海月玲二

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ヴァレッタのまわりにも町が続いていて,海を隔てて南東にあるのがスリーシティズ,北西にあるのがスリーマやサンジュリアンといった町である.観光客がいるのはだいたいこのあたりまで.正直,ヴァレッタ周辺全部まとめてひとつの市扱いでもよくね,と思わなくもない.小さい国の行政は日本などとは全然違うんだろうか.

スリーシティズは,ヴァレッタとあわせて,観光におけるいわゆる「旧市街」のポジションだ.ヴァレッタと比べると小規模でおちついた感じである.特にビルグについては,道が他と比べて入り組んでいてまっすぐではないので,また雰囲気が違って面白い.たぶんヴァレッタ都市計画より古い町だからだろう.さらに,ヴァレッタよりはだいぶ観光客が少ない点も,観光における雰囲気として重要だ.まんなかの広場にある店では地元のおっさんたちがビールとか飲んでた.

スリーシティズの先にもまだ岬があって,なんか砦跡なんかも見える.しかし,試しに歩いて行ってみたところ,どうも工事中のようで入れなかった.炎天下にはるばる小一時間歩いたあげく収穫なしで,ひとけのないバス停で帰りのバスを待ったりして,わりといつもの俺の旅行っぽい.途中に超小さい海水浴場があったのもちょっと面白かった.

一方スリーマやサンジュリアンは,首都圏の「新市街」の一部だ.新市街の中でも,観光客向けの施設が多いエリアである.最後の二日はここに滞在してみたところ,買い物も食事も不自由せず大変便利だった.スーパーもショッピングセンターもあるし,お店が22時ぐらいまで普通に営業してたりする.便利さだけで言えば,滞在するのは旧市街より圧倒的にこっちである.町並みはすごい普通のビルとかだけど.


騎士団がやってきてヴァレッタ周辺が首都になる以前は,島中央部の高台にある町が首都であったそうな.中世にアラブ人が中心部を要塞化して,イムディーナの町(城壁で囲まれた部分)がラバトの町(それ以外)と別ものということになったが,基本的にひとつの町と言っても差し支えないと思う.

というか,観光客としては,イムディーナというのは全体で「この町におけるアトラクションのひとつ」というポジションではなかろうか.中世からある町に多い,高台の要塞みたいなポジションである.そもそもイムディーナは現代の町としては小さすぎるし,今は町としてはほぼ機能していない.住人も数百人だし,店はレストランや土産物屋だけ,通りを歩いているのはほぼ全員が観光客である.シギショアラ旧市街と同様で,ここを観光するのはいわゆる「街歩き」ではないのだ.

イムディーナには「静寂の町」というニックネームがあるそうだが,静寂というか,住人が去った町なのだ.古い国にはときどきこういう,「町の思い出」みたいなエリアがあると思う.建物だけはしっかり残ってたりするのが,むしろ寂しげである.

一般的な商店とか,公的施設とか,実質的な町の機能はラバトにある.ある日の昼,腹がすいたので広場にあったてきとうな店に入ったら,地元の人が大勢いて雑談などしており,憩いの場的な感じだった.どうでもいいがこの店,バーかカフェにしか見えない店構えなのに,メニューには普通に食べものが載っているので,ちょっとびっくりした.ピザを頼んでみたら,どこからともなく焼きたてピザが出てきたし,料理は別の場所で作っていたんだろうか.

なお,このエリアのもうひとつの観光客アトラクションは,ラバトにある大量の地下墓地だ.行ってみる場合,何度も階段昇降運動をするハメになる点は覚悟しておくとよい.あと,地下墓地の「入口に」注目すべき点が全部書かれたパネルがあって,内部では何も書いてない方式はどうかと思った.短期記憶に厳しい.内部に「ここに古代の壁画が残っています」とか案内板を置けばいいのに.


ヴァレッタはマルタ共和国の首都である.

クリーム色に統一された中世っぽい町並みでかっこいい.まずクエンカのように「外から見たときのまとまった感じがかっこいい」に加え,「石の旧市街が海から突然にゅっと生えてるのがかっこいい」という点もある.さらに,「中の街路がまっすぐな上アップダウンがあるので,妙に遠くまで見渡せてかっこいい」というのもポイントだ.外側から見ても中に入って見ても楽しめて二度おいしいと思う.

というか,丘の傾斜を無視して直線の街路を作ったから変な景色になった,という気もするな.ハバロフスクと一緒だ.坂や階段がきつくて歩くのがちょっと大変,というのも同じ.

ヨーロッパの古い町にはよくあることだが,今のヴァレッタは観光を主目的とした作りになっている.滞在したらしたで朝や晩の様子が見られていいのだが,生活するのにあまり便利ではない.いろいろと慣れが必要だ.例えば,スーパーの類はたぶん存在しない.食料品や生活用品の小さい店はないこともないが,19時とかに閉まることが多いし,日曜日はだいたい閉まっている.

レストランも,だいたい観光客向けのようだ.ただ,ウォーターフロント地区(フェリーとか来るあたり)だけはそうでもないらしく,わりと地元の客で混雑している感じだった.なんというか「最近近所にできたオサレスポット」みたいな雰囲気で,それはそれで面白かった.なお,別に地元客が多いエリアだからと言って安いわけではない.ヴァレッタは全面的に物価が高いのだ.

ウォーターフロントのお店で,ワインとマルタ風つまみ盛り合わせみたいのを頼んだところ,なんかドライトマトをオリーブオイルに漬けたみたいなやつがうまかった.マルタの名産でもあるらしいが,そもそもオイル漬けドライトマトなどというものを初めて食べたので,単にドライトマトが俺の好みに合っただけかもしれない.


2017-09-01(金)

ナポリ

ナポリを見たので,あとは死ぬだけである.

いや,そもそも件の名言はナポリのどの景色を差して言っているのか知らんけども.とりあえず丘の上から眺めた景色はそれなりにかっこよかった.

そもそも今回は飛行機(easyjet)に乗りに来ただけなので,散策したと言っても2〜3時間程度である.実はryanairのバーリ→マルタ便というのも存在しており,これにすればわざわざナポリまで行く必要はなかったのだが,こっちはちょっとスケジュールの都合で避けたのだ.

ナポリにはそんなに観光客は多くないようだった.みんなカプリ島だのアマルフィだのに移動しちゃうのかな.ナポリはナポリで旧市街は広いしいろいろ凝った建物もあるし,またいつかちゃんと見たいと思う.

まあ確かに,なんか建物は薄汚れてるし,観光客があんまり安心できなさそうな,スリぐらいは出そうなアトモスフィアがあるのも事実ではある.特に,鉄道中央駅の周辺はすごくアレな感じだ.あのあたりだけ,通りに屯してる人達がほとんど黒人なのも,どうも気になる.別に何をされたということもないのだが.朝起きてみたら,駅前のでかい広場が青空モスクと化していた.もともと住んでたイタリア人はどう思っているのだろうか.

せっかくナポリに来たので,ホテルの人におすすめの店とか聞いてピザを食べてみた.さすがになかなかうまくて満足.うまいピザというのは要するに,生地やトマトソースがもともとうまいのだ.具がチーズだけみたいなピザってあるけど,あれは,あれでもうまいから成立するんだな.あと「コーラは本場のピザにも合う」という事実を知った.地元の人も普通にコーラ飲んでたし.


バーリに渡ったあと,ナポリからマルタ行きの飛行機に乗るまでイタリア国内で二泊ほど余裕がある.まずバーリから1時間ほど電車に乗ってアルタムーラという町に向かった.正直,南イタリアにはほかにマテーラの洞窟住居とかアルベロベッロの妙な形の家とかいろいろ観光名所がある中,なんでこの町にわざわざ来たかと言うと,パンを買うためである.この町は独特のパンで大変有名なのだ.

さて,31日の午前中にパンを買ってそれからナポリに移動するというスケジュールだ.バーリの港に着いたのが30日の朝で,それから喫茶店でWiFi接続してホテルを予約→アルタムーラまで移動してチェックインしても,まだ昼過ぎだった.だから午後は別にマテーラに観光に行ったりしてもよかったのだが,今回はアルタムーラを散策したりホテルでのんびり休憩したりという感じで過ごした.マテーラはマテーラで別の機会にゆっくり見たいものだ.いや別に,ホテルの綺麗な部屋でシャワーを浴びて休んだらめんどくさくなった,というわけではない.と思う.

というか,そもそもアルタムーラで過ごすのだってそれなりに面白いものである.旧市街は小さいけどしっかり旧市街してるし,ここ特有の袋小路が多い構造もちょっと面白い.なんかアラブ圏の町みたいだ.実際イタリアというのはさすが観光大国だけあって,別に観光で有名な町じゃなくてもけっこう町並みが凝ってたり,料理がうまかったりする.すげえ.

12時前に駅からホテルに向かっていたときは,旧市街の大通りにもカフェにもたくさん人がいてにぎやかだったのに,13時を過ぎてあらためて町に出てみたら,店は全部閉まってるしほとんど人もいなくてびっくりした.さらに,夜になるとまたたくさん人が出てきて,大聖堂前の広場など22時を過ぎても人でいっぱいだった.イタリア南部では,地中海周辺によくある「夏の午後は誰も出歩かない」文化のようだが,とても極端だな.


フェリーに乗ったのは19時半過ぎである.切符は事前にネットで買ってあったので,フェリーターミナルでは,謎のチェックイン作業(カウンターで用紙を貰ったあと,謎の端末で何か操作をしないといけない)をした後はひたすら待っただけだ.ニンジャスレイヤーとか読んでた.フェリーターミナルにはコインロッカーのようなものがあったので,もしかすると,荷物を預けて町でのんびりすることもできたのかもしれない.誰も使ってなかったからよくわからないけど.

さてフェリーの切符だが,(客船にはよくあることだが)いろんなクラスがある.最低ランクが「デッキ」という切符で,これは別に甲板で寝るという意味ではなくて,「専用の場所はないのでそのへんの椅子で適当に過ごす」という意味の切符である.荷物管理とか場所取りとかがちょっと大変だ.

俺が買ったのはその次に安いランクの「座席」切符で,これは(船室には入れないが)少なくとも専用の座席は確保される,というものだ.実際にはどうなってるかというと,普通の船室のほかに「座席室」的なものがあるのだ.飛行機みたいに座席だけ並んでいて,指定された場所に座って寝る.

俺の割り当てられた席がある部屋に行ってみると,どういうわけだかガラ空きだった.けっこうたくさん座席があるのに,俺のほか二人しか来なかったのだ.別にこの船自体がガラ空きということはなくて,多少混雑してる座席室もちゃんとあったのに.単なるラッキーなんだろうか.まあ,空いてるぶんには文句はない.床に寝転がっても誰も気にしないので楽だ.

問題はそんなことではない,問題は,異常に冷房が効いていて超寒かった,ということである.これに乗ろうという人がいたら,毛布か上着か何かを用意しておくことを強く強くお勧めする.ひとばん寝て,風邪を引いてなかったので驚いたほどだ.

ところで,この路線は場合によっては数時間単位で遅れてめんどくさい場合もあるらしい.日によって運行している会社が違うようなので,ネットの口コミ的なやつで比較的マシな評判の,GNVなる会社が運行している日にしてみた.そのおかげか,遅れることもなく定刻通り朝8時にバーリに到着したのだった.偶然かもしれない.


アルバニアのドゥラスという町と,イタリアのバーリという町の間には定期航路があり,フェリーに乗って渡ることができる.ちなみに,ドゥラスは首都ティラナからバス等で行くのが普通だが,シュコダルからの直行バスというのも日に二回ぐらいは存在していて,乗り換える手間が省ける.

シュコダルを13時に出発し,ドゥラスに着いたのは15時半ごろ.出航まではかなりあるので,時間をつぶすのがわりと大変だった.多少は周囲の町の様子を見てみたけど,荷物を持ったままなので,あんまりうろうろするのはつらいものがある.バスが到着した鉄道駅前広場と,フェリー乗り場はほぼ隣接しているので,それは楽でよかった.

というわけでドゥラスの町についてはあまりよくわからない.鉄道駅周辺はいちおう繁華街のようで,店だとか食堂だとかショッピングセンターみたいなのはあるようだった.ショッピングセンターはびっくりするほど人がいなかったのに,わざわざ二軒並んで立っている(SC的な建物が二軒ある)のが不思議だ.まあ,トイレが無料で使えて便利ではある.

とりあえず買いものしたり軽く食事をとったりした.ピザ屋がやたらあるけど,イタリアに向かうのにピザでもなかろうと思い,ケバブ屋に行ったのだった.けっこう悪くなかった.

あとこの町は,海岸沿いというか港に沿ったエリアにだけ,でかいマンションが並んでいるのも奇妙な感じだった.需要あるのか? もちろん,その他のエリアは普通にアルバニアンスタンダードな感じである(ぼろい).


コソボを観光したあとはフェリーでイタリアまで渡り,そこからマルタに渡る予定である.フェリーの港まで行く途中,アルバニアで一泊してみた.アルバニアの中でもここに来たというのは,「ティラナは前回滞在したことがあるから」程度の意味しかないんだけども.

実は,プリズレンとシュコダルの間を行き来する場合,「シュコダル東にあるダム湖をフェリーで渡る」という観光客的に人気の方法があるらしい.でも,プリズレンから行こうとするとダム湖フェリーの時間がいまいち都合が悪いため,あっさり諦めた.

さて,シュコダルはアルバニア北部の中心都市だ.観光客的には,そんなに用のないところである.というか,前述のダム湖エリアとか,北部山岳地帯とかにアクセスする拠点,という感じだ.まあいちおう観光名所がないことはなくて,町はずれの丘に砦跡があるのと,西にでかい湖がある.湖のほとりにある町ということで,それなりに景色のいい町なのかなと思っていたら,どうも町の中心から湖までは3〜4キロぐらいあるようだ.あんまり町から湖の雰囲気はしない.さらに言えば砦跡もけっこう離れている.観光しようと思ったら,自転車でも用意したほうが便利だ.

せっかくなので砦跡ぐらいは行ってみようと思い,泊まったホテルで自転車を借りることにした.最初は1時間5ユーロとか言ってきて,でも俺が難色を示していたら1ユーロでも貸してくれた.えらい違うけど,最初のは俺の聞き違いだったんだろうか? まあ,1ユーロなら,サドルの角度が変で乗りにくいとかブレーキがなんかイマイチとか,その程度のことはたいした問題には感じなかった.

砦跡はわりと大型だ.プリズレンのものよりかなりでかい(歴史的にもわりと重要らしい)し,建物もそれなりにあったりする.だから何というほどのものではないけど.とりあえず湖のほうまで見わたすことができて,なんとなくここの町で観光した気分にはなった.


プリズレンからはアルバニア北部の町シュコダルに向かった.別に一旦首都のティラナを経由する必要はなくて,直接シュコダルへ行くバスが存在する.というか,国境を越えてウルツィニ(モンテネグロ)に行くバスの途中で降りる感じだ.

それはまあいいのだが,プリズレンのバスターミナルには若干疑問が残った.まず,そもそもここは中央窓口的なものがないようで,バスターミナルと言っても周辺にいくつもあるバス会社のオフィスで直接切符を買うしかないらしい.近距離はバスで直接買うようだ.

さらに,俺は事前にシュコダル行きの切符を買って,当日バスを探していたところ,そのへんにいたおっさんが案内してくれるようなことを言う.ためしについていったところ,切符を買った会社(A)のとは全然別のバス会社(B)につれて行かれ,持ってた(会社Aの)切符を見せると,会社Bのシュコダル行きの切符に交換されてしまった.結局,予定通り10時に発車したしちゃんとシュコダルには着いたのだが,どういうシステムなのかさっぱりわからない.「会社Aから会社Bが客を横取りした」という状況かとも思ったけど,会社Bには別に金は払ってないのに,一体どうしたんだろう.会社Aにそのぶんの金を請求するのか? でも会社Aの切符は破ってたように見えたけど……

あとシュコダルで降りた場所が市街中心部からかなり離れてて苦労した.これは,ウルツィニに向かう分岐点がそこにあるから,まあ仕方ないのかもしれない.

ところでシュコダルまでは20ユーロもした.これはさすがにぼられたのではないかと思う.失敗失敗.

コソボ南部の都市.コソボではほぼ唯一の観光都市である.そう,ちゃんと観光が成り立つような町があるのだ.

具体的には,中心部にトルコ風の古い町並みが残っていて,でかいモスクとかハマム跡とかもある.丘の上には城塞跡があって,旧市街を一望できる.これはまあわりとなかなかの眺めだ.ヨーロッパっぽい色の町なのに,モスクがあったりするのも面白いかもしれない.ただ,サラエボに行ったときも思ったけど,トルコ風の町並みや文化を楽しみたいんならトルコに行けばいいじゃん,という気はする.今はそうもいかないかな?

さて,バルカン諸国あたりでは,単に「みんなで町にくりだして延々ダベる」というのが娯楽として広く行われており,喫茶店を長々占拠したり通りを無意味に行ったり来たりし続ける人などがよく見られる.プリズレンでも,旧市街,特に噴水広場周辺は喫茶店だらけだ.さらに,夜になると観光客比率が減り(ここに日帰りで観光に来るのだろうか?どこから?),喫茶店や通りにたむろする住人はますます増えるのだ.ちょっと奥のほうにある店では,大音量で音楽などかけながら盛りあがっていたりする.通りに面したテラス席で,だ.

まことに平和でのどかな光景であるが,基本的にみんな「仲間と一緒に」ダベりに来ているわけで,先進国みたいに一人で何かしてるような奴などほぼいない.ぼっち民は若干の気合いを必要とするので注意だ.別に,一人でコーヒーとか飲んだり本を読んでたりしても,嫌な顔されたり追い出されたりはしないけども.実践して確認済みである.

コソボの住民はわりと気のいい奴が多く,バーなどでてきとうに声をかければ仲間に入れてもらえたりもするそうだ.だが,そんなことができるような奴はそもそもぼっち民ではないな.


コソボの首都だ.セルビア政府に言わせれば「セルビアの地方都市だ」なのかもしれん.

わりと最近戦争があった町なので,正直古い町並みとか期待するのは無駄だ.というか観光名所はほとんどなく,町自体があちこち作りかけの感じである.まあそうだな,国立図書館の変な建物とか,ビル・クリントンの銅像とか,NEWBORNモニュメントとか,その程度かな.実際クリントン氏の銅像などというものは世界にも少なそうだ.

ここの大学をちょっとのぞいてみたところ,ひとつのキャンパスに文系理系両方の学部があるようで,建物の大きさや数もそれほどではない.あまり大きな大学ではなさそうだ.あと,食堂とか本屋とか売店とか,教室研究室以外の施設がほとんど見当たらないのが不思議な感じだった.なんか無意味な空き地もあったりするし,単に戦争で被害を受けたせいで殺風景なのかもしれない.人も減っただろうしなあ.あ,なんか新入生向けの自己啓発コーナーがあったのはちょっと面白かった.どこの学校も,ドロップアウト組には頭を悩ませているとみえる.

観光客としては,この町には外国料理レストランがそれなりに存在する,というのはチェックしてもいいかもしれない.コソボの料理というのはたいがい「肉を焼いたやつ」のバリエーションなわけだが,そういうのにちょっと疲れたときにも普通にイタリア料理とかタイ料理とか食べられる.変なコーヒーを飲みながらMacBookで仕事したりするような,オサレカフェ的な店だって存在する.1ユーロでネスカフェを飲むような店じゃなくてだ.たぶん,NGOとか国連とかの外国人スタッフが多いせいだろう.

ところで,プリシュティナの空港はアクセスが不便で,ほぼタクシーを使うしかない感じらしい.バスターミナルは町の中心から歩けないこともないので,バスで行ったほうが簡単だと思う.実際,今回はスコピエ(隣国マケドニアの首都)まで飛行機で行き,そこから2時間半ほどバスに乗ってプリシュティナまで到達した.まあそれ以前に,フライドバイもエミレーツもプリシュティナ便がないわけだが.

ここから2017年夏の旅行関係.

ドバイ空港と言えば豪華な建物と豪華な免税店で有名である.実際,ターミナル1や3では,はじからはじまで歩くだけでもかなり時間がつぶせるほどだ.しかしながら,ターミナル2は例外なのだ.こっちはLCC用,というかほとんどフライドバイ(ドバイのLCC)用のターミナルで,なんというか西側先進国じゃない行き先が多いターミナルである.そんなに大きくもなく,免税店もそんなに豪華ではない.いちおうひととおりの設備はあるので,ヨーロッパの地方空港みたいな規模だ.

ところで,ターミナル2は物理的な位置が1や3と全然離れていて,空港敷地のほぼ反対側にある.日本から来るとだいたいターミナル3に到着するので,なんとかして移動せねばならない.もちろん,離れているので通路とか空港内列車とかそういうのは繋がっていない.ちょっとネットを見てみると,ごく最近まで,ターミナル2に向かう方法はほぼタクシーだけだったらしい.

しかし,今回俺が使った時点では,ターミナル3からターミナル2に向かうシャトルバスが存在した.ターミナル3にはちゃんと「ターミナル2はこっち」とかの案内表示があって,それに従って行くと建物の出口に着く.そこからシャトルバスに乗ってターミナル2に行けたのだ.フライドバイのチケットをエミレーツ便とまとめて買ったからこういうサービスが使えたのかな,とも思ったけど,別に搭乗券を詳細にチェックされたりはしなかった.最近できたサービスなのかもしれない.

最近,「エミレーツでドバイに行き,フライドバイに乗りかえる」という旅程の多くは,エミレーツのチケットとして全部まとめて買えるようになっていて,別々に買うよりは安くなっているみたいだ.そしてターミナル2まではシャトルバスがあるわけで,このパターンは結構使い道があると思う.


2017-03-12(日)

無題

ベトナムはコーヒーの産地なので,あちこちで安く飲めるし味もうまい.かなり濃く出してコンデンスミルクを入れて飲むのが一般的のようである.最初からよく混ぜて,細長いコップに入れて出してくるのはサイゴン風らしい.中部では,少量のコーヒーとミルクと氷が別々に出てきて,飲むときに混ぜるスタイルだ.

実際このコーヒーにコンデンスミルクを入れて飲むという方法は,東南アジアではわりと一般的なのだろうか.マレーシアでもわりとよく出てきたような覚えがある.ちょっと調べてみたら,もともと牛乳が常温保存できなかったからコンデンスミルクを使うようになったとかいう話のようだな.かなり苦いコーヒーに甘味をたくさん足して飲むという,エスプレッソめいた飲みかたになったのは,結果的なものなのかもしれない.

ところで,ベトナムにはあちこちに喫茶店があり,コーヒーを飲んで休んでる奴とかみんなでカードに興じてる奴とかがよくいるわけだが,客がだいたい男性なのはなにか理由があるんだろうか.そして店員は女性のほうが多い気がする.気のせいかね.

あとラオスのコーヒーをあまり試せなかったのはちょっと惜しかったな.ベトナムとくらべて喫茶店が少ないんだもん.


2017-03-12(日)

ダナン

現代,かつてホイアンが担っていた貿易港の役割を引き受けてるのはこの町だ.観光客にとっては,ホイアンとかミーソン遺跡とか行くための空港がある町である.実際,空港にはかなりの外国人観光客がいるにもかかわらず,市内ではほとんど目にしない.空港では国際線出発より国内線出発のほうが圧倒的に混雑してるのだ(観光客は普通ホーチミンシティやハノイから入出国するからね).

さらに,市内ではあんまり観光客を目にしないのに,ホテルだとかスーパーだとかには妙に観光客がいたりする.ひとつだけ,先進国基準でもショッピングモールと呼べるレベルの施設があって,ここのスーパーでは日本人観光客などもよくお土産を買っているのを見た.俺が宿泊したホテルも日本人がやたらたくさん泊まっていて,朝食時など係の人がテレビをNHKに変えたレベルである.

でかい町なので,わりかた滞在はしやすい.観光客がそんなにいないので,食事やコーヒーなんかで無茶な値段を言ってこられることも少ないし.うまい食べものはここでもいろいろと食べれるので,観光客的にも,ひと休みしても悪くはないと思う.バインセオ(お好み焼き的なもの)やミークアン(きしめん的なもの)等の名物料理の有名店なんかもいろいろある.

夕食に,バインセオの有名店に行ってみたところ,「お好み焼き状のものをさらにライスペーパーで巻いて食べる」という発想にちょっとびっくりした.「バインセオ」で検索するとレタスに巻いて食べるスタイルがよく出てくるのだが,ライスペーパー式はこのあたりの流儀なんだろうか.いずれにせよ,味はうまかった.ゴマダレがたいへんよく合っている.細い路地の行き止まりにあって,調べてからじゃないととても行けない感じなのも,英語がほぼ通じないのも,「地元の名店に行った俺」感を演出できてよい.実際にはそれなりに観光客も来てるようだけど.


完全にテーマパーク型,ザ・観光地という感じの町だ.むかしは貿易港だったそうだが,今ではおよそ観光ぐらいしか産業がない.旧市街は黄色い壁で統一されており,一階が広く開いたいわゆるショップハウス的な建物が並んでいる.マラッカと似てると思う.でもマラッカは貿易港としてもある程度現役なところが違うか.

見たところ,この町の観光は夜がメインのような感じだった.旧市街や川沿いは提灯の灯が並び,観光客がレストランやらカフェに集まり,露店でおやつやお土産を買ったりしている.お祭りか何かのような雰囲気だが,特に何の日でもない.目隠しして風船を割るとか,ランダムに引かれる札の柄や文字を当てるビンゴっぽいゲームとか,そういうアトラクションもやっている.

自転車で2〜30分ぐらい行くとビーチにも行ける.観光客的にはいろいろ集まっていて便利なことである.いや,もちろん別に自転車漕がなくても,タクシーとかで行ってもいいんですよ.

この日記では常々ぼっち充生活を推奨しているわけだが,今回は「ひとりビーチリゾート」を敢行してみた.ひとりでわざわざビーチに行って,ひとりでレストランなど入ってアイスコーヒーとかフルーツ盛合せとか頼み,特に何をするでもなく海を見ながらのんびりしたのだ.マイルドヤンキー型の俺の弟などに話したら正気を疑われそうだが,なかなか楽しいものだと思う.じっさい,南国だからフルーツも普通にうまいしな.

ところで,ホイアンの近くのビーチは二箇所ある.南側のクアダイビーチのほうが昔から観光開発してるらしく,メジャーだし大型リゾートホテルなんかもいくつもあるのだが,最近はこっちのほうが侵食がかなりひどいようだ.正直,土嚢が積んであったり近くに作業船がいたり水が土色だったり,とても「ビーチリゾート」という雰囲気ではない.それでも白人観光客はがんばってビーチしてたけど.いま行く人は北側のアンバンビーチのほうがおすすめ.


2017-03-08(水)

フエ

ベトナム中部の町だ.観光名所に多い旧首都ジャンルの町である.まあこの町が都として整備されたのは19世紀はじめになったころではあるし,町並み自体も当時からそのままというものでもないけれども.そのせいか,旧市街と新市街はさほど雰囲気や町並みに違いがあるわけではない.中国文化圏の都なので,旧市街は京都みたいな四角い区割りであること,あと旧市街のほうが歩行者サイズの通りが多いので散策しやすいことぐらいか.高層ビルなんかは全部新市街にある.というか,もっと旧市街と新市街は違うのかと思っていたよ.

Mandarin Cafeなる観光客向けの店で,散歩ガイドマップを置いていたのでひとつもらってきて,それなりに観光客らしく観光もしてみた.このガイドマップ,散歩モデルルートとして「王城内に入らないで周囲を散歩するだけ」という潔いコースを設定していたので,俺もそうしたのだった.まあその,王城内部の建物はあまり元のものは残ってないという話だし,要するに中国式の宮殿だしな……外からでも門とかは見れるし.

あとここに来る観光客としては歴代王の墓所というのもあるらしいが,徒歩圏外なので完全にスルーした.結局,あちこちの通りを無意味に行ったり来たりして,麺料理を食べたりコーヒーを飲んだり本屋だのスーパーだの大学だのを見物したり,てきとうに過ごしてるうちに,なんか二日間経ってしまった.いごごちのいい町,ということになるのかもしれない.気軽なカフェが多くてのんびりしやすいんだよねえ.

あるとき旧市街の喫茶店でのんびりしていたら,周囲の客がトランプに興じている男の子グループばっかりだったことがある.その上後からさらに一組増えて,この連中は俺の座ってるすぐ隣でトランプを始めた.マジかよウゼエなと思っていたら,その中の一人が茶をつぐついでに俺にもついでくれて,なんか反感が減ってしまったのだった(ベトナムの喫茶店は,日本の店でお冷やが無料で出るような感じで,お茶のポットが無料で出てくることが多い).


サバナケットからフエへは国際バスが平日朝8時に出て,17時半ごろ到着する.むかし乗った,ポーンサワン〜ヴィンのバスに比べれば多少マシだ.朝食を食べる余裕もあるし暗くなる前に到着する.フエの南バスターミナルに着くので,ちょっとだけ中心部まで遠くてわかりにくいのが難点である.まあ,最近はGPS付き地図があるからそうたいしたことではないね.降りてから地図を確認してみて,「ターミナルに着く手前で降りたらけっこう時間を節約できたはず」ということに気付いたけど!

昼ごろ国境手前の集落で一旦休憩して(昼食を食べたければ食べれる),それから国境である.国境審査では,ラオス出国手続きのカウンターとベトナム入国手続きのカウンターが「横に」並んでいた.これはちょっと珍しい形式ではなかろうか.ふつう,最初の国の出国手続きがあって,その先に進むと次の国の入国手続きがある,という配置が多いと思うんだけど.

あまり外国人は通らない国境らしく,日本のパスポートを見ると係官が同僚に何ごとか確認に行ったりしていた.しかも,ラオス出国手続きで,いまさらラオスの入国カードを書かされた.ラオス入国のときはそんなこと全然言われなかったんだけど.

まあ以上のようなことは別にどうでもいいのだ.俺が気になったのは,「ラオス出国手続きのとき,パスポートに現金を狭んでいた人がけっこういたのは何故なのか」である.もしかして何かの手数料が必要で,現金がないとマズいのかとかなり焦った.結局俺のときは別に何も言われなかったので,外国人観光客には関係ないようなことらしい.ラオスやベトナムの人にもそれぞれの苦労がありそうだ.


タケクからもうちょっと南に来るとこの町だ.タケクとおおむね同じポジションの町だが,こっちのほうが険しい山地から若干離れており,こっちのほうが大きな街道が通っている.そのせいだろうが,タケクよりはだいぶ大きな町だ.「大きな町」というのはまあラオス的な意味でだが.ただ,滞在したのが主に日曜日の午後だったので,非常に人が少ない静かな雰囲気だった.観光客もほとんどいないし,道の真ん中に立って写真とか撮ってられるレベル.平日はもうちょっとにぎやかになるんだろうか.

Lin's Cafeなる観光客向けの店があって,ちょっとした展示とかおみやげとかも置いてるそうなので期待していたところ,日曜日は休みであった.例によって地球のナントカに書かれてる情報は間違っているので注意.場所は移転しているし,休日は水曜日ではなく日曜日である.しょうがないので,川沿いの建物にあったオサレなカフェでおやつを頼んで休んだのだった.ところで,ハニートーストって「トーストに後から蜂蜜をかけて食べる」というものだったっけ?

バスターミナルの近くに「ショッピングセンター然としているのに空っぽの建物」というものがあって,わりとびっくりした.6階建てぐらいのけっこうでかいビルで,わりときれいだし,"CINEMA BOWLING SHOPPING MALL"とか書いてあるんだけど,中はほぼ何も入っていない.正直ちょっと怖い.別棟の一階だけほんのちょっと営業していて,「スーパー」と称する店がある.商品のほとんどはタイ製だし,生鮮食品とかパンとか扱ってなくて,我々が想像するスーパーとはだいぶかけ離れてるけど.あとこのスーパーの横にフードコートらしきエリアがあるんだけど,誰もいないし暗くてやっぱりちょっと怖い.

この町でラオス滞在も終わりなので,(現金を使い切るために)ちょっと豪華に食事をしようと,川沿いのレストランまではるばる20分ほど歩いて行ってみた.食事はなかなかおいしくてそれは良かったのだが,帰り道は緊張した.日が落ちたあとは,町のそこらじゅうにいる野良犬が活発になるのである.縄張り争いしてたりして,横を通るのにも刺激しないよう慎重に歩く羽目になった.縄張りがあるだけあって,どの犬も一定距離離れると元の場所に帰っていくんだけど.


2017-03-05(日)

タケク

タイのナコンパノムと,メコン川を狭んだ反対側にあるラオスの町だ.ナコンパノムと比べると建物が明らかに少なく,圧倒的に田舎である.タイとラオスの差がそのまま出てるな.むしろコンロー村と雰囲気は同じで,ちょっと規模が大きい程度な気がする.

でも外人観光客はこっちのほうがはるかにたくさんいる.どうもタケクを拠点としてバイクを借りて田舎を回る,という観光が西洋人の間では人気らしい.また,タケク付近の山地は切り立った岩山が多いため,クライミングが好きな奴も来るようだ.おかげでゲストハウスやレストランは妙に多く,川沿いにもレストランとかバーとかいろいろある.町の規模と観光客の数が逆なので,なんか変な感じである.

タケクの町自体には,いわゆる観光名所はない.しいて言えば,中心の市街はフランス植民地時代に作られたので,若干洋風な要素が混じっていておもしろい,というぐらいか.でもまあ観光客が続々来るようなもんではない.なので,観光客はけっこう来るんだけど,別にこの町に長々と滞在するというわけでもない.まあ,俺も一晩泊まっただけだけども.コンロー村を11時に出て,ここまで来たら16時であり,そこからさらに次の町まで行くのはきついと判断した次第.

それでも,地元の人向けっぽい居酒屋に間違って入ってみたり,広場の屋台で麺をすすってみたり,朝にはホテルのレストランで川を見ながらお粥を食べてみたり,それなりに滞在の楽しみというのはあるものだ.食べる話ばかりか.


わりと苦労しただけあって,洞窟そのものはわりと面白いものだった.鍾乳洞なんだけど基本的には川が流れていて,小舟に乗って進むのだ.一部徒歩で進む部分があって,そこでは鍾乳石とか見たりもできる.というか,鍾乳石とかが多いエリアを観光用に歩くルートに設定した,というほうが正しいのだろう.別にそこをスルーして全行程船でも行くこともできるのだ.実際,移動に使ってる地元の人は普通に船で行くし,観光客も帰路は全行程船である.

いちおう救命胴衣は貸してもらえるけど,いらないことをするとけっこう危険だと思う.さらに,いちおうヘッドライトは貸してもらえるし,徒歩で移動する部分は最低限の照明があるけど,基本的には真っ暗である.

なお,鍾乳石エリアから船に戻るとき,浅瀬を渡って船に乗らねばならない.つまり,長ズボンだと普通に裾が水につかるし,足元はサンダルじゃないとつらいかもしれない.外に出ればどうせすぐ乾くので,諦めて進もう.さらに言えば,ときどき浅瀬があってそのたびに船頭の人が船から降りて押したりしてるのだが,一番の難所だと観光客も手伝って船を押すことになる場合がある.もちろん,ズボンはけっこう濡れるしわりと大変だ.

というわけで,なかなか先進国ではお目にかかれないワイルドなシステムなので,ちょっとした冒険をお好みの観光客の間で最近人気が出ているらしい.もうちょっと人気出て,コンロー村から直接山を超えて西の街道に出る道とか整備されたらいいのに.

タケクから来るにしろビエンチャンから来るにしろ,日帰りで来るのはかなりつらい辺境なので,まあ村で一泊したほうがいいと思う.コンロー村にも数件ゲストハウスがあり,数人ぐらいだったら飛び込みでもなんとかなるはず.たぶん.ちなみに村には街灯とかないので夜は真っ暗だ.夜はヘタに動かず,泊まったところで食事もしたほうが安全である.だから全てのゲストハウスにレストランがあるんだろう.


バスで川を渡ってラオスに入国後,せっかくなので観光をしようということで,「コンロー洞窟」なる名所に行ってみることにした.しかしこれがまたどうも山奥にあって行くのがめんどうくさいのである.

某地球のナントカによれば,ラオスに入ってすぐのタケクという町から,洞窟のある村まで行くバスがあるとか書いてある.しかしながら,このバスは一日一本,朝にあるだけらしい.らしい,というのは実際に見たわけじゃないからよくわからないのだ.

一方,ネットで情報を集めると(日本語だとあまり出ないので英語のほうがいい),

  • まずタケクからビエンカムまで,北行きの適当な交通手段で行く(首都に向かう街道なので,バス等はいろいろある)
  • ビエンカムから東行きのトラックに乗ってナヒンまで行く
  • ナヒンから南行きのトラックに乗ってコンロー村到着

という3ステップの情報ばかり出てくる.結局のところ,ツアーでなければ一般的にはこっちになるんだと思う.俺はバス乗り場で「コンロー村に行きたい」と言ったところ,トラックの荷台に乗せられて二時間半,ビエンカムで下ろされ,別のトラックを紹介された.この時点でやっと,3ステップ式の移動になっていたことがわかったのである.

というかね,某書ではタケク→コンロー村のバスがバスターミナルじゃなくて「ペッマニー市場横のバス乗り場」から出ると書いてあるのだが,このペッマニー市場なるものがどこなのかよくわかんないんだよね.地図は簡単なのしか載ってないし,市場はひとつじゃないし.俺の場合,タケクのバスターミナルについたのが10時ごろで,それから行ったり来たりしてペッマニー市場らしきところについたのはもう12時だった.いわゆるトゥクトゥクは大嫌いだから可能なかぎり乗りたくないけど,こういうときは素直に乗っておくべきだった.さらに,結果から言えば,直通バスにはどうせ乗れなかったのだから,タケクのバスターミナルからそのままビエンチャン行きにでも乗って,まずビエンカムに行くべきだったのだ.

そもそも,タケクのバスターミナルとか市場とかは市街から離れすぎだと思う.どうせ人の少ない町で,土地なんか余ってるだろうに.あんな不便なところにわざわざ作るってのは,トゥクトゥク業界の圧力でもあるんじゃないかと邪推してしまう.


バンコクの近くにある「ナコンパトム」という町とは全然関係ないので注意.

インドシナ半島は東西の交通網が整備されつつあるので,いちおうこの町は国境の交易拠点ということになっている.たぶん,昔に比べれば商売が増えた,という程度の意味だろう.そんなに商店でいっぱいということはない.

国境で川沿いの町なので,夕方には川沿いに店が並んで外人がビールを飲みながら川を眺めたりしてるのかと思えば,別にそんなことはぜんぜんなかった.というかそもそも,川沿いは確かに遊歩道だが,別に店は出ないのだ.ちょっと川から離れたところにはナイトマーケットがあるけど,そっちはビールとか飲んでだらだらするというより,お惣菜を買って帰るための屋台が多い雰囲気だった.ていうかつまるところ外人観光客があんまりいないんだよ.ちょっときれいそうな食堂なんかでも英語は全然通じなかったり,レストランが8時ぐらいでどんどん閉まっていったり,なかなかのローカル感.

さて地方都市というのは,観光客向けではない店や町並みなどを訪れる絶好の機会でもある.町の西のはじっこに二つほど,1フロア形式の簡易的なモールのようなものがあり,本屋で数学の参考書を買ってみたり,フードコートで昼食やおやつを食べてみたりして楽しんだ.フードコートで食べたチキンライス(タイだからカオマンガイと言うべきなのかな)は,実際安いし悪くない味だった.ただ,フードコート用プリペイドカードに,さしたる考えなく100バーツ入れたら,思い切り余ってしまったけど.タイのフードコートって,現金が使えずプリペイドカード専用のところが多いような気がする.

なお,べつにそういうところにばかりいたわけではなく,川沿いを歩いたりとか観光もしている.仏塔を見たりとか.メインストリートが川にぶつかるところにでかい多頭竜の像があったけど,あれはこのへんの仏教ではよくあるモチーフなんかね.むかしラオスの寺とかで見た覚えがある.バンコクでは全然寺とか行かなかったからよくわかんないけど.


今回の旅行はバンコクからはじめて東へ向かい,ラオスを通ってベトナムまで行く.国境を通過できるポイントは,何箇所もあって選び放題だ.まずラオス入国はナコンパノム〜タケク間の国境にしてみた.観光客がよく使うノンカイ〜ビエンチャンは,前来たときに通ってみたので.

さてバンコクからナコンパノムまでは10時間以上かかるような距離だ.飛行機を選択してもいいレベルである.最近はLCCも増えたしね.でもまあ,今回は寝てる間に効率よく移動ということで,寝台列車にしてみた.中年になってからは,夜行バスはよほど他に手段がないときしか使わなくなったなあ.

乗ったのは二等寝台だ.個室でもコンパートメントでもなく,車両の左右に二段ベッドが並ぶタイプである.当然ながら貴重品管理的には多少アレだ.一等だと個室らしいからマシだろうけど,そこまで行くと飛行機のほうが安いかも.今回は819バーツだったので,さすがに飛行機よりは安い.一泊分の宿泊も入ってると思えばお得だ.

タイ国鉄は乗車した人の記録も多いし,さらにあえて俺のところでも書いておくべきこととしては「冷房は本気で寒いので,長袖の服は絶対用意したほうがいい」かな.たまたま検索で来た人は,これだけは気をつけたほうがいいよ.

あとちょっと驚いたのは,飛行機の機内モニターよろしく現在位置をマップで表示するモニターがあったことだ.よく知らない路線の早朝とかでも降りる駅を間違えずにすむし,降りる用意するのにあとどれくらい余裕があるかもわかる.外国人にとってはかなり便利なもので,けっこうありがたかった.


仮にもバックパッカーのはしくれとしては,バンコクに一度も行ったことがないというのはちょっとアレな気がするので,今回はじめてちゃんと滞在してみた.

この町は,外国から来るものが前提であることはよくわかる.外人観光客向けの店の数々は言うまでもなく,駐在員向けやビジネス客向けの店やサービスもたくさんある.さらに言えば,外国の商品とか,外国文化を意識したパッケージや店頭ディスプレイなんかもやたらにある.よくいえばコスモポリタンな町だ.日本人としては,日本語が多すぎて変な感じがするほどだ.へたすると台北より日本語を目にする機会が多いのではないか.

まあアレだ,外国からの投資その他によって,周辺地域に比べると明らかに突出して力があるのもわかる.巨大ビルの数も全然違うし,それに何度かこの日記でも書いてるとおり,まがりなりにも高架鉄道や地下鉄といった市内交通機関を維持できている,というのはそうでない所と全然違うのだ.さらに言えば,大学もでかくて,設備もそこそこちゃんとしてそうだった.つまりエリート層が自給できるということだよな.

もともとのタイ文化的にどういう気分なのかはわからん.まあ,もともとのバンコクの都市化にしたって近世の中国系移民の影響が大きいのだろうし,そういうものなのかもしれない.少なくとも,周辺諸国と違って植民地化はされずにすんできてるわけだし.

ところで,バンコクではsimフリー携帯がよく売ってていいとか聞いたので,わざわざ電気街を長時間探してみたけど,そんなにいいのはない感じ.というか,要するに安く売ってるのはエントリースペックのやつなのである.よく考えたらそりゃ高級品を安くは売れないよなあ.日本と違って「店頭で気軽に買えていい」という話なんかね.通販で買えば日本でもいいような気がする.
あと電気街はPCパーツ関係の店がけっこう多かった.しかも中古とか修理サービスとかが多い.PCのパーツなんか,中開けてハンダ付けとかで直せるもんなんだろうか?