海月玲二

カテゴリ別リスト:趣味日記-旅行(337件):新しい順

検索結果:337件中 26件-50件


前回ブルサからイスタンブールに移動したときは、途中ヤロワなる町から船に乗ったような覚えがある。しかしちょっと調べてみたところ、そもそもマルマラ海のイスタンブール周辺にはけっこういろいろと船の定期航路があるようだ。そこで、今回は別ルートの船にしてみた。

ブルサは別に海沿いの町ではないが、「ブルサのフェリーターミナル」と呼ばれている港が存在する。ブルサの中心部から北に25kmほど行ったところに小さな町があって、そこからイスタンブール中心部への船が出ているのだ。ヤロワはもっと倍以上遠くて、普通にバスターミナルから長距離バスに乗る必要があるのだが、この町は近いので、途中までは地下鉄で、そこからは市バスで行く。まあ、ブルサの港と言えないこともない。関空を大阪の空港と称するよりはいくぶんマシだ。

注意すべきは、その北の港は面倒なことに2つ存在するという事実だ。ムダンヤと呼ばれる地区と、ギュゼルヤルと呼ばれる地区に1つずつ港があるのだ。しかも両方から、別の会社がそれぞれイスタンブールまでの船を出しているようである。
そして地下鉄の終点駅から乗るバスももちろん2種類ある。地下鉄駅から来る場合、ギュゼルヤルのほうが手前にあるので、ムダンヤまで行きたいのに間違ったバスに乗ってしまった場合はご愁傷さまである。4kmほど歩くことになる。
俺らはというと、ギュゼルヤルまで行くつもりでムダンヤに行くバスに乗ってしまったので、幹線道路の途中で降りて、残りを歩いた。この場合、歩く距離は1kmもないので大きな問題はない。海に向かった下り坂なので、けっこう眺めもよかったりした。

だいたいこの手のマルマラ海を移動する客船は「フェリー」とか呼ばれているけど、今回乗ったやつはどっちかというと日本語では「高速船」と呼ぶんじゃないかと思う。車は乗れないやつだった。


2024-09-05(木)

ブルサ

ブルサの町といえばイスケンデル・ケバブが名物ということになっている。これは前に来たときの日記に書いたやつで、薄パンの上に肉をのせてトマト系ソースをかけ、ヨーグルトを添え、最後に溶かしたバターをかけた料理だ。このときの肉は「ケバブ」というぐらいなのでいわゆるドネルケバブ的な奴なのだが、ケバブではなくトルコ的肉団子を使うバージョンも存在し、ピデリ・キョフテと呼ぶ。

というわけで、今回はピデリ・キョフテのほうを食べてみた。今回全然まじめに下調べしてこなかったので、てきとうにgoogleマップで調べた店に入っただけである。でも味は悪くなかったし、なんかすごい狭くて雰囲気のある店舗だったし、お値段もリーズナブルだったしでけっこうよかった。あとイスケンデルケバブにはつきものらしい、シラとかいうブドウの飲み物もちゃんと置いてた。

前回と変わったところその2は、バスターミナルまでトラムが開通してたことである。トラムや地下鉄は単純なので、どこへ行くのか悩むことがなくて楽だ。このトラムはごく最近できたらしく、前回は影も形もなかった。なんか普通に市バスに乗ったような記憶がある。

前回来たときにはあまり観光らしい観光もしていないので、今回はちょっとだけ散歩したりもしてみた。市場を見物したり、丘に登って町を見わたしてみたりとかその程度だけど。
途中、なんかY氏が女子中高生にやたら話しかけられていた。話しかけられていたといってもたいしたことではなくて、あいさつして、日本から来たとかちょっとしたことを話したぐらいでおしまいである。いったい何がしたかったのかよくわからない。学校で「外国人観光客に話しかけてみよう」的な課題でもあったのだろうか? 日本人だと答えたらきゃーきゃー言ってたのは、最近すっかり日本人が珍しくなったからかもしれない。


テッサロニキから東に向かい、イスタンブール空港でY氏と合流したあと、なんとなくさらに東へ向かってアンカラを訪れてみた。
いやけっこう遠かった。なんとなくで行く距離ではないな。

ここには古くから集落があるとは言え、トルコ共和国で突如首都になってから急激に成長してるし、大規模な都市計画で整備されてるし、ほとんどの地区で建物が整然と並んでいて計画都市系の風情がある。
でもいちおう、中心部に旧市街らしき見た目のエリアがあることはある。これは近年大規模に修復しているようなので、元の旧市街の形を保っているかどうかは定かではない。丘の上にあるアンカラ城まで登ってみると、周辺の家屋が明らかに修復中だったり、修復前のものと後のものが並んでいたりするのでよくわかる。
俺たちはアンカラ城〜旧市街エリアに正門ではなく裏の公園のほうから入ったので、アンカラ城のイマイチ整備されてない部分に入ってしまい「?? これのどこを見物するのか?」と悩んだりした。中心部の整備されてるほうの部分はちゃんと周囲が見渡せるようにできてて、いかにもな観光名所である。帰るころになって初めて、正門のあたりはちゃんとおみやげ屋や観光客向け飲食店が並んでいることに気付いた。
裏のほう(Ulus駅あたり)からアプローチすると、途中に庶民的な商店街もあってわりとおもしろいので、実際けっこうおすすめ。坂がきついけど。

見渡せるといえば、町の中心からちょっと南に行ったところにあるAtakuleなるショッピングモールが、展望塔がついてておもしろかった。高台にあるので、塔に登ってみるととても景色が良い。ただし、入場料は展望デッキに入るだけでも2000円近くした(さらに展望レストランに入るのは別料金らしい)。
ここは坂の下に向けて開いた妙な形をしていて、この開いた方向に向けて設置されている店はすべて飲食店だ。つまり、塔の展望レストラン以外も、(すこし低いけど)すべて展望レストランになっているようだ。いわゆる「レストランフロア」ではなく「レストラン方角」になっている珍しいつくりである。

南側の地区には大使館がけっこうあったりして、高級住宅街らしい。だからオサレなお店や凝ったお店が多いし、酒も飲めたりするのだった。googleマップの評判だけ見てなんとなく入った朝食レストランがすごくうまかったのでびっくりした。


テッサロニキはギリシャ領マケドニアの中心都市だ。
ここは海と山に挟まれた地形になっている。神戸とか阪神間地域みたいなかんじだ。メインストリートが山や海と平行に走っているところも共通だな。
というわけで、とりあえず山側の見晴らしがいいところまで行ってみて眺めを楽しもうと思ったわけだが、ちょっと楽をするために登るときに市バスを使うことにした。

市バスというとだいたい「どの路線でどこに行けるのか外部の人にはわからない」問題を解決する必要があるわけだが、最近、googleマップでバス停をタップして表示される情報が、ある程度使いものになる場合があることに気付いた。確かに実情と違ってる場合もあるが、大都市なら合ってるほうが多いようだ。それに、乗ったあともマップを確認していれば、間違いにも気付きやすい。今回も、まあおおむねうまくいった。
いちいち町の交通局ごとに専用アプリをメンテする方式もけっこう見るけど、労力の無駄のような気もするよね。

しかしまあここらへんは北マケドニアに比べて暑いことである。海のせいか湿気もわりとある。
少なくとも、夏の昼間はあんまりうろうろするのはやめたほうがよさそうだ。この町は猫がいっぱいいるけど、猫に会うにも朝とか夕方のほうがいいな。

いつも出勤中「なんだってわざわざ夏に京都観光に来るんだ」と思っていたが、自分もまったく同レベルであることが判明した。
というかアレかね? 夏のこの地域はむしろビーチリゾートの類で、そもそも俺のようないつも一人でいる奴が来るところではない?


さて、賢明なる読者諸氏はお気付きかもしれないが、今回の旅程前半は「マケドニア編」であって「北マケドニア編」ではない。つまり、ギリシャ領マケドニア地方にも行くのだ。
ということはビトラから南の国境を越える必要がある。でもこの二国は多少いざこざがあるせいか、ここを越える公共交通が全く存在しない。
またそういうやつかよとお思いかもしれないが、またそういうやつだ。

基本的にはビトラからギリシャのフロリナという町に移動することになる。フロリナはそこそこでかい最初の町で、ここからならバスとかで別の地方に移動可能だ。
この間は30キロかそこらしか離れてないのに、タクシーを使うと50ユーロぐらいかかるらしい(以前は25ユーロぐらいだったらしいが、今回宿泊先の人に聞いたらそう言われた)。
また、50ユーロがたいしたことないと思う人でも、北マケドニア側からだと「国境を越える許可を持っているタクシードライバーを探すのがけっこう大変」という問題もある。
いずれにせよ困ったことである。

今回は、とりあえず国境までタクシーに乗り、歩いて国境を越えた。そこまでは別に問題ない。
問題があったのはその後で、ギリシャ側には特にタクシーもバスも何もないということだ。
国境からフロリナまではまだ20キロぐらいあり、すごくがんばれば不可能ではないという程度の距離である。朝に出発したので日がくれるまではかなり時間があるし。

最悪休み休み歩くつもりではいたが、でもまあさすがにもうちょっとなんとかならんかと、手近な集落まで行って様子を見ることにした。
一番近いNikiという集落は、ほとんと誰もいない感じで、何もしようがなかった。
次にあったPoliplatanoという集落はもう少し人がいたが、それでも交通手段を探すのは難しそうだった。木陰で休んでいたら、近くにいたばあさんが何か言っていて、よくわからないが「そこにバスは来ないよ」みたいなことを言っていたのではなかろうか。「かつてはバス停として使われていたであろう場所」はいくつかあったんだよね。
さらに進んでKato Kleinesという集落につくと、ここはさらに大きく、なんと喫茶店やそのまわりに集まってる人達が存在した。ここでついにタクシーを呼んでもらうことができて、なんとかフロリナまで行けたのだった。

結局、荷物を持ったまま歩いたのは8キロちょっとぐらいか。
集落の間はマジで何もないので、次の集落の教会とかが見えてくるとすこしほっとした。


2024-08-22(木)

ビトラ

国内第二の都市というのは、それはそれで興味深いものだ。どうしても第一の都市を意識せざるを得ないので、どのへんに特徴があるのか妙にアピールしてたりする。いや大阪について何か意見があるわけではないが。
ビトラは北マケドニア第二の都市で、ここは「この国で最もヨーロッパ的な町」なんだそうな。つまりこれは、綺麗な建物が並んだ目抜き通りがあって、オープンカフェで皆が駄弁ってるということを指すのだろうか。
確かにこういうちゃんとした繁華街をこの国で見たのは初めてだ。

こういう通りは他のヨーロッパの国に行けばいくらでもあるので、外国人観光客的にはまあアレかもしれない。そこそこ観光客は来てるようだが、国内からかな。
まあせっかくだから俺も、コーヒーを飲んだりバーでワインとか飲んだりして格好つけた顔でもすべきなのかもしれない。なんか自己啓発業界では、自分のcomfort zoneから出ると良いとかいう話らしいし。
で、やってみたところ、ワインバーでてきとうに頼んだ料理がどう見ても焼き鳥だったのでびっくりした。いやワインはおいしかったけども。small chicken steakってこういうのか?

ところで、ここの旧市街というか市場周辺の商店街は、それなりに古いバルカン式商業地区の構造を残しているんだそうだ。こっちはちゃんとガイジンにも興味深い。
というか、この町は「ヨーロッパ的」とか言うわりにはいわゆるショッピングモールが存在しないのだが、それはこの種の古い商店街がまだそこそこ機能している、ということもあるのかもしれない(原因と結果が逆か?)。


旅程前半マケドニア編であるが、首都スコピエと最大の観光地オフリドは以前に行ったことがあるので、今回は別の町に行くことにした。

最初に行ってみたのはクルシェヴォという国土のまんなかへんの町である。なんか山奥の小さな町なのだが、建物とか町並みとかがかっこいいと聞いて。
……確かにわりとかっこよくてよかった。回りが高くなった地形に町を作って、建物が段々に並ぶ系だ。ヴェリコ・タルノヴォとかベラトとかああいうやつ。散歩するとアップダウンがあってちょっと疲れるのも同じだ。
ここは別にすごく古くからある町だというわけではないのに、それなりに統一感があるのは、わざわざそうしてるんだろうか。実際今でも新しく建物を作ってるところとかわりと見た。

この町がしいて観光客に知られてるとしたら、写真の変なモニュメントだろう。こういう無茶なモニュメントといえば社会主義か宗教と相場が決まっているが、これはユーゴスラビア時代のものである。
いやなんというかその、どうしても四次元怪獣ブルトンを連想するけども。

ところでこの町はアクセスがめちゃ不便である。結局、現在のところ、山のふもとにあるプリレプの町と往復するバスが一日数回存在するだけのようだ。もちろん乗り継ぎは便利ではない。
ネットで調べるとスコピエから直通のバスがあるとか、近くの大都市ビトラからのバス便が表示されたりとかするのだが、現地で聞くと実際にはそんなものはないらしい。よくわからん。
あとクルシェヴォの「バスターミナル」と称するものは旅行会社かなにかの小さい建物にすぎず、しかも閉まっている。ほんとに来るのかかなり不安にさせられるし、そもそもいつ来るか地元の人に聞かないとよくわからないありさまだ。

いやまあ、結局いなかだと自家用車がほとんどになっちゃって、公共交通がへぼくなるのはしょうがないけどねえ。


2024-08-20(火)

AJet

今回使ったAJetというのはトルコ航空傘下のLCCだ。機体にAJetと書いてないが、最近名前が変わったからのようである。
座席が狭いとかモニタがないとか、食事が全部有料とかはLCC的には普通だ。というか特筆すべき点がなくて書くことない。
さらに今回は遅れもなく予定通りに飛んだ。これはたまたまかもしれん。噂では定時性はLCCとしてもかなり悪いらしい。多少の遅れはともかく、次の日になるとかだと面倒だっただろうな。
航空券を買うwebサイトやチェックインの機械まで普通だった。じつはトルコにはもうひとつPegasus AirというLCCもあって、そっちも検討していたのだが、なぜかPegasusのサイトはうちのPCからだとまともに表示されなくて、検索しようがなかったのだ。
普通っていいねえ。


ここから2024年夏旅行。

今回はとりあえずエティハドのイスタンブール往復が多少安かったので買ってみた。
でも、せっかくなのでもうちょっと探したところ、イスタンブール→スコピエという便がセールしていたので、これも買ってみた。

つまり、行きはイスタンブールで乗りかえることになるのだが、スコピエ行きはLCCである。そしてイスタンブールのLCC拠点はサビハ・ギョクチェンとかいう別の空港なのだ。今回はこっちをはじめて使ってみることになった。
ここはイスタンブールの本空港と、海をはさんで全く反対側にある。まあシャトルバスがあるので移動は特に問題ない(1時間ぐらい)。カードで払えるので、トルコリラの現金を用意する必要もない。もちろん空港のお店やレストランの類も基本的にカード可だ。

ここは小さめの空港なので、迷うこともない。でもレストランとかお店とかもそれなりにはあるし、なんなら仮眠やシャワーのサービスとかもある。使ってる人がいるか知らないけど。
ちょっとした注意点としては、出国してすぐのレストラン・お店エリアにはほとんどベンチがないことである。お金をかけずに休みたければ、ゲート側まで進む必要がある。
イスタンブールからちょうどいいLCC便があれば、ここを使うのも選択肢になりうると思った。乗り換えのためだけにちょびっと入国するのも、たいていのケースでは特に何も問題ないしな。


マレーシア名物にホワイトコーヒーというものがある。去年おみやげに買ってみたところ、我が家でわりと人気である。ただ一つ問題があって、東南アジアで売っているインスタントコーヒーは普通3in1、すなわち砂糖が元から入っているスタイルなのだ。こっちなら日本amazonでも手に入らないことはないのだが、我々が好きな2in1(砂糖が入っていないやつ)はかなりレアである。
今回はマレーシアには行かないが、シンガポールで18時間ほど乗り換え待ちがある。この間に大規模スーパーに出かけて、無事2in1のホワイトコーヒーを入手することに成功した。やったぜ。
あとマレーシアでよく売ってるLOT100とかいうグミキャンディも日本で入手しにくい(というか無茶苦茶高い)ので、これも買いこんできた。レジでマンゴーグミを3つぐらい並べて会計を待っていたら、ひとつ前にいたじいさんが「何それそんなマンゴーばっか買うの?」みたいなことを(たぶん)言ってきておもしろかった。そうだよ買うんだよ。

しょうもないお菓子ばっかり買っていたら、荷物は重くなるし金はかかるし大変だ。ふだんこんなにおみやげを買うことはないのだが。

あと、シンガポールの空港というのは今回初めて使ったのだが、わりと評判がいいらしいね。確かに使いやすくて感心した。
ここが使いやすいのは、

・でかいけど単純な構造
・イミグレーションや荷物検査での行列が少ない

あたりがポイントではないかと思う。
まず、到着・乗り換え時と出発時に通るエリアが分かれていない(全利用客が同じエリアを通る)ので、似たような店をいくつも作る手間も少なくなるし、動線が複雑になることも少ない。あと行きと帰りで同じところを通るので覚えやすい。
それから、なんと荷物検査が制限エリアの入口とかではなく、各搭乗口の前にある。これは他で見たことがなくてびっくりした。全員が必ず通る荷物検査場というものが存在しないので、列が長くなりにくいし、これまた動線を単純にすることにも役立つ。普通は、特に乗り換え客の動線が複雑になるのだ。

イミグレーションはかなり機械化されていて、多くの国籍の乗客が自動ゲートを使える。そしてここが重要な点だが、自動ゲートを20個置いたら、基本的にずっと20個動いているのだ。人間と違って食事に行ったり用事でいなくなったりすることがない。イミグレーションのカウンターがひとつしか開いてなくて長蛇の列になってる、というのはいろんなところで見る光景である。

まあ、しかしこういう構造にできるのは、基本的に国際線しか存在しない(全フライトでやるべきことが同じ)という事情も大きいのかな。


「かつて首都だったけど今では政治的にも経済的にもそれほどではなくなっていて、でも芸術文化方面ではまだ勢力を保っており、わりとデカい顔をしている町」ということを、日本では「京都みたいなところ」の一言で表せる。
ジョグジャカルタは京都みたいなところである。

ここは伝統工芸を元にした着倒れの町だし、大学が多い学生の町でもある。さらに、おみやげとして有名なお菓子まであり、各ブランドが競って店を並べ、有名店には観光客を満載した大型バスがどんどん来たりする。
このお菓子(Bakpiaという)、原型のサクサク型に対して最近開発されたしっとり型があり、観光客にも人気らしい。でも俺は試してみたところ古いタイプのほうが好きだった。新しいほうは、なんか萩の月みたいであんまり独特さを感じないんだよなあ。

この町には平日も滞在していたので、有名大学を見物に行ってみたりした。なかなかでかくて活気がある。学生食堂は、余所者が入っても大丈夫なタイプなのでありがたい。ありがたくあたりを眺めながらのんびりした。
あと、研究室周辺の、あの研究紹介パネルとかシンポジウムの案内とか貼ってあるあたりの雰囲気って世界共通だよね。

えーと京都の話ではなくてジョグジャカルタの話だ(俺は別にオリジナル八ツ橋は好きではない)。ジョグジャカルタでひとつ感心したのは、歩道がそこそこ使いものになる、という事実である。まあ先進国みたいに完璧な状態で維持されてるわけではないが、それでも、だいたいの道は歩いて移動するのに大きな問題はなかった。
いやつまりアレだ、問題だったのはバンドンだよ。でかい町なのにアレはねえと思う。担当者はもう少しがんばってくれ。



ジョグジャカルタの東にある遺跡で、観光ガイドの類ではボロブドゥールとセットで紹介されたりするやつだ。まあ、超でかい宗教施設の遺跡ということで同じようなポジションではある。こっちはヒンドゥ教であるので、なんかとげとげした上方に伸びるかんじの形状をしている。でもアレだな、外側の飾りがメインで内部は重要じゃないところは共通してる(むしろボロブドゥールが仏教建築としては例外なのか?)。

観光客的には、ボロブドゥールと違って来るのも簡単だし、2024年3月現在ややこしい制限もほぼ無い。強いていえば、お堂に入るときに人が集中しすぎないように係の人が調整するぐらいかな。
アクセスは市バスでも近郊電車でも超簡単なのでありがたいねえ。しかも二種類あるから、どっちかがばくはつしたりしてもなんとかなる。まあ、この遺跡の名前は "Prambanan" なのに、鉄道駅の名前が "Brambanan" になってるのはまぎらわしいな、とは思う。
そしてプランバナン遺跡も事前にネットで入場券を買うことはできるけど、買わずに行ってその場で現金を出しても特に問題はなかった。

というか、ボロブドゥールと比べてそもそも外国人が少なすぎるので、管理するほどのこともないのかもしれない。来てる客で多いのはだいたいインドネシアの学校の修学旅行とか遠足とかそういう感じで、外国人と気付かれると一緒にセルフィーを撮ってくれとか言われる始末だ。国外ではあんまり知られてないのか?

遠足の子供たちは写真を撮ったりお喋りしたりするのに忙しく、そもそもたいして見てはいない。まあそれはそうだ。俺だって子供のころ修学旅行でそんなに真面目に見学した覚えはない。でも、ボロブドゥールのところでも言ったけど、それでも別にいいんだ。ちなみに、写真はほとんどの人にスルーされてたドゥルガー像だ。

ところで、みんなお堂の入口だとか横だとかで記念写真を撮ってたけど、そういうことをするなら、遺跡公園の奥のほうにある別の遺跡でやるといいと思った。なにしろこっちまで来る人はほとんどいないので、邪魔が入らないぞ。まあメインの遺跡のほうがでかいけど、そんなことたいして重要じゃないと思う。それに奥のやつのほうが、お堂や瓦礫が大量にあって見ためもにぎやかだ。

ところで、ボロブドゥールに行ってくるのにはわりと苦労した。
ネットで調べた情報によると、基本的には、ジョクジャカルタの北にあるバスターミナルまで行き、そこからバスに乗る、というだけのはずだ。バスターミナルまでは市バスで行けばよくて、市バスは定額制なので外人でも普通に使える。ここは問題ない。

さて俺は水曜日の午後にバスターミナルについてみて、しばらくようすを見てみたが、ボロブドゥール行きのバスというのがちっとも見あたらない。というかそもそもここはなんだかバスターミナルのくせにバスが少なくて活気がない。
もしかしたら午後にはもうバスはないんじゃないかと不安になり、関係なさそうなバスの呼び込みをしているおやじに聞いてみたところ、このバスに乗って乗りかえろなどと言われ、そのまま乗りこんでしまった。

乗ったバスはスマランという町に行くらしい。
地図を見ながら考えたところ、つまりジョグジャカルタとスマランを結ぶルートが幹線でバスも多い。そしてボロブドゥールへはこの道の途中で分岐して10キロ行ったところにあるので、その分岐点で降りろということらしい。
そんな何もなさそうな交差点で乗り換えたりできるのかと思ったら、ちゃんとバイクタクシーのおやじが待ちかまえていたのだった。やれやれ。

帰りは帰りで、ボロブドゥールのバス乗り場でジョグジャカルタ行きに乗りたいと行ったら、今はバスのトラブルでやってないなどと言われる。してみると、昨日いくら待っても直通のバスが来なかったのもこのせいだったんだろうか。
結局、来たときと逆に、交差点までバイクタクシーで戻り、スマランからジョグジャカルタに行くバスが通るまでじっと待ったのだった。

だいたい俺はタクシーが嫌いなのだが、あのバイクタクシーというやつは特に苦手だ。よくあんな不安なものを日常的に使っていると思う。 今回は事故など起きなくてよかった。運転手も比較的穏当だったし。帰りはバスが来るまで一緒に待っててくれた(関係ないバスに乗ったりしないか心配してくれたのか?)。

でも後から考えると、問題だったのは要するに「ジョグジャカルタ←→ボロブドゥールのローカルバス」というのが今は動いていないらしい、という一点だったんだな。

インドネシアでは必見とかいう観光名所である。せっかくなので見にきてみた。
ネット等に情報があるとおり、今は

  • 事前にネットでチケットを買う
  • 時間指定制
  • 人数制限あり
  • 必ずガイド付き

という条件で、上まで登れる。ローシーズンの平日だったのでチケットは前日でも普通に買えた(当日入口に着いてから携帯で買ってる人もいた)けど、ハイシーズンは売りきれたりするらしい。

まあとりあえずアレだ、ガイド必須というのはちょっとね。イスラム教徒で仏教の説明に興味がないインドネシア人には不評だそうだが、俺にも不評だ。
というか、観光で何かを見るというのは、それをネタにして何か勝手に考えたり想像したりするということであって、説明的な知識が欲しいわけじゃないんだよ。そういうことは別にちゃんと調べればいいんだ。芸術作品を見るときと同じだな。
ボロブドゥールを見た感想が「でかーい」とかでも別にいいんだ。
ただまあ、ガイド強制というのは、制限時間を守らせたり遺跡の損傷を防いだりという面があると思うので、ここではある程度やむなしというのもわかる。なにか想像するネタになるポイントを指摘してくれるといいんだけど。

あと、時間制限というか同時入場者数を制限するのは、けっこうよかった。混雑しなくなるわけだし。タイミングによっては、ほとんど他人のいない光景も見れたほど。
でも、人が多い時期はすぐ売り切れてたいへんだろうなあ。あと時間指定なので、たまたま雨だったらがっかりだな。今日は晴れてよかった。


パガンダランというのはジャワ島南側のビーチリゾートである。
であるが、かなりマイナーだ。基本的に国内の客がほとんどのような雰囲気だった。シーズンオフの平日だからというのもあるが、そもそも観光客が少ない。リゾートというより漁村に近いのでは。じっさい東側では漁師の人達が活発に船を出していた。
人が少ないので、海も砂浜もけっこうきれいだと思う。波が高いのであんまり泳げなそうだけど、まあ俺はどのみち泳いだりしないので問題はなかった。

不思議なのは、観光客も少ないのに、物売りとかが全然いなくはないことである。町の中に多少ある飲食店なんかもそうだが、見ていてもほとんど客が来ている様子はない。あれで生活が成り立つんだろうか?
前から思っているが、携帯電話の普及に伴い、全人類が「何もせずに長時間待つ」ということを全然苦に思わなくなっているようだ。

あんまり人のいないレストランとかに思いきって入ってみて、てきとうに魚のスープとか頼んでみたら、思ったよりうまくて驚く。

あとこの町の名前は日本人には発音が難しいと思う。Pangandaranというつづりで、最初のnganが厄介だ。ngとnを続けて発音する必要がある。
まあ、周りに似た名前の町はないので、ngがちゃんとできなくても意図は通じるけど。



世界史ではおなじみ、いわゆるバンドン会議のバンドンである。

どうもアレだ、旅行の最初に滞在する町というのは、まだその国の様子がよくわかっていないので、ぴんとこない感じになりがちだ。

今回はとくに食事するところで悩んだ。
べつにレストランがあまりないというわけではなく、むしろいっぱいある。俺はおいしいお店に対する嗅覚がイマイチなので、いっぱいあってもどこに入ればいいのか見当がつかないのだ。こういうときはYが同行してると心強いのだが。
結局、激辛料理の店に入ってしまい往生したり、同じ夜市で二度食事をしたりした。まあおいしくないことはなかったので、それでいいのかもしれない。

それとバンドンは高原にあるので涼しいとかいうのはマジなのでびっくりした。ジャカルタでは、曇りでも少し歩くだけで汗がふきででくるのだが、このへんは晴れてなければ一日歩いててもたいしたことはない。無意味に坂を登ったり降りたりしなければね。

あとドコモショップ的なところでsimカードを買ったのに、どうやっても動かなかったのは無念である。いいかげん5年もののsense3はアレなのか、それともインドネシアの携帯電話登録制度がアレなのか。
いずれにしろバンドンとは直接関係ないけど。SMSは届くようなんだけどなあ。


今回の旅行ではインドネシアに来たので、高速鉄道とやらに乗ってみた。日本人的には、途中まで話を進めてたのに中国に負けたことでおなじみのアレである。

とりあえず、完成分は普通にちゃんと運用されてるようだ。けっこう混んでたし。ジャカルタからバンドンに行けるだけにしては人が多いので、単なる娯楽として乗ってる人もいるんじゃなかろうか。バンドンまで3時間だったのが、バンドン中央駅までの連絡列車を入れても1時間なので、便利になってはいるけど。

まあ結局、話は計画部分全体が出来てからなのかね。ビジネスクラス以上ではお茶やおやつが出るとかいう話も聞いたけど、30分で何か出されてもしょうがない。

ところで、ジャカルタの空港から高速鉄道の駅まではけっこう離れている。でも、試してみたら公共交通機関を使ってもちゃんと移動できた。まず空港から空港鉄道でBNI cityなる駅まで行き、そこでLRT(モノレールみたいなやつ)に乗りかえてHalim駅で降りればよい。小一時間はかかるけど、わりに安くあがる。
Halim駅での乗りかえはかんたん(専用通路がある)だけど、BNI cityでの乗りかえは若干めんどうなので注意。駅の名前も違うし。


今回はウィーンin/outの航空券だが、実際にウィーンに滞在したのは1日ほどである。

しかも中心部の旧市街にはあまりおらず、周辺地区のホテルに泊まったりスーパーで買い物したり、特にどうということもない通りを散歩したりしていたので、なんか観光名所とか有名なお店とかそういうやつの体験があんまりない。

でも、ホテル近くの市場でちょっとした軽食を食べたら「オールドスタイルウィーン風スープ」とかちょっと見たことない感じのソーセージとかが出てきたり、軽食なのに二人で3500円ぐらいかかったりして、まあそれなりにウィーン感はあったとおもう。観光客はあまり来ないらしくメニューが全部ドイツ語のしかなくて、google翻訳のカメラ機能が役に立ったのは初めてである。

あと、空港の免税店コーナーで、町のお店であんまり売ってないおみやげが売っているとか、ヘタにスーパーでおみやげを買うより安いとか、そういうケースを実際に見たのも初めてな気がする。というかまあこの町はスーパーでもけっこう高いことがあるけどな。でもウィーン空港は免税店コーナーや飲食店がどれもちゃんと充実しててすごい。そして、こんな超スーパー観光地の空港ですら一部工事中だったり閉鎖されていたりして、2020年からのダメージは大きかったんだなあとも思った。


「チェスキー・クルムロフにはオーストリアから来れる」みたいなことを書いたが、俺らは今回さらに、ミュンヘンから直接(乗り換えなしの)バスで移動した。FlixBusとかいう会社が、「ミュンヘンからオーストリアを通り、チェコに入ってさらに東進しZlínまで行く」という長距離バスを一日一便運行していて、これを途中下車すれば可能のようだった。

なお、ミュンヘンのバスターミナルで、細かいことを言わずに聞くと「チェスキークルムロフ行きのバスというのは無いよ」とか言われる場合があるので注意が必要だ。当日のやつは無い、という意味だったのかもしれないが、それならそう言ってくれないとわからん。
そもそもFlixBusはネットで買うのが基本で、人間がいるカウンターはオマケみたいな扱いのようだ。そのわりには日本のクレジットカードの決済がはねられたりするので困る。

というか、チェスキー・クルムロフは別に重要な町ではないので、もともと交通が不便なんだよね。鉄道にしてもバスにしても支線なんだよ。今回、帰りはすぐそばのチェスケー・ブジェヨヴィツェにまずバスで移動し、そこからリンツまで鉄道に乗った。チェスケー・ブジェヨヴィツェはでかい町なので、交通機関もたくさんある。問題は、この町の名前が日本人には発音しづらい( = 切符を買うのがめんどう)ということだけだ。

チェコ南部の観光名所である。いわゆる旧首都ジャンルの町だ。
チェコ南部には違いないが、オーストリアのリンツから1〜2時間で来れる(むしろプラハから来るより近い)。この町ではユーロの現金で支払いできるところが多かったけど、おそらく、近隣の国からついでに来ていて、チェコの他の町に行っていない観光客がわりといるのだろう。

さて、旧首都(というかまあ、支配者の城があった町)ではあるが、王城が移転した後は特にこの町の重要度が戻ることがなかったようで、現在は観光で食ってる町である。それはもうコロナウイルス騒ぎで打撃を受けたことだろう。どうも宿泊施設や観光客向けレストランの数が過多な気がするが、これも2019年までは適切だったということなのかな。
しかし、今でもそれなりに観光客はいた。もし「本来期待される人数」が来たとすると、相当混雑する気がするな。今はお得なのかもしれん。

この手の町に共通することだが、旧市街が観光客向けの店ばかりで、現在の住人の生活とは別れてしまっているのは少し残念なところである。眺めて格好いい町並みには違いないが、町というのは鑑賞用のモニュメントではないと思うんだよ。
なお、スーパーの類も外周部にしかないけど、旧市街はコンパクトなので、外周部まで買い物に行くことも無理ではない(たぶん南側にある二軒が比較的行きやすいと思う)。中心部の売店と比べてみると、値段が露骨に違ってておもしろかった。

ごちゃごちゃ文句を言ってはいるが、ここに滞在した二日は晴れていたので、それなりに散歩して楽しんだ。調子こいて南の丘にある八角形の教会のところまで行ってみたりもした。実際にはなにか巡礼的なことをする場所らしいが、観光客的には要するに眺めのいい場所である。もし登ってみようという人がいたら、東側からのほうが道が整備されてて楽だよ。

ウィーン空港でY氏と合流したあと、我々は西へ向かってみたわけだが、なんだかどうにも天候に恵まれなかった。

我々が滞在している間、何故かドイツ南部では一週間ぐらい雨が降り続いており、ミュンヘン滞在の最初から最後までずっと冷たい雨だった。雨だけならともかく、8月なのに気温が12度とかいうので全くかなわない。
夏の旅行でこんなに雨ばかりだったのは初めてではなかろうか。そもそもヨーロッパの夏でこんなに雨が降り続けるってあるのか? 異常気象の類?

しょうがないので、博物館を見たりデパートをひやかしてみたりして、あとはレストランでビールを飲んだりスーパーでビールを買って部屋で飲んだりとかそんな感じだった。ミュンヘンは大都会なので、こんな天気でもやることが全然なくなったりはしないが、俺の旅行の主目的である「てきとうに散歩する」というのが全くできないのは残念だった。
まあ、品揃え豊富なスーパーはあちこちにあるので、部屋でビール飲み会をする的なことはいくらでもできた。なにしろここは先進国なので、毎回レストランに行ってるとガンガン金が出ていくしな。というか、ドイツではスーパーのビールが非常に安くてうまいので、ビールにあまりうるさくない奴(俺)にとっては部屋飲みでも十分なのではないだろうか。

ところで、ドイツはわりと犬フレンドリーな国だと思う。なんか住宅街の中にあった家族経営的レストランで食事をしていたら、すげえでかい犬が二匹歩いていてびっくりした。どうもそのレストランの犬らしい。
他の客はほとんど常連なのか、食事中に犬が挨拶に来てもぜんぜん気にしていないようだった。


ブラチスラヴァというのはスロバキアの首都であるが、日本ではほぼ知られてないと思われる。

この町に住んでる人たちは、自分たちの町についてどう思ってるのだろうか。周囲にはウィーン・プラハ・ブダペストをはじめメジャーな町がいくつもあり、観光地的にも商業都市的にも激戦区である。というか、チェコの首都プラハと比べて規模も知名度も違いすぎる。
この町にもそれなりに旧市街というものはある。観光客として路地をてきとうに散策したり、オープンカフェでのんびりコーヒーやビールなど飲んだりするぶんには、別にどこの町でもそんなに違うもんかな、という気はしないでもない。
ネットでおなじみのラーメンハゲ的に言えば、「あいつらは名建築や芸術自体を観光してるんじゃない、『情報』を観光してるんだ」ということだ。

まあアレか、観光客が大量に来たらいいというものでもないか。

今回はせつやくしてドミトリーに泊まったので、予算に余裕ができ、展望レストランで高級なメシを食べたりしてみた。西洋人の国で西洋料理に金を払えば、もちろんいいものが出てくるのだ。


2023-08-26(土)

NightJet

北海道とか東北とかでは、昔はそこまで暑くならなかったのでエアコンの無い家がときどきあり、現代では問題になっているという話あるよね。あれと同じようなことはヨーロッパでもあるんじゃないだろうか。

つまり、今回ヴロツワフからブラチスラヴァに移動するために夜行列車を使ったのだが、少なくとも俺の乗った車両にはエアコンがなくて、わりにつらかったという話である。
夜行バスよりはまあ楽だろうと思って列車にしたわけだけど、もし夜行バスは温度が快適だったりしたら、どっちが楽か微妙だな。さすがに「横になって眠れる」という点のアドバンテージは大きいだろうか。
というか、夜行列車には2等寝台よりさらに安いランクの、座席車という切符もあったのだが、これはよっぽど安くなければバス一択じゃないかしらん。

ところで、今回乗ったやつはオーストリア国鉄が運行してる便なので、運営自体は比較的ちゃんとしてて安心である。何も言わなくても降りる少し前に起こしてくれるし。
オンラインで発行される切符がぜんぶドイツ語でちょっとわかりにくいけど。このオンライン切符、俺はA4の紙に印刷して持っていったら、降りるまでこれを保管されて、なにかあれこれ書きこまれていた。オンラインのまま提示する場合はどういう処理になるんだろうか? 書きこまれてるのがドイツ語の手書きなので、大事なことなのかそうでもないのかすらわからん。


ヴロヅワフはポーランド南部の主要都市で、いわゆる大学町だ。
欧州の大学町では、「旧市街に大学の建物がいくつか点在している」というなかなかおもしろい作りのやつがある。こことかサラマンカとかそうだな。うらやましいことだが、日本ではまず無理だ。なにしろ日本の旧市街に3〜5階もあるような大きな建物はほとんどないからな。
というかまあ、中世っぽい見た目でも中身は現代人が生活できるように改修してあるわけである。ということは、日本でも復元した建物の中身をいろいろ工夫して違う目的に使えばいいのでは?

こういう欧州の古い大学は近代、へたすると中世からあるので、建物とか講堂自体が派手で、現代では観光名所である。
というかアレだ、要するにつくりが教会と同じノリなんよ。結局、昔の大学というのは教会と似たようなもんだし(暴論)。
これは日本でもアレじゃん、名刹古刹で講義とかやったらよくない?

まあついでというかなんというか、古い建物に大学博物館も入っている。展示を見ていて、残ってる資料自体が歴史的資料だからそれだけで面白い、とかズリーなと思った。
でも、科学教育の資料とかもけっこう展示してあったけど、これは本邦でも条件はほぼ同じだな。

大学を見物する以外は、ヴロツワフでもいつものようにあちこち無意味に散歩した。というか夏だと大学の機能してるところはあんまり見れないしな。欧州の町に出かけて散歩すると、多かれ少なかれ「教会連発タイム」が入ってくるので、そろそろ細かい違いとか発展の流れとかそういうことがわかるようにしとくと面白そうだなと思った。