなるはず.たぶん.ちなみに村には街灯とかないので夜は真っ暗だ.夜はヘタに動かず,泊まったところで食事もしたほうが安全である.だから全てのゲストハウスにレストランがあるんだろう.


バスで川を渡ってラオスに入国後,せっかくなので観光をしようということで,「コンロー洞窟」なる名所に行ってみることにした.しかしこれがまたどうも山奥にあって行くのがめんどうくさいのである.

某地球のナントカによれば,ラオスに入ってすぐのタケクという町から,洞窟のある村まで行くバスがあるとか書いてある.しかしながら,このバスは一日一本,朝にあるだけらしい.らしい,というのは実際に見たわけじゃないからよくわからないのだ.

一方,ネットで情報を集めると(日本語だとあまり出ないので英語のほうがいい),

  • まずタケクからビエンカムまで,北行きの適当な交通手段で行く(首都に向かう街道なので,バス等はいろいろある)
  • ビエンカムから東行きのトラックに乗ってナヒンまで行く
  • ナヒンから南行きのトラックに乗ってコンロー村到着

という3ステップの情報ばかり出てくる.結局のところ,ツアーでなければ一般的にはこっちになるんだと思う.俺はバス乗り場で「コンロー村に行きたい」と言ったところ,トラックの荷台に乗せられて二時間半,ビエンカムで下ろされ,別のトラックを紹介された.この時点でやっと,3ステップ式の移動になっていたことがわかったのである.

というかね,某書ではタケク→コンロー村のバスがバスターミナルじゃなくて「ペッマニー市場横のバス乗り場」から出ると書いてあるのだが,このペッマニー市場なるものがどこなのかよくわかんないんだよね.地図は簡単なのしか載ってないし,市場はひとつじゃないし.俺の場合,タケクのバスターミナルについたのが10時ごろで,それから行ったり来たりしてペッマニー市場らしきところについたのはもう12時だった.いわゆるトゥクトゥクは大嫌いだから可能なかぎり乗りたくないけど,こういうときは素直に乗っておくべきだった.さらに,結果から言えば,直通バスにはどうせ乗れなかったのだから,タケクのバスターミナルからそのままビエンチャン行きにでも乗って,まずビエンカムに行くべきだったのだ.

そもそも,タケクのバスターミナルとか市場とかは市街から離れすぎだと思う.どうせ人の少ない町で,土地なんか余ってるだろうに.あんな不便なところにわざわざ作るってのは,トゥクトゥク業界の圧力でもあるんじゃないかと邪推してしまう.


バンコクの近くにある「ナコンパトム」という町とは全然関係ないので注意.

インドシナ半島は東西の交通網が整備されつつあるので,いちおうこの町は国境の交易拠点ということになっている.たぶん,昔に比べれば商売が増えた,という程度の意味だろう.そんなに商店でいっぱいということはない.

国境で川沿いの町なので,夕方には川沿いに店が並んで外人がビールを飲みながら川を眺めたりしてるのかと思えば,別にそんなことはぜんぜんなかった.というかそもそも,川沿いは確かに遊歩道だが,別に店は出ないのだ.ちょっと川から離れたところにはナイトマーケットがあるけど,そっちはビールとか飲んでだらだらするというより,お惣菜を買って帰るための屋台が多い雰囲気だった.ていうかつまるところ外人観光客があんまりいないんだよ.ちょっときれいそうな食堂なんかでも英語は全然通じなかったり,レストランが8時ぐらいでどんどん閉まっていったり,なかなかのローカル感.

さて地方都市というのは,観光客向けではない店や町並みなどを訪れる絶好の機会でもある.町の西のはじっこに二つほど,1フロア形式の簡易的なモールのようなものがあり,本屋で数学の参考書を買ってみたり,フードコートで昼食やおやつを食べてみたりして楽しんだ.フードコートで食べたチキンライス(タイだからカオマンガイと言うべきなのかな)は,実際安いし悪くない味だった.ただ,フードコート用プリペイドカードに,さしたる考えなく100バーツ入れたら,思い切り余ってしまったけど.タイのフードコートって,現金が使えずプリペイドカード専用のところが多いような気がする.

なお,べつにそういうところにばかりいたわけではなく,川沿いを歩いたりとか観光もしている.仏塔を見たりとか.メインストリートが川にぶつかるところにでかい多頭竜の像があったけど,あれはこのへんの仏教ではよくあるモチーフなんかね.むかしラオスの寺とかで見た覚えがある.バンコクでは全然寺とか行かなかったからよくわかんないけど.


今回の旅行はバンコクからはじめて東へ向かい,ラオスを通ってベトナムまで行く.国境を通過できるポイントは,何箇所もあって選び放題だ.まずラオス入国はナコンパノム〜タケク間の国境にしてみた.観光客がよく使うノンカイ〜ビエンチャンは,前来たときに通ってみたので.

さてバンコクからナコンパノムまでは10時間以上かかるような距離だ.飛行機を選択してもいいレベルである.最近はLCCも増えたしね.でもまあ,今回は寝てる間に効率よく移動ということで,寝台列車にしてみた.中年になってからは,夜行バスはよほど他に手段がないときしか使わなくなったなあ.

乗ったのは二等寝台だ.個室でもコンパートメントでもなく,車両の左右に二段ベッドが並ぶタイプである.当然ながら貴重品管理的には多少アレだ.一等だと個室らしいからマシだろうけど,そこまで行くと飛行機のほうが安いかも.今回は819バーツだったので,さすがに飛行機よりは安い.一泊分の宿泊も入ってると思えばお得だ.

タイ国鉄は乗車した人の記録も多いし,さらにあえて俺のところでも書いておくべきこととしては「冷房は本気で寒いので,長袖の服は絶対用意したほうがいい」かな.たまたま検索で来た人は,これだけは気をつけたほうがいいよ.

あとちょっと驚いたのは,飛行機の機内モニターよろしく現在位置をマップで表示するモニターがあったことだ.よく知らない路線の早朝とかでも降りる駅を間違えずにすむし,降りる用意するのにあとどれくらい余裕があるかもわかる.外国人にとってはかなり便利なもので,けっこうありがたかった.


仮にもバックパッカーのはしくれとしては,バンコクに一度も行ったことがないというのはちょっとアレな気がするので,今回はじめてちゃんと滞在してみた.

この町は,外国から来るものが前提であることはよくわかる.外人観光客向けの店の数々は言うまでもなく,駐在員向けやビジネス客向けの店やサービスもたくさんある.さらに言えば,外国の商品とか,外国文化を意識したパッケージや店頭ディスプレイなんかもやたらにある.よくいえばコスモポリタンな町だ.日本人としては,日本語が多すぎて変な感じがするほどだ.へたすると台北より日本語を目にする機会が多いのではないか.

まあアレだ,外国からの投資その他によって,周辺地域に比べると明らかに突出して力があるのもわかる.巨大ビルの数も全然違うし,それに何度かこの日記でも書いてるとおり,まがりなりにも高架鉄道や地下鉄といった市内交通機関を維持できている,というのはそうでない所と全然違うのだ.さらに言えば,大学もでかくて,設備もそこそこちゃんとしてそうだった.つまりエリート層が自給できるということだよな.

もともとのタイ文化的にどういう気分なのかはわからん.まあ,もともとのバンコクの都市化にしたって近世の中国系移民の影響が大きいのだろうし,そういうものなのかもしれない.少なくとも,周辺諸国と違って植民地化はされずにすんできてるわけだし.

ところで,バンコクではsimフリー携帯がよく売ってていいとか聞いたので,わざわざ電気街を長時間探してみたけど,そんなにいいのはない感じ.というか,要するに安く売ってるのはエントリースペックのやつなのである.よく考えたらそりゃ高級品を安くは売れないよなあ.日本と違って「店頭で気軽に買えていい」という話なんかね.通販で買えば日本でもいいような気がする.
あと電気街はPCパーツ関係の店がけっこう多かった.しかも中古とか修理サービスとかが多い.PCのパーツなんか,中開けてハンダ付けとかで直せるもんなんだろうか?


2016-09-07(水)

無題

バルト三国は,ハンザ同盟あたりからドイツ文化圏だったようだ(リトアニアは微妙か?).タリンやリーガの旧市街ではハンザ都市であったことをウリにした演出がよく見られるし,ドイツ人の団体観光客がよく見られるのもそのせいらしい.

歴史はともかく,ドイツ文化圏なので食文化も強く影響を受けており,「ビールがうまい」というのがここで俺が言いたいことである.大手メーカーのも悪くないし,あちこちの地方に地ビールがいろいろあったり,レストランで自家製ビールを頼めることも多い.バーでは,ワインリストよりビールリストのほうがずっと長かったりとか.

バーとかレストランで飲むのもいいが,スーパーのビールコーナーを見るだけでもけっこういろいろあって楽しい.適当な地ビールとお惣菜やポテチを買ってきて,ホテルの部屋でいただくだけでもわりと満足感高かった.というか,バーに行っても普通に瓶ビールが出てきたりするので,それなら自分で買って部屋で飲んだほうが安あがりという気も.専門のバーだとあまり売ってないレアなやつとかも揃ってるのかもしんないけど,そもそもバルト三国の地ビールというだけで日本人にとってはぜんぶレアだ.

最近は日本でも外国ビールがけっこう手に入るようになってきたけど,バルト三国のはあまり見た記憶がない.いわゆるビジネスチャンス.観光ツアーとかでも,ビールがうまいことを推していいレベルだ.


2016-09-06(火)

無題

最近,空港に自動チェックイン機というものがあることは知ってはいたのだが,自発的に使ってみようと思ったことはない.一回プラハで強制的に使わされたことがあるぐらいだ.

今回,特に深い意味もなく帰りのヘルシンキ空港で自動チェックイン機を使ってみたところ,思ったより簡単でびっくりした.パスポートを読みとらせたら,搭乗券とバゲージタグ(と言うのか? 預け荷物につける,空港の3レターコードが書いてあるやつ)が出てきて,荷物を預けて終わりだ.全然並ぶ必要がないし,事前の特別な準備も何も必要ない.これはなかなかいいな.たしかプラハのときはもう少しめんどくさかったような,チェックイン機のあとで何か並んだような記憶があるのだが.

簡単になったのは,パスポートがICカード式になって,機械で情報が読みとれるようになったからかもしれん.ヘルシンキ空港の入国出国審査でも自動化ゲートが使えるようになってて,これも楽でよかった.

しかしアレだ,最近は飛行機の搭乗券もレシート風のぺらぺら紙とか,下手するとスマートフォンの画面とかそういうの増えたね.確かに,最近はコードを読みとるだけなんだから,昔の厚紙長方形にこだわる必要は全然ないわけか.というか昔のやつは常々でかくて邪魔だなあと思っていたから,扱いやすくなるのは大歓迎だ.

そういえばヘルシンキータリン間の高速船の切符も,ネットで予約したら送られてきたpdfを見せるだけで大丈夫だった.乗るときに,カウンターに行って搭乗券を印刷してもらうものだとばかり思っていたので,そのまま搭乗口に行けとか言われて半信半疑.おっさんの俺としては,そもそもスマートフォンの画面でバーコードが読みとれるのかなんとなく不安だったので,普通に通れてちょっと感心してしまった.

2016-09-06(火)

タリン

エストニアの首都.旧市街はかなり観光客向け,テーマパーク寄りの町だ.いちおう学校とか雑貨店とか観光客向けでない施設もゼロではないが,ほとんどが博物館とかレストランとかおみやげ屋とかである.特におみやげ屋の多さはものすごい.別にそんなに違う物を売ってるというわけでもないのに.というかマトリョーシカとかエストニアで買ってどうするのだ.スーパーが旧市街内部に存在しないのも,どうも不便だな.

レストランがいっぱいあるわりに,予約をしたほうがいいみたいなことを言われるのもちょっと驚いた.旧市街は観光客ばっかりなので,ガイドブックに載ってるレストランはすぐ満席になるらしい.しょうがないので夕食は中心からちょっと離れたところまで行くことに.

でも首都だけあって,レストランのレベル自体はそれなりに高いようである.あまり深く考えず入った店が,けっこうちゃんとしたレストランでびっくりした.カトラリーは一品ごとに別になるし,いちいち料理の説明はしてくれるし,先に入ってた客はよそいきの格好だし,いいかげんな服ではアレだったかな? ……と思っていたら他の席がだんだん観光客で埋まってきて,こっちはみんな似たりよったりの格好だった.うーん.いや,お味はしっかりしていて,結果的には食い物にうるさいYもおおむね満足だった.たまにはまともなステーキとか食べると満足感があるな.

一方,新市街はわりとふつうである.どうでもいいが,ショッピングモールを一人でぶらぶら歩いていたら,宗教の勧誘の人にパンフレットを押しつけられてしまった.旅行中でも意外とあるよねこういうの.

ST. PETER LINEの船は仮にもクルーズ船なので,それなりにバーとかレストランとかカジノとか免税店とかの施設がある.予約のときに夕食プランをつけると,メインのレストランでバイキング形式の食事ができたりする.今回,本来は夕食プランをつけないつもりだった.

ここで一つ失敗の話.実は今回,「二人で一部屋」予約しておいたつもりが,「二人部屋に一人ずつ,二部屋」予約してしまっていた.つまり無駄に一部屋多く取ってしまっていたのである.チェックインのとき係の人が気付き,「さすがに返金はできないが,一部屋キャンセルしてそのぶんを夕食プランにまわすことは可能だよ」と言ってくれたので,そうしてもらうことにした.

というわけで,結果的に食べることになった船内の夕食バイキングであるが,これが思ったよりうまいし品数も多い.しかも,ワインとビールは飲み放題である(ロシア人からすればソフトドリンク同様の感覚なんだろうか).本来この夕食バイキングは一人29EUR(早めに予約すればもうちょっと安くなる)であるが,損した感じはしないぐらいのレベルだった.よかったよかった.

なお,このメインのレストラン以外でも,カフェテリアやバーなんかで個別に軽食を頼むことも可能だ.カフェテリアでパンとスープを頼むと5EURとかそんなもんなので,節約したければ夕食プランをつけずにこっちでしのいでも十分なのである.実際,今回も復路便はそうした.さらに言えば,いちおう飲食物は持ち込み不可ということになっているが,カバンの中にバナナとかヨーグルトとか入ってても別に取り上げられたりはしなかった.たぶん,そういう方法も可能であろう.

ところでバーのいくつかは甲板上にある.俺の感覚では,9月でも外で飲むとか寒くてとても耐えられないと思ったけど,それなりに客はいた.北国の人達はすごい.

以前サンクトペテルブルクに来たのはおよそ15年前である.15年の間にロシアもだいぶ変化した.少なくとも表通りの建物はきれいになっているし,西側風ショッピングモールもあるし,西側メーカーの新車だっていっぱい走っている.当時はマクドナルドが珍しい感じだったけど,いまやバーガーキングだろうがケンタッキーフライドチキンだろうがどこにでもある.ユニクロだってある.まあ,ちょっと通りを曲がるとまだまだボロい建物があったり,数十年ものと思われるモスクヴィッチ(ソ連車)が走ってたりすることもあるけど.

最近のロシアだと,スタローヴァヤ(セルフサービスの軽食堂)も流行らなくなってきているとか聞いたけど,ペテルブルクにはかなりあった.まあソ連時代のものではなく,きれいに新しく作ったものも多いようだった.役割としてはファストフード店に近いかもしれない.安くて味も悪くないし,ロシア語わかんなくても指差して注文できるのでそれなりにオススメ.

食べものと言えば,テレビのロシア語講座で知った「プイシキ」なる揚げドーナツも試してみた.思ったほど重いものではなく,しっかり夕食を食べた後でもいける.気軽なおやつとしていいかんじである.ただ,これはぬくいものを食べないとイマイチだ.最初よく知らずに冷えたのを食べてしまって,実はおいしいことに気付いたのは帰る直前だった.食堂とかでも(揚げたてじゃなくても)せめてレンジでぬくめたりしてもらうほうがいいようだ.

さてペテルブルク観光といえばエルミタージュ美術館だが,当初めんどうだからパスしようかななどと適当なことを考えていた.なにしろ切符を買ったり入場したりするのが一苦労だとかいう話をよく聞くし,実際俺が前回行ったときも2時間ぐらい並んだような気がするのだ.

しかし,散歩の途中でYが「どれぐらいすごい行列なのか見にいこう」とか言いだし,実際に行ってみるとこれが別に行列なんか全然ない.ついうっかり切符を買ってしまい,数時間宮殿の中をうろうろと歩き回ることになったのだった.はてどういうことだったのか.白夜シーズンか否かで全然違うんだろうか.まあ9月(新学期)はじめの平日に行ったから,ロシア人的にはあんまり休むような日ではなかっただろうけども.中もそれほど混雑してなくて,ときどき来る団体を避けて歩いてれば,のんびり絵や調度品を眺めるぐらいの余裕は十分あった.喫茶コーナーも普通に座れたし.


ここからちょっと変則的な旅程になる.フィンランド湾を東に渡って,ロシアのサンクトペテルブルクを訪れた.

日本人がロシアに旅行する場合,ビザを取るのが大変に面倒である.基本的にはすべての旅程を決めて宿や交通機関の予約を済ませ,書類をきっちり揃えて領事部に申請しないと観光ビザはおりない.しかしながらこれには多少の例外があって,サンクトペテルブルクもその一つなのだ.ST. PETER LINEなる会社の船を使って海路で入り,観光ツアーに参加している場合は,ペテルブルク市域内に72時間までノービザで滞在できる特例が存在する.

入国〜出国が72時間ということなので,事実上2泊までだろう.最後に早朝出発して到着日の入国時刻より早く出国できれば,理論的には3泊可能かもしれないが,フェリーが朝到着で夕方出発なのに早朝に出国手続きが可能か怪しい.よしんば可能でも,狭くて何もない出国後エリアで何時間も待つはめになりそうだ.

また,もちろん俺としては「ツアー参加が条件」というのはあまり嬉しくない.でもそういう奴が多いことはこの会社も承知していて,普通のツアーのほかに「シティツアー」という名目の実質的な送迎バスを用意している.つまり,この特定の送迎バスに乗れば,会社側が「この人はツアーに参加しています」という扱いにしてくれるのだ.港から市中心部までマイクロバスで2〜30分,あとの時間はすべて自由である.ホテルでさえ,自分で勝手に予約したもので大丈夫だ.

最近この話を知り,今回はヘルシンキーペテルブルク往復のフェリーと送迎バスを予約しておいたのだ.ホテルはふつうの予約サイトで適当に安めのところを二泊取っただけ.支払いさえすませずに行ってみたが問題はなかった.ただ,このプランでノービザ入国する場合,船にチェックインするときホテル予約の証明が必要なので,予約確認書を印刷していく必要があることだけは注意が必要だ.